2020年06月17日

卒業6250 ANGOLA lagoa 俺250 左池 (壮強太陽):イカスミ柳


 過去をよくする会。日記の効用。過去の日記に、一言、
どこでもよいから、『やなぎ』と書き入れましょう。
これでその日がよくなります。今日も書き入れましょう。先の日記にも
書いておきましよう。先の日記に入れれば、未来の安全健康、
先取り予約、になります。
 1999/03/11 。その日の記****。柳。 
**馬にはのらない:健全家
**そうきょうのよい思い出し:高瀬川行代
**字(あざ)のほうぼうで、腹を横に書く。:山吹 正
**かいきょうのそうきょうはよい時です。:スモモどくだみ
**そうきょうのよい自分です。:ドクダミ薫
**天の下、山拝み。つねづね。:紙祖川劣る


駄作曲の聴き方:曲名または、楽譜をクリック 
Click music piece
音楽
【曲名】 卒業6250京都船旅5150
古譜4150大原練習4050天の下4450 ANGOLA lagoa 俺250 左池 (壮強太陽)鳴恭川世讃歌) 


    創曲、過去由 巴・正(やなぎ) 俺
    造詞、勇野 晴丈・正     俺
    監修、雪柳里花雄・正     俺
    訳、 冴柳小夜文・正(秋残り市在)
【拍子】4/4
【種類】
【演奏】火打ち石の音が入ってます。
【場所】
【作成ソフト】 
  Music ScorePro、シルバースタージャパン社
  バンドプロジューサー カワイ社
【歌詞】創郷 
この池の左 八本の柳が植わった周り
晴寺の南の大池 手前 古山高く
晴寺波出す 山越えの波と 糸蕗の
生えでの 頂

 狐の天気予報。〇r1999/03/11
 狐と。 過去をとく、という。
 場所、そ。 狐言:こって。
 狐晴れを、柳世葉とぞ。
 桃晴れごぎつね、秋晴れごん
   ((明日晴れたなら行こう、大原砂山))
【歌解説】
そうきょうは、よい時です。20200615
 火山の石で作られた家で、中へ入ってもごつごつである。
その家の歌である。
【天理市】
古山
 古山を越えると池がある。晴寺南という。この池が、山の
中腹からの池である。この池の浪が、山を越えて晴寺側に
やってくる。山越えの波という。その頂上に糸蕗という蕗が
生えている。この蕗のわら豆という言いという。
はえで
 わら蕗という、わら豆ともいう。30〜50センチ程の
高さの生えである。この生えに、生えでという、言いを
する、尼ヶ世真似という豆の言いという。豆をはえでと
いう。はえでの今闇という、場所という、池の周辺をいう。
瓦渡り
 このはえでの糸沢という、この沢のある所という、蟹の
亀という、蟹川の亀という、この亀がいる。亀で四角い
甲羅の亀である。京都で、瓦渡りという亀という。ほぼ正
方形で、真ん中が逆U字形である。この亀のいそぎという、
亀はめという、着物の正方形の着物のことという。この亀
の甲羅を象る、いその着物という。着物を開けば、ほぼ
正方形になるしつらえという。
袖尾の着物
 この着物の碗という、この碗が袖尾という、袖である。
この袖も正方形である。これを、亀着物という。天里の
一風俗という。

 この着物の使いという、いその使いという。いそ山の岩の
斜方という、着物を斜めに見せるように着る着方という。
この着方の、流せ身という、流しの身という。長せ、とも
いう。斜方ろき、という。
奈良宮の踊り
 この着物を使う、天里の浦闇浜踊りという、この踊りが
一部、天理の御神楽の踊りに入れられている。手を前に出
して、片一方ずつ、手平上、手平下にする。これを、斜め
にする、この手の踊りという、古く、奈良の宮という、
ここの手である。この奈良宮の踊りという。
ぼんかん闇
 ぼんかん闇という踊りという。今の奈良坂辺りである。
奈良から京都へ越える奈良坂である。この奈良坂に同じ
手がある。古い日の奈良舞妓という。この舞妓の手にもある。
天里山川音頭
 天里山川音頭という、この音頭の手ともいう。天里の踊り
である。この踊りの浮かれ埼という、踊りの手の上述の手で
ある。浮かれ埼の手という。斜めの時に、片手を裏返して、
両手で山のようにする。このことを、はえ、という手という。
はえで、はえ手という。れを、はえでの踊りという。

 天里の教えの山という。はえでのやまめ、という。教えを
はえという、はえという言葉を使う、学校という、三輪の
学校という、この三輪の学校がある。池の周辺にある日とぞ。
天里農芸
 この学校へ行く、こはらび、という。これが、学校の入学
日である。入学を、はむほら、という、はむほら門という、
はむほら紋という、この紋が、御所の大根の紋である、京都
御所である。大根の家の紋という、御所大根の植えという、
御所と同じ大根である。晴寺近辺がそうである。天里大根と
いう、後、かぶすという、かぶれという、かんためのおだい、
という大根である。晴寺の農地という、長蕗が咲くわら蕗農
という。天里農芸という、はえでという、映えることである。
立品山
 池の対岸を、立品山という、その左半分を、律山という、
右半分を、通り嶺(とおりれい)という。この池の大きさという、
3キロ程である。この池をなくす工事という。山を切り崩す
工事とぞそ。俺が監督であったという、俺、監督である。
にんべるの工事という。訳一日半の工事という、この時に、
槌の山という、瓦礫を取り省いた後の池である。
こり瓦礫が、鬼尾の瓦礫という、火山岩である。これを、
使う城という、友の城のいまという、瓦礫城という。
天里のあおぞま城という。みま山という、その池の西の山で
ある。そこの城である。山せらのお山という。私の住まいと
いう、そこにいた人という、『わべらめ、おりせる』という、
そこの城の言葉である。そこにいる私という。
『わべらめ』が、私であり、『おりせる』が『いる』である。
後、青寺の言葉になる。晴寺の前の言葉という、青寺の言葉
とぞそ。これを、あや豆の言いという、あやせど言いという。
後、青寺冠話という、あおとの言いとぞう。
正(やなぎ)。J16
【国司】
安全政府、健康政府。国民皆健康。
 そうきょうよい時です。
************************************************************************
革命とは、健康と安全を得ることである。
その方法は、体操、音楽、柳を手に、等々、よし、長生き。
*The revolution is that you would get health and safety.
Tools of revolution:
Physical exercises -- energy
Music -- sing a song
Willow -- with willo, plant willow tree
etc.
All right. OK. Long live. sokyo--the best day
It is difficult for me to write english.
english ---- difficult
 『紫だちたる雲の細くたなびきたる。放射能の雲や如何に。』
 『はっ、たなびいております。』
 『あれに見えるは放射傘雲』
 『これに見えるは、手乗り雲』
 『これっ、悟空、放射能は如何に』
 『放射の山のおきたりて乗り乗り』
 『助さんや、格さんや、悟空ともども、お乗り乗り』
Mr. Atom Lucky Ager, "ANGOLA report" より
      秋残り世界文学全集 巻2
      『余は機械である』
       蒼郷 鳴恭川世讃歌 の項
       秋残り市史編纂員、余。
       秋残り市史篇絵巻物
***アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ***
***コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ***
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***
------

