2020年05月29日

卒6093 京都府長岡京市 10

京都府長岡京市10
そうきょうは、よい時です。
【天相数】
 これから先は、お化けでも拝んでおればよい話である。
お化け拝みという、天相数(てんそうすう)という。
今のヘドロという、その泥と同じような泥である。この泥を
走り台という、庭のはしりに使っていた、ドロンである。
庭の流しである、流し台、調理の場。この『調理』が、調子
という地名の長岡町の地名である。調子路という、ここの
かかりの友岡である。緑山お書きこれなるを。

『大お爺さんゆ、あれてせ、すすそ、すすゆ、れれる、
 そんとるそばせ、すみすみつゆる、そとすせてそ、るるす
 すみづら、そそゆすせてゆ、そっつくろっく』という、
調子の地名の謂れである。古い御代の話という。

 また行く長岡、若い人がいる長岡である。丸い球体の霧と
いう、土御門の怨霊という、土御門の霧という、霧である。
岡霧という、丘霧という、こうむきゅうむの霧のという。

【円霧城】
 新潟長岡の城、この霧に包まれる城である。円霧城という
長岡やくし、という薬師という表記をする新潟ろろ管制であ
る。新潟のア天地という、後、大道という場の川すりという、
さめすろっとこという、めめゆむ霧とぞす。『とぞす』とい
うろろ管制の言葉である。水上飛行機の用語である。京都長
岡の鴨背の長岡、金原の世の長岡、後、ながせまの言いとい
う、全国の岡の言いである。『〜よ』という言いである、
ながおの言いという。長尾という表記という。長尾ほうゆま
という言いである。岡の言いから全国の言いになる、ほうゆ
まという言葉の延ばしである。怨霊の話のある所の言い
という、お化け拝みという、崇徳上皇の怨霊という、代表で
ある。
【料理をけという】
 話を、はじかみという、食べ物掛かりの料法という、料理
のつまという、『つまい』という、その『すまい』である。
『きにすまい』という『きにつまい』という。これが、長岡
の『け』という、料理をけという。その言いの言葉である。
けじという料理のことである。ろろけじという、けじが道の
ことでもある。新潟大町の大道の言いともず。これを、大町
管制という、大道の道路である。水上機の滑走路という、そ
の後の道である。道まで水があったことという。
【新潟友津管制】
 新潟のかたゆらの言いという。ともづ管制という、かた
ゆらの友津である。そこから発信する水上の発進という。
かんせらの山の絵という、やうての山という。ここの、
けねそねという、けね発進という、けねびるお発という、
トツーのツツーである、二進法の通信の発進用の通信語の出
である。新潟友津管制のことという。
【連絡伝令】
 御所より、赤紙を入れた円筒を落とす、連絡伝令の水上へ
の落としという、筒う、ツツー発進という伝令の発進である。
かたゆなみ、おゆてそのおんけら、という。この『おんけら
』が、怨霊の意という、お化け通信という。金筒のジュラル
ミンの筒という、これを使うことの言いという。つつすとい
う。つつてみのおよる、せとよ、とぞず。この『とぞず』が
大坂の八尾迂回の航路という、一旦、大阪、八尾へ回り、
後、新潟へ向かう赤紙航路という、筒航路という、それを、
知らす『とぞず』という、ともずとぞずの空路語という。
カーユレ・レースという。レレスドレスという、れっての路
とぞもず。ドレットン語という。ノッブコップの英語である。
【水上機】
 ノーカラーという英語の種類である、英語のノットンと
いう後ノットという、これの言葉の元という、ノットという
水に掛かる言葉という。水上機の用語である。縦上がりの
ジェット機にも使う言葉である。ロイスという名前の出とい
う、ロールスの言葉という、ロールス・ロイスという、ノッ
トン城という、そこの跳びの言葉である。
【鳶職】
 後、日本のとび職の言葉という。鳶をロイフイという、
ロフィーともいう、その職業用語である。鳶職人の言葉で
ある。『ジーラ』がそうである。『ジーラジーラ』という、
機の巻き上げの意味である。『巻いて上げ』という意という。

