2020年07月08日

卒業6560 Korea 俺560 ニューヨーク、ラッシュモア(壮強太陽):イカスミ柳

文だけ
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音楽
【曲名】 卒業6560京都船旅5460
古譜4460大原練習4360天の下4760 Korea 俺560 ニューヨーク、ラッシュモア(壮強太陽)鳴恭川世讃歌) 


    創曲、過去由 巴・正(やなぎ) 俺
    造詞、勇野 晴丈・正     俺
    監修、雪柳里花雄・正     俺
    訳、 冴柳小夜文・正(秋残り市在)
【拍子】4/4
【種類】
【演奏】火打ち石の音が入ってます。
    There are flint sounds in music.
【場所】
【作成ソフト】 
  Music ScorePro、シルバースタージャパン社
  バンドプロジューサー カワイ社
【歌詞】創郷 

 狐の天気予報。〇r1999/04/03
 狐と。 過去をとく、という。
 場所、そ。 狐言:こって。
 狐晴れを、柳世葉とぞ。
 桃晴れごぎつね、秋晴れごん
   ((明日晴れたなら行こう、大原砂山))
【国司】
安全政府、健康政府。国民皆健康。
 そうきょうよい時です。
【和国、翁長国】

輪島コネクション


ハード・ボイルド風日記
 
そうきょうはよい時です。20200531
アメリカ、USA
ラシュモア
 スーに、いしばいがある。こうれいという。こうれいの
意思という。この意思の字の意味という。これを、れっどと
いう。レッド、スキン という、山々の意思のことという。
この意思を表す、山の角という。山角のレドダスという。
これが、レッドをいう、レッドスキンの言葉の出という。
この山が、ラッシュモアである。先住という、先住のスキン
という。
レッド・スキン
Baby Lives Matter
 山が先にあったのである。これが、レッド・スキンという、
山の肌の色とぞう。レッドスキンという柴山である。芝の
山の磯木という。これを、核という。山の核の、ベビー、
ライブという、ベビー・ライブのマターという。ベビーが
部落をいう、これを部落肌という。部落の肌を山の彫刻と
いう。山の彫刻が、部落の意のことという。これが、ラッ
シュモアの意である。部落の山という、これを、ベビーと
いう、部落の崇める意である。ベビー・マターという。

 このマターが、尊ぶ意である。ブラックマターという、
黒色を尊ぶことである。れを、てんよる、という。スカイ
ネルという。スカイの言葉の尊びとぞう。
人種の尊び
 これで、人種を浮き立つという、人種の出来の尊びという。
人種を尊ぶことという。ベビー、マターという、ベビーが
人種である。ブラック・マターという、マターが尊びである。
ベビー・ライブ・マターという。ベビーが赤子である。

 赤子の喜びという、ブラック・レースのことの意とぞう。
ブラックが山である。山を尊ぶことを、マウンテンという。
ブラック・マウンテンが、山を拝む意という。これが、
ブラックの意である。色の黒の意の一意味である。黒い
衣装の意味でもある。これを、こうれいという、全文である。