ブログでの団体名、個人名、他名称などは、
全て、仮想です。楽譜の作曲者名、作詞者名等は
もちろん、私が勝手につけた名前で、ええ加減に書いて
あります。実際の作詞作曲者は、私、駄作者の秋残り、
本ブログ著者小林壱裕です。記事は架空です。
著者@556
Notice:Writer says,
Names are virtual on this article.
Matters are not real.
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2020年06月16日

卒業6240 ANGOLA dirigivel 俺240 飛行船 (壮強太陽):イカスミ柳


 過去をよくする会。日記の効用。過去の日記に、一言、
どこでもよいから、『やなぎ』と書き入れましょう。
これでその日がよくなります。今日も書き入れましょう。先の日記にも
書いておきましよう。先の日記に入れれば、未来の安全健康、
先取り予約、になります。
 1999/03/10 。その日の記****。柳。 
**馬にはのらない:健全家
**そうきょうのよい思い出し:高瀬川行代
**字(あざ)のほうぼうで、腹を横に書く。:山吹 正
**かいきょうのそうきょうはよい時です。:スモモどくだみ
**そうきょうのよい自分です。:ドクダミ薫
**天の下、山拝み。つねづね。:紙祖川劣る


駄作曲の聴き方:曲名または、楽譜をクリック 
Click music piece
音楽
【曲名】 卒業6240京都船旅5140
古譜4140大原練習4040天の下4440 ANGOLA dirigivel 俺240 飛行船 (壮強太陽)鳴恭川世讃歌) 


    創曲、過去由 巴・正(やなぎ) 俺
    造詞、勇野 晴丈・正     俺
    監修、雪柳里花雄・正     俺
    訳、 冴柳小夜文・正(秋残り市在)
【拍子】4/4
【種類】
【演奏】火打ち石の音が入ってます。
【場所】
【作成ソフト】 
  Music ScorePro、シルバースタージャパン社
  バンドプロジューサー カワイ社
【歌詞】創郷 
ラドンの灯りがともる家 後ろには
教堂が立って 右前 火山岩が山の様
積まれてる ふれれぶね 頭上に
降りるかのよう下がり しばし
とまりいる 写真にとられた私
思い出の記念

 狐の天気予報。〇r1999/03/10
 狐と。 過去をとく、という。
 場所、そ。 狐言:こって。
 狐晴れを、柳世葉とぞ。
 桃晴れごぎつね、秋晴れごん
   ((明日晴れたなら行こう、大原砂山))
【歌解説】
そうきょうは、よい時です。20200615
 火山の石で作られた家で、中へ入ってもごつごつである。
その家の歌である。
はるさらい
 はるさらいという場所で、その上空で飛行船が一時止まる。
今の天理教の神苑という所である。はるさらいという、火山
岩の積まれであるとも。晴寺という、この辺りの一帯の地名
である。その昔、火山岩だらけであった地である。

 その火山岩の杭である。いまの神殿の前に高くあった、
花の塔という。この塔の残しとぞそ。家にした話という。
天里の中温火山という。吹き上げていた頃である。
これが一部神殿の造りにおいてある、井戸のようになって
いる所である。ここにいけば、横穴がある、人一人が寝て
通れるくらいの穴である。この穴が、風通る槍という、風が
通る、この音が聞かれる家という、教堂にいれば聞ける
ことという。ヒュウという音である。昔の音という、
俺の言いである。天理教の教堂である。そこにも、石が
積まれていた頃である。
晴寺
そこに寝泊まりしていた、寝る時によく聞こえていた
風の音である。ジェット機を止めたこともある、天理教の
神苑である。晴寺遣りという、火山岩の積まれである。

 後、船をよる晴寺という、和船を使う人である。天里の
和という、和船のことである。ちゅうばという、ちゅうほの
言いのベンゼルという、山々のおしよみという。
中山渓
 中山渓という、中宮の闇世という、ここの峰という、
まぬみそという、まぬ山のいおれ、という。まぬせぬ、
という。今の神苑、でた所の西の郵便局という。その
郵便局の穴という、地上の空洞である。

 この空洞という、くうせるという、けもよめの筒うつ
という。これが、その空洞の呼びである。火山岩の天里と
いう。調の造りという、町の造りである。

 きよ浜由良、えてゆた、せとれ、すみそむ、そいそいと
いう。泉が鳴くをいう。ここを、鳴泉という。泉の造りと
いう。その泉のあと、池という、あちこちにある天里の池
である。この池の間という、真地間(しんちかん)という。
更地水、こうちすい
 この池の水の出という、古い天里火山の水が出る。この
水のしょうほんという、水の成分である。これが、天里
火山の水の出来をいう、これが、歌にある、水のさづけ
という。このさづけが、見る山の水の流れという。山が
水を出している、水のさづかりという、これを、はるさら、
という、はるゆりのえの由良という。これが、はるさらい
という、晴の地の更の井という、この『更』が、火山地の
意味である。昔の火山を、更山という、火吹き上げる更尾
という、更地という、地震がたびたびある頃という。

 更の家(や)のお揺れという。今の教壇の神殿である。
風が吹き、この風のことを、かざふみ、という。風の
文という、風文という、これを聞く風聞という。
風聞の言葉の出という、天里の、おやふこう風という。
御屋吹く風という。これを、おやがわれ、という。
天里の言いである。

 おやふこう風という、おやを、御屋という、おんや、
ともいう。これを、おんやべんざむ、という。この言い
の、おやふこう、という。風の意思という。この『意
思』の、まめやみ、という、夜をいう。

 夜に吹く、おやふこう風を、まよじ風という。天里の
古い言葉である。これの言いの、風の意思という、おや
ふこうという意思である、これを、しんざめ、という。
しんさんの意図という。いず山お書きという。

 俺の天里紹介である。俺が知る天里である。藤堂藩
お書きという、俺人(おれにん)のお書きという。俺人の
記という、俺人記である。
まよじ風
 俺のまよじ風聞きという、ヒュウという風の声という。
天里の、ねこさまし、という、猫覚まし、寝子覚まし、
という、天里のねこ、寝子という、紳士という、これを、
天里卿という、俺のことであろうか。
天里卿紳士風
 楼下のねこという、灯火のねこという。天里卿という
紳士という、紳士風という、ねこふかし、という。おや
ふこう風の意図という。風のねこという、風猫という、
俺の風景描画である。文による画である。猫描のお書き
という。
お猫様
 これが、お猫様という、寝る子をねこという、おね
こ遣りという、御神楽歌という。十の下りのみつ、と
いう。おねこみつ、という。

『とあむひよ』という、『ろほる、れーはるらんる、
そるよこす、あるふる、そみゆる、そられおる、これゆ
る、おゆはま、せめるれす、らこり、おーるれる、そよ
るくる、せてゆみ、しおるる、せのゆわる、しとれれ
れ』という、古い、京都の御所の、ふるかごゆり、と
いう、その節である。これが、天里卿の、京都の天里
教という、天理教の冠語の歌である。御所の東藤宮と
いう、東藤殿という、崖の頃の御所の風という、この
風の音が々である、ひゅうひょうという、この東藤殿
を、後、紳士廟という、今の京都御所の東である。
 これで、奈良の藤堂という、東藤という、奈良の
三輪の東大御所という、東藤藩のある所である。藤堂
とも。
紳士
 これで、今も、天理の丹波市という字村へ行けば、
『紳士ですか』といわれるのである。寝る子も紳士
なら、歩く人も紳士である。東藤の言いという。