 ノットン城の言いという。『アイロ、ロット、ロール、
ジーラ』という、ロボット小馬を積む水上機でロールという
発信をする城内発進である。『ロール、ウェント』という
過去形を使う言葉の使いという、ノットン城の言葉である。
【パーサー】
 後、パスという言葉になる。『アイ、ロット、パス』
という、発進をパスという、これが後、パーサーという言葉
になる。飛行機用語である。伝令の意味ともいう。
【パン】
 ノットン・ファールレーという言葉である。この期の機を
セットスという、後、パンサムという、パーレルという、
パンの言葉を使う、パン・アメリカという、パン・コリスと
いう、パン・ハリスという、ノットン城の広めという、言葉
の広めという、ノウレル・ユットンという、言葉である。

 主に世界の空の言いの使いになる、パン・コーリアという、
朝鮮の意の朝空という、朝ゆさの言いという。コーリア・
レールという、カデッセンのかゆける、という、この言いの
言葉という、今の朝語という、朝鮮の王宮の言いである。
【朝鮮語】
 『アンモン、ハシヨテ』『アンモン、ハシヨ』という、
李王朝の言いである。少し英語のようなフランス語のような
感じがする言葉の一部という、ノットンの城の言葉である。
ここの言葉の造りという。王宮をノーフーという、韓国の
李音という、キュウをフーという、韓国の朝鮮離宮という、
おざ山のよいふい、という。『オーユー』という言葉を使う
地用船離宮である。『オンヨン、ハッセンヨー』に、受け
が、『オーユー、ローローフー』という、『たくさん、あ
りがとう』という言いである。
【園部】
 上海が少しかかる、『アンヨン、はしひ』という、元、野
の言いという、園部の古い園部城の前の園部城である。
崖横の園部城である、そこの城の言いである、がにょしょの
言いのあんそめの言いという。

 ノットン・ゴリラという、イオン・トートブという言いの
城という、今の大阪の城である言いという。大阪城の城下町
の言葉である。『アンヨン』という言い掛けをする。
大坂の城の言葉である、秀吉の朝鮮征伐という、言葉が入っ
ていくことをいう、『アンヨン』がそれである。『イースン
シン』という、これが受け手の言葉である。『アンヨン』
『イースン』という、言葉のやり取りである。

 古い日の朝鮮高句麗という、その頃の言葉である。ノッ
トン城の言いでもある。『アン』という言い掛けで、『ヨー
』と受ける言葉である。これを、アンヨンという、あんよん
報酬という言葉である。ノットン・コーレルという言葉の
一部である。ノバという言葉がそうである。言葉にかかって
くる言葉である。野の脳という、前脳野という類である。
これを尊ぶフランス語で、『アン、ノン』という、フランス
語の受けの言葉という。ノットン城をシーズ城という、ノー
レルの城という。ノバッサンの所の城という、今の、レス
ター辺りである。自由の女神のレプリカントという像のある
所の城という、そこの言いである。アーシャーという、アッ
サーの言いの麻の言いという、麻の木の所の言いである。
【麻】
 後の、論壇という、半円形の造り全般の言いである。麻山
の言いという。風呂に入る時に麻の木を持つ、おまみまの
風呂という、これの意という、麻の湯という、麻の造りの
風呂のことという。空の東を見るたとえである。朝鮮の空と
いう、これを見ることという。この言葉が『あん』の意味で
ある。朝の東を拝むことという。日の出のことである。これ
の意味である、あんみさという、朝の拝みである。
【グライダー】
 もみという、モーミングという、ジュリー・パッサン・
モームという、あさの拝みである。麻の飛行機という、
朝の木の形をした飛行機という、麻機という、グライダーの
ことである。途中まで、いかげという上げをする、後、平行
に飛んでいくシュリー・ジェットという、いか飛びのことと
いう。

