2020年09月05日

卒業7140 俺140 古事記編纂 (壮強太陽):イカスミ柳

駄作曲の聴き方:曲名または、楽譜をクリック 
You would click muisic score, music start.
音楽
【曲名】 卒業7140京都船旅6040
古譜5040大原練習4940天の下5340  俺140 古事記編纂 (壮強太陽)鳴恭川世讃歌) 


    創曲、小林 茶・正(やなぎ) 俺
    造詞、小林一茶・正     俺
    監修、小林一服・正(やなぎ) 俺
       雪柳里花代・正    俺
    訳、 冴柳小夜文・正(秋残り市在)
【拍子】5/4
【種類】
【演奏】火打ち石の音が入ってます。
    There are flint sounds in music.
【場所】
【作成ソフト】 
  Music ScorePro、シルバースタージャパン社
  バンドプロジューサー カワイ社
【歌詞】創郷 

 狐の天気予報。〇r1999/05/31
 狐と。 過去をとく、という。
 場所、そ。 狐言:こって。
 狐晴れを、柳世葉とぞ。
 桃晴れごぎつね、秋晴れごん
   ((明日晴れたなら行こう、大原砂山))
【国司】
安全政府、健康政府。国民皆健康。
そうきょうよい時です。09月/05日 、19時53分
【和国、翁長国】

輪島コネクション


ハード・ボイルド風日記
 
正時、毎正時、正(やなぎ)よいですと、言いましょう。2030/10/07
【歌解説】

【古事記編纂】
2020/09/05そうきょうは、よい時です。
 若い人は、古事記の編纂の仕事という。日本書紀という。
卑弥呼の家という。葦之ヶ原にあったことという。纏向備わ
りという。纏向のまけきき、という。これが、後、葦之の
浦の矢、という。この『矢』が家である。古い穂浦の言い
である。纏向を作り、後に移す話という。
 『京、九重のうつしやり』という。技書の川れぎ、という。
時の移りを川にたとえ、川れぎ、という。この『れぎ』が歴
である、暦である。

 川歴という、川暦という。時の移りを書くことという。
これが、川暦の世という。『花の色は、うつりにけりな』
花暦の色付きという。その物語である。

 御所で編纂された古事記、日本書紀という、この編纂の人
である。若い人という。世を正親町(おうぎまち)という頃で
ある。これを、おうや、という。正親町を、おうや、と読む
話という。この日の正親町、若い人の住む葦之ケ原である。
日出葦という、葦が植えられていた場所である。後、この
葦を吉という、ひできち、ひでよし、という。

 小さい子供の男の子を、ひでよしという、日本の古い頃と
いう。兜の折り帽子を頭に乗せる、ひでよし冠という。
この冠を、こときか、という。これが、御所の冠語である。

 はっとという、冠のことである。はっと被りという。
これが、御所の言いである。この日出葦の、葦を吉という、
吉の話という。ひできち愛山という。おあいの御方という。
会うことをいう、会うて編纂をする。お会いという、
場所である。編纂の手伝いという、編纂の仕事の一部である。

 御所の、きがま、という、そこで編纂することという。
これが、今ある日本書紀である。古事記ともいう。卑弥呼の
加わりという。小野小町の御指導という。正親町のおうや、
という、読みがこれである、子供を王という、正親町と
いう。
【正親町】
 卑弥呼の家という、卑弥呼の城という、この時、城を葦之
ヶ原の西に移す、これが編纂の意味である。城を写すこと
である。『鬼道につかえて、衆を惑わす』という。
衆の間の輪という、衆が部屋である、窓の部屋という。
鬼の道という、葦之ヶ原の、城の周りの道である。
葦之ヶ原の道である。鬼道という。これが編纂の時の、
言いである。場所が、今の烏丸丸太町という、そこの御所
である。正親町の時のことである。

 これを、正親町ぞ、という。この『ぞ』の意という。
後、そ、という。正親町そ、という。こが、今の方言にある
『ぞ』『そ』である。『です』の意味である。自分を正親町
という、古い京の言い方である。正親町ゆっ白という言い方
である。