 俺、小衆の赤紳士という、赤い着物を着る丹波市ほみ、
という、東藤に寝る人である。丹波の笹御(ささご)と
いう、藤堂藩に寝る人である、これを、赤ねこ、という。
大衆を小衆という、藤堂の言葉という。俺、寝る子であ
る、人である。ひとねこ、という。じんびょうのお書き
という、人猫、人描。猫描の人見書きである。
赤猫
 人相を、赤猫という、猫の額という、人の額という、
人の額を、ねこの額という、赤ねこ言いという。赤い
ねこ、という。六十才を還暦という、赤猫という、赤い
ものを身に着ける習慣という、赤衣様(あかきさま)と
いう。赤いものを身に着けた様である。
赤井御所
古く御所の紫宸殿の赤井御所という、赤衣御所という、
紫宸殿の麁服(あらたえ)の風という、これを風采という。
麁服のあかという、これを、せきこう、という、赤紅と
いう。

 紫宸殿の白い衣服の赤い袖口という、赤い衿縁とも
いう。洋服にもある、ワイシャツに赤い帯飾りの袖口
という。赤紅袖という、麁服袖という。パスポート・
シャツという、そういう感じになる。ねこひとぎと
いう、猫人着。
蘇我
 曽我赤兄(あかえ)という、猫人着の人である。蘇我
馬子という青麁服のくが、という、そみ由良の言いと
ぞう。青い服をきたひとを、そが、という。これが、
おとなの言いという。おとな言いの、たいじんという。
大臣の語源である。蘇我のたいじん、大人と言えば、
ねこ赤兄という。

 古くの、曽我ぎょんぽう、という。蘇我行法という。
赤兄の山のお絵よりという、赤兄の山の絵という。
蘇我馬子の親ふかしという。蘇我入鹿の親孝行という。
中大兄皇子が見習うた話という。これを、れきそめ、
という。古い日の御所の話である。

 蘇我入鹿が馬子を背負って歩いた話という。青の
入鹿という、赤の馬子の背負いという、赤青の色の
使いという、赤庭という、後、設定である語源とい
う。赤青の設定という、ぞめ、という、設定の一つ
である。庭とも。庭師を蘇我師ともいう言葉とも。

 この言葉とともに天里にあることという。この天
里を、めれ、めそ、めっすず、という、蘇我の赤衣
の呼びである。古い日に点里を蘇我所という。

 蘇を使う天の里の尼の里という、天尼の蘇という。
尼里の村という、天里のことという。これを、曽我教
という、天里の教の元という。赤衣においた話である。
『教』が、場であり教えともいう。親ふかしという、
親孝行のことをいう。これを、里の教えという。
この郷を、とれかり、という、狩郷(かりごう)と字を
充てる尼の里という。尼が天の意味である。これが、
晴寺の名元である。後、天里、尼里、天理という。
今の天理の名の元の謂れとぞそ。

 晴寺風のお書きという。天理の天っ風という。天風
という天理の別称である。これが、柳を植える、柳の
木で風を読む、柳市の話である。和国柳という話とぞう。
小品御所
 天理の服という、御所の宮の服という、唐草模様の
服である。古い小品御所という、その御所の服装である。
この『品』に掛けたしなれという、しなれのおふく、と
いう、風がかかったおふくである。風所の町という、こ
れの言いの天理という、風の服所の意の天理である。
天理所という、風の所の意味という。天つ風という。
古語の、あまつかぜの天の風である。

 古く、吹き降ろしという、垂直の降下気流という、
それがよく出ていた天里である。垂直降下気流のやまい
という、山にある気流という、それが、目に見えた
気流である。

 この気流を見て拝んでいた俺である。俺のことを
『わむ』という尼里の頃の天理である。『わべら、
はっるく』という『私が行く』という意である。
『わむ、ぺっぷん』という、みよ浜の言いという。
古くの天里の言いである。『わむ、れーべ』ともいう。
わてせゆわはめの言いという。わめの言いという。
イカ墨
 天里のねこのふかしという、ねこのふき言いという。
これを、いかずり、という、いかずりのいかせら、
という、いかすみの言いという。幕府御用達のいか墨
入りの墨である。文書にイカ墨入りの墨を使う、天尊
の使いという。文書だけではなく、墨書には、イカ墨
を使うことという。意が、あんぴである。安全を書き
に入れることという、イカ墨の書きである。

 天里のねこという、寝る子大切、猫大切という意味
である。猫の額の話という。人の額を尊ぶ言葉を、
ねこび、という。ねこびの言いという、猫を尊ぶ話である。

 イカスミを尊ぶ御所である。すみの尊びでもある。
御所の造りの墨を、御所みゆみ、という。
御所の造りの炭を、御所きかれ、という。
すみを作る御所という、小品御所という。麁服の出た
御所である。正(やなぎ)J15
*****
革命とは、健康と安全を得ることである。
その方法は、体操、音楽、柳を手に、等々、よし、長生き。
*The revolution is that you would get health and safety.
Tools of revolution:
Physical exercises -- energy
Music -- sing a song
Willow -- with willo, plant willow tree
etc.
All right. OK. Long live. sokyo--the best day
It is difficult for me to write english.
english ---- difficult
 『紫だちたる雲の細くたなびきたる。放射能の雲や如何に。』
 『はっ、たなびいております。』
 『あれに見えるは放射傘雲』
 『これに見えるは、手乗り雲』
 『これっ、悟空、放射能は如何に』
 『放射の山のおきたりて乗り乗り』
 『助さんや、格さんや、悟空ともども、お乗り乗り』
Mr. Atom Lucky Ager, "ANGOLA report" より
      秋残り世界文学全集 巻2
      『余は機械である』
       蒼郷 鳴恭川世讃歌 の項
       秋残り市史編纂員、余。
       秋残り市史篇絵巻物
***アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ***
***コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ***
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***
------

ブログでの団体名、個人名、他名称などは、
全て、仮想です。楽譜の作曲者名、作詞者名等は
もちろん、私が勝手につけた名前で、ええ加減に書いて
あります。実際の作詞作曲者は、私、駄作者の秋残り、
本ブログ著者小林壱裕です。記事は架空です。
著者@459
Notice:Writer says,
Names are virtual on this article.
Matters are not real.
posted by 秋残り at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽

2020年06月15日

卒業6230 ANGOLA dirigivel 俺230 飛行船 (壮強太陽):イカスミ柳


 過去をよくする会。日記の効用。過去の日記に、一言、
どこでもよいから、『やなぎ』と書き入れましょう。
これでその日がよくなります。今日も書き入れましょう。先の日記にも
書いておきましよう。先の日記に入れれば、未来の安全健康、
先取り予約、になります。
 1999/03/09 。その日の記****。柳。 
**馬にはのらない:健全家
**そうきょうのよい思い出し:高瀬川行代
**字(あざ)のほうぼうで、腹を横に書く。:山吹 正
**かいきょうのそうきょうはよい時です。:スモモどくだみ
**そうきょうのよい自分です。:ドクダミ薫
**天の下、山拝み。つねづね。:紙祖川劣る