 麻の木を燃料にする機関ともいう。風呂わかしという、
風呂の竹やみおという。竹筒のことである。竹飛ばしという、
丸い形の竹造りの上へ飛んでいく玩具 という。卵のような
形という、これの話である。昔にあった玩具のことという。
これを作る人という、麻屋という、麻屋飛ばしという。
【聚楽】
 家の柱に泥を使う聚楽の柱という、赤い泥を塗る話という、
泥家の造りである。ドローンという、レトンともいう。レモ
ンという、れぞの家という。壁に麻の木を用いるそれに土壁
を使う話という。ドローン・ジェットという、その土壁の中
に細工をする、壁の中のことという。起き上がりこぼしのよ
うなものを入れる造りという。壁から音が出る音壁という、
その音の意という。音が出たら、気候が変わるをいう。
主として朝の日の出に雲がかかる、そういう季節の来る日と
いう。さむ山のお書きという。

 麻のかわりに竹を使う、竹筒の中にものを走らせる造りと
いう。上から下へ降りれば、それを上へ上げる造りという、
壁を半分に切って扉の開ける造りという、時間を計る話と
いう。壁掛けの時計という、壁の中の時計という。
人が挙げる造りという。壁毎回せば、仕掛けの壁という、
しかよまの造りという。忍者屋敷という話である。
【骨董の壁】
 この壁を湯の壁という、湯壁屋の骨董という、骨董の屋と
いう、こうれるのやのややや、という。骨董や四季の造り
という、音を色々出す、音楽壁である。この音を菊こととい
う。菊の壁ともいう。菊の紋の話である。菊字型に紋を入れ
るこの菊の字のように絵が映る向かいの壁の話 という。
この造りがある御所という、これが御所の土御門造りである。
【桃宮】
 長岡の土御門の家である。土御門御陵という、飛行機の
造りである。歩く家ともいう。泥の世の住まいである。
土御門の怨霊や四季という、長柄の王という、長柄山のたもと
という、りん屋、りんりん屋敷という、桃の宮の桜の伍の向
いである。桃の宮の造りでもある、ここの宮の音という、
自動の造りという、壁の音楽という。園部の城の壁でもある。
【泥水発生、園部城】
 ノッキュソーという、篠山の城のレトンという。長岡の
恐風音という、リンリンリンという、澄んだ音という、泥水の
壁の判断という。そういう園部の渓谷である。警告という。
崖の上である。園部城という。周りは崖である。そこの風の
音という、当たる風という、充る風邪、中る風、城がなると
いう、鳴風城という。谷から吹き上げる風という、当風、
充風、中風という。風雲という、ふううんと鳴く風という。
風白(かざしろ)造りという、雲が降りてきて城を取り巻く時
もある。山が鳴る城である。雲掛(くもかけ)城という、
ノッキン・パーズという、サウンド・レーテという、隣の山
崖には、洋状の城が見えた話という。離れた山である。
崖の上の城である。ここをいう、園部城町という、一つ山の
一つ崖に城が立っていることという。飛行機の往来という。
道がない頃である。がらくぜ槍という、槍という尖った山で
ある。せめるのに飛行機がいる話である。城への行き交いと
いう。大軍で行く人である、歩いていけない急傾斜、勿論
道もない、飛行機という、これを、がろう、がろという。
飛行機由良という、園部の話である。
【のっぺらぼう】
 のっぺらぼうという、園部の城の造りをいう、おみつぼう
という。のち 、長岡の埼々の家の造りという。『ぼう』の
言葉の付く地がそうである。棒鼻、坊村、・・・。坊城と
いう、四条岬の京都の城である。

 石沢状という、隙間なく作っていく、自然石そのままの造
りという、のっぺらぼうともいう。そういう家である。全国
津々浦々にあるとという。新潟小町節という、『佐渡へ佐渡
へと草木もなびく、アリャさ』という、おれさ岩の造りとい
う。新潟ののっくるという、のせん造りという。『ぎゃあ
にゃは』という鼻母音の言葉を使う石器時代の人である、
石器のはさみ、包丁とも。おれさいわ、という意である。
俺、幸いという、俺幸波止場という、遠く離れた、サラセン
をいう。ウラジオスクへ行く俺である。岩船枢要という、
サラセン航路である。間宮眺めのおて山海、ネフロン航路
という。らぶってすお行きという。岩船の乗りである。
正(やなぎ)
posted by 秋残り at 09:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽

