2020年05月14日

卒業6030 俺030ron (壮強太陽):イカスミ柳

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音楽
【曲名】 卒業6030京都船旅4930
古譜3930大原練習3830天の下4230 ANGOLA Cancao 俺030ron (壮強太陽)鳴恭川世讃歌) 

    創曲、過去由 巴・正(やなぎ) 俺
    造詞、勇野 晴丈・正     俺
    監修、雪柳里花雄・正     俺
    訳、 冴柳小夜文・正(秋残り市在)
【拍子】4/4
【種類】
【歌詞】創郷
 狐の天気予報。〇r1999/02/09
 狐と。 過去をとく、という。
 場所、そ。 狐言:こって。
 狐晴れを、柳世葉とぞ。
 桃晴れごぎつね、秋晴れごん
   ((明日晴れたなら行こう、大原砂山))
【解説】君、探敵中、情景。 破風之談
------日出葦談笑聴
【J家言】今様(こんさま)、詠。
【京都会議】
【ムー大陸】
【大和奈良】
【国司】
安全政府、健康政府。国民皆健康。
 そうきょうよい時です。
【和国、翁長国】

輪島コネクション


ハード・ボイルド風日記
20200514
そうきょうはよい時です。 
足利の言葉。
【英語、二条城、堺岸和田】
 I go to castle.
 これを、此の花の山という。ここの言いの書きである。
文語にならず、文章語という、日常に使う文章語で、話に使う、
口語という。この口語の、英らる、という言葉という。これを、
冠愉(かんゆ)という。冠愉の造りの言葉という。これを、いく
すめ言い、とみず。
 (『とみず』が『という』という意味である。)
 
 この () が、ごわれま、という、意味添えの書きである。
これを、連つぁ、という。連べる、ともいう。この『連』に、
つらねら、という書きをすることに、えんさば、という、
いこ遣りをとる。これを、まんふれ、という。めめすての
こいこい、という。

 これを、せろるれ、という。言葉の出来のことという。これ
する山のお書きという。これを、『あい、ごねほね』という。
この『ごねほね』が、ゆわっく、という、ゆわくのいわくの、
意とぞずとみず。(とぞずとみず)という意味添えである。
英語
 こみ花の言いという。これを、このれむ、という、これが、
古い、はのゆな、ということの言いに、『ご』を添える意味
添えという。これが、英語の、けすよす、という。けれすて、
という言葉になる。これを、英語のし、という。英語の出来の
言葉という。英花という言葉とぞずとみず。これをねとめふれ、
という。こうれる・さん・すわず、という。こゆっそん、とい
う『し』の話という。これを、しもすゆ、という。

 英語を、しもせら、という、ろりろりのおこと、という。
英語をろり語ということとぞずとみず。れれす、という言葉
という。めっせむのくゆれす、という。のち 、『くゆ』を、
めそめそ、という。るるせる山のお書きという。

 めそ語と英語をいう、ひもせらの闇すゆ、という。ゆれて、
という、およそよの言いとぞず。これが、英語の初期である。
後という、えるせらの言いという。これを、冠べる、という。

 よみゆゆのおいそい、とぞずとみず。ぺるせらくのよみふゆ、
という。これを、せるれる、という。言葉のことに取る『れる
』の言葉とぞずとみず。言葉を、『れる』と、いう。この
(点の打ちが、英語の打ちで、ある。)。『である』という点
の打ちになる。後、これを、みのゆれ、という、内になる。
べれんふれの打ち、とぞずとみず。とうとるのお書きという。
スチュアート
 『アイ、ゴー、ワラ』という。ごうわらの行きの言いの、
ごめ浜という。これが、英語を取る日の、『使う』という
意味という。『英語を取る』という、『英語を使う』という
意味とぞずとみず。『アイ、ゴー、ワラ』の意がこの意味を
含む、『アイ、ゴー』の言葉とぞずとみず。これを、
すちゅあま、という、すちゅうのぺんぞる、という。後、
スチュアートという。ゆみその言いという。弓祖。 
この書きが、意味添えの書きである。
大政奉還
 スチュアートという、ばなふなの家のおえるれ、という。
言葉の出来のゆい春という。後、ぴよべら、という。これが、
ぴよそ、という、ぱぴよのあせふら、という。これを、めよ
すて、という。言葉を取る言いという。れよるのぱべ花と
いう。これを、れよるる、という。れよるの流れる、という
意とぞずとみず。これの図という。図を、ず、という。
文の最後に付く、ず、である。これを、『ずである』と
表記する、維新そめ、という。この表記のことに、一新と
いう、言いをする、うみせら山という。これが、『二乗』を
『二条』という、改めという。二条城の大政の奉還の意味の
元という。

 表記の一新を、とせまという間のことの言いの、還る山と
いう。この日の、ほうれま、という間のこととぞず。表記を
いう。これが、文書の表記の話という、大政奉還という文書を
いう。これを、とめ浜という。二条の城のことという。
大改
 それまでの表記を、改めて、文を取ることを、文を書く、
という、これが、御一新のことという。大政奉還の一意味で
ある。大いなる政、という。この『政』を、『改』という、
意味の表記をいう。大改という、大政の言いで、大改を大政と
いう。これを、いいで、という。言いの出のことの言いという。
これを、大改の言いという。これを、うそ、に取る大政という。
これが、大政の、改たゆなふま、という間のことという。
二条城の、後にいう、大政奉還の間のことである。
明治御一新
 これを、明治の御一新という。後のことという。これを、
明示することを、めいぜま、という間で表記する。大政奉還と
いう張り紙のことという。部屋に大政奉還と書かれた紙を
張ることという。これが、後を、ごまはる、という、張り紙の
ことという。これが、二条城の大政奉還という、せい山の言い
という。二条城が、これを、みるゆる、という。みぬふゆ、
という、二条城の中の言葉である。大政奉還という、明治の
御一新がこれである。
明治維新
 明治の世という、明治のことの言いの、時のことという。
これを、明治のだめはめ、という。後、明治維新という。
言葉の表記の話である。御一新という。これを徳川歴という。