駄作曲の聴き方:曲名または、楽譜をクリック 
Click music piece
音楽
【曲名】 卒業6230京都船旅5130
古譜4130大原練習4030天の下4430 ANGOLA dirigivel 俺230 飛行船 (壮強太陽)鳴恭川世讃歌) 


    創曲、過去由 巴・正(やなぎ) 俺
    造詞、勇野 晴丈・正     俺
    監修、雪柳里花雄・正     俺
    訳、 冴柳小夜文・正(秋残り市在)
【拍子】4/4
【種類】
【演奏】火打ち石の音が入ってます。
【場所】
【作成ソフト】 
  Music ScorePro、シルバースタージャパン社
  バンドプロジューサー カワイ社
【歌詞】創郷 
腰に拳銃差し 晴寺 飛行場 行くと
大きなわっか 前に付け 飛行船
京都へ浪華へ飛び行く 軍服
カーキー色服 半長靴 並ぶ
飛行機行儀よく 意をただしている

 狐の天気予報。〇r1999/03/09
 狐と。 過去をとく、という。
 場所、そ。 狐言:こって。
 狐晴れを、柳世葉とぞ。
 桃晴れごぎつね、秋晴れごん
   ((明日晴れたなら行こう、大原砂山))
【歌解説】
 火山の石で作られた家で、中へ入ってもごつごつである。
その家の歌である。
天能家
そうきょうは、よい時です。
 晴寺(はるてら)という、今の丹波市の駅のある東側辺りで
ある。そこの飛行機場という、飛行機が並び、そこへ飛行船が
降りて行く、飛行機も今の旅客機である。大きな飛行機である。

 これが並んでいる日という。神殿(天理教)の隣の、しんかわ
という、しんそんの尉、という、そこへ行く。尉のたおはる、
という。そこの場の歌という、継ぎをてもせめ、という、伊
東の言いという。れれてるるいと、という。れめその言いとぞ。
東大晴
 ここを、東大晴(ひがしおおはる)という。東大生の東京の
話という。東大晴の宅という。この意の、尉を体す言葉という。
東大晴のきよはり、という。きよの場という、『はり』が場で
ある意味という。各地の針という地名である。この『針』の出
所である、東大晴という宅の言いの出張りという。でもそめ、
という。これを、各地に出す、東大張りかま、という。

 『ええのう』という言葉の使いをして、その地の言葉にする、
ゆいはらの言いとぞう。これを、めよそて、という。言葉を使
う、この山のお置きとぞう。奈良の晴寺にこの言葉がある。後、
あきすという、あきすの言いとぞう。秋山の言いともいう。
あきすとぜねこ
 あきすとぜねこという、明治の言葉の言いとぞう。これを、
ひめすと、という。ひめすとのあきと、という。ひるれるえ
よふれ、とぞいいもる。この『いいもる』が、晴寺の書きの
言葉である。これを、レックスという、レクション・パール
レーという。話す言葉が、『ともぞ』という。

 『めよ、ふまれ、ともぞ』という、ぱれっせの言いという。
『めよせ、らめて、おいそ』という。れれての言いという。 
この言いのとみ浜という、といたる言いとぞう。天里の古い
言いである。これを、天そめという言葉である。天屯の言
葉という。

 古い日の天皇の言葉という。天皇を『すめらふ』という、
すめの身の言いとぞう。京都の紫宸殿そいそみ、という。
天皇の山のお言いとぞう。京都の御所のけんたんの間の言い
である。みるせるいそゆそ、という。めてのお言いともぞ。
この『ともぞ』が、天里の『ともぞ』である。
天里の冠話
 古い日の、あまゆまごゆれむ、という。天里の冠話である。
後、ふるえるせめよれ、という。冠話の使いの天屯という、
今の、天里の言いである。

 自分を、『わらせり』という、天屯の言いという。
『わらせり、ろてさ、ろゆて、そんそる』とぞう。これが、
『私は、天里にいます』という、天屯以外で使う言葉である。
天屯でも使うことという。天里の古い言いである。
京都坊城
 これを、てむはもの言いという。これて、すすゆ、れぶす、
そんそれ、という。めゆての言いそみ、とぞう。とみとみの
言いという。古い京都の坊の白の言いである。坊城という城
である。今の京都の坊城通りの城である。ここの白という。
とみそめの山という。古い日の京都の四条筋川(しじょうす
じがわ)という、そこの城である。

 今の四条坊城通りの城である。西の中闇山という。そこ
にも城があった日という。そこの山の言いである。
『ともぞ』という言葉である。現代の言葉でもある。
『行くともぞ』という、天里の平尾という、平尾山の言い
である。各地の『平』がつく所の言いでもある。
平川ひらず、という言いである。

 これが、言葉を張らせる言葉の広めという。言葉の置き
という。全国の山のお書きである。『朕、はぬゆぬ、せて
もれ』という、『朕が、はおらめ』の山という。朕せまの
屋のお言いととぞ。天里のごつごつ屋の言いでもある。
『朕ともぞ、れるっせ』という、『朕がお行き』という、
朕もの言葉という。たゆす山の言いという。朕せらの言い
である。

 これを、ごゆっき、という、後の、ごみふみという、
ごみせの言葉の使いという。ごみをいう、ごせという、
ごれという、ごれ語という、朕の言葉である。これを、
天皇の言いという、ごれゆれの言葉とぞう。天能という、
天村の屋の言いである。天村ろっくという、言いである。

 天皇という、自分を天皇という日に使う、朕という
言葉である。朕の一意味である。『朕たっすう』ともいう。
すうめるのおいそみみの言いとぞう。村上語ともいう。村
上の城の言いである。朕という、天皇という言葉である。

 『天皇、しつれん』という、『朕、いたし、れとるいい
そる(いいそめ、とも)』とも。御所から村上へ行く日の、
御所の使いの言葉という。これを、天ちら、という。天そ
め、ともいう。
五稜郭
 御所から、天屯へ行く時の言いともぞ。この『ともぞ』
北海道の五稜郭の言いである。古い日の五稜郭、天屯から、
飛行機で行ったときである。この時の飛行機、尼機という、
天村の経由場という、今の、奈良の針という地の場より、
天ほまという今の楢見山という、そこへ行った日の経由
地である。天村の山のお書きという。五稜郭の山の絵で
ある、京都の郭の原という、京都の六由郭という、そこの
行きとぞそ。ここから五稜郭へ行く、六由機という、尼
機である。プロッセル・エアーゾルという、機である。
天皇機ともいう、大お爺さんのお召し機である。
大おばあさんともぞ。この『ともぞ』が、今の『ともぞ』
の言葉である。〆の言葉である。
郡山連
 天皇のお屋敷という、天里のごつごつ屋である。俺の
ことという。仁徳の屋という、仁徳の言いの屋である。
柳世お書きという。また行く天里という、五稜郭へ
行く経由地であるともぞ。郡山の連、これなるを。