卒6092 京都府長岡京市9

京都府長岡京市9
そうきょうは、宵時です。20200529
【京の村上】
 京の村上という。村ゆらのおゆふりという、おゆのふりせ
るという。村上の村のゆれという。このむらかみという、
鴨沂という、『おう』を、きみせみという。鴨沂をきみろく
という。『ろく』という、地のことである。この言いを、
長世花弓(ながよはなゆみ)という。
【鴨背山】
 古い鴨背山という、この山の名をおうせみという。鴨の山
のお書きという。これを、あかという。あかんの文という。
あかせらのよいするとぞそ。赤い山という、鴨背山の色とい
う。真っ赤な色の山である。赤紙の山という。召集の村の
赤磯という、赤闇の村という。打ちをとめるという、このと
めるという意ととぞそ。赤紙の召集という。これをとめると
いう。
【山江】
 たんはんの意という。いよせらという。いみそみという。
ときよきふりすりという。せぶてのよきやりという。はん
たんの言いという。たんはんという意ともとぞそ。
これをはんはんという。これをふんるれという。るれふれの
磯言いという。ものをとめはりという。とめはりすめすらと
いう。ときより山おえという。この『お』を『お』という。
おいふみのお書きという。ときより山をえという。ときおし
のえのよという。山のことを絵という。これを(山エ)えとい
う。(一字、山へんにエ、え)という。これを、さんずいのえ
という。(山エ)のこと。表記に江とする。山の江という。
これを絵という。山麓の言いという。おみつぼうという、
自分のきそけという。これをいわおという。いわお山という。
【帝臣】
 自分のことを、おみつぼという、おみつという、おみとい
う。これを、みかど言いという。帝のおみという。この『の
』は同格の『の』である。帝のおみの意味である。これを
ていしんという、古くの御所の言いという。帝臣と表記する。
帝にいる自分という。これをおみ浜、臣浜という。しんひん
のしんという。そこの帝臣という。

 これが『知らせる』をいう、山つ臣ふみ、という、古くの
鴨沂の山津という、山江という、麓の家という。山津家の
ぺれという。山っぺれという鴨沂の住まいという。鴨背の
山の麓という。鴨山のおおきまという、これを『おおきに』
という、おおきに住まいという。住まう意である。

