2020年06月13日

卒業6210 ANGOLA Deslizamento de terra 俺210 地滑り (壮強太陽):イカスミ柳


 過去をよくする会。日記の効用。過去の日記に、一言、
どこでもよいから、『やなぎ』と書き入れましょう。
これでその日がよくなります。今日も書き入れましょう。先の日記にも
書いておきましよう。先の日記に入れれば、未来の安全健康、
先取り予約、になります。
 1999/03/08 。その日の記****。柳。 
**馬にはのらない:健全家
**そうきょうのよい思い出し:高瀬川行代
**字(あざ)のほうぼうで、腹を横に書く。:山吹 正
**かいきょうのそうきょうはよい時です。:スモモどくだみ
**そうきょうのよい自分です。:ドクダミ薫
**天の下、山拝み。つねづね。:紙祖川劣る


駄作曲の聴き方:曲名または、楽譜をクリック 
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音楽
【曲名】 卒業6210京都船旅5110
古譜4110大原練習4010天の下4410 ANGOLA Deslizamento de terra 俺210 地滑り (壮強太陽)鳴恭川世讃歌) 


    創曲、過去由 巴・正(やなぎ) 俺
    造詞、勇野 晴丈・正     俺
    監修、雪柳里花雄・正     俺
    訳、 冴柳小夜文・正(秋残り市在)
【拍子】4/4
【種類】
【演奏】火打ち石の音が入ってます。
【場所】
【作成ソフト】 
  Music ScorePro、シルバースタージャパン社
  バンドプロジューサー カワイ社
【歌詞】創郷 
天里 地が崩れ 東大 山が岩出した
晴れた日昼下がり 家ごと西へ
ずりこんだ 家が震え 闇山に 
おかごとおれと ふりふられ
がたがたがた柱が 戸が震え
見回して座ったまま ぐらぐら
大きく しばらく

 狐の天気予報。〇r1999/03/08
 狐と。 過去をとく、という。
 場所、そ。 狐言:こって。
 狐晴れを、柳世葉とぞ。
 桃晴れごぎつね、秋晴れごん
   ((明日晴れたなら行こう、大原砂山))
【歌解説】
東大:藤堂のこと。東藤とも。
天理市の東の山が岩を出したという。
西の方へずずうっと滑った。
丹波市駅の東の方である。
家がつぶれそうな揺れである。
【国司】
安全政府、健康政府。国民皆健康。
 そうきょうよい時です。
【和国、翁長国】

輪島コネクション


ハード・ボイルド風日記
 
そうきょうはよい時です。20200613
【天理市】
そうきょうはよい時です。20200613
ゴジラ、中宮彰子
 土佐の大地震という、小高い丘でみていた人と言う。
浜が割れたという、大きな地震である。この日に京都へ行く
話という。京都の屋という、京都山の近江山という、近江山の
中埼へ行く、ここを、大崎という、中み山の名という、中見
山の中山という。この言いの、中行きという。中宮の中巣という、
後、中宮彰子という、れを、れそんという。れそんの屋のお
揺れという、地震があったことという。中崎の宮である。
 中山という、中背の屋のはよふりという。大きな動物がいた
ことという。この動物のことという。今のゴジラである。
このゴジラを、中宮彰子という。ゴジラのことである。

 このゴジラのふられという。ふらすらのいよ浜という、
ゴジラのいる浜という。立って歩き、手に物を持つゴジラ
である。この日の、この動物のことという。地が揺れて、
このゴジラが、家へ来て、子供という、子供と一緒に来た
ゴジラの中宮という。この隣が俺の宮である。このゴジラ
、四の家という。四倍の家である。そこにいた話という。
家族が四人家族である、ゴジラ夫婦とその子供二人であ
る。
近江山、崩御
 そのゴジラの家へ行く、俺のいやれくという。すぐ隣の
家である。近江山という、その山の揺れをいう、すぐの入り
という、揺れてすぐに家へ入った、ゴジラが上へ上げてくれ
たのである。近江山が高さ千位の時である。このまま、なし
崩しの山沈みという。一挙に五百まで下がったのである。