 自分のことを、天皇というお書きである。
正(やなぎ)。j14.
*****
革命とは、健康と安全を得ることである。
その方法は、体操、音楽、柳を手に、等々、よし、長生き。
*The revolution is that you would get health and safety.
Tools of revolution:
Physical exercises -- energy
Music -- sing a song
Willow -- with willo, plant willow tree
etc.
All right. OK. Long live. sokyo--the best day
It is difficult for me to write english.
english ---- difficult
 『紫だちたる雲の細くたなびきたる。放射能の雲や如何に。』
 『はっ、たなびいております。』
 『あれに見えるは放射傘雲』
 『これに見えるは、手乗り雲』
 『これっ、悟空、放射能は如何に』
 『放射の山のおきたりて乗り乗り』
 『助さんや、格さんや、悟空ともども、お乗り乗り』
Mr. Atom Lucky Ager, "ANGOLA report" より
      秋残り世界文学全集 巻2
      『余は機械である』
       蒼郷 鳴恭川世讃歌 の項
       秋残り市史編纂員、余。
       秋残り市史篇絵巻物
***アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ***
***コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ***
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***
------

ブログでの団体名、個人名、他名称などは、
全て、仮想です。楽譜の作曲者名、作詞者名等は
もちろん、私が勝手につけた名前で、ええ加減に書いて
あります。実際の作詞作曲者は、私、駄作者の秋残り、
本ブログ著者小林壱裕です。記事は架空です。
著者@555
Notice:Writer says,
Names are virtual on this article.
Matters are not real.
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2020年06月14日

卒業6220 ANGOLA leve 俺220 ラドン光 (壮強太陽):イカスミ柳


 過去をよくする会。日記の効用。過去の日記に、一言、
どこでもよいから、『やなぎ』と書き入れましょう。
これでその日がよくなります。今日も書き入れましょう。先の日記にも
書いておきましよう。先の日記に入れれば、未来の安全健康、
先取り予約、になります。
 1999/03/09 。その日の記****。柳。 
**馬にはのらない:健全家
**そうきょうのよい思い出し:高瀬川行代
**字(あざ)のほうぼうで、腹を横に書く。:山吹 正
**かいきょうのそうきょうはよい時です。:スモモどくだみ
**そうきょうのよい自分です。:ドクダミ薫
**天の下、山拝み。つねづね。:紙祖川劣る


駄作曲の聴き方:曲名または、楽譜をクリック 
Click music piece
音楽
【曲名】 卒業6220京都船旅5120
古譜4120大原練習4020天の下4420 ANGOLA leve 俺220 ラドン光 (壮強太陽)鳴恭川世讃歌) 


    創曲、過去由 巴・正(やなぎ) 俺
    造詞、勇野 晴丈・正     俺
    監修、雪柳里花雄・正     俺
    訳、 冴柳小夜文・正(秋残り市在)
【拍子】4/4
【種類】
【演奏】火打ち石の音が入ってます。
【場所】
【作成ソフト】 
  Music ScorePro、シルバースタージャパン社
  バンドプロジューサー カワイ社
【歌詞】創郷 
家は 火山の石 ごつごつした
家 灯り ラドンの発電の光がともり
ここは 三輪のゆま浜 親里 豊田の
岩屋降りて 手を合わす

 狐の天気予報。〇r1999/03/09
 狐と。 過去をとく、という。
 場所、そ。 狐言:こって。
 狐晴れを、柳世葉とぞ。
 桃晴れごぎつね、秋晴れごん
   ((明日晴れたなら行こう、大原砂山))
【歌解説】
そうきょうよい時です。20200614
 火山の石で作られた家で、中へ入ってもごつごつである。
その家の歌である。
天能家
 『大お爺さん、おらるれ』
 『おらる』
 天皇査察の家の会話という。そこを、天能さされめ、という。
ごつごつ岩、火山岩でできた家とぞそ。前の教祖殿に、
天を吊るう、という、天吊り屋の家とぞう。
 この言いの、天能庁という、天の能う屋の言いという。
後、ここに、天をもという、も天の言いのことをつれる屋と
いう。この言いに、『あしき』を『おしき』という。
おしき浜という言いの、天能を吊るう、ここの言いをいう。
おしき山という、後、『お』を『あ』という、『おあし』
をいう。おあしという言葉の使いである。言葉を『よ』と
いう、よあのおあし、という。これを卿という。後、卿を
ひみそという。ひみその言いという。これが、卑弥呼の
言いである。卑弥呼を『ひみそ』という、天能の地という。

 この地のいよ浜という。これを、『れぶ』という、後、
レブラントという、後、れぶす、れぶすれ、という。
レブラントという英語である。今の、周という、周の国の
言葉におく。この周の言いのれべという、れべの言いと
いう、れぶれる山のさ、という。この『さ』という、『え
のさ』という意味である。後とぞう、れぶらん・えーの、
という。これが、天能の言いである。後、明治のちそと
いう、この『ちそ』の言いの一部になる、後、天皇の言い
に入れる。
京極の言い
 『えーの』という言いをする天能の言いの、天皇の
とりという。天皇が取り入れたという、天能の言いと
いう。これが、奈良の都をいう、後、奈良ざま、という。
奈良様の言いという。ならようの言いという。後、京極
の言いという。京極の町の使いという。京極の町で使う
言葉という。後、京極を、奈良の八重による、奈良の
八重言いという。奈良を出す、いとめめの言いという。
奈良の言い
 この言いの『奈良の都の八重桜』という、『今日、
九重に匂う』という、これが古文の言いである。奈良に
この言いが出る、奈良の言葉という。奈良山の言いと
いう。奈良の言いの造りという。『えーの』という奈良
である。『えーの』を、英脳と書く。『えーの』という
自分の脳を、はなふれ、という、はなふす脳という。
これを、言葉に使う、日常に使う、脳の言葉という。
江戸の『いいか』という、『よいか、えーのう』という、
今の日本全国で使う言葉という。『いいのう』『よいのう』
という、問いかけのような意味の言葉という。

 これを、英脳という英にかける、イギリスにこれをよる
、よみそらという、よみそらの言いという。英ダッシュの
言葉のという、これを、天理で出す、天理の英語という。
『ええのう』『よいのう』を使う地域をいう。この地域を
作る話という、日本全国の話である。能をめでる言葉を
使う良い脳語である。良脳という言葉である。宵脳という。
脳の樟脳である。この使いを言葉に出すことという。

 天能の話である。これが『あしきをはらう』という言
葉の意味という。今の天理教の『あしき』になる。初期に
『おしき』といっていた場という。『あしき』にして、
『よし』を入れる。『よしき』という、葦木と表すことと
いう。『あしの木』という『よしの木』という。

 『あしきを払う』と言葉で出す、この地の言いという。
その地の言いで『おしきをはらう』という初期の天理教の
言いという、これを、ますらめの天理という。

 今の異端をいう天理におく、天理教から出た一集団と
いう。この期の経典を使う、天理教の異端の天理という。
同じである話に元という、元、天理にいたという、元の
言いの集団という。少し違うだけである。初期の頃を、
その集団に置くことという、言葉の使いのことという。
『おしき』という言葉である。
花置きの置きという。
柳世
 天理にいた話という、後、柳世という、柳葉(やなは、
やなば、やなぎは、やなぎば)の言いという。今の天理教の
教祖殿である場である、おしきが出る場という。そこの
前に置いたごつごつの岩の家である。教祖殿で寝泊まり
していたことという。

 今の神苑という、そこに、ごつごつ岩が建てられていた
ことという。その頃のことである。私という人である。
ゴジラが積んだという、豊田山横の家の人である。岩の
家である。古代人が住んでいたかという、俺、古代人で
ある。ジェット機に乗っていた話という。京都から行き、
長岡京の京都飛行場かせ行き、亀岡管制の矢田飛行場と
いう、江戸見山飛行場という亀岡今川(こんかわ)の飛行
場という、そこから通うていた俺である。