 『おお きにすまい』という、『きにしないでおこう』と
いう意という。きに住まうことを喜ぶ話という。これが長岡
のおっぱ遣りという言いである。『すまい』という言いであ
る。長岡のぎゃくれまの言いという。そみの言いという。
【帝紀本記語】
 逆れまと書く、さかれまという言いともいう。長岡の『す
まい』の言いという。きにする話という。きよての山の絵と
いう。ルッカル・レックスという。レベセン・ラークという。
ロンゼラパックという。帝紀本記語という。帝の言いという。
これを、こかどの言いという。こかどをおかどという。小門
という表記をいう。これを、つぼやりという。つぼす山の世
という。
【長岡村型】
 『きにすまい、きにすまい』という軽い言いの話という。
木に住まいの気にすまいという。きにする話という、これが、
天高(あまたか)の言いである。この通りのの、木に住まい
である、木の上の家である。気のうえの家である。長岡村型
という家の造りという。この長岡が長岡京市の長岡である。
鴨山の長岡世という鴨の世の住まいという、鴨背山の住まい
という、ここの村の家の造りという、木の上の家である。
天然の木の家という、その上に家を作る村である。鴨背山丁
という、山丁の家という。長岡の家という、家の柱という、
大木の柱の上という、下の繰り抜き屋という、一軒縦二(
いっけんたてふた)という。たてじさんのお住まう家という。
たてにあまという家のことである。
【風澤印】
 大お爺さんのおきの家という。これの言いの、こめこり言い
という。米のなるよと、いう。わかち家という、わかちの
『と』という。とのの山のえという。わかちと造りという、
きの上の家という。これを、赤紙を貼る印という。
長岡と鴨世の長岡という、全国の長岡の風澤という、風澤印
という、これを、ひょういんという。ひょうという、ふうと
いう、馮印(ふういん)の家という、後、封印という。
【封建時代】
 封ずる封建という、封建時代という、山のときよ、という。
山麓のときえである。封建時代という封建の山という。
帝小門(みかどこもん)という人である、かもおれのお書きと
いう。鴨沂の人である、『おぜ』という詩分を表す人である。
『おぜ、山っしょ、しよってら、すわっしょ、せせす』とい
う人である。町の言いになおすという、どのまちの言いとい
う。土御門という所の人である。土で作った家という、土御
山(つちみやま)という、つちはやまとも読む、土御門帝であ
る。長岡にある墓である。
 『あそこ、俺の家やった』と簡単にいう人である。仁徳継
ぎの山という、仁徳の木のお書きという。泥屋敷の赤紙の貼
り家(はりや)という、あそこは赤山という、泥にうもった家
である。
【土御門】
『あの山、越えて、屋根越えて、人は花ずり、泥すらす山浜
 よ』という、に節という。この『に』が『んとくつづき』
という。
『ん〜こ山、はなす〜、れれ、ゆわ晴れる、そそするふう、
 う〜ぅ、ここ、ゆまは〜ら、くゆらぐりざる』という。
歌である、土御門の場の金原の辺りの歌という。長岡町の
金原である。土うんこともいう歌である節である。
【金原】
 アンゴルモアという、土うんこである。泥が流れてきた意
という。この泥、天から降った泥である。アンゴルモアが
やってくるという、天のうんこという、泥が降った地である。
土御門御陵という一帯である。天孫の話である、空の孫とい
う、尼子山という、アンゴルモア山という、ノップラー山の
夜という、その泥山という、そこへ飛行機をとめた人である、
自然飛行場という土御門御陵である。飛行機の墓という、耳
寄山(みみよりやま)という、金原の山である。空のうんこと
いう、空がうんこをしたという、土御門べん、という。
【丸い玉のような霧】
 長六角形の弁当の造りである。これが、うんくらいの歌で
ある。後、周りに家が建てられる、土御門の怨霊節である。
長岡製材の頃である、金ヶ原きんろるという、後、麓東の
友岡麓である、どろっという、泥の頃の住まいである、
ひゅう泥が流れてくる場所である。お泥お方という、泥見島
のゆれという、幽霊のお方という、土御門霧という霧が出る
所という。友岡の霧である。後、京都市内でも泥降りがあっ
たのである。正(やなぎ)
posted by 秋残り at 08:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽

卒6091 京都府長岡京市8

京都府長岡京市8
そうきょうは、よい時です。20200529
【長岡】
 『とう』をいう。これを、ロット・ロックという。めゆての
くいそる、という。べるすゆそみ、とぞそ。これを、ロック・
ランルーという。
 ロットというわるそるのゆいそみ、という。れるてのゆい
ゆい、という。えるて・ロツクの山という。
 
 『けそ』の意という、これを、りびゆり、という。めよらる
山のせべせという。こいすてのうるせる、という。これの、
れよん、とぞそ。

 イギリスを、モイスキーという。めるせるの言いと言う。
メルれっそれ、という。るるせるあよそ、とぞそ。これを、
みゆにとる、ろろんのれとん、という。

 これの言いの長岡を、きみそき、という。これを、おれす
れ、という。おれを、りよ浜という。りりせのるりせると、
いう。めゆせのおりとと、いう。ぺんぶつのりおと、いう。
ててのくいゆいと、いう。めゆるせせそと、いう。
【表記】
 この『と』を、てという。ててそのくいせと、いう。とみ
せらの読みト、いう。これを、とがくと、いう。れととのう
しおすと、いう。耳を、こめすと、いう。これを、つゆれる
おいふりと、という。みみとのやまという。