 こうれいをとるアメリカという、アメリカのウィルが、
これである。ウィルモアという、ことの言いとぞう。
レッド・ロンという、ウィルモアの赤い槍という、ウィル
モア山の赤い色の槍という、山である。これが、レッド・
スキンの衣装である。レッド・ロンパックスという、これを、
ウィル・パックという。ウィルパックの意匠という。後、
羽飾りを付けるウィルモア・アローという。鳥の羽の飾りと
いう。ウィルモア・パックスという。リチャードという言葉
の源義である。後、レーのことという、礼である。
 これを、レーモンという、レーモンの礼門という。
ラベンゼ
 リチャードのレー・ハックという。リチャードの意味で
ある。このリチャードの『リ』が、リー将軍という。リー
将軍の意味である。これが、南軍をいう、南軍の意の将軍と
いう。南を向く将の像の意とぞう。ラッシュモアの将という。
リー・オーリンという、後、ゲチスバーグという、ゲチス
の将という。このリーが、人名のリーになることの意という。
リーという人が将軍という。南を見ていた人である。リー
将軍の話という。北を見るひぃの将の意という。これが、
南北の見という、北を見た人と言う。頭頂の図という、
ラッシュモアの意のことという。ラベンゼという、ラッスの
言いの、ラベンゼラッスという。よいを『ラ』という。
ラヘベンの言いという。ラッシュモアの『ラ』である。
ウィルモア
 古く、ウィルモアという、ラベン山という。ここのラッ
シュモアである。古く白人がいたことという。始めから白人
がいた話という。白人がいて、黒人がいて、土着民がい
たことという。白人も黒人も土着民である。先住民族が、白人
黒人、他の人種という。始めからいた民族である。
アラモ
 アラモという、このアラモの崖の頃のことという。アラモの
インディオという、このインディオの話という、ラッスモッス
という、白人を『ラ』という、黒人を、『ロラ』という、イン
ディオ自らを『ララロロ』という、単に『ラ』ともいう。
これが、ラッシュの語源である。よいという意味である。

 アラモを、ラスロスという、これが、ロサンゼルスのラロス
という言葉の地名という。ロサンゼルスの古名がラロスである。
このロサンゼルスの人に、ラロの人の言いが出る。ロサンゼル
スの周辺の人のインデアンという。このインデアンの言いの
ロサンゼルスが、ラロロという。アラモのインデアンと同じ
種の民族である。衣装が、羽飾りのはんばつという、これが、
アラモの衣装と同じである。羽飾りのインデアンの衣装という。
羽をもつインデアンという意味である。

 人種差別というひぃに、この意味のことである。民族を
区分けしただけのことである。これが、時間とともに、人の
分け隔てになった話という。
ゲチスバーグ
 インデアンを、そうきょうという、また、黒人を、そうると
いう、白人をそうみという。この言いの出の場という。若い
人がいたゲチスバークという。ゲチスバーグのそうきょう地
という。ここの言いのインデアンを、れっど・そうきょうと
いう。黒人を、ブラック・そうきょうという、白人をもホワ
イト・そうきょうという。ホワイトの添うそうきょうという。
これを、双頬という、意が、二つの頬という、顔のことであ
る、人のことである。これを、ダブル・チークという。
同じく、双胸という、ダブル・チェストという。ダブルの人体
という。ダブルウェスト、ダブル・アーム、ダブル・レッグと
いう。総じてダブル・ハンドという。これを、そうきょうとい
う。双手という。これが、生きる意味である。ダブル・ハンド
という意味である。
柳の民
 これで、そうきょうという、そうきょうの体という、そうきよう
の地という。ゲチスの意味がこれである。生きるという意味と
いう。この『生きる』が、安全で健康をとる言葉である。
双頬の地のゲチスバーグという、これの意の言葉のことを、
バイ・ザ・ビープルという。人民という、人の生きる意であ
る。人民の意味という。そうきょうの人民という。これを、
柳の民という。生きることの意味である。

 柳の民が正しいを宿す意味のことという。すべては、正すを
とる民の意向という。正しいことをする民という、フォア・
ザ・ピープルという。これを、収穫という。ラシュモアの収穫と
いう。ラシュモアの山のお書きという。ラシュモアが、よい種の
茂である。ラシュモの日本語という。良種茂と表す。『ア』が
再びの意味である。ラ・アという、ア・ラという。アラモの語源
という。アラモの地名のことを、ラースという。後、アースと
いう、地をアースという。このアースの意に崖の意がある。
ラースの地が崖であった地であることという。
アーミッシュ
 これが、差別を、崖と平地にとることという。差別は崖と
平地のことという。ここに住む人々をラーミという。後、
アーミという。アーミッシュという、アーミの人々という。
後、アム・アーミという、アーミッシュの人々という。後、
カナダのアーミッシュの人々ともいう。後、アーミッシュを
カナダの人々に充てて、この地をアラモという。よい木の茂り
という。よい心の意味である。
ダラス
 アラモの気が垂れる枝のダラスという、だられるという。
ダラスのことの意味ととぞう。ダラスの『ラ』が、良いである。
グッドという、グッドモーむという、グッドが茂る葉所という。
ダラスモーという、ダラスの町の古名である。ダラスの城の
お書きという。これを、ダラス・ローという。ダラスの城を
ダラス楼という。旭の当たる糸のやのお言いという。

