2020年05月03日

俺820 陽輝楼 (壮強太陽)鳴恭川世讃歌):イカスミ柳

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音楽
【曲名】 卒業4820京都船旅3720
古譜2720大原練習2620天の下3020 ANGOLA O edificio 807陽輝楼 (壮強太陽)鳴恭川世讃歌) 


    創曲、過去由 巴・正(やなぎ) 俺
    造詞、勇野 晴丈・正     俺
    監修、雪柳里花雄・正     俺
    訳、 冴柳小夜文・正(秋残り市在)
【拍子】4/4
【種類】
【演奏】火打ち石の音が入ってます。
【場所】
【作成ソフト】 
  Music ScorePro、シルバースタージャパン社
  バンドプロジューサー カワイ社
【歌詞】創郷 
俺は行く花園の墓 山豊
西にある昔の佇まい 曽我くくり
花の円のありゆらと 御叔母御叔父
います 陽輝楼辺りに


 狐の天気予報。〇r1999/01/28
 狐と。 過去をとく、という。
 場所、そ。 狐言:こって。
 狐晴れを、柳世葉とぞ。
 桃晴れごぎつね、秋晴れごん
   ((明日晴れたなら行こう、大原砂山))

【解説】君、探敵中、情景。 破風之談
------日出葦談笑聴
【J家言】今様(こんさま)、詠。
【京都会議】
【ムー大陸】
【大和奈良】
【オリンピックに向けて】
安全政府、健康政府。国民皆健康。
 そうきょうよい時です。
【和国、翁長国】
//□■□□□□■□□□□■□□□□■□□□□■□□□□■
【放射能】
 曽我くくり、という、曽我仁徳のくくせく、とみず。ぎまの
山という。そてすれのおりん、という。りんてるのえぱびぱ、
とみず。えるとという、うちという。うりともいう。うたせる
山のお書きという。れれるそみそみ、という。とみずらっくす
の山のお絵これなるを。
 とみずロンのくくせらの話という。ロンという、楼のことで
ある。これを、とみずの言葉という。とみず語という。大阪の
阪大のきょうずという、後、教授という。そのひの言葉という
、これを、やてるく、という。大阪の青区(青木、青木区とも
いう)、大阪の青区のうちという、ここを、うちいり、という。
古く、うちがいった、ということのそろれる、という。大阪の
トヨンという、イオンの浜山という、大阪トヨンの豊振りと
いう。これを大阪ごりき、という、後、ゴリオンのことの出の
場、とみす。とみ山の言葉という。ここを、あいかみ、という、
後、あいかさという、あいのわのふっきく、という。

 これが、仁徳のことの出とみす。脳のおれまがりの箇所の言
葉である。ここの大阪のふいかま、という、これを、ねよみ、
という。 ねよのいま、という、それを、とっ国という、この
とっ国の半島という、これの言いの、島が埼という、咲島の言
い、とみす。和国一角という、和国の一角のとっ国という、こ
のいまの、お言いという。とみすれの、やおらく、という言葉
遣いである。

 大阪をトヨンという、とっ国の言葉の出の脳という、おれま
がりという。おれまがりのしとふき、という。ふきの言葉の出
とみす。らるての山のお絵という、大阪の脳弓という、脳弓と
いうおれまがりである。これを、仁徳ごわれく、という。

 この山のお揺れという、曽根山の出という、曽根崎が出たと
いう、曽根の埼のなにまな、という場所である。この『なにま
な』を、後、浪華という、浪花ともいう。これが、咲きという、
咲州の掛かりのことという。浪華咲州という、さきすをさきし
まという。咲島のさき、という、埼の咲きという、浪が咲く花
とみす。なみわ花という、これを、なにわ花という、和国の言
葉である。とっ国ともいう場所ともいう。これが、仁徳である。
花の地名という、その花という、浪の花という、水の波という。
水波花(すいはか)という、これを、はかれむ、という言葉の造
りとみす。

 浪華の山のおそれ、という。青い埼という、ここを、青二才
という、隣をイオンコールという、曽根崎という。曽根の我と
いう、これを祖儀という。後、曽我という。これを、仁徳の曽
我という。後で、蘇我が出る、仁徳のいま、という、この曽我
を、にんべという、にんむ、ともいう。

 大阪を仁徳京という、古く、曽我野とみす。曽我野一角とい
う。ここを、先(さき)という、俺が先という、後、俺が埼とい
う地名である。脳の、おれの先である、おれまがりさき、とい
う。これが、『のう』をつける言葉という。『そうやのう』と
いう、その類の言葉である。

 『行くかの』という、『行くの』という、これの言葉の出の
ことという。おれまがりさきの言葉である、脳の話である。こ
こを、水戸垣という、大垣のかいせる、とぞう。みとぞとのる
みふり、という。『そうかのう、行こうこ』という、『そうか、
行うか』という意である、今の言葉の『のう』である。この『
のう』の出である、おれまがりのと、という。これを、とで、
という。