 この日、二条城の中にいた、住まいをしていたことの山、
という。この記を、二条山という、若い人である。
言葉の表記のことである。山浜のお書きという。

 『アイ、ゴ、ツ、ワナ』という、後、『アイゴーツ、ワナ』
という、これを、表記という。この期の英語という。この英語
を、スチュ花という、英めら、という、英花の言いという。
スチュ花という英花のことである、のち 、英語という。
花君
 はなぶさの言いという、これを、すちゅらま、という、
すちゅゆすの言いとぞずとみず。すちゅという、枝のことで
ある。当時、二条城にあった桜の木の枝という。これが、
スチューという、桜の枝である。桜ゆなふま、という。
はなふさ(英)が桜である。これを、英桜という。桜の、花君(
はなきみ)という、これを、かわれるすみゆり、という、花君
のことである。桜のことである。

 これの意図の言いという、スチュアートという二条の桜の
ことである。後、この『君』を、『王』という表記をする、
英王という、桜のことという。これを、ろいやる、という。
ろいの英君という、ろいの王、ということである。これが、
明治維新の期のことである。記とも、木ともいう。

 これが、書きを記という、後、書記という。『書き』に意味
を添えたことという。これが明治維新の話である。言霊の書き
という。言霊の言いの、いよ浜という。これが、二条の城の
中の浜という、広場のことである。

 『アイ、ゴー、ワナ』という、花わなへ行ったという。
花わなという、広場の花園という、花が植わっていた二条城の
中の一区である。『アイ、ゴー』という言葉の出という。
これを、二条の屋という、その言いである。二条屋の言いであ
る。『アイ』が私であることという、幼児語である。

 赤子にアイちゃんという、わたしちゃんという、類の言葉で
ある。後、アイを、私という自分という。その郷(ごう)を、
ごうという、その郷へ赴くことを、ごう、という。
『アイちゃんは、ごうへ行く』という。これが、『アイ、
ゴー』の意味である。
漢字表記の英語
 この期の書きに『相、郷』と書く文書という、古く、漢字の
はなぶさ(英)語という。ソウゴウともいう。古い英語に残る
So go という表記という。 I go のことである。
『So am I』という、『So do I』という英語の言いにある
言葉とぞず。これを、カレードン・ラックという、英語入れる
言葉という。カレードン・ラッセルともいう。ラットン・レー
ルという言葉の話である。英王という、桜を表す言葉の時に、
カーセラという言いで、英語に入れた言葉である。二条城の
すちゅうの桜である時という。すちゅ桜という。二条城を、
すちゅうでん、という言葉とともという。ともに入れた言葉で
ある。これが、二条城の江戸末期という、

 すちゅう殿という江戸末期の言葉という、二条城の、桜の
植わった殿という。すちゅうとのへ行く時に、これらの言葉を
英語に入れたことという。アイちゃんのお話という。言葉が
そういう造りである。『アーちゃんは』という『アイちゃん』
『アーちゃん』の話である。大切なことという。

『アーちゃんは、すちゅうでんへ、行きます』という、後、
言葉を学ぶことに使う二条城の一部屋という、アイちゃん語の
お学び、という、『アイちゃんが言葉を学ぶお部屋』という。
二条城のすちゅう殿である。後、学ぶことの意にする、すちゅ
うでんという。すちゅうでんとという。
これを『と』入れという。

すちゅうでんとという、これが『と』の意味である。とを開け
て入る戸である。これを、懐炉という、懐の鍵という。大きな
城の門を開ける鍵という。小さな鍵で開けるすちゅう殿で
ある。

 すちゅう殿の中の、わたしちゃんである、アイちゃんである
、あーちゃんである。この言葉の延伸が、今の英語である。
『相、郷、通、素柱殿』という、当時の英語の学びである。
この素柱殿へいく、素柱殿戸という。。素柱殿戸を通る、パー
スラーという、パーセルという、後、今のパスpassである。
これを、御所の冠語という、御所から二条城素柱殿へ行く、
相(そう)ちゃんという。相ちゃんが行く話という。

 これを、そうあいの言葉という。そうちゃん、あいちゃんも
相と書く、素柱殿の部屋という。二条城の部屋である。
これを、御所通いという。お勉強の話という、後、二条講義と
いう。二条昼学という、二条夜楽という。御所夜学の後の、
二条夜学という、一日の日の夜の日である。御所夜学の講義、
その後すぐに、二条城の夜楽という。講義場の移りである。

 これを、講義よらはら、という。ここの言いの、スカラー
レルという。スカラーシップという、すっこんらっくの言い
という。スカンソラーとむいう、スカンラブの言いとぞず。
後、スカイラブという。シッパンレールともいう。めぞすての
お学という、きよ浜の学びとぞず。御所の冠語の使いともいう。
これを冠せるという。冠せらの山という。若い人のアイちゃん
の話である、ソウちゃんともいう。漢字の英語を使う、この期
である。二条期語という、そうらかの言葉という。
『ソウ、ゴー、ツー、スチュウデン』『相郷通、素柱殿』と
いう二条期語である、漢字の英語という。