 ダラスの町の山のふもとのやという、ここへ行く若い人と
いう。ヤングマンのお行きという。ダラスの言いの数え話する
人のことという。ヤングカウントという、ダラスの古い数え
である。りんたらの数えという。
 アーリルロンルという数え方である。三つづつの数えである。
ものを、三つで区切る言葉をいう。
ワンを、ソという。
ツーを、ウという。
スリーを、キという。
フォーを、ヨという。
ファイブを、ウという。
ワン・ファイブ、ダラス・キャッスル。
 これが、ワンをファイブという、スリーという、スリーキャ
ッスルの数えという。ダラスの古い城の一つという、スリ
ーキャッスルという、ダラスの城である。崖があった頃のダラス
である。ワン・ファイブともいう、ダラスの城の名である。
城跡がアラモの砦の建物である、現存のアラモの建物である。
ここの言いが、ロロという、ララという、ラロの言いという。
 これが、ワンファイブの城の言いである。
 差別とは、物を区別する言いに、言葉に意をつけた、ダラ
スの言葉の意味という。差別をいう、もののくべつという。
これの言いをする、南部の人々という。民族の区分けである
ことという。

 崖の下にいた若い人という、ビロウ・イエローという、下の
人という。上の人の言いという。崖の上の人が、下の人を、
ビロウ・イエローという。若い人の王食人種である。
ビロウ・ブラックという、若い人の黒色人種である。
ビロウ・ホワイトという、若い人の泊食人種である。
これが、南部の人々の言いという。
 崖の上の人をアパーという、アパーランという、アパーの
平地である。これだけのことという。これが、差別の言葉で
ある。アパーインデアンという、ビロウインデアンという。
これが、スーである、数である。スー族を数の人々という。
ニューヨーク、ブラック・スーツ
 ニューヨーク五番街を、ブラツク・スーツという、黒服の町
という。
四番街を、スーマ・タウンという、
三番街を、トリという、トゥリー・タウンという、
二番街を、ダブル・チェストという。
一番街を、ファースト・ブーズという。このブーズが、
ラロスの、ロサンゼルスである。ロサンゼルスの町の一角と
いう、言葉が、ニューヨーク・コクトーという。コクトーが、
フランスのパリの町のエッフェル塔の周りの町を意味する言
葉という。コクニーという英語を使う町という、ニュー
ヨークである。ベルロゼという、コクニー英語のニュー
ヨークの町名という、ニューヨークをベルロゼという。
ベルロゼをフランス語に解釈する、よいローゼという。

 これを、よい女王という、自由の女神を、ベルという。
よいベルという、女神の自由の意味という。自由を尊ぶ意とぞ。
自由が、正しいをいう、自由に責任が加わる、近代の自由の
意という。これが、法律で代表される近代国家という。
モダーン・ネーションの話である。

 たくさんの人に安全をいう、健康のことという。これが、
自由の意であることという。自由の女神の健康という、
リバティーという、リバーのティーという、川に立つ意という。
リバティーの意とぞう。リバーをライという、
よい意である、スー族の言葉という、ラ-イ。

 ニューヨーク往来のオールライトである。自由に責任が
る話という。これが、中国のハオ、好である。

 このハオがスー族のハオである。ハオとあいさつするスー
族という。よいという意味である。ニーハオという、中国の
言葉の有りという。スー族の言葉が中国語に似ることという。
ロラという言葉の語源である。この、語源が中国のハオである。
 ウイグルにこれがある、ウイグル語のハオである。衣装に
似た所があることという。