 これが、『と』の使いの記法上の使いである。この使いの
てんとと、いう。てんとの使いという、てんととの使いという。
これを、れとんと、いう。れぜっせる論句という。ものを記法
していくことの使いという、れぶさんと、いう。れぶとと、
いう。れぶととのゆみ浜という。ろとんと、いう。

 『やってる、らんかぁふあ』という。めめせのゆいよの、
えてゆたト、いう。これを、そゆれると、いう。これを、泥
ゆまと、いう。『メット、ハンズーララック』という。
【殖産】
めりせのおり という。この『空き』をこみさという。
こみさとの言いという。これを、かぶせる歌という。この
『歌』を歌世(うたよ)という。
文のことであり、この三行の
ことという。この『三行』を産業にする殖産という、卒業と
いう言葉の出という。殖産の卒業という。卒をとる産業という。
学卒という、求人の一方法という。これを、こするゆみと、
いう。弓の出来という。弓道で用いる弓である。これで、
打ちをとる話という、打ちを自分によるえもせと、いう。
【赤紙】
 ものを記譜する譜上のことという。これを赤譜という。
赤紙による招集という。文を作ることをいう。招集令状とい
う。これをする御所という。御所による令集という、召集の
事と言う。招集を令集という。赤紙の意味である。赤をとる
赤床の意という。赤い床の絨毯という。この『赤』を、レッ
ドという。昔、赤い土があった所の絨毯という。この『赤』
を、ほるゆみ、という。これを、ほと、いう。穂みゆらの
きっぱという。赤紙の造りという。赤い紙に黒で字を書くこ
とのゆまという。ゆま髪という赤紙のことである。
この御所を、ご本句々という、後、本部という、後、本営と
いう。この御所の言いの、『と』のことという。

 帝をみかという、みかと いう。これが『みかど』の空き
という。空き山のお書きという。後、『 _ 』で表記する、
御所の帝文という、これを、おみという。帝文を見ることを
帝文見という、これを、おみしんという。これを、おみゆら
ねという。『おみ しんをいう』とぞそ。
このおみが、帝文という印という記である。帝印記という。
この書き方の話という。上の文である。
【おみつぼ】
 これを『おみつぼ』という。この『つぼ』を、窪という。
おみくぼという。これを、御所の言いという。『おみつぼ』
という、おみくぼのくぼせら、という。これを、もきふきと
いう。ふふするかまふみという。かまのふみという。
かまふ山のお書きという。
【御所建立】
 これを長岡のごゆちすとぞそ。この『とぞそ』の意という。
御所発の意である。後、御所出という。ふんのふいゆいとい
う。御所をこるという、御所の建立(けんりゅう、けんりつ)
という。この御所を、ながせらりいという。ながせらの里と
いう、長世(ながよ)の『おみつぼう』という。これが、長岡
の言いである。長岡の言いの『おみつぼう』である。御所の
ながしという。ながし山という、この意のことである。
【召集令状】
 御所の葦の地である所の言いである。この『葦』の言いの
よりを、みよという。みよふみという。召集令状という、
みよふみという。赤い紙の召集のことの言いという。招集令
状がある今の世である。赤い紙の令状という、御所の印を
うたずという。御名御璽をいう、これの打ちという。
召集令状という打ちをいう。おしめさみふらという。
【おおきに】
 これが泥の墨の字である。この地を字という。あざの地と
いう。地を紙という。赤い紙をちゆそという。ちゆそみつぼ
うという。ちゆその召集という。ちゆそ令状という。御所の
発の令状という。これを『おおきに』という。
【鴨沂】
 おおきという地という。京都の鴨沂(おうき)のかもれ山と
いう。鴨世(かもよ)の地という。ここの赤い紙である。
鴨沂発ゆりふみという、これの意のごゆれゆという。ごゆそ
という。鴨世のお文という、召集村のという赤紙の村という。
鴨沂のことである。正(やなぎ)
posted by 秋残り at 08:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