 『郷』に、『行く』の意がある、この期の『郷』であること
とぞう。後、『行く』を、『戸』に切り置く。切って、素柱に
つけることという。建物の柱に戸をつけるという、初期の、
柱付けという言葉という、柱のことである、ともに、戸のこと
である。これで、素柱戸という。巣柱の戸の言いとぞう。
ト・アペーロン
 これが、後を、とめらむという。とめらむ期の言葉という。
この切られた『戸』が、ギリシャ語の『戸』である、冠詞と
いう。『ト、アッペ』という、トアペイロンの話という。
 この『戸』の意味を、ちゅうにつける柱付けという。
建物の意を取り入れた、素柱殿戸の戸の意味という。
スチュウデントという英語である。これを、でんこ、という、
初期ギリシャ語である、トアペイロン期のギリシャ語である。
大政奉還期の御所夜学の一講義である、京都会議の中の一日
である。そう山(相山)お書きという。大政奉還という、その
一意味である。

 若い日のことという、俺であるという。俺の横にいる若い人
である。堺口録という、岸和田山のふもるさ、という。
ふもるさ戸である。こんな所に『と』があった話いう。
これが堺の言いである、岸和田の天の言いいう。
『話という』を『話いう』、みず。
これが、岸和田の文章語である。岸和田の堺にん川という場所
の言葉である、日常語の使い、ぞず。岸和田山お書きぞず。

 素柱殿触れ語(すちゅうでんさわれご)という、岸和田の堺の
山るり、という。るり原山のお言い、ぞめ。とぞず。ぞず。
これを、花ずらのお書きと、ぞるふれ。
これを、花ふらのお書き、とぞるふれ。
これが、二条城の夜学である。俺が講師という、これを、
こみ山という、ぞずふすのお夜学という。
お夜学いう、二条城の堺しみすら、という、夜学いう、言い状
の話という、これを論浜という、オ・アペイロンという。
オ・アベイロンいう、ことの山のお絵ぞず。
岸和田語による講義である。二条夜学のことという。
講師城という、岸和田の堺の、二条城呼びである。この堺、
まるせら、という呼びをする仁徳稜の俺の家である。
仁徳瑠璃という、瑠璃せら宮という。瑠璃せら宮いう俺の
書斎である。家であり書斎であり相光世、みず。
よみず沢のお書きという、お書きという表記の大改である。
仁徳のやのいすじ、とぞず。ぞずす遣りという。

 めるせれる便という、この便が通じる、ぎり山という、
堺ちゅう、という、言いである。
『堺という』
『堺いう』
『堺ちゅう』
ことである。
 さかいちゅうの人という俺のことである。意中の人という。
意、注、という添え書きである。俺の書きという。
オレノロンという。

 ダレソガレの岸和田、わが論という、俺が花由間(はなゆま)
という、書斎の花飾りという。オレガノンの岸和田、わが故郷
である。オレガロン、オレガノン、わが目あが目、アガメムノ
ンのふるゆらという、ぎりらる、あがめの地という。地を崇め
る地崇家という。山の宗のお書きという。

 アガメムノン、崇め槍という、オリンポスの山という。
これを、トーある山という。トー・アッペの意である。
トー・アベーロンという、オレガノンのことという。
オレガロンをオレガノンという、これを、あがマムという。
まむ山の話、宮をまむという岸和田の地の言葉である。

 だんじりを、だんまれという。だまらずの山という、だんじ
りのことである。オレガマムする話という。ガムという。
オレガマンの山という。だんがむの言いという。
岸和田を、でがれ、という、二条夜学の言葉である。
でがれを堺という。堺講義の場という、鉄の講義である。
岸和田よみ春のことの講義とも。二条夜学という、素柱
電灯である。電柱のこととも。藁傘の電灯という。

サムという、これを、W.E. という表記である。
 
冴え見柳、いかすみ柳を、さめ、という、さめ柳という。
二条の柳池という。 りゅうちという、やなぎいけという。
これを、御池柳(おいけやなぎ)という、柳の棚という、
棚卸しという。柳の卸しという、颪という。柳颪(やなぎ
おろし)という、棚卸しのことである、商業用語である。
柳池小学校という、学校にもの売り屋があることという。
柳山のことという、こんべす、という。コンビニエンス
の出のことという。こんべす山という、二条城内の
築山である。柳植えの山をこんという。

 こん山には、棚卸す風がある、この風を、きんこん、と
いう。きんこんらま吹きという。かざれ山という、柳が
飾りという、二条城の大政奉還楽という、柳の楽である。
これを酒池肉林という、柳が植わっている景である。
酒坂逆、しゅはんざか、お書き。『逆』という字の『坂』
という意味である一意味である。これを、さむ、という。

 坂をさむという。さむ坂、意味添えの山という。
二条城の逆の城という。坂の城という、逆の城である。
逆さま立ちの城という。天守閣をひっくり返して立て
てある、城という。これを、きんこん、という。

 堺の爆弾落とし一軒屋の大きさである。家のような爆弾と
いう。仁徳書斎幕という、仁徳の屋のお据えという。岸和田論
という。古い堺という岸和田の名という、後、その辺一帯を堺
という。和国堺市という、大きな市である。
和田ともいう、岸和田のことという。岸和田も堺も和泉も、
同じ堺市である。この辺り一帯という、堺被爆地という、
黄色い闇が出たことという。この闇をアガメムノンという。

 ギリシャ闇という、ギリシャに闇をよる、堺網という。
サコションという、和国の山すりである。箱による、箱ぜま
するう、という。箱型の潜水艇である、ミサイル発射の船
という、仁徳稜の池浮かびの船という、陸両用である。

