2020年03月02日

卒業4465ANGOLA Bridge 友ヶ島335丸太橋 (壮強太陽):イカスミ柳


 過去をよくする会。日記の効用。過去の日記に、一言、
どこでもよいから、『やなぎ』と書き入れましょう。
これでその日がよくなります。今日も書き入れましょう。先の日記にも
書いておきましよう。先の日記に入れれば、未来の安全健康、
先取り予約、になります。
 1998/11/26 。その日の記****。柳。 
**馬にはのらない:健全家
**そうきょうのよい思い出し:高瀬川行代
**字(あざ)のほうぼうで、腹を横に書く。:山吹 正
**かいきょうのそうきょうはよい時です。:スモモどくだみ
**そうきょうのよい自分です。:ドクダミ薫
**天の下、山拝み。つねづね。:紙祖川劣る


駄作曲の聴き方:曲名または、楽譜をクリック 
Click music piece
音楽
【曲名】 卒業4465京都船旅3365
古譜2365大原練習2265天の下2665 ANGOLA Bridge 友ヶ島335丸太橋 (壮強太陽)鳴恭川世讃歌) 



    創曲、過去由 巴・正(やなぎ) 
    造詞、勇野 晴丈・正 
    監修、冴柳佐代次・正
    訳、 冴柳小夜文・正(秋残り市在)
【拍子】4/4
【種類】
【演奏】
【場所】
【作成ソフト】
  Music ScorePro、シルバースタージャパン社
  バンドプロジューサー カワイ社
【歌詞】創郷 
丸田町に行けば 鳥が歌う
この世尊きとぞ 花木柳木の
川端の橋掛け 大柳の道かける
花鹿鳴く小野 今浜のゆい座


 狐の天気予報。〇r1998/11/26
 狐と。 過去をとく、という。
 場所、そ。 狐言:こって。
 狐晴れを、柳世葉とぞ。
 桃晴れごぎつね、秋晴れごん
   ((明日晴れたなら行こう、大原砂山))

【解説】君、探敵中、情景。 破風之談
------日出葦談笑聴
【J家言】今様(こんさま)、詠。
【京都会議】
【ムー大陸】
【大和奈良】
【オリンピックに向けて】
安全政府、健康政府。国民皆健康。
【友ヶ島】
【楽譜】
ゆい座:真名魚(まなうお)のいる所の意。
『ゆい』という、真名のことである。真奈とも。
丸田町という所である。今のシーラカンスである魚とい
う。そこの橋を架ける歌である。大柳通りという、後、
丸田槍という、その頃の京都御所東である。平安京の
できる頃である。野牛という場で、柳生という、柳生
おい浜という、水のなかった鴨川とぞう。鴨山連山とい
う、京の山である。その頃の京都である。大和山の合間
である。そこの橋掛けという。
 『橋掛け、にかけ、さんかけた、京小野お宿の橋の下、
 それそれ、そうすうともろうの、こうゆかれれ浜、
 世の山ら』という、京の童童子間(きょうのわらべどう
 じま)の歌とぞい、ろふる山るる、という、その歌の相
 の歌である。そうろう山のお書きという。

空に、しそきわという鳥の飛びとぞず。今の雀である、
大きさ30センチ程である。クリプソクという貝がいた浅い
水流れという、泥魚のシーラである、シーラカンスとぞう
、40センチ程の魚である。おおやな魚という、おおやなぎ
魚という、鴨山シースという、シースシーラの魚とぞう。
 鴟尾(しび)という屋根の飾りの出来とぞう、シーラ
シース造りという、やもやものお印という、オーレム・
ヨントソという、頭より尾が高い造りのことをいう。
 これが、西欧山という造りである。西欧山という、鴨
山である、連山一部とぞう。平安京のワイ浜という、平ら
るこんしぶ、という、平らなそうふ、という、そうそうの
山のお書きとぞう。平安京を興す鴟尾(しび)である。
この意の文という。平安京ランクス・オリヨッツぺべそべ、
とぞい、もやるらおよる、という。らおという、柳の意で
ある。後、リャオという、後、中国語のヨーリャオのリャ
オである。台湾に残るラオである。柳のことである。平
安の以前、少し前、である。
 おおやな葉、ゆらるれつる、れんとせのよみよわっつ、
という。よんれる山のお書きという。
 雀を、りょう浜、という呼びをする、こまき鳥という、
こう山のお鳥という、これを、丸田町言いという。古く、
その東、しらよりの火山という、この火山、温熱火山で
ある。音頭40度から90度くらいの火山の地とぞう。
上げる煙が、黄、赤、灰色とぞう。しらみせ、ともいう。
古くの火山の言いともぞる。白川の冷火山の繋がりである。
連乱火山という。連するゆみふり、という。平安京もいお
っくす、という、平安の茂の書きという、本文である。
 やまんすお書きともいう。
 