 正親町みてよる、あよ浜の言いという。この正親町が自分
である。後、正親町天当という、これを、たたうか、という。
『たた』を、うかやりの言いの言葉という、うかやりという、
正親町のことという。これが、たたを、うかれる、という。
うかゆの磯という、この磯が浜である。あよ浜という、
ここを、正親町磯という。正親町を地にする、地の呼びに
する、若い人という、改めて自分を、うか、という。
『うかれて、行きます』という表現をする『私は行きます』
である意とぞそ。この『そ』が、方言に置く『そ』である。
断定の意味である。これを、正親町手という。

 道を手という、行く手をとる自分の行く方という、行く方、
いくえ、という、行方をいくえという、いくてという。
これが、こうほうとも読む、正親(せいしん)という、正親町
の扇替えという。扇町という、せいしんという言いの頃
の表記である。古事記を編纂する頃の表記である。
【地能】
 太安万侶(おお の やすまろ)という人という、今いる
人である。これが正親町の扇町という、扇の絵の人という、
扇を作る御所の、扇やという、御所内の一角とぞそ。
若い人の扇町である。ここの比良山という、後、平山という、
山である。この山の造りを天覧という、天を見る山という。
これが、地能という、後、地のよはめむ、という、地よしと
いう、地能と書く、正親町読みという。後、地皇という、
山にはすめらの地という。坂があることをいう。これを、
地皇という。山のことを地皇という。

何でもてんてんという、一角えらい場という。山へ登れば、
しんどくなる場という、えらくなるという、疲れることを
いう関西方言である。この場を、てんてん、という、一服
する場である時である。それも古事記に書かれている。
【お花古事記】
 お花古事記という、御所の出す古事記である。これが、
御所出版である。若い人の住む家でもあることという。
名を立山という、この話を山として立てた人という、若い
人の御名である。自分を正親町と言っていた人である。
東京の青山近辺である、この言いがある場所という。

 これを立山の夜話という、岐阜の立山地方にもこれがある。
自分を正親町という岐阜の立山である。自分のことに使う
天皇の言葉である。御名御璽という、一般の人の墓の言葉と
いう、玉音という、自分の越えであることという。天皇と
いう話である。正親町天皇という人のことである。朕と言う
た人である。これを、さんざるという、ウイハットという、
初めのはっとという。これが、御所の古事記の編纂のゆわれと
いう。どんてむという言葉が、これをあらわす、後、どんこ、
という。岐阜のどんこという、正親町言いである。日本論
という、栗三の言いという。徹する言いという。

 天皇を自分の頭という、これを、国民という、日本の穏
やかなお国柄という、象徴という、きざしのあらわし、
という、これを、服に入れる、あらたえ、という。

 袖口に細い線を入れれば、それが、麁服(あらたえ)である。
そこらの人がたくさん来ているものである。特定の個人の
ものではないのである。日本のお国という、お国柄である。

 自分の頭、人の頭を天皇と言い、これを尊ぶことという。
これが正親町の言いである。あの人も天皇なら、この人も
天皇である。統一するという、憲法法律を、皆に示すこと
である。位置広くという、山の高さの、山影の
長さ、一尋、二尋の単位という、立山居千尋という若い人
である。古事記編纂者の名である、日本書紀ともいう。

 御所の編纂という、同時期に皇居の御所でも編纂されて
いるのである。これを、二見が世浦という、古事記編纂の
話である。
【御霊花弓】
 古い御霊花弓(みたまはなゆみ)という、古事記の原本で
ある。二見ヶ浦のことが書かれている、穂浦の二見ヶ浦で
もある。アウンサン廟に備えた書である。
オカさんの音山という話が、これである。日本全国のおかと
いう地名のである。一広く、という、正親町の頃の話である。
扇町御所という、京の正親町の場所という。烏丸の御所の
一角にもある、同じく皇居の御所にもある。この話である。

『朕は戦う』という正親町の言いである。御所という、
この正親町、朕を不落という。『不落おいゆら、たたをといめら』
という。『朕は戦う』という、若い人の言葉である。
正親町、誰が正親町であるかという、誰ですかという、
正親町を訪ねる人である。

