2020年06月16日

卒業6240 ANGOLA dirigivel 俺240 飛行船 (壮強太陽):イカスミ柳


 過去をよくする会。日記の効用。過去の日記に、一言、
どこでもよいから、『やなぎ』と書き入れましょう。
これでその日がよくなります。今日も書き入れましょう。先の日記にも
書いておきましよう。先の日記に入れれば、未来の安全健康、
先取り予約、になります。
 1999/03/10 。その日の記****。柳。 
**馬にはのらない:健全家
**そうきょうのよい思い出し:高瀬川行代
**字(あざ)のほうぼうで、腹を横に書く。:山吹 正
**かいきょうのそうきょうはよい時です。:スモモどくだみ
**そうきょうのよい自分です。:ドクダミ薫
**天の下、山拝み。つねづね。:紙祖川劣る


駄作曲の聴き方:曲名または、楽譜をクリック 
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音楽
【曲名】 卒業6240京都船旅5140
古譜4140大原練習4040天の下4440 ANGOLA dirigivel 俺240 飛行船 (壮強太陽)鳴恭川世讃歌) 


    創曲、過去由 巴・正(やなぎ) 俺
    造詞、勇野 晴丈・正     俺
    監修、雪柳里花雄・正     俺
    訳、 冴柳小夜文・正(秋残り市在)
【拍子】4/4
【種類】
【演奏】火打ち石の音が入ってます。
【場所】
【作成ソフト】 
  Music ScorePro、シルバースタージャパン社
  バンドプロジューサー カワイ社
【歌詞】創郷 
ラドンの灯りがともる家 後ろには
教堂が立って 右前 火山岩が山の様
積まれてる ふれれぶね 頭上に
降りるかのよう下がり しばし
とまりいる 写真にとられた私
思い出の記念

 狐の天気予報。〇r1999/03/10
 狐と。 過去をとく、という。
 場所、そ。 狐言:こって。
 狐晴れを、柳世葉とぞ。
 桃晴れごぎつね、秋晴れごん
   ((明日晴れたなら行こう、大原砂山))
【歌解説】
そうきょうは、よい時です。20200615
 火山の石で作られた家で、中へ入ってもごつごつである。
その家の歌である。
はるさらい
 はるさらいという場所で、その上空で飛行船が一時止まる。
今の天理教の神苑という所である。はるさらいという、火山
岩の積まれであるとも。晴寺という、この辺りの一帯の地名
である。その昔、火山岩だらけであった地である。

 その火山岩の杭である。いまの神殿の前に高くあった、
花の塔という。この塔の残しとぞそ。家にした話という。
天里の中温火山という。吹き上げていた頃である。
これが一部神殿の造りにおいてある、井戸のようになって
いる所である。ここにいけば、横穴がある、人一人が寝て
通れるくらいの穴である。この穴が、風通る槍という、風が
通る、この音が聞かれる家という、教堂にいれば聞ける
ことという。ヒュウという音である。昔の音という、
俺の言いである。天理教の教堂である。そこにも、石が
積まれていた頃である。
晴寺
そこに寝泊まりしていた、寝る時によく聞こえていた
風の音である。ジェット機を止めたこともある、天理教の
神苑である。晴寺遣りという、火山岩の積まれである。

 後、船をよる晴寺という、和船を使う人である。天里の
和という、和船のことである。ちゅうばという、ちゅうほの
言いのベンゼルという、山々のおしよみという。
中山渓
 中山渓という、中宮の闇世という、ここの峰という、
まぬみそという、まぬ山のいおれ、という。まぬせぬ、
という。今の神苑、でた所の西の郵便局という。その
郵便局の穴という、地上の空洞である。

 この空洞という、くうせるという、けもよめの筒うつ
という。これが、その空洞の呼びである。火山岩の天里と
いう。調の造りという、町の造りである。

 きよ浜由良、えてゆた、せとれ、すみそむ、そいそいと
いう。泉が鳴くをいう。ここを、鳴泉という。泉の造りと
いう。その泉のあと、池という、あちこちにある天里の池
である。この池の間という、真地間(しんちかん)という。
更地水、こうちすい
 この池の水の出という、古い天里火山の水が出る。この
水のしょうほんという、水の成分である。これが、天里
火山の水の出来をいう、これが、歌にある、水のさづけ
という。このさづけが、見る山の水の流れという。山が
水を出している、水のさづかりという、これを、はるさら、
という、はるゆりのえの由良という。これが、はるさらい
という、晴の地の更の井という、この『更』が、火山地の
意味である。昔の火山を、更山という、火吹き上げる更尾
という、更地という、地震がたびたびある頃という。