 玄徳屋という、岸らるおよのおよよ風と言う。きさゆさの
山の言いという。二条城を、きろ、という、きろ城という。
衣白の呼びという、衣白城の言いとも。
正(やなぎ)。M14
*****
革命とは、健康と安全を得ることである。
その方法は、体操、音楽、柳を手に、等々、よし、長生き。
*The revolution is that you would get health and safety.
Tools of revolution:
Physical exercises -- energy
Music -- sing a song
Willow -- with willo, plant willow tree
etc.
All right. OK. Long live. sokyo--the best day
It is difficult for me to write english.
english ---- difficult
 『紫だちたる雲の細くたなびきたる。放射能の雲や如何に。』
 『はっ、たなびいております。』
 『あれに見えるは放射傘雲』
 『これに見えるは、手乗り雲』
 『これっ、悟空、放射能は如何に』
 『放射の山のおきたりて乗り乗り』
 『助さんや、格さんや、悟空ともども、お乗り乗り』
Mr. Atom Lucky Ager, "ANGOLA report" より
      秋残り世界文学全集 巻2
      『余は機械である』
       蒼郷 鳴恭川世讃歌 の項
       秋残り市史編纂員、余。
       秋残り市史篇絵巻物
***アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ***

秋残り市立美術館冬期展示
『古譜3930大原練習3830天の下4230 ANGOLA Cancao 俺030ron (壮強太陽)鳴恭川世讃歌)』
俄家判 びという字。
秋残り市、凡人倶楽部所属、元
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 仮想店 出品 ID:Kyou57808
     画商『曽端』俳画専門
     豪華額縁付 2000円ヤナギ
  著者そうきょう@205上巣真芯
  UESUMASi W.E.州 Machine   


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***コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ***
一行日記
1999/02/09柳晴、東京在、10秋残り君来、12すき焼き、16大阪、19宿
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***
------
 過去をよくする会。日記の効用。過去の日記に、一言、
どこでもよいから、『やなぎ』と書き入れましょう。
これでその日がよくなります。今日も書き入れましょう。先の日記にも
書いておきましよう。先の日記に入れれば、未来の安全健康、
先取り予約、になります。
 1999/02/09 。その日の記****。柳。 
**馬にはのらない:健全家
**そうきょうのよい思い出し:高瀬川行代
**字(あざ)のほうぼうで、腹を横に書く。:山吹 正
**かいきょうのそうきょうはよい時です。:スモモどくだみ
**そうきょうのよい自分です。:ドクダミ薫
**天の下、山拝み。つねづね。:紙祖川劣る



ブログでの団体名、個人名、他名称などは、
全て、仮想です。楽譜の作曲者名、作詞者名等は
もちろん、私が勝手につけた名前で、ええ加減に書いて
あります。実際の作詞作曲者は、私、駄作者の秋残り、
本ブログ著者小林壱裕です。記事は架空です。
著者@205
Notice:Writer says,
Names are virtual on this article.
Matters are not real.
posted by 秋残り at 13:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽

卒業6016 ANGOLA A carta 俺016 秋残状 (壮強太陽):イカスミ柳

【曲名】 卒業6016京都船旅4916
古譜3916大原練習3816天の下4216 ANGOLA A carta 俺016 秋残状 (壮強太陽)鳴恭川世讃歌) 
    創曲、過去由 巴・正(やなぎ) 俺
    造詞、勇野 晴丈・正     俺
    監修、雪柳里花雄・正     俺
    訳、 冴柳小夜文・正(秋残り市在)
【拍子】4/4
【種類】
【演奏】火打ち石の音が入ってます。
【場所】
【作成ソフト】 
  Music ScorePro、シルバースタージャパン社
  バンドプロジューサー カワイ社
【歌詞】創郷
 狐の天気予報。〇r1999/02/05
 狐と。 過去をとく、という。
 場所、そ。 狐言:こって。
 狐晴れを、柳世葉とぞ。
 桃晴れごぎつね、秋晴れごん
   ((明日晴れたなら行こう、大原砂山))
【解説】君、探敵中、情景。 破風之談
------日出葦談笑聴
【J家言】今様(こんさま)、詠。
【京都会議】
【ムー大陸】
【大和奈良】
【国】
安全政府、健康政府。国民皆健康。
 そうきょうよい時です。
【和国、翁長国】

輪島コネクション


ハード・ボイルド風日記
20200510
【【 秋残状 】】
【イスラエル、鋭国】
そうきょうよい時です。
 この掛かりをよる、イスラムのイスラエルという、鋭意の
より、という。イスラムを大冠国という、サラセン頭本、と
いう。後、東本国というイスラエルの鋭語である。イスラエル
に日本様建物がある、大冠のや(家)という、建物である。
ここが日本を、二本の国という。二本線の冠という。青い色の
冠の二本線という、イスラムのサラセンを、いすゆら、という、
別所御所という、御所のきょうこうま、という、こうまのけん
ふれ、という、イスラエル家(や)という、いずもろの御国と
いう。これが、御所の言いである、イスラエルの呼びとぞう、
鋭国という、鋭語の国である。正(やなぎ)。
【イスラエル語、鋭語】
そうきょうよい時です。
 これを、ヨス便という、ヨスベン語というイスラエルの鋭語
である。鋭地もある国の字である。イスラエルの字という。
マダガスカルのあじゃせらの椅子という、これと同じ椅子が、
イスラエルの大冠家にあることという。どちらも輪島の古い
言葉があることという、マダガスカルとイスラエルととぞう。
しゃんじゃんの言いである、『しゃん』を『じゃん』という。
『そうしゃん』という『そうじゃん』という意味である。

 これが、アッシャンゼーという、シャンゼーのフランス語の
掛かりという、マダガスカルにフランス語があることという。
俺がいた、オレガイタ所である。海のことを、『おれ』という
マダ野という、また野の言いという。これを、マダガスカルと
いう。また野原の言いという。このまま、マダガスカル゛であ
る。正(やなぎ)。
【冬】
そうきょうよい時です。
 『アッシャンリーラ、ふゆぜぜ』という、この『ふゆ』が、
上の冬の項である、文である。『とき』と読む『冬』の字と
いう。今は、読まない、ときという。『とき』と読んで、上
文の意を、置いた、マダガスカル・オレガイタである。これを、
ダレノガスという、ダレノガレという、『ダレ』という崖の
ことである。ダラス論に一部掛かる言葉である。正(やなぎ)。