正親町という、紫宸殿階段を上ってきた猪という、
猪の頭を、正親町という。イノシシを称える言葉である。
あの猪が生きている今である。
 大御婆さんの階段という、紫宸殿の階段である
若い人が階段に座れば、駆けあがって来る猪である。
階段を駆け上がり、廊下を一周する猪である。この猪の
頭の形を正親町という、扇形の猪の頭と言う。その猪が
生きている、正親町という。猪階段の町という。これが、
古事記編纂前である。正親町を編纂前所という。
若い人の言いである。
『そこの天皇、言うてみい』という人である。
正親町の言いである。大御婆さんおられおられ、大お爺さん
おられる御所の話という。
歌山るもまき、という、古い日の卑弥呼の御所という。
今の烏丸丸太町の御所である。

 正親町という話である。御所は今にある、今出川
よりすみ、という、平等(へいとう)の御所という。
猪の脳の使いである。イノシシを愛でるゆき浜という。
正親町という、猪の頭である、扇形をしていることという。
御婆さんありらるる正親町む、我がうらぎりの場所である。
私が裏切る正親町という、明智光秀の裏という、浦である。
正親町の裏という、霧が出る登呂という、桐の植わる正親町
という。裏桐の桐、五三の桐という。正親町の桐の裏桐という。
こが、扇のことである。若い人のことである。天皇親政と
言えば、裏切りですという。天皇査察の町である。
正親町のことという。

 京の町という、反逆の町という。

醒柳白湯尾(さめやなぎ・さゆお)記す。醒柳正。
//□□□■□□□□■□□□□■□□□□■□□□□■□■
************************************************************************
 過去をよくする会。日記の効用。過去の日記に、一言、
どこでもよいから、『やなぎ』と書き入れましょう。
これでその日がよくなります。今日も書き入れましょう。先の日記にも
書いておきましよう。先の日記に入れれば、未来の安全健康、
先取り予約、になります。
 1999/05/31 。その日の記****。柳。 
**馬にはのらない:健全家
**そうきょうのよい思い出し:高瀬川行代
**字(あざ)のほうぼうで、腹を横に書く。:山吹 正
**かいきょうのそうきょうはよい時です。:スモモどくだみ
**そうきょうのよい自分です。:ドクダミ薫
**天の下、山拝み。つねづね。:紙祖川劣る


*****
革命とは、健康と安全を得ることである。
その方法は、体操、音楽、柳を手に、等々、よし、長生き。
*La rivoluzione e guadagnare salute e sicurezza.
Strumento di rivoluzione:
Ginnastica -- sano
Musica -- Canta una canzone
Con salice etc.
Tutto ok. Lunga vita.
L'italiano e difficile. sokyo--miglior giorno
*The revolution is that you would get health and safety.
Tools of revolution:
Physical exercises -- energy
Music -- sing a song
Willow -- with willow, plant willow tree
etc.
All right. OK. Long live. sokyo--the best day
It is difficult for me to write English.
English ---- difficult
 『紫だちたる雲の細くたなびきたる。放射能の雲や如何に。』
 『はっ、たなびいております。』
 『あれに見えるは放射傘雲』
 『これに見えるは、手乗り雲』
 『これっ、悟空、放射能は如何に』
 『放射の山のおきたりて乗り乗り』
 『助さんや、格さんや、悟空ともども、お乗り乗り』
Mr. Atom Lucky Ager, "KOREA report" より
      秋残り世界文学全集 巻2
      『余は機械である』
       蒼郷 鳴恭川世讃歌 の項
       秋残り市史編纂員、余。
       秋残り市史篇絵巻物
***アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ***

ブログでの団体名、個人名、他名称などは、
全て、仮想です。楽譜の作曲者名、作詞者名等は
もちろん、私が勝手につけた名前で、ええ加減に書いて
あります。実際の作詞作曲者は、私、駄作者の秋残り、
本ブログ著者小林壱裕です。記事は架空です。
著者@495
Notice:Writer says,
Names are virtual on this article.
Matters are not real.
posted by 秋残り at 19:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