 ゴジラが揺れをいう、キャオという、ガオという。ゴジ
ラの言いという。これが、今輪のごじけはむという。ごじ
けの音という、地揺れの音という。山鹿ギャオと鳴いた話
という。このことの言いの、はむという、後、無線という。
はむの家という。ゴジラの家と俺の家が一緒に沈んだので
ある。五百メーターの高さという。

 そのゴジラがいる花の世の居住まいという。ガオぜらごけ
という。ガオのぜの家という、その隣の俺の家をいう、ゴ
ジラが俺をギャガという、ゴジラの言葉という。俺をギャ
ガと呼ぶ。ゴジラの呼びという。花摘む山のお生きという、
中宮彰子のことという。後、末摘む山という。大きな生き
物である。中宮彰子の名前という。このゴジラをいう。

 山のかよるよという、山をこよれという、山の住まいの
お生きという。この山を、ごじれ槍という後とぞう。
近江ごじという。今のゴジラのことという。このゴジラを
尊ぶ世の山という。世は行くという言いの残しという、私
は行くという意である。

 ゴジラに世という、ゴジラを世という。ゴジラの呼び
である。このゴジラをいう。映画に出てくるゴジラという、
ゴジラを撃つ話という、映画の話である。

 このゴジラ、これを言うたのである。自分を世という
ゴジラである。ゴジラが歩くことを、ヨズという、ヨズ
お行きという。ヨズの言いをするゴジラの動物という。
ごつごつの顔である。このゴジラが勇むことを、めでる
踊りという。今の天理の踊りである。手を合わせて前へ
出し、横に並行にする、そのまま平行にずらす、そのま
ま90度回転させる、空手のような恰好である。これが、
ゴジラの拝みである。

 天理を古く、ごじるらという。ごじのやという。
ごじの手の形にする、上の右手を、時計の五時の場所へ
持ってくる、これをする拝みという。左手だけが立って
いる。この形式拝みのある場という、神社の古い形式で
ある。これがある天理の三輪の神社という、三輪がか
かる場である。この場の、三輪遣りという、ここの岩の
家の中の祭りという、この拝みをする、京都の三輪の遣り
という、槍のことである、山のことである。遣りという
ゴジラの思い遣りという、大お爺さんのお駕籠と仰ること
の意という。お駕籠がゴジラのことである、後、恐竜と
いう。この恐竜がいることという。このことに、山巣と
いう、自分の家をいう、この巣が駕籠の意味である。
御加護という宗教の出である。三輪遣りの出である。

 後、近江世という、宗教のことである。駕籠、加護と
いう宗教のことである。これがうちの家の古い宗教で
ある。後、踊る宗教のようになる。

 奈良三輪という、この意味のことという。三輪という、
恐竜という、天理の豊田 という山の住まいという、こ
こにいる、三輪山という名の恐竜という。

 火山岩で出来た岩の家の住まいという。そこの家の
住まいの前という、火山の岩が積まれていた日という。
自然の積まれである。天理獣という恐竜がいたことという。

 この恐竜がギャコという言葉を出す、この恐竜の住ま
いが奈良里という、ここにいる恐竜である。奈良恐竜と
いう。浪山の家のお添いそまるという。この恐竜の糞の
使いという、山査子の木の育てに使うことという。山査
子の味がその味である。

 始祖闇鋤という、始祖鳥の尾の形の鋤という、この
鋤の産地である、天理の鋤という、後のことという。

 この恐竜が、豊田山の奥にいた恐竜である。御殿と
いう造りである。又野家という、又野という名の恐竜
である。大御婆さんの御名づけという。又野という恐竜
である。
仁徳獣
 この恐竜の歩みという、とうほという。歩みことという。
家へ来て入る日がある。いつも来ていた恐竜である。子
供が来ていたのである。この子供のことという、仁徳獣
という。仁の字が動物を表すことともいう。仁とその恐竜を
呼ぶ俺である。
土佐竜
 俺の山の世という。仁がいる話である。今のプロントザウ
ルスという、プラッキオともいう、仁徳獣という、恐竜である。
この日、土佐に土佐竜がいたことという。