 この時、京都市に、飛行場があった話という。大きな
飛行場である。京都飛行場かめさみ山という、この頃の
天理という、京都の天理という、京都に天理教があった
という。天理教教会本部という場所があった話という。
後、奈良の三輪によせる天理教という、よせられた時が、
岩の家に住んでいたのである、豊田山横である。

 大きなだだっぴろい野原という、天理の南の飛行船
置き場である。飛行船が降りていたという、天尽の話
という、今の教壇の南側である。俺が乗っていた話と
いう。この飛行船という、頭に大きなわっかをつけた
状態の飛行船である。前に大きなわっかを付けていた
飛行船である。魚のような前に大きなわっかがある
飛行船という。それでかよていた古代人である。
天理の古代の話である。

 和国という少し前である。天理で地滑りがあった、
この時から三日後である。古代の地震という俺である。
山晴れの日のお書きという。
晴寺
 古代に地震があったという、古代の文献を調べれば
書いてある。
 飛行船の降りた所を、はるぜらきよ、という。はる
てらのやまのきよ、という。はるてらという場所である。
晴寺と書く。ごじつ山の言いという。JRという、俺の
言いである。何台もの飛行機が置かれていたのである。
JRと書かれた飛行船もあったという、俺が乗っていた
ことという。この頃の天理、あまゆみ、という、あまゆめ
という。天弓、天夢、と書く、後、尼弓、尼夢とも書く。
 天理へ行けば、ゴジラに聞けばよくことである。
大門 
 京都の七条の大門という、そこからの行きである。
これを、JRラックという、ジェイ落ちという。七条の
英能語を使う俺である。『えーのう』という話である。
大門というのが、京都の天理教の残しである。大きな
門である。地名に残る話という。古代の活躍していた
頃である。この天理教を天里卿という。七条大門の天
里卿である。後に天理教という、教という字の卿とい
う意味の、場所のことである意という。永尾卿という
大きな渓があった所という。京都山世の頃である。
永尾山という山の渓である。永尾村という七条である。

 古代江戸をいう、江戸の言いの七条の村である。
『だ』という言葉を使う、『そうだ』という七条の
あざにな、という言葉である。あざはっと、という、字
はっと、の村という。七条村である。

ここの言葉をいう。ジョグシクという言葉である。
『ジョグ、おって』という、『ジョグシカ』という、
『ジョグルッキ、めっそむ』という。『俺が行く』と
いう意味である。

 『ジョグルッキ、めっそむ、ば、みよってむ』と
いう、この『みよってむ』が、天理の飛行機の着地
場である。晴寺のことである。後、この飛行機の使い
という、飛行船通学である。俺の通学である。豊葦
の地という、天理の東大から、京都豊葦へかよた俺
である。

 日本書記という、その編纂である、俺の編纂という。
あれに、俺の名前がある、日本書記が俺の名前である。
これを、本当のことという。

 この書記をジョグという、『ジョグ、すれて』という、
古い奈良の町に残っている初期のことという。日本初期
という、古代のことである。七条では、ジョグという。
のち とぞう、序具と書く。鉛筆類のことである。
京都の町が、あの仁徳稜の大きさの倍であることという、
京都の近江古墳という、その頃の京都である。あの和歌
山にある前方後円墳である、その形の近江古墳である。

 中に山あり渓ありである。今の京都の町全体が古墳
である。それだけの大きさの古墳である、倍という俺
である。私の古墳闘記である。古墳を見ようと思えば
大変なことである。大きな変化という、今の世のこと
である。

 古代天理史という、紐解けば、写真とともに乗って
いることという、ごつごつ岩も載っている、この写真
も飛行船ともに旅をしているのである。俺名手が写した
写真もある。古代人の写真という。日本初期本という、
著者、日本書紀である。この文である。

 豊葦原の国という、豊臣秀吉が活躍する国である。
ゴジラがいた頃の日本という。石の家に住んでいた
俺である。映画ではジェット機とともに出てくる。
放射能の影響という映画である。
 
 天理の古代史という、ジェット機が発着し、飛行船が
並んでいる、人は火山岩でできた家に住み、石の家に
住んで、榊をもって、参拝三拍手という、山が火を上げ
て、地滑り華やかな頃である。山査子はゴジラの糞で
出来ている、古代人の知恵という。
正(やなぎ)。J14
【国司】
安全政府、健康政府。国民皆健康。
 そうきょうよい時です。
************************************************************************
革命とは、健康と安全を得ることである。
その方法は、体操、音楽、柳を手に、等々、よし、長生き。
*The revolution is that you would get health and safety.
Tools of revolution:
Physical exercises -- energy
Music -- sing a song
Willow -- with willo, plant willow tree
etc.
All right. OK. Long live. sokyo--the best day
It is difficult for me to write english.
english ---- difficult
 『紫だちたる雲の細くたなびきたる。放射能の雲や如何に。』
 『はっ、たなびいております。』
 『あれに見えるは放射傘雲』
 『これに見えるは、手乗り雲』
 『これっ、悟空、放射能は如何に』
 『放射の山のおきたりて乗り乗り』
 『助さんや、格さんや、悟空ともども、お乗り乗り』
Mr. Atom Lucky Ager, "ANGOLA report" より
      秋残り世界文学全集 巻2
      『余は機械である』
       蒼郷 鳴恭川世讃歌 の項
       秋残り市史編纂員、余。
       秋残り市史篇絵巻物
***アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ***
***コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ***
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***
------

ブログでの団体名、個人名、他名称などは、
全て、仮想です。楽譜の作曲者名、作詞者名等は
もちろん、私が勝手につけた名前で、ええ加減に書いて
あります。実際の作詞作曲者は、私、駄作者の秋残り、
本ブログ著者小林壱裕です。記事は架空です。
著者@308
Notice:Writer says,
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Matters are not real.
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2020年06月13日

卒業6210 ANGOLA Deslizamento de terra 俺210 地滑り (壮強太陽):イカスミ柳


 過去をよくする会。日記の効用。過去の日記に、一言、
どこでもよいから、『やなぎ』と書き入れましょう。
これでその日がよくなります。今日も書き入れましょう。先の日記にも
書いておきましよう。先の日記に入れれば、未来の安全健康、
先取り予約、になります。
 1999/03/08 。その日の記****。柳。 
**馬にはのらない:健全家
**そうきょうのよい思い出し:高瀬川行代
**字(あざ)のほうぼうで、腹を横に書く。:山吹 正
**かいきょうのそうきょうはよい時です。:スモモどくだみ
**そうきょうのよい自分です。:ドクダミ薫
**天の下、山拝み。つねづね。:紙祖川劣る


駄作曲の聴き方:曲名または、楽譜をクリック 
Click music piece
音楽
【曲名】 卒業6210京都船旅5110
古譜4110大原練習4010天の下4410 ANGOLA Deslizamento de terra 俺210 地滑り (壮強太陽)鳴恭川世讃歌) 