 平安京の山の意という、山と言えば火山であることとい
う、この頃の平安京である。鴟尾(しび)まつわる、とい
う、これの踏襲という、古く、るい春という、るい山の
頃の鴨山の言いという、鴨を、るい、という。鴨山を、
るい山という、火山の世のお書きという。この火山の煙、
ろい浜のおかくれ、という。ろい浜がみえなくなる程の
煙である。ろい浜という、るいの浜である。この『浜』、
山の麓、裾野をいう、これを、小野るい、という、小野
の言いとぞう。てんぱん山ともいう、鴨山のことである、
るい山のことである。

 ここの小野の地を、しゅみさま、という、後、しゆの
や、という。平安京の頃の言いである。平安を、しゅめ
るき、という。しゅすの語源とぞう。繻子という、着物の
一類である。繻子の着物という。夏ざき着である。

 なっさき、なつさき、なつざく意とぞう。これが、捺染
(なせん)のなっせん、という、今の染めの元とぞう。平安
時代の捺染である、古く、ふもれる、という、みぶ・ゆっ
そん・らーる、という、みぶゆるお染め、という、おおやな
染めともいう、大柳の染めとぞう。柳葉を使う染めである。

 この地の染めである、一種である。大柳通りという、丸
由良の通りという。後、丸田町通り、丸太町通りとぞう。
ゆうらふうらの通り名である。まるたという呼びの言い
である。丸田由良という、山麓の由良である、浦である。
由良裏という、まるるゆみそみ、という。その名づけである。

 まるたがんだる、ともいう、名づけであり、通りの呼
びである。丸太町のかんめか、という、かんすうるぅ、と
いう、後、かんすうまむ、という、かんまむのお名とぞ。

 後、桓武である。平安御殿という、桓武の名のゆいは
る、という。桓武帝陵の山の世という、かんせむ・ろん
くす、という、これを、おおやな言いという。桓武が、
おおやな言いである意とぞう。桓武言いという、古い京の
言葉である。これを、鴟尾らむ、という、古い桓武を、
鴟尾という、鴟尾間(しびかん)の冠という、今の冠の原型
である。鴟尾の形の冠という、これを、しんそわ、という、
しんれむ、ともいう、しんれくやのふりゆり、という。

 平安御殿を、しんれく、という、この言いに、暦がそ
わることとぞう。平安新暦である。平安時代をいう。平
安朝暦をいう、こよはななのおいくす、という、暦をくす、
という、平安の言いとぞう。くすもつ言いという。

 『こよみって、めっさべ』という、めるてすの言いで
ある。『暦を見ておられる』様の言いとぞう、これを、
言い伝え言いとぞう、めっさべのことである。

 めしうどが後に出ることとぞう。平安めしう、という、
この『しう』が、言いつづまり、『しゅう』とぞう、しゅ
みというのが、これである。しゅみの言いという。しゅう
らむ山のお書きという、平安ラール語という、平安の後の
言葉とぞう。北京かんはん、という、この北京、平安朝の
京都のことである、ペキン、ペッキンという、平安の都の
しゅみの言いである。京都を、ペンタムという、後の鎌倉
朝である。ペッキン・ラール語という、語を、ゴーと延ば
す言いともぞ。これが、平安のくっせず、という言いであ
る。

 後、ハーニャ・ナーナという、ろもはんの言葉の出とぞう、
平安の後期である。幾分、奈良朝がかる言いである。今の
古い、中国のごもかまの言いとぞず。この中国も、日本の
中国の言いである、日本の中国様という意である。

 この時の中国、岡皿という、皿れる山告、という、山国
のことを、山告という、後、山獄という、山の告げである、
丘の皿という、岡を皿という、この言いの場所を丘山という、
岡山とも。おかおか(丘岡、岡丘)の場所を、こうきゅうと
いう、きゅうこうともいう、おかおかの意である。

 これが、孔子の元の意である、孔丘という、論語の孔子
である。山を告げる意という、孔丘の言いとぞう。孔子廟が
あった日の京都の丘という、この京都を、なんむれ、とい
う、後、南朝という、室の園の言いとぞう。南朝言いという、
孔子の言いである。台湾の高砂(たかさ)の言いである。