 天理の火山のガレという、ガラ岩という、この岩の運びを
していた恐竜である。小さな子供の恐竜をいう。小さなガレを
運び、これを積む仕事という。恐竜の仕事である。高く積む
ガレの積みという。後、ガレ闇という、その恐竜の住み家に
することという。

 高く積まれたガレの周りそこにいた俺という。五つの高い
積みという。これを、ごぎゃあ落という。ごぎゃあ落の屋と
いう、恐竜の住まいという。屋根もガレで作ってある屋敷で
ある。俺が住む家もガレで作ってある日という。

 この恐竜が天理という、後、天里という、後、尼里という。
ここを親山という。親山の山ふりという、里のことである。
大御婆さん御名づけ里という。親の言いという。恐竜をいう
話という。この恐竜をめでるふり遣りという。これが、今の
御神楽歌である。天里の屋の歌である。後、木遣りという。
これが、天理の古い歌である、ヒトツという数え歌という、
この歌の出という。大御婆さんお造りの歌である。
三輪の屋のお書きという。

 恐竜をめでる箇所がある。これが、その恐竜の声がある、
恐竜をひとめふためと数える恐竜の助数である、助数詞で
ある。京童の歌という、土佐わっぱという、土佐童の歌と
いう。これが、高地の屋のいまという、今で作られた大
お爺さんという。この大お爺さんの御名が付けられている、
土佐わっぱの土佐がそれである。土佐の御名のお爺さんとい
う。土佐山の家の御名である。これを、御名御璽という。

 後、天里の豊田山に墓の字として、石碑に刻むことという。
この墓、恐竜が行きかう、恐竜が拝をする墓である。御名
御璽という石碑が林立する墓である。後、きよはみという、
御名御璽の墓石である。

 この恐竜がいる豊田の山の隣である。岩の家である、俺が
いる家である。土に埋もれている話という、泥の降りた日の
明る碑という。天から泥が降ったのである。

 この泥で棒を作っていた俺である、泥棒という俺である。
泥で作られた棒である。かごめかごめという、恐竜のことを
いうのである。かごめとぞそ。かごめ竜。
千葉県
 このかごめの歌、千葉にある江戸浄瑠璃という、千葉せん
らみという、千葉山の千葉という、豊田山の奥を千葉という、
この千葉の歌ともいう。恐竜の子供を、せんという、せんの
葉という、千葉竜という、豊田の地の千葉山という豊田山奥
の恐竜の子供である。ガレを積んだ恐竜である。

 ゴジラの千の葉の恐竜である。葉を歯という、千歯竜と
いう。御所の、せんば山にはたぬきがおってさ、という。
このたぬきである、千歯竜である。プロントザウルスの一
種である。山が崩れた時のゴジラである。ゴジラをカミと
いう、竜をカミと読む、後、神という、ゴジラの崇拝という。
大きなものを立てる宗教の建物という。この恐竜の残しで
ある。

 恐竜の里、全国にたくさんあることと言う。京都御所竜
という。京都の御所のことという。かごめ遣りという、京
童のかごめの言いという。童道行きという、童の通う道の
ことをいう。恐竜の子供を、わらという、わらべという、
わらべかご、という。わらふるの言いという。

 童を歌うどうぎょうという、これを、土佐目からという。
どうきょうを、道のかがみという、道にかがんだかごめ竜と
いう。かがみをいう、これを、かごめという、恐竜のこと
でもある。かがみ竜という。恐竜のことである。

 恐竜がいた御所である。渡しの名前の話という、いちひろ
という、一尋の渓をいう、そこの渡しである。恐竜が渡る橋と
いう、御所の東の渓の渡しという。この橋を渡ってやってく
る恐竜という。来ては戸を叩く竜である。石橋という、せっ
きょうという。
天里渓
 天里の渓という、天里渓(てんりきょう)という、天里渓
谷の御所東という。後の、烏是という、烏山の橋という。
御所の古い頃である。かごめわらべの竜という。わらべめ
という、童の竜である意とも。