【文書形式】
そうきょうよい時です。
 手紙の形式のことという。
『そうきょうよい冬(とき)です』という、冠語である、
『そうきょう、よい時です』という冠始めのことばである。
冠を始めのことという。始めのことを冠(かんむり、かん)と
いう。終えを、正(やなぎ)で括ることという。
これを『冠を正(ただ)す』という。冠正秋残状という。後、
『拝啓、敬具』の形式に残す、秋残りの話である。俺が書いた
文である。二条状おはるゆりの文という、これを、おはる、
おわる、という言いの結語という。正(やなぎ)〆、という。
結納の語源である。ゆいおさめ、さめ〆とぞう。
正(やなぎ)。

 御所の正殿に置く形式である。御所発である。
御所出版のことともいう、御所放送の言葉でもある。
【パレスサイド、ドレス】
そうきょうよい時です。
 パレスという、ドレスという、俺の華麗な言葉という。
『そうきょうよい時』という言葉とぞう。エリーラン・ファッ
クという、ファックルーともいう。
『エリーラン・シャンルラー』という、がっさむの言葉という。
こうすれの絵という。パレス・サイド語という。これを、
とい語という。冠語の初めの言葉である。千葉らね山のお書き
という。とい山の言いとぞう。とい花という、花山の千葉の、
とせゆせ、という。これを、とい切りという。『、と』という
点の使いである。といの山のお絵 という。古く葦之ヶ浦とい
う場所の言葉とぞう。という語ともいう。とい語という。
葦之ヶ浦の言葉である、穂浦語ともいう。穂浦葦之の歌という。
歌語という、れれてのよいそり、という。正(やなぎ)。
【という】
そうきょうよい時です。
 『という』が、その場のその時である。『そうきょう』とい
う、場と時をいう言葉である。これが、そうきょうの建をいう。
碑の立っている所を、そうきょう寺という、この『寺』は『教』
でる意とぞ、場のことをいう。後、路(じ)とも。道ともいう。
そうきょうじ、という、路である道である場であることという、
教ともいう。これを、教談という、後、教壇とぞう。正(やなぎ)。
【穂浦、和歌山】
そうきょうよい時です。
 穂浦連山のある頃という、その頃の残しである。『そうきょ
う』という言葉である。今の御所の正殿という、紫宸殿正かま、
という場の座敷の意の言いという、これが、穂浦の残しである。
穂浦の島の残しという、紫宸殿側から、踏襲という。紫宸殿に
残すをいう。これを指針という、指針殿という言いの指針の
言葉という、船の指針である。穂浦の海の言葉ともいう。
穂浦海の用語である、後、和海という。和歌山の海という、こ
この談のことという。若い海という、穂浦の和海、若の海、
和歌山の海という、和歌の浦の言いとぞう。そうきょうという
言葉である。今の和歌山県のことを、わっかく、という、わこ
れく、という、わかせら、ともいう。古い和の世という。和の
頃の言いともず。共にする津とぞう。穂の浦の津という、和歌
山の若津という、全国の津をいう。若津という一般名詞である。
若造りという言葉の造りである。これが、『だん』という言葉
をともなうことという。『はんべら、さんだん』という、遠い
樺太の掛かりとぞず。樺太にある和語である。トオロスという、
言葉の掛けとぞず。津掛かりの言葉である。正(やなぎ)。

【蝦夷、エソ、えっそ】
そうきょうよい時です。
 これを、エッソという、エッソ、エゾという。蝦夷語とい
う。後、オトロフ、オエトロフ語という。今のロシアの言葉
という、ダーニエの言葉とぞう。エカテンの山という。エト
ロフのエカとぞう。
和歌山の『だん』がこれである。『だんじり』という。談ても
ある、ロシア語のダーである。断定の言葉である。英語の『イ
エス』である。
 この掛けで、和歌山の言葉が、樺太にあることという、和語
である、『だんじり』もそうである。

 脳で言えば、おれまがりの箇所の発する言葉とぞう。いろ
んな言葉を発していく、脳のおれまがりの箇所とぞう。これを、
だれそれ、という。だれそれという脳の能である、脳の働きで
ある。だれのはり、という、張りである。
【板貼り】
そうきょうよい時です。
 これを、板張りの布の張りという、布張りの言葉にする、
これを『置く』という行為のことという。脳から出た言葉を
板の張りに貼る布の干しという行為の具現という。具現が
布の貼り付けである。付け貼り干しという、布を板に貼って
干すことの行為という。これが、デーレンという干しである。
【のがれ板】
そうきょうよい時です。
 この言葉が、おれのがれという、だれのがれという、だれ
ゆれという、おれがいたという、のがれ板のことという。布を
貼る板である。皺が寄らず、ピンとなる板張りという、布の
干しである。