 『行くとで』という。『行く』意である。『行くとで、あり
すたわふり』という、『るりよって、いきみ』という『行く』
ことをいう、後、目的の場所へ行く意味である。

 さて、これは冠語という、冠せらの言葉という、冠語の初期
である。後、御所の言葉、とみす。御所冠話という、御所の住
まいの言葉である。『おれれって、さむせっく』という、意が
『私は行きます』という意とぞみ。でぇあるロンです、という、
である家の言葉という、これが、『である』という今の言葉の
主に文章語に使う言葉である。であるロンという、である家で
ある、論と書くことという。である論という、家のことである
一使いという。今は、論文のことである。家のことを論とは言
わない、今の言葉とぞる。

 この論が、仁徳の論である、文章を論という、ろんろんとい
う。これが、くみふりの言葉の造りという。ろんろん語という。
『行くろん』という、『本を読む』ことである。仁徳期の頃の
遣いである。

 堺論という、『堺へ行く』ことという。後、堺のことを書く
意味の論文、文章、とぞず。仁徳期の言葉である、『論』とい
う言葉である。

 『行くろん』、本を読む言葉である、あかすきよみの仁徳と
いう、飛鳥浄御原という仁徳語で帳面のことである。飛鳥浄御
原を、前仁徳という、堺の古墳の話という。古い日の、明日書
読が浦という、書読地という、仁徳期の堺である。

 青二才から紫六という、堺の古い町のことをいう。『青二才
から来よった』を、『ここん』という、大阪から来たことをい
う、堺の岸の輪の場の言葉である。ここが、『であるろん』を
『ろんである』という場所である。町のことを、論という、
これを、論白という、ろんぱくのいおいら、という。堺論白と
いう、場である、ここを、後、岸和田城という。岸和田の、
きもけら、という。城を、きもけら、という。古く岸輪田と
書く。

 これが、にんをいう、にんべの言いを使う町という、『町で
ある』を、『である町』という、これで、古く、岸和田を、
あるでら、という、あるでらの場という。でもそめという、言
葉遣いである。これが、和国の大阪青の言いという。

 この青の言いの『ある』という、この言いがある大阪曽根崎
の城である。この城を仁浦(にんぽ)という、この城の南の裏が
浦である日の、にんうら(仁浦)である。これが、脳を、たける
き、という、たけそ、ともいう。この脳を、仁浦脳という、仁
徳浦町という。仁徳の浦という、これが皇室の話である。

 イオンの曽根崎という、イオントーブのいまっせむ、という、
いませるおりそら、という、空が落ちたという、天保山から空
を上げたという話の出の城である。曽根崎城である。和国トー
ハトという、イオンラッセルという、れめてめのおことという。
イオンの浜の話とぞみす。れんべるの言いという、『とぞみす』
という。

 『あるいきぞて、あってら、すうれ、そみすみ』という、こ
れがイオントーメラの言いである。イオントーブの西の地の言
いである。この言いを、めらるる、という。『いきぞて』とい
う、口語のことをいう。口語である。日常の話言葉である。
イオン語という。イオントーハメともいう。ハメ語ともいう、
イオン語のことである。

 『いっぱせーらー、ふれっすら』という、『そこはなを、
ゆれくれ』という、御所の北の商の頃の言葉である。ここの、
いせるら、という、これが、葦野ヶ原の古い頃の穂浦である。
ここの、言葉である。御所の冠語は、穂浦使いから出たもので
ある。和国の古い和国である。

 この和国という、ジャンボが飛び交う場である、2000ビッ
トのコンピューターという、スマホという、プラズマテレビと
いう、チャンネル回しの昭和の頃のテレビという、電気を使わ
ない木製のコンピューターという、これが、ヨンのコンピュー
ターである。皆、木の組み合わせで作ってあるコンピューター
である。空に始祖鳥が飛び、ウインタテリウムがいた話という。
トリケラトプスもいたのである。貝の大きな、巻き貝という、
三枚の貝という、これもいたのである。蜷板貝という、注ぎ
込む蜷の由良という、後、蜷川とぞず、後、蜷川の州(しま)と
いう。大きな海に顔を出すワカメという、穂浦蜷掘という、
蜷川の城とみず。

 この城の言葉をいう、『そうじゃれ』『そうじゃら』という、
じゃれせらの言葉という。これを、蜷川語という。後、蜷川村
という、蜷川の共産という、れを、コミュニムという、後、
コミュニスムという、ここの城をコミュニスムという。
コミュという城である、城をコミュという。蜷川城の言葉であ
る。州をしまという読みをする蜷山の場の読みという。蜷貝が
いた山である。そういう頃の話である。

 古いしずおという人名のような言葉の種の言いである。静雄
言いという。じゃれたせら、という、御所の浦の言葉とぞす。
とみれらさんずの言いという。スぺースシャットルが飛んでい
た穂浦である。気象衛星も上げていた穂浦の島である。蜷川城
という、この城が穂浦を咲州という城である。後、地名は大阪
へ行くのである。大阪曽根崎の咲州である。ここを、古く、
さきすじま、という、みずしの言いという後、イオン語である。
イオン語の初期である。みずしの言いともいう。