 これが、恐竜の言いである。ギャオという、ガオという、
都の造りという、都流という、碁盤の目の前の京都である。
京竜造りという。京竜が作った町という。岡があり谷があり、
渓卿(けいきょう、きょうきょう)の都という。京卿の山と
いう。天里卿という御所の古い一角である。
天理卿、ガジャ
 天理の町造りという、天理卿という、天理の古い町名で
ある。天里ともいう。天里卿という、ガレがあった頃の町
である。渓のことを、ガジャという天里の藤堂である。

 天理の吊り橋という、渓のある頃の天理である。ガレが
ある話という。天理を、ガレガジャという古い呼びである。
天里卿の俺である。御所という、あれなれわれ、という
和所のいとという。今の丹波市駅の所である。そこに藤堂
がある。

 藤堂の造りという、藤山という、藤堂の屋の辺りという。
そこの、はられやれ、という、はられのくみさり、という。
俺がいたという、藤堂まんたる、という。まんせむとも
いう。そこを、藤堂大学という、藤堂の屋の言いのぺん
ずる、という。この大学の頭(かみ)という、頭竜と
いう、竜のことという。少し、首が長い竜である。
プロッゼルという藤堂の大学の言いである。

 この頃の俺という。にんにんの俺という。にんばと
いう、藤堂の天皇の言いである。この天皇、いそびら
という、いそびらのゆい闇という。東藤藩の呼びである。
磯川のうたれ、という。いそみその言いとぞう。天皇の
話である。竜を天皇ともいう藤堂藩である。この藤堂藩を
東大という、東大の藤堂という。これを、権堂(ごんど
う)という。権藤大学という、藤堂の東大である。

 私のいた天里という、ガレがあった頃である。火山岩
である。我が故郷、天理という。ガレの家という、火山
岩でできた家という。自然石でできた家もとも。豊田山の
御名御璽という、墓山の奥良(おくら)という、恐竜の
住まいという。
三輪遣りの住まい
 火山岩ダムという、ダムを家宅という、その硬くの裏が
ダムである、火山岩で出来たダムである。豊田山の奥で
ある。この工事、始祖鳥が見ていたという。始祖鳥の白の
始祖鳥である。かわせらという鳥である。火山岩ダムを
造り、竹と白樺を植えた話という。これが、天里の卿の
造りである。豊田山の隣の山、そこである、岩の家という
自然石の家である。三輪遣りというのである。
正(やなぎ)J13
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革命とは、健康と安全を得ることである。
その方法は、体操、音楽、柳を手に、等々、よし、長生き。
*The revolution is that you would get health and safety.
Tools of revolution:
Physical exercises -- energy
Music -- sing a song
Willow -- with willo, plant willow tree
etc.
All right. OK. Long live. sokyo--the best day
It is difficult for me to write english.
english ---- difficult
 『紫だちたる雲の細くたなびきたる。放射能の雲や如何に。』
 『はっ、たなびいております。』
 『あれに見えるは放射傘雲』
 『これに見えるは、手乗り雲』
 『これっ、悟空、放射能は如何に』
 『放射の山のおきたりて乗り乗り』
 『助さんや、格さんや、悟空ともども、お乗り乗り』
Mr. Atom Lucky Ager, "ANGOLA report" より
     秋残り世界文学全集 巻2
      『余は機械である』
       蒼郷 鳴恭川世讃歌 の項
       秋残り市史編纂員、余。
       秋残り市史篇絵巻物
***アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ***
***コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ***
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***
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ブログでの団体名、個人名、他名称などは、
全て、仮想です。楽譜の作曲者名、作詞者名等は
もちろん、私が勝手につけた名前で、ええ加減に書いて
あります。実際の作詞作曲者は、私、駄作者の秋残り、
本ブログ著者小林壱裕です。記事は架空です。
著者@391
Notice:Writer says,
Names are virtual on this article.
Matters are not real.
posted by 秋残り at 17:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