Baby Lives Matterという、ラッシュモアの山の話である。
リチャード町
 リチャードの町という、黒人の町という、白人もスー族も
住んでいる町である、ほぼ黒人の町という。
たくさんある町という。
ムーア・グッド町、サントン町、他
ロサンゼルス北という、砂漠になっている町である。
もひとつ北のラゼサリという、ムーア・グッドの町という、
グリゼラのお言いという。ムーゼラルーの町ともぞ。
ほぼ黒人だけの町である。ルート・ナンバーファイブという、
その沿いである。サントンという町の近くである。白人だけ
の町がサントンである。スーぞくだけの町が、その隣の
ウェレという町である。後、韓半という町ともぞ、
日本人である、中国人という、韓国人とぞそ、他に東南ア
ジアという。左近という町という、日本語が通じる町である。
ゲシュランの町
 ゲシュランの町という、イスラエル語を喋る町である。
この日のことという。鼻をたよれという。たよれ鼻の言いと
いう、イスラエル語である。このイスラエルの町を、くみゆ
らという、鋭語という。この『くみゆら』を使う人のことを、
いす山という、このいす山が、よいをいう、いすよい町とい
う、ゲシュランの町という。アメリカ左近の斜め南である。
ゲシュランの町の鼻という、イスラエルの人の鼻という。
イスラエルを、よめ浜という、中近東のイスラエルと同じ
町の名である。中近東のいすらえるをよめ浜という、アメ
リカ・ゲシュランをよめ浜という。ゲシュランの町がイス
ラエルにあることという。これが、双という話である。
双郷の町という、二つある町である。
イスラエルの日本風建築
 ここの話が、うゆれむという話という。御所の話の
ある所という。イスラエルに日本風建築があることという。
これを、まべやら、という冠語の言葉である。イスラエルの
山のお書きという。

正(やなぎ)。J08. Willow。
*****
革命とは、健康と安全を得ることである。
その方法は、体操、音楽、柳を手に、等々、よし、長生き。
*The revolution is that you would get health and safety.
Tools of revolution:
Physical exercises -- energy
Music -- sing a song
Willow -- with willow, plant willow tree
etc.
All right. OK. Long live. sokyo--the best day
It is difficult for me to write english.
english ---- difficult
 『紫だちたる雲の細くたなびきたる。放射能の雲や如何に。』
 『はっ、たなびいております。』
 『あれに見えるは放射傘雲』
 『これに見えるは、手乗り雲』
 『これっ、悟空、放射能は如何に』
 『放射の山のおきたりて乗り乗り』
 『助さんや、格さんや、悟空ともども、お乗り乗り』
Mr. Atom Lucky Ager, "Korea report" より
      秋残り世界文学全集 巻2
      『余は機械である』
       蒼郷 鳴恭川世讃歌 の項
       秋残り市史編纂員、余。
       秋残り市史篇絵巻物
***アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ***
***コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ***
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***

 過去をよくする会。日記の効用。過去の日記に、一言、
どこでもよいから、『やなぎ』と書き入れましょう。
これでその日がよくなります。今日も書き入れましょう。先の日記にも
書いておきましよう。先の日記に入れれば、未来の安全健康、
先取り予約、になります。
 1999/04/03 。その日の記****。柳。 
**馬にはのらない:健全家
**そうきょうのよい思い出し:高瀬川行代
**字(あざ)のほうぼうで、腹を横に書く。:山吹 正
**かいきょうのそうきょうはよい時です。:スモモどくだみ
**そうきょうのよい自分です。:ドクダミ薫
**天の下、山拝み。つねづね。:紙祖川劣る


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ブログでの団体名、個人名、他名称などは、
全て、仮想です。楽譜の作曲者名、作詞者名等は
もちろん、私が勝手につけた名前で、ええ加減に書いて
あります。実際の作詞作曲者は、私、駄作者の秋残り、
本ブログ著者小林壱裕です。記事は架空です。
著者@339
Notice:Writer says,
Names are virtual on this article.
Matters are not real.
posted by 秋残り at 16:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