 この『高砂』、今の日本のきゅうそう、という、後、九州
という。九州を、高砂という、ほっぺらぼうの呼びである。
この九州を、玖須宮(くすみや)という、宮崎をくす宮という、
日南の、なんの掛かりとぞう、日南のなんめか、である。


 『おどま、いっそん・どんそ、どめため、すてる、そめる
かよからず、こみやれず』とぞう、日南語気(日南五木)と
いう。
 
 『おっどんほ、みころうぜ、いっそみつゆわら、おわせ
ぜくれくうぅず、、ろきふらぜ』とぞう。この『ろき』が、
ろっきという、六朝の走りである。どんもるのお書きという。

 平安殿園由良(そのゆら)おってすお書きという。
めんてるうるくのお書きである。どこが、平安器用である
か、色々大きさが変わっている平安京であることともず。

 今の京都のすっぽん、という、すうらくのゆみふり、と
いう。すっぽん京という、平安京の頃の書きとぞず。

 カモッション・シークラー、後の、おろそ語とぞう、
ロシア語の元である。キリールという、きーせまの言い
とぞう。ダイトロウのもいよっとす、という、今の、関東
の埼玉の言葉の古い言葉である、そこの言いである、
カモレッツァン・ロウククという、ろうろすの言いとぞう。
ロウッション・ラァクウともいう。ロシア語の挨拶である。
げなうえ語という、古いロシア語の呼び、言いである。
もいという言葉の展開である。

 エカテンという、エカテリーの言葉という、えっかそう
という言葉である。平安朝の日本の埼玉である場の言葉と
ぞもい。埼玉便の『〜もい』である。『ダー』という、
埼玉の展ばしである、『ノバシテール』という、狐の野走り
の言葉ともいう。ロシア語の、モイヨッキスである、ドイ
ホンモンクという、東京のドイホイ語の後の走りである。
東京語から出るロシア語の一部という、エカテリーナとも
いう、どちらからも出ている言葉である。キリール文字も
そうである、後、雲骨字ともいう、キリールの文字である。
雲様瑠璃の言葉という、ロシア語のことともず。この、
『ともず』という、切りの言葉が、ロシア語の文章語である。

 署名に、も花、という、も花の署名という、ロシアの
署名である。スタッツ・ベンゲルともいう、エカテン立書と
いう、ロシア王室のこと、ともずぞいおす。エカリーナの
黒間殿という、黒間のエカリクという、エカソの間のお書
きとぞう。くろまでん、という、赤黒の間の部屋のことで
ある。黒と赤のロシア・ドスキーという色とぞう。
黒赤染めを、ロシア染めという、平安地用の染めである。

 後、江戸のエトロンである。ネブ・ドストという、ニー
ミル・ロームの言いという。ネッ゜ンスカヤという、ネブ
ラチカという、ネブソンの、マックトロイという、アメリ
カのダウス国である。この゜ダウス』、今のダコタである、
ノースダコタともいう、レッペル・ツォーレという、ネブ
スのこいくっく、という、この地にロシア語訛りがあるこ
ととぞもる。古いロシアの交易である。ネブンソワールの
地という、ノース・カリフォルニアとも。ダックス・ロン
レーの言いである。ローンレンジャーという、連者の掛け
言いとぞず。

 『ウイ・ローン・ワックスホット』という、言葉のある
町とぞう。ここが、大蛸がいる場所である。今のカリフォ
ルニアの最南端である。フォートワースと同じ緯度である、
ロザリオの場である。後、島が浮き上がり、ひっついた所
である。フォートロンゼーという、古い町名である、ロザ
リオである。

 アフリカがなかった頃の浮き上がりである。この『ア
フリカ』、今の南アメリカであるをいう、浮き上がった後、
南アメリカができたことという。これが、『ロザ』の意で
ある。ロザのリオとぞう、スパランの掛け意味である。
スバニッシュ論走である。後略。

 上の意の歌ともずろく、れれてるお書きとぞう。
駄作歌の解説である。 
 
   //□□□■□□□□■□□□□■□□□□■□■
 そうきょうよい時です。
【ナミベ】
 ナミベのしくせま、という、あるするめよふるややの
行きという。ここが川である日とぞず。右岸がナミベ
である。この右岸へ艦を寄せて上陸した日とぞず。
この火を、時日(ときび)という、きびれる山のお絵という。
今のアフリカのボンゲムという、ボン・ジェレックの
お行きという。これを、アフリカ脳なむ、という。
脳弓のアフリカという。脳の形状のアフリカという。