 更の家(や)のお揺れという。今の教壇の神殿である。
風が吹き、この風のことを、かざふみ、という。風の
文という、風文という、これを聞く風聞という。
風聞の言葉の出という、天里の、おやふこう風という。
御屋吹く風という。これを、おやがわれ、という。
天里の言いである。

 おやふこう風という、おやを、御屋という、おんや、
ともいう。これを、おんやべんざむ、という。この言い
の、おやふこう、という。風の意思という。この『意
思』の、まめやみ、という、夜をいう。

 夜に吹く、おやふこう風を、まよじ風という。天里の
古い言葉である。これの言いの、風の意思という、おや
ふこうという意思である、これを、しんざめ、という。
しんさんの意図という。いず山お書きという。

 俺の天里紹介である。俺が知る天里である。藤堂藩
お書きという、俺人(おれにん)のお書きという。俺人の
記という、俺人記である。
まよじ風
 俺のまよじ風聞きという、ヒュウという風の声という。
天里の、ねこさまし、という、猫覚まし、寝子覚まし、
という、天里のねこ、寝子という、紳士という、これを、
天里卿という、俺のことであろうか。
天里卿紳士風
 楼下のねこという、灯火のねこという。天里卿という
紳士という、紳士風という、ねこふかし、という。おや
ふこう風の意図という。風のねこという、風猫という、
俺の風景描画である。文による画である。猫描のお書き
という。
お猫様
 これが、お猫様という、寝る子をねこという、おね
こ遣りという、御神楽歌という。十の下りのみつ、と
いう。おねこみつ、という。

『とあむひよ』という、『ろほる、れーはるらんる、
そるよこす、あるふる、そみゆる、そられおる、これゆ
る、おゆはま、せめるれす、らこり、おーるれる、そよ
るくる、せてゆみ、しおるる、せのゆわる、しとれれ
れ』という、古い、京都の御所の、ふるかごゆり、と
いう、その節である。これが、天里卿の、京都の天里
教という、天理教の冠語の歌である。御所の東藤宮と
いう、東藤殿という、崖の頃の御所の風という、この
風の音が々である、ひゅうひょうという、この東藤殿
を、後、紳士廟という、今の京都御所の東である。
 これで、奈良の藤堂という、東藤という、奈良の
三輪の東大御所という、東藤藩のある所である。藤堂
とも。
紳士
 これで、今も、天理の丹波市という字村へ行けば、
『紳士ですか』といわれるのである。寝る子も紳士
なら、歩く人も紳士である。東藤の言いという。

 俺、小衆の赤紳士という、赤い着物を着る丹波市ほみ、
という、東藤に寝る人である。丹波の笹御(ささご)と
いう、藤堂藩に寝る人である、これを、赤ねこ、という。
大衆を小衆という、藤堂の言葉という。俺、寝る子であ
る、人である。ひとねこ、という。じんびょうのお書き
という、人猫、人描。猫描の人見書きである。
赤猫
 人相を、赤猫という、猫の額という、人の額という、
人の額を、ねこの額という、赤ねこ言いという。赤い
ねこ、という。六十才を還暦という、赤猫という、赤い
ものを身に着ける習慣という、赤衣様(あかきさま)と
いう。赤いものを身に着けた様である。
赤井御所
古く御所の紫宸殿の赤井御所という、赤衣御所という、
紫宸殿の麁服(あらたえ)の風という、これを風采という。
麁服のあかという、これを、せきこう、という、赤紅と
いう。

 紫宸殿の白い衣服の赤い袖口という、赤い衿縁とも
いう。洋服にもある、ワイシャツに赤い帯飾りの袖口
という。赤紅袖という、麁服袖という。パスポート・
シャツという、そういう感じになる。ねこひとぎと
いう、猫人着。
蘇我
 曽我赤兄(あかえ)という、猫人着の人である。蘇我
馬子という青麁服のくが、という、そみ由良の言いと
ぞう。青い服をきたひとを、そが、という。これが、
おとなの言いという。おとな言いの、たいじんという。
大臣の語源である。蘇我のたいじん、大人と言えば、
ねこ赤兄という。

 古くの、曽我ぎょんぽう、という。蘇我行法という。
赤兄の山のお絵よりという、赤兄の山の絵という。
蘇我馬子の親ふかしという。蘇我入鹿の親孝行という。
中大兄皇子が見習うた話という。これを、れきそめ、
という。古い日の御所の話である。