    創曲、過去由 巴・正(やなぎ) 俺
    造詞、勇野 晴丈・正     俺
    監修、雪柳里花雄・正     俺
    訳、 冴柳小夜文・正(秋残り市在)
【拍子】4/4
【種類】
【演奏】火打ち石の音が入ってます。
【場所】
【作成ソフト】 
  Music ScorePro、シルバースタージャパン社
  バンドプロジューサー カワイ社
【歌詞】創郷 
天里 地が崩れ 東大 山が岩出した
晴れた日昼下がり 家ごと西へ
ずりこんだ 家が震え 闇山に 
おかごとおれと ふりふられ
がたがたがた柱が 戸が震え
見回して座ったまま ぐらぐら
大きく しばらく

 狐の天気予報。〇r1999/03/08
 狐と。 過去をとく、という。
 場所、そ。 狐言:こって。
 狐晴れを、柳世葉とぞ。
 桃晴れごぎつね、秋晴れごん
   ((明日晴れたなら行こう、大原砂山))
【歌解説】
東大:藤堂のこと。東藤とも。
天理市の東の山が岩を出したという。
西の方へずずうっと滑った。
丹波市駅の東の方である。
家がつぶれそうな揺れである。
【国司】
安全政府、健康政府。国民皆健康。
 そうきょうよい時です。
【和国、翁長国】

輪島コネクション


ハード・ボイルド風日記
 
そうきょうはよい時です。20200613
【天理市】
そうきょうはよい時です。20200613
ゴジラ、中宮彰子
 土佐の大地震という、小高い丘でみていた人と言う。
浜が割れたという、大きな地震である。この日に京都へ行く
話という。京都の屋という、京都山の近江山という、近江山の
中埼へ行く、ここを、大崎という、中み山の名という、中見
山の中山という。この言いの、中行きという。中宮の中巣という、
後、中宮彰子という、れを、れそんという。れそんの屋のお
揺れという、地震があったことという。中崎の宮である。
 中山という、中背の屋のはよふりという。大きな動物がいた
ことという。この動物のことという。今のゴジラである。
このゴジラを、中宮彰子という。ゴジラのことである。

 このゴジラのふられという。ふらすらのいよ浜という、
ゴジラのいる浜という。立って歩き、手に物を持つゴジラ
である。この日の、この動物のことという。地が揺れて、
このゴジラが、家へ来て、子供という、子供と一緒に来た
ゴジラの中宮という。この隣が俺の宮である。このゴジラ
、四の家という。四倍の家である。そこにいた話という。
家族が四人家族である、ゴジラ夫婦とその子供二人であ
る。
近江山、崩御
 そのゴジラの家へ行く、俺のいやれくという。すぐ隣の
家である。近江山という、その山の揺れをいう、すぐの入り
という、揺れてすぐに家へ入った、ゴジラが上へ上げてくれ
たのである。近江山が高さ千位の時である。このまま、なし
崩しの山沈みという。一挙に五百まで下がったのである。

 ゴジラが揺れをいう、キャオという、ガオという。ゴジ
ラの言いという。これが、今輪のごじけはむという。ごじ
けの音という、地揺れの音という。山鹿ギャオと鳴いた話
という。このことの言いの、はむという、後、無線という。
はむの家という。ゴジラの家と俺の家が一緒に沈んだので
ある。五百メーターの高さという。

 そのゴジラがいる花の世の居住まいという。ガオぜらごけ
という。ガオのぜの家という、その隣の俺の家をいう、ゴ
ジラが俺をギャガという、ゴジラの言葉という。俺をギャ
ガと呼ぶ。ゴジラの呼びという。花摘む山のお生きという、
中宮彰子のことという。後、末摘む山という。大きな生き
物である。中宮彰子の名前という。このゴジラをいう。

 山のかよるよという、山をこよれという、山の住まいの
お生きという。この山を、ごじれ槍という後とぞう。
近江ごじという。今のゴジラのことという。このゴジラを
尊ぶ世の山という。世は行くという言いの残しという、私
は行くという意である。

 ゴジラに世という、ゴジラを世という。ゴジラの呼び
である。このゴジラをいう。映画に出てくるゴジラという、
ゴジラを撃つ話という、映画の話である。

 このゴジラ、これを言うたのである。自分を世という
ゴジラである。ゴジラが歩くことを、ヨズという、ヨズ
お行きという。ヨズの言いをするゴジラの動物という。
ごつごつの顔である。このゴジラが勇むことを、めでる
踊りという。今の天理の踊りである。手を合わせて前へ
出し、横に並行にする、そのまま平行にずらす、そのま
ま90度回転させる、空手のような恰好である。これが、
ゴジラの拝みである。

 天理を古く、ごじるらという。ごじのやという。
ごじの手の形にする、上の右手を、時計の五時の場所へ
持ってくる、これをする拝みという。左手だけが立って
いる。この形式拝みのある場という、神社の古い形式で
ある。これがある天理の三輪の神社という、三輪がか
かる場である。この場の、三輪遣りという、ここの岩の
家の中の祭りという、この拝みをする、京都の三輪の遣り
という、槍のことである、山のことである。遣りという
ゴジラの思い遣りという、大お爺さんのお駕籠と仰ること
の意という。お駕籠がゴジラのことである、後、恐竜と
いう。この恐竜がいることという。このことに、山巣と
いう、自分の家をいう、この巣が駕籠の意味である。
御加護という宗教の出である。三輪遣りの出である。

 後、近江世という、宗教のことである。駕籠、加護と
いう宗教のことである。これがうちの家の古い宗教で
ある。後、踊る宗教のようになる。

 奈良三輪という、この意味のことという。三輪という、
恐竜という、天理の豊田 という山の住まいという、こ
こにいる、三輪山という名の恐竜という。

 火山岩で出来た岩の家の住まいという。そこの家の
住まいの前という、火山の岩が積まれていた日という。
自然の積まれである。天理獣という恐竜がいたことという。

 この恐竜がギャコという言葉を出す、この恐竜の住ま
いが奈良里という、ここにいる恐竜である。奈良恐竜と
いう。浪山の家のお添いそまるという。この恐竜の糞の
使いという、山査子の木の育てに使うことという。山査
子の味がその味である。

 始祖闇鋤という、始祖鳥の尾の形の鋤という、この
鋤の産地である、天理の鋤という、後のことという。

 この恐竜が、豊田山の奥にいた恐竜である。御殿と
いう造りである。又野家という、又野という名の恐竜
である。大御婆さんの御名づけという。又野という恐竜
である。
仁徳獣
 この恐竜の歩みという、とうほという。歩みことという。
家へ来て入る日がある。いつも来ていた恐竜である。子
供が来ていたのである。この子供のことという、仁徳獣
という。仁の字が動物を表すことともいう。仁とその恐竜を
呼ぶ俺である。
土佐竜
 俺の山の世という。仁がいる話である。今のプロントザウ
ルスという、プラッキオともいう、仁徳獣という、恐竜である。
この日、土佐に土佐竜がいたことという。

 天理の火山のガレという、ガラ岩という、この岩の運びを
していた恐竜である。小さな子供の恐竜をいう。小さなガレを
運び、これを積む仕事という。恐竜の仕事である。高く積む
ガレの積みという。後、ガレ闇という、その恐竜の住み家に
することという。

 高く積まれたガレの周りそこにいた俺という。五つの高い
積みという。これを、ごぎゃあ落という。ごぎゃあ落の屋と
いう、恐竜の住まいという。屋根もガレで作ってある屋敷で
ある。俺が住む家もガレで作ってある日という。