 布の皺という、脳が見る皺という。見の対象の話という。
だれのがれという崖の言葉である。山の崖である。これを、
メンセーという、メラッツェという、めんせばの言葉という。
津の言葉である。この『津』、山の津でもある。麓の場という。
ここの『だれ』という、崖のことで緩い坂の状という。麓一般
を、だれ、という。正(やなぎ)。
*****
革命とは、健康と安全を得ることである。
その方法は、体操、音楽、柳を手に、等々、よし、長生き。
*The revolution is that you would get health and safety.
Tools of revolution:
Physical exercises -- energy
Music -- sing a song
Willow -- with willo, plant willow tree
etc.
All right. OK. Long live. sokyo--the best day
It is difficult for me to write english.
english ---- difficult
 『紫だちたる雲の細くたなびきたる。放射能の雲や如何に。』
 『はっ、たなびいております。』
 『あれに見えるは放射傘雲』
 『これに見えるは、手乗り雲』
 『これっ、悟空、放射能は如何に』
 『放射の山のおきたりて乗り乗り』
 『助さんや、格さんや、悟空ともども、お乗り乗り』
Mr. Atom Lucky Ager, "ANGOLA report" より
      秋残り世界文学全集 巻2
      『余は機械である』
       蒼郷 鳴恭川世讃歌 の項
       秋残り市史編纂員、余。
       秋残り市史篇絵巻物
***アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ***
***コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ***
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***
------
 過去をよくする会。日記の効用。過去の日記に、一言、
どこでもよいから、『やなぎ』と書き入れましょう。
これでその日がよくなります。今日も書き入れましょう。先の日記にも
書いておきましよう。先の日記に入れれば、未来の安全健康、
先取り予約、になります。
 1999/02/05 。その日の記****。柳。 
**馬にはのらない:健全家
**そうきょうのよい思い出し:高瀬川行代
**字(あざ)のほうぼうで、腹を横に書く。:山吹 正
**かいきょうのそうきょうはよい時です。:スモモどくだみ
**そうきょうのよい自分です。:ドクダミ薫
**天の下、山拝み。つねづね。:紙祖川劣る



ブログでの団体名、個人名、他名称などは、
全て、仮想です。楽譜の作曲者名、作詞者名等は
もちろん、私が勝手につけた名前で、ええ加減に書いて
あります。実際の作詞作曲者は、私、駄作者の秋残り、
本ブログ著者小林壱裕です。記事は架空です。
著者@543
Notice:Writer says,
Names are virtual on this article.
Matters are not real./span>
posted by 秋残り at 03:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽

卒業6032 ANGOLA Caminho 俺032 篠木道 (壮強太陽):イカスミ柳

駄作曲の聴き方:曲名または、楽譜をクリック 
Click music piece
音楽
【曲名】 卒業6032京都船旅4932
古譜3932大原練習3832天の下4232 ANGOLA Caminho 俺032 篠木道 (壮強太陽)鳴恭川世讃歌) 


    創曲、過去由 巴・正(やなぎ) 俺
    造詞、勇野 晴丈・正     俺
    監修、雪柳里花雄・正     俺
    訳、 冴柳小夜文・正(秋残り市在)
【拍子】4/4
【種類】
【演奏】火打ち石の音が入ってます。
【場所】
【作成ソフト】 
  Music ScorePro、シルバースタージャパン社
  バンドプロジューサー カワイ社
【歌詞】創郷 
木やりの 算盤の階段 上がれば
大玉の算盤が壁のように置かれて
裏 滝流れ 石垣の表の堀川ゆれ
子ながの布のいい城名に 
さがねうりすはぬ ゆりきがあゆむ

 狐の天気予報。〇r1999/02/08
 狐と。 過去をとく、という。
 場所、そ。 狐言:こって。
 狐晴れを、柳世葉とぞ。
 桃晴れごぎつね、秋晴れごん
   ((明日晴れたなら行こう、大原砂山))
【解説】君、探敵中、情景。 破風之談
------日出葦談笑聴
【J家言】今様(こんさま)、詠。
【京都会議】
【ムー大陸】
【大和奈良】
【国司】
安全政府、健康政府。国民皆健康。
 そうきょうよい時です。
【和国、翁長国】

輪島コネクション


ハード・ボイルド風日記
【歌意】
布の滝の形容。養命の名の滝。布落としという滝のことである。
篠木道
 そうきょう、かゆかる、お日ゆれふれ、まわるる見ゆる。
 云城前の道、篠木道、なだらかな坂の西辺り、堀川が流れ、
それを渡る城門、石の橋造り、城門横、石垣が続く。
 城門と対の方に、藁吹きの家がある。堀川の流れに沿って、
篠木道がある。その篠木道を東へ行く、坂道になり、藁葺きの
家が立ち並ぶ。この阪を越えて、丘部(おかぶ)山の家へ行く。
大門の宮過ぎて、また、坂が続く、峰の丘部である。山の中に
ある丘状という、そこの住まいとぞふ。ゆゆゆ言いの家(や)と
いう。山々の家の中にある、ふるかるという、とぞ園という。
 そこの住まいである。自動車で行き来する日々という。
云城の前の道の歌である。
丘部家(おかぶや)
そうきょうの言いをする、丘部の家の言葉とぞふ。
『そうきょう、よいより』という挨拶という。丘部の家の挨拶
という。『そうきょう日和山、よき山です。』という挨拶とぞ。
今日の碑をめで、土地の家をめでる挨拶という。古い京都の
近所の挨拶である。またゆまのお書き、これならゆわら、
おわ花、こすれす、ゆれて、みみすゆ。そぬゆぬ、れそれ、
そわて、ろこす。

 今の言葉とはまったく違う言葉である。この言葉を使って
いた云城の生活とぞず。大お爺御上おられやら、大御婆御上
あらゆせゆゆら、おりせて、れんて、よこす、れそんとす。
そんとすのお書きという。

 舞踊の山のお絵ともいう。いやよや、ろくす、るるふるれろ、
とぞふ。るるつ、めする、まゆふる、けめそめ、こるくる、
にめせめ、いいられのお書きという。まつるつ山のお絵これ
よる。れれそつつふる、てめるくゆるる。
云城のお書きである。
今日の日の、菊見月、蛍かいやら、すますま、あゆて、肩よる
蛍とまゆらる。止まる蛍の書きとぞう。十センチ程の穂たるで
ある。云城日蛍とぞ言い。山々のたまゆ、ありるるお日ゆわる。
またゆさの絵、これにる、ぺすず、ろとす。
口諭(こうゆ)話語という、話言葉である。古い日の言いである。
20200513記。いちひゆ、記す。正(やなぎ)。M13。