 蘇我入鹿が馬子を背負って歩いた話という。青の
入鹿という、赤の馬子の背負いという、赤青の色の
使いという、赤庭という、後、設定である語源とい
う。赤青の設定という、ぞめ、という、設定の一つ
である。庭とも。庭師を蘇我師ともいう言葉とも。

 この言葉とともに天里にあることという。この天
里を、めれ、めそ、めっすず、という、蘇我の赤衣
の呼びである。古い日に点里を蘇我所という。

 蘇を使う天の里の尼の里という、天尼の蘇という。
尼里の村という、天里のことという。これを、曽我教
という、天里の教の元という。赤衣においた話である。
『教』が、場であり教えともいう。親ふかしという、
親孝行のことをいう。これを、里の教えという。
この郷を、とれかり、という、狩郷(かりごう)と字を
充てる尼の里という。尼が天の意味である。これが、
晴寺の名元である。後、天里、尼里、天理という。
今の天理の名の元の謂れとぞそ。

 晴寺風のお書きという。天理の天っ風という。天風
という天理の別称である。これが、柳を植える、柳の
木で風を読む、柳市の話である。和国柳という話とぞう。
小品御所
 天理の服という、御所の宮の服という、唐草模様の
服である。古い小品御所という、その御所の服装である。
この『品』に掛けたしなれという、しなれのおふく、と
いう、風がかかったおふくである。風所の町という、こ
れの言いの天理という、風の服所の意の天理である。
天理所という、風の所の意味という。天つ風という。
古語の、あまつかぜの天の風である。

 古く、吹き降ろしという、垂直の降下気流という、
それがよく出ていた天里である。垂直降下気流のやまい
という、山にある気流という、それが、目に見えた
気流である。

 この気流を見て拝んでいた俺である。俺のことを
『わむ』という尼里の頃の天理である。『わべら、
はっるく』という『私が行く』という意である。
『わむ、ぺっぷん』という、みよ浜の言いという。
古くの天里の言いである。『わむ、れーべ』ともいう。
わてせゆわはめの言いという。わめの言いという。
イカ墨
 天里のねこのふかしという、ねこのふき言いという。
これを、いかずり、という、いかずりのいかせら、
という、いかすみの言いという。幕府御用達のいか墨
入りの墨である。文書にイカ墨入りの墨を使う、天尊
の使いという。文書だけではなく、墨書には、イカ墨
を使うことという。意が、あんぴである。安全を書き
に入れることという、イカ墨の書きである。

 天里のねこという、寝る子大切、猫大切という意味
である。猫の額の話という。人の額を尊ぶ言葉を、
ねこび、という。ねこびの言いという、猫を尊ぶ話である。

 イカスミを尊ぶ御所である。すみの尊びでもある。
御所の造りの墨を、御所みゆみ、という。
御所の造りの炭を、御所きかれ、という。
すみを作る御所という、小品御所という。麁服の出た
御所である。正(やなぎ)J15
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革命とは、健康と安全を得ることである。
その方法は、体操、音楽、柳を手に、等々、よし、長生き。
*The revolution is that you would get health and safety.
Tools of revolution:
Physical exercises -- energy
Music -- sing a song
Willow -- with willo, plant willow tree
etc.
All right. OK. Long live. sokyo--the best day
It is difficult for me to write english.
english ---- difficult
 『紫だちたる雲の細くたなびきたる。放射能の雲や如何に。』
 『はっ、たなびいております。』
 『あれに見えるは放射傘雲』
 『これに見えるは、手乗り雲』
 『これっ、悟空、放射能は如何に』
 『放射の山のおきたりて乗り乗り』
 『助さんや、格さんや、悟空ともども、お乗り乗り』
Mr. Atom Lucky Ager, "ANGOLA report" より
      秋残り世界文学全集 巻2
      『余は機械である』
       蒼郷 鳴恭川世讃歌 の項
       秋残り市史編纂員、余。
       秋残り市史篇絵巻物
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***コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ***
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ブログでの団体名、個人名、他名称などは、
全て、仮想です。楽譜の作曲者名、作詞者名等は
もちろん、私が勝手につけた名前で、ええ加減に書いて
あります。実際の作詞作曲者は、私、駄作者の秋残り、
本ブログ著者小林壱裕です。記事は架空です。
著者@459
Notice:Writer says,
Names are virtual on this article.
Matters are not real.
posted by 秋残り at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