 古く、アフリカに、時があるという、この言葉が、
ナミベにある日とぞそ。若い人が行ったナミベである。
降りれば、草が咲いていた時という。高さ一尺ほどで
ある。

 そこの縄を掛ける降り行きの闇という、闇という
初行の地という。アフリカのボンという言葉に、はじ
めてという意味があることとぞず。よいはじめという
意味の言葉とぞず、ボン・ジェックスという。

 ナミベの町を興す縄の張りという、ここが白い地
であった日とぞず。『やをなぐ地』という、後、ギー
ノノという、ノノネネの地とぞず。のみすみの地という。
ぎの山のお絵という。アフリカの脳である。
ウガンダの脳のお書き、これよる肇む、これを、けいめい
という。敬明。ちょうめいという。肇明。これが、『明』
を置く若い人の言いとぞず。いい闇山という、その地を
いう。縄張りの地という。

 ここを、区という後という。そこに、ボンナムという、
波の言いを置く、これが、ボンという、アフリカの後の
言葉になる。ボンスという言葉という。春の意味とも
いう。初めの季節という、ここにボン角(ぼんすみ)と
いう地点という、縄張りの角の地である一点とぞず。

 潜水艦の置いた所より、歩いて1キロほどの所である。
ここに縄地という、縄の地という、縄を張った地とぞず。
ここの言葉が、ボン・ジェックスである。言葉の意のボン
・ジェックスである。じゃく列の言葉という。

 アフリカの言葉にボンブーという言葉とぞず。また
来るアフリカということとぞず。ひとことのお書きと
いう。

 古い日の航行という、ボン・ジェックス・ミックス
という、後、ミックス航法という。ミック航法ともいう。
船の操りである。

 長さが300メーターである潜水艦とぞず。穂浦ヶ浦と
いう、『あした、お行きか』の地という。大お爺さん
おらるるおられれおらる山のお書きという。

 穂浦ヶ花という、場所の出とぞず。名を、洋行路帝
という潜水艦とぞず。ハッチという潜水艦の出入り口
という、この日の八とぞず。蜂に肇という意がある
こととぞず。八時の出行という、出港である。港を、
穂浦代(ほうらよ)という。今の京都である。
【枕の航海】
 穂浦花、東回りという、東洋のお行きとそず。遠く
名大陸である。『春はたよせま、おきてせもよよ』とぞず。
枕の航海という、潜水艦を枕という寝る所という、寝て
興す話である。

 ほととぎす交通という、天則の航法という。コウテル・
イーガー航法という、後、餃子という、この日の出向の
朝食である、ショウガの餃子という、ショウガと餃子のふ、
である。餃子のふに、ショウガをのせた食べ物である。
赤染めの紅ショウガである。大お爺さんの御席を餃子と
いう、白卓の朝とぞず。

 遠い地へ行く船のアンという。餃子餡という。ショウ
ガの餃子という。古い日の食べ物である。
【ショウガの赤雪漬】
 ショウガ、赤い雪漬けという。赤い雪で漬けたショウ
ガという。これを、雪ショウガという、穂浦ショウガと
いう。後、しょうふという。ショウガをしょうふという。
【チマソ】
 この日の着物、チマソという、今の韓国の男チマで
ある。後、チマチョゴリという。穂浦の着物という。
アフリカに、このチマチョゴリがある、アフリカの港着
という、ナミベの縄張りの地という、東洋行という地と
も。日本語のチバという葉所である、チマチバの、
船場ゆう山という、千葉と表記する、『千葉』の字が
そこにある。東洋行千葉という、チマの山という。

 異方の韓の言葉という、後、この地を、韓千という、
戦艦が掛かった地名ともぞ。
【ローデシア】
 古くのナミベ、南アフリカに、『第二次大戦が、南
アフリカにあった』という話がある。若い人が、戦争
と言うて行った地である。

 南ローデシアという、ニアサラの地とぞ。『サラ』
が皿である。ショウガ盛りの餃子を、ニヤサラという。
ニヤサランドというローデシアの言いという。

 『戦いには、ショウガを』という、ナミベの戦士と
いう。これを、ふという。ふふという、ふふふという、
戦いの前の言葉である、アフリカの戦将という。
ふふ踊りの地という、戦いの前の踊りとぞず。

 ニヤ・サムルムという、アフリカの踊りとぞず。
リズムが潜水艦のすすかわ、という律である。現、音
楽のドラムのハイハットという、チチチチという音と
ぞず。潜水艦の律という。潜水艦の機関をいう、音の
ない、無音の律とぞず。音に表したチチチとぞず。