20200512
そうきょうはよい時です。 
【【足利、亀岡、早郷(そうきょう、そうごう】】
卒6030、続
 そうきょうは、よい時です。
 戦争の言葉、今は、上記のような使い方をしない。戦争とい
う、上記様に端的に言えば、ものを作るという意の言葉であ
る。戦争とは、ものを作ることである。上記様の表現であるが、
現今は、こういう使い方をしない、戦争の意味が、上記様様と
今様という、意味が違う。大虹大戦といわず、第二次大戦と
いう。
虹、ふたつぎ
 戦争反対という平和主義者という。
 戦争賛成という、上記様の言いをする人という。これを、
 だいにじたいせん、という。
 
 二次という、言葉に虹という意味があるという。これが、言
 葉のあたれま、という、言葉の造りのことの意味である、あ
 たれま、という。あお寺の言いという。
  虹を、ふたつぎ、という。虹の話である。この頃、二重の
 虹があったという。楕円の虹という、虹の諸相である。
 
 亀岡の地の言いという、ふたつぎ、という、虹をいう。これ
 が、亀岡の虹の言いという。古く足利の言いという。足利が
 後、天に掛かる言いを残す、これを、にじれま、という。
 虹の間の言いという。にじれ、という、見身の言いという。
 これが、『ま』の言いの意味である、にじを、にじれと
 いう。この『間』が、虹であるひぃに、真を作る建築であ
 る。城を立てる言いである。にじれの山という。
建武中興
  古く、足利の天皇という、空に掛かった言いのことという。
 後、自分のことを天皇という、足利尊氏という話という。
 この日、云城を出でたという、亀岡へ向かう車とぞう。この
 車の名を、建武の中興という。オレがコルトという。建武の
 中興をコルという呼びをする、自動車のことである。
鎌倉 
  この頃に『いざ、鎌倉』という、鎌倉へ車を走らす俺であ
 る。建武の中興という車である。オレガイテタという、鎌倉
 の相模という、葦川れま、という、現、鎌倉の、おかけまり、
 という、めめてるのゆれふれ、という、この言いの場所に
 オレガイテタ場所という。建武の中興という話である。
 自動車の話である。

  京都峰の道路のハシナという、まゆてるお道という。眉の
 文、という自動車道である。京都峰から、15分程である。
 建武中興車である。建武の中興という、中興きの建て武者と
 いう、ダムガムテタという、かの有名なお方である。
宵語 
  ムテタの南無身(なんみ、なむみ)という、あのお方で
 ある。鎌倉の、むれるくゆい春という、これがムテタの
 意味である。俺の解釈という。俺言いという。これを、
 よい、宵という。宵語という、鎌倉のムテタという、
 宵語のおいらみ、という。
大仏
  大仏を無という、武という。宵語の言いである。建武語と
 もいう。興の言いという、半ば興す宵という。これが、虹の
 、ふたつぎ、という、『こう』という読みの、フーハウとい
 う、これが、鎌倉の建武の意とぞそ。フーハウという、興虹
 と書く、この期の書きである。これが、大仏の『無』を、
 ゆうまま、という、大仏をままれむ、ということの興りとい
 う。この書きが、兵をあげたという、挙兵の話である。
 大仏建立(けんりゅう、こんりゅう)の話である。物を作る
 、いくさ、という、今様いくささは戦争てある、だいにじ
 たいせん、という、鎌倉の言いである、大虹大戦という、
大仏大虹
 大仏建立をいう話である。大虹さんという、大仏さんのこと
 である。第二次大戦のあのお方という、言いをする、鎌倉の
 けんとう、という。けんとう語である。大仏さんの話であ
 る。これの言いの読みをする、鎌倉の寺とぞそ。
 『ダーナーラーマ』という仏典という、仏典をダーネラと
 いう、鎌倉の中興の読みである。仏典という、ダーネラと
 いう、これが、南無をネネという、読みをする。ネネの大
 虹という、亀岡の足利がかかる、鎌倉のミースビという。
  これを、レットレという、レットンファーズラという、
 中国のような亀岡篠の言葉がある、鎌倉の地の読経という。
歌経(かきょう) 
 『オレ、レッソン、パーセルモー・・・(録音、1分半)』と
 いう歌のような読経である。これが、云城の経読み

 である。宵語の読経である。意が京都峰の鎌倉行と
 いう意である。建武中興車の乗りである。
  録音は、かの有名なお方の読経である、歌という見方、
 言い方である。レッソンというのが、レットレー、レッ
 トンファールルという意で、『見よ、空明け、・・
 (録音、30秒)』という。れろ花の実の歌である。

 
  声主は、越え主であるという、大きくこえた人である、
 これを、ぬたりる、という、大仏のことである。
 『大仏さん、オーレれ』という、鉄の馬にオーレという
 人である。だいやらの山の言いという、後、京の古い
 おがのみの言い、という。その言いの、けれるれ、とい
 う。古い経文を、けれるれという、オーレという。
 もめめんみな、という。レッスン・パールレーという、
 もめさみの・めれすれ、という。
 
  古い経の読みである、これを、今様、歌経(かきょう)
 という、華僑の一意味である。亀岡、中国、鎌倉が掛か
 ることという。中国北京の、かせんたま、という言葉
 の、一部にある、京都峰という。これが沈んた゛時の、
 変わり経がある、これを、なんも、という日本の経文で
 ある。コーセル・カンファーという、後、南京の官語と
 いう、メーレルのオイットリーという、東京のドイホン
 の言葉が少しかかる、東条師範の経である。
 