 この恐竜が天理という、後、天里という、後、尼里という。
ここを親山という。親山の山ふりという、里のことである。
大御婆さん御名づけ里という。親の言いという。恐竜をいう
話という。この恐竜をめでるふり遣りという。これが、今の
御神楽歌である。天里の屋の歌である。後、木遣りという。
これが、天理の古い歌である、ヒトツという数え歌という、
この歌の出という。大御婆さんお造りの歌である。
三輪の屋のお書きという。

 恐竜をめでる箇所がある。これが、その恐竜の声がある、
恐竜をひとめふためと数える恐竜の助数である、助数詞で
ある。京童の歌という、土佐わっぱという、土佐童の歌と
いう。これが、高地の屋のいまという、今で作られた大
お爺さんという。この大お爺さんの御名が付けられている、
土佐わっぱの土佐がそれである。土佐の御名のお爺さんとい
う。土佐山の家の御名である。これを、御名御璽という。

 後、天里の豊田山に墓の字として、石碑に刻むことという。
この墓、恐竜が行きかう、恐竜が拝をする墓である。御名
御璽という石碑が林立する墓である。後、きよはみという、
御名御璽の墓石である。

 この恐竜がいる豊田の山の隣である。岩の家である、俺が
いる家である。土に埋もれている話という、泥の降りた日の
明る碑という。天から泥が降ったのである。

 この泥で棒を作っていた俺である、泥棒という俺である。
泥で作られた棒である。かごめかごめという、恐竜のことを
いうのである。かごめとぞそ。かごめ竜。
千葉県
 このかごめの歌、千葉にある江戸浄瑠璃という、千葉せん
らみという、千葉山の千葉という、豊田山の奥を千葉という、
この千葉の歌ともいう。恐竜の子供を、せんという、せんの
葉という、千葉竜という、豊田の地の千葉山という豊田山奥
の恐竜の子供である。ガレを積んだ恐竜である。

 ゴジラの千の葉の恐竜である。葉を歯という、千歯竜と
いう。御所の、せんば山にはたぬきがおってさ、という。
このたぬきである、千歯竜である。プロントザウルスの一
種である。山が崩れた時のゴジラである。ゴジラをカミと
いう、竜をカミと読む、後、神という、ゴジラの崇拝という。
大きなものを立てる宗教の建物という。この恐竜の残しで
ある。

 恐竜の里、全国にたくさんあることと言う。京都御所竜
という。京都の御所のことという。かごめ遣りという、京
童のかごめの言いという。童道行きという、童の通う道の
ことをいう。恐竜の子供を、わらという、わらべという、
わらべかご、という。わらふるの言いという。

 童を歌うどうぎょうという、これを、土佐目からという。
どうきょうを、道のかがみという、道にかがんだかごめ竜と
いう。かがみをいう、これを、かごめという、恐竜のこと
でもある。かがみ竜という。恐竜のことである。

 恐竜がいた御所である。渡しの名前の話という、いちひろ
という、一尋の渓をいう、そこの渡しである。恐竜が渡る橋と
いう、御所の東の渓の渡しという。この橋を渡ってやってく
る恐竜という。来ては戸を叩く竜である。石橋という、せっ
きょうという。
天里渓
 天里の渓という、天里渓(てんりきょう)という、天里渓
谷の御所東という。後の、烏是という、烏山の橋という。
御所の古い頃である。かごめわらべの竜という。わらべめ
という、童の竜である意とも。

 これが、恐竜の言いである。ギャオという、ガオという、
都の造りという、都流という、碁盤の目の前の京都である。
京竜造りという。京竜が作った町という。岡があり谷があり、
渓卿(けいきょう、きょうきょう)の都という。京卿の山と
いう。天里卿という御所の古い一角である。
天理卿、ガジャ
 天理の町造りという、天理卿という、天理の古い町名で
ある。天里ともいう。天里卿という、ガレがあった頃の町
である。渓のことを、ガジャという天里の藤堂である。

 天理の吊り橋という、渓のある頃の天理である。ガレが
ある話という。天理を、ガレガジャという古い呼びである。
天里卿の俺である。御所という、あれなれわれ、という
和所のいとという。今の丹波市駅の所である。そこに藤堂
がある。

 藤堂の造りという、藤山という、藤堂の屋の辺りという。
そこの、はられやれ、という、はられのくみさり、という。
俺がいたという、藤堂まんたる、という。まんせむとも
いう。そこを、藤堂大学という、藤堂の屋の言いのぺん
ずる、という。この大学の頭(かみ)という、頭竜と
いう、竜のことという。少し、首が長い竜である。
プロッゼルという藤堂の大学の言いである。

 この頃の俺という。にんにんの俺という。にんばと
いう、藤堂の天皇の言いである。この天皇、いそびら
という、いそびらのゆい闇という。東藤藩の呼びである。
磯川のうたれ、という。いそみその言いとぞう。天皇の
話である。竜を天皇ともいう藤堂藩である。この藤堂藩を
東大という、東大の藤堂という。これを、権堂(ごんど
う)という。権藤大学という、藤堂の東大である。

 私のいた天里という、ガレがあった頃である。火山岩
である。我が故郷、天理という。ガレの家という、火山
岩でできた家という。自然石でできた家もとも。豊田山の
御名御璽という、墓山の奥良(おくら)という、恐竜の
住まいという。
三輪遣りの住まい
 火山岩ダムという、ダムを家宅という、その硬くの裏が
ダムである、火山岩で出来たダムである。豊田山の奥で
ある。この工事、始祖鳥が見ていたという。始祖鳥の白の
始祖鳥である。かわせらという鳥である。火山岩ダムを
造り、竹と白樺を植えた話という。これが、天里の卿の
造りである。豊田山の隣の山、そこである、岩の家という
自然石の家である。三輪遣りというのである。
正(やなぎ)J13
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革命とは、健康と安全を得ることである。
その方法は、体操、音楽、柳を手に、等々、よし、長生き。
*The revolution is that you would get health and safety.
Tools of revolution:
Physical exercises -- energy
Music -- sing a song
Willow -- with willo, plant willow tree
etc.
All right. OK. Long live. sokyo--the best day
It is difficult for me to write english.
english ---- difficult
 『紫だちたる雲の細くたなびきたる。放射能の雲や如何に。』
 『はっ、たなびいております。』
 『あれに見えるは放射傘雲』
 『これに見えるは、手乗り雲』
 『これっ、悟空、放射能は如何に』
 『放射の山のおきたりて乗り乗り』
 『助さんや、格さんや、悟空ともども、お乗り乗り』
Mr. Atom Lucky Ager, "ANGOLA report" より
     秋残り世界文学全集 巻2
      『余は機械である』
       蒼郷 鳴恭川世讃歌 の項
       秋残り市史編纂員、余。
       秋残り市史篇絵巻物
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ブログでの団体名、個人名、他名称などは、
全て、仮想です。楽譜の作曲者名、作詞者名等は
もちろん、私が勝手につけた名前で、ええ加減に書いて
あります。実際の作詞作曲者は、私、駄作者の秋残り、
本ブログ著者小林壱裕です。記事は架空です。
著者@391
Notice:Writer says,
Names are virtual on this article.
Matters are not real.
posted by 秋残り at 17:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