 大阪堺、穂浦、花園をかけていう話とぞむ。何でも入れる
俺という。いれいれのたよらか、という、『か』が言葉の意味
である。たよらの言葉という。この『か』の使いが、大脳へ至
る、おれまがりの言葉である、おれまがりで出た言葉が大脳へ
行く、『か』という経路を経た言葉である。後、『か』を、大
脳の筋という、大脳の、あわれはざ、という、大脳の中の言
葉が通る条である。これが和国の脳学である。今の日本の脳学
の基礎である。

 『アジャンレーラ』という、アジャの脳の学という、古く、
イギリスロンドンから、イスラムという場へ行く経路である。
弓の曲がりの道とぞう、スペースシャットルの空路である。
 アラビアという、そこのアラビアの脳医学である。和国ろま、
という、わっこす、という、その脳のみとり、である。
アラビアの脳の学問である。主に、脳の筋を見る見の学問で
ある。アラビア語の出来とぞう。とぞみむらっくすという、
アラビア語のことである。

 御所をパーレビという古いアラビア語である。御所冠話の、
パッセムラクという、パッセム語である、アラビア語である。
これが、堺の冠話の放射である、言葉が開いて広まっていく
ことの、放射であることという。大脳の放射という、言葉の発
である。これを、放射能という。放射能の言葉の出の解である。
放射能を尊ぶことという。

 放射性の話という、放射性能のことを、パーサラという、後、
パッセンジャーという、この『ジャ』が蜷川の『じゃ』の言葉
という。蜷川村の言葉である。じゃっかす連絡という、蜷川城
のおとないである。コネクションともいう。輪島じゃっかす、
という輪島コネクションとぞずむ。『とぞずむ』が、蜷川城の
言葉である、輪島の埼の言葉である、横浜の浜由良辺(はまゆ
らべ)という、今の葉山の御地ごゆほむの言葉である、須崎の
言葉でもある。輪島れんけす、という、輪島連家である。
浜言葉の『じゃん』言葉が代表である、れんじゃんという。
つれしょんという、しょんという、関電らんっけすの言葉であ
る。じゃんのことを、しょんという、スタレッシャンという、
しゃんともいう、これを、シャンゼリラという、リラ由良の
言葉という、浜掛かりの言葉である。穂浦連という、蜷ゆなの
言葉、とぞず。トルセッキルックスともいう、後、トルコの言
葉である、御所のペランズラである。仁徳の頃の言葉という。
トルキッシャンラークーという、トルコのゆおせま、という。
れれてのおい浜、という、これを、言葉という、『おい浜』が、
脳の『浜』である後、葉という。今の脳の用語である。脳の内
部の用語である。脳則という、『則』が言葉である意とみす。
 正(やなぎ)。M2.
*****
革命とは、健康と安全を得ることである。
*The revolution is that you would get health and safety.
Tools of revolution:
Physical exercises -- energy
Music -- sing a song
Willow -- with willo, plant willow tree
etc.
All right. OK. Long live. sokyo--the best day
It is difficult for me to write english.
english ---- difficult
 『紫だちたる雲の細くたなびきたる。放射能の雲や如何に。』
 『はっ、たなびいております。』
 『あれに見えるは放射傘雲』
 『これに見えるは、手乗り雲』
 『これっ、悟空、放射能は如何に』
 『放射の山のおきたりて乗り乗り』
 『助さんや、格さんや、悟空ともども、お乗り乗り』
Mr. Atom Lucky Ager, "ANGOLA report" より
      秋残り世界文学全集 巻2
      『余は機械である』
       蒼郷 鳴恭川世讃歌 の項
       秋残り市史編纂員、余。
       秋残り市史篇絵巻物
***アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ***
***コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ***
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***
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 過去をよくする会。日記の効用。過去の日記に、一言、
どこでもよいから、『やなぎ』と書き入れましょう。
これでその日がよくなります。今日も書き入れましょう。先の日記にも
書いておきましよう。先の日記に入れれば、未来の安全健康、
先取り予約、になります。
 1999/01/28 。その日の記****。柳。 
**馬にはのらない:健全家
**そうきょうのよい思い出し:高瀬川行代
**字(あざ)のほうぼうで、腹を横に書く。:山吹 正
**かいきょうのそうきょうはよい時です。:スモモどくだみ
**そうきょうのよい自分です。:ドクダミ薫
**天の下、山拝み。つねづね。:紙祖川劣る



ブログでの団体名、個人名、他名称などは、
全て、仮想です。楽譜の作曲者名、作詞者名等は
もちろん、私が勝手につけた名前で、ええ加減に書いて
あります。実際の作詞作曲者は、私、駄作者の秋残り、
本ブログ著者小林壱裕です。記事は架空です。
著者@386
Notice:Writer says,
Names are virtual on this article.
Matters are not real.
posted by 秋残り at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