  東条の屋という、やめすれのごいっぱく、という。
 南京政府の興しである。そうすまのお言いという、南京
 官語、官話という。京様ともいう。
 
  声主は、有名な歌手であるか、僧侶であるか、それと
 も『見よ、空明け』という軍人であろうか、一般大衆の
 人であろうか、これを張る言葉という。ダラスのハル
 ノートという、はるせらの言いという。
 『オレ、レッソン、パーセルモー・・・(録音)』
 『見よ、空明け、・・(録音)』
 同じ歌経である、アメリカで有名な人であるという
 アメリカ初期のカソリックの京派にある、今様でいう、
 讃美歌である。後、スペインへ入るオーレという言葉
 という、歌の相拍子の言葉とぞそ。
おおすみゆり
  ナゾーの歌手という、古い録音である。ナゾーの
 僧侶という話である。御所の南無原山という経書で
 ある。亀岡の早郷の地という、早郷の国の歌である。
 おおすみゆり、という歌である。古く云城の建て
 歌という、あまる山のお歌という、建築歌でもある。
 ダラスのゆいふめ、という。アラモ城の話という。
 
 りんかせらの、リーインカーという、リインカネー
 ションの歌である。『フリ、ホアル』という英語の冠話
 である。これを、シューズランという、靴語の歌である。
 Free、 what'll という出だしである歌という。

  俺の歌をナゾーという、そのマネーである。謎の金と
 いう、輪島コネクションである。オレガネ・コネクションと
 いう、金をマネーという俺である。正当派イングリッシュで
 ある。マネーの歌という、オレガネコネク話という。
 マネという輪島のあの日という、2週間程前の駄作
 者の文である。
 
 『ギャーギャーうるさいヤツである』と、俺のことをいう
 ダレガクサイか、ダレノイクサという。言い草である。
 『俺っつぁ、読むわさ』という、俺の真似をする、まね
 まねである。輪島地方の古い言葉である、お金のことを、
 マネという、かねまねの地という、軍艦島の言いでもある。
 将軍を、カーネルという、島の話である。友ヶ島の将校を
 カナという、カネという、かねせらの言いという。後、
 他の島でもかねという、まねをする意ともぞ。
 お金のことを、まねという島の言葉という。
 コネクションお書き。正(やなぎ)。M13
****** 
 オレレッソン・パーセルモー、古い日の歌経である、
 ハンニャマーナという経である。しゃくらずの経とも
 いう。歌山の書きである。この歌経である。
 
 南無はん妙法という、歌経で、ハンニャマーナという
 歌でもある。古い二条城の歌でもある。しょうこくという
 相国の国でもある。亀岡そうきょうの地の双びという、
 これを、双地という、双郷という。そうきょうラールゴー

 という。そうきょうらる、かたい、という。語りの古い
 言い、語うという言葉である。二条城代の言葉である。
 天守閣のある二条城の言葉である。この日の二条城の城代
 という俺という、オレガイタズという、おれまがりの言葉
 という。はおせら山お書き、これよる。正(やなぎ)。M13。
 
 俺の歌であるという、みゃんせらなことという。
 某有名歌手の前座をつとめたという、『るせぇ野郎である』
 『恥ずかしい話だわさ』、聞いてる俺が汗をかく、
 さる有名歌手という、大きなことをいうヤツである。
 『大ヒットすらぁさ、祈っとくよ』
 正(やなぎ)。M13。
*****
革命とは、健康と安全を得ることである。
その方法は、体操、音楽、柳を手に、等々、よし、長生き。
*The revolution is that you would get health and safety.
Tools of revolution:
Physical exercises -- energy
Music -- sing a song
Willow -- with willo, plant willow tree
etc.
All right. OK. Long live. sokyo--the best day
It is difficult for me to write english.
english ---- difficult
 『紫だちたる雲の細くたなびきたる。放射能の雲や如何に。』
 『はっ、たなびいております。』
 『あれに見えるは放射傘雲』
 『これに見えるは、手乗り雲』
 『これっ、悟空、放射能は如何に』
 『放射の山のおきたりて乗り乗り』
 『助さんや、格さんや、悟空ともども、お乗り乗り』
Mr. Atom Lucky Ager, "ANGOLA report" より
      秋残り世界文学全集 巻2
      『余は機械である』
       蒼郷 鳴恭川世讃歌 の項
       秋残り市史編纂員、余。
       秋残り市史篇絵巻物
***アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ***
***コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ***
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***
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 過去をよくする会。日記の効用。過去の日記に、一言、
どこでもよいから、『やなぎ』と書き入れましょう。
これでその日がよくなります。今日も書き入れましょう。先の日記にも
書いておきましよう。先の日記に入れれば、未来の安全健康、
先取り予約、になります。
 1999/02/08 。その日の記****。柳。 
**馬にはのらない:健全家
**そうきょうのよい思い出し:高瀬川行代
**字(あざ)のほうぼうで、腹を横に書く。:山吹 正
**かいきょうのそうきょうはよい時です。:スモモどくだみ
**そうきょうのよい自分です。:ドクダミ薫
**天の下、山拝み。つねづね。:紙祖川劣る



ブログでの団体名、個人名、他名称などは、
全て、仮想です。楽譜の作曲者名、作詞者名等は
もちろん、私が勝手につけた名前で、ええ加減に書いて
あります。実際の作詞作曲者は、私、駄作者の秋残り、
本ブログ著者小林壱裕です。記事は架空です。
著者@494
Notice:Writer says,
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Matters are not real.
posted by 秋残り at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