 現代音楽の四拍、四拍と三の律を足すを足す、四拍
子の四分音符四つという。これにわずか音を加える律
とぞず。この日の、川の流れとぞず。これが、アフリ
カの律である。この律を右岸による、サラスビという。
サラスビの律という。アフリカの玄代期の律という、
南アフリカの律である。のち、南アメリカ太平洋右岸
の律である、太平洋岸の岸である。
 潜水艦が無音をよる律という。四拍子よりわずか
ずれる律である。16分と32分が一つずつ入る律である。
これが潜水艦の機関の律である。
 穂浦花の潜水艦の一種の律である。アフリカ、南ア
メリカの民族律とぞず。リオ・グランデになる川名の
町である。アンゴラの律と同じという。

 音楽によるチリへの接近である、これを、アフす論
という、アフリカのことの言いとぞず。右岸の脳という、
ウガンダの脳とぞず。降りた所、右岸だ、とぞず。
後、田を作る、アフリカ米の田である。穂浦ヶ花の
米という、あおせまのお米という、後、アフす宮浜米
という、後とぞず、ささおな、という、ささのの、と
いう。

 駄作家の秋残り種である。秋の国お偲びお書き。
【ホッペラ食】 
 アフリカのジジンバの言いという、米を秋という、
Akiという。英語読みで、アッカイとも。
アフリカ・アッカイ・リッキーという、力作の米と
いう。力作の駄作である。駄作まい、という、マイン
という言葉とぞそ、右岸脳の出である。後、マインド
になる、英語に組み入れる言葉とぞず。米の土、この
日の米、赤い色の米という。赤飯、ショウガ餃子である。
この料理もアフリカにある、ホッペラ食という。
穂浦を、ほっべ、という。ホッペラ・ベーゼーという、
穂浦米西、とぞず。名米のお書きという。

 33/32律、わずかな差です、演奏家の味付けとぞず、
ヒューマライズ、しょうが律、ホン律とぞず。
ショウガ礼賛の文とも、紫蘇とショウガを混ぜれば、
シミという、秦の始皇帝の曲による律とぞず。
シミ律。始皇帝をシミという話とぞず。合わせて、シ
ミ擦れ、という律とぞす。余りの律を、シ、という。
暦の数えにより、合わせをあまりにとる、アフリカの
暦をシミ暦という。今の太陽暦の暦でおいた穂浦暦と
いう、太陽新暦の暦とぞず。

【日記の効用】 

貝暦、我ガ輩ハ潜水艦ニ乗ル。
 ある貝の日記、より。

  
*****
革命とは、健康と安全を得ることである。
その方法は、体操、音楽、柳を手に、等々、よし、長生き。
*La rivoluzione e guadagnare salute e sicurezza.
Strumento di rivoluzione:
Ginnastica -- sano
Musica -- Canta una canzone
Con salice etc.
Tutto ok. Lunga vita.
L'italiano e difficile. sokyo--miglior giorno
*The revolution is that you would get health and safety.
Tools of revolution:
Physical exercises -- energy
Music -- sing a song
Willow -- with willo, plant willow tree
etc.
All right. OK. Long live. sokyo--the best day
It is difficult for me to write english.
english ---- difficult
 『紫だちたる雲の細くたなびきたる。放射能の雲や如何に。』
 『はっ、たなびいております。』
 『あれに見えるは放射傘雲』
 『これに見えるは、手乗り雲』
 『これっ、悟空、放射能は如何に』
 『放射の山のおきたりて乗り乗り』
 『助さんや、格さんや、悟空ともども、お乗り乗り』
Mr. Atom Lucky Ager, "ANGOLA report" より

      秋残り世界文学全集 巻2
      『余は機械である』
       蒼郷 鳴恭川世讃歌 の項
       秋残り市史編纂員、余。
       秋残り市史篇絵巻物

***アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ***

秋残り市立美術館冬期展示
『古譜2365大原練習2265天の下2665 ANGOLA Bridge 友ヶ島335丸太橋 (壮強太陽)鳴恭川世讃歌)』
俄家判 びという字。
秋残り市、凡人倶楽部所属、元
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 仮想店 出品 ID:Kyou42158
     画商『曽端』俳画専門
     豪華額縁付 2000円ヤナギ
  著者そうきょう@604上巣真芯
  UESUMASi W.E.州 Machine   


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***コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ***
一行日記
1998/11/26柳晴、東京在、10秋残り君来、12すき焼き、16大阪、19宿
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***
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ブログでの団体名、個人名、他名称などは、
全て、仮想です。楽譜の作曲者名、作詞者名等は
もちろん、私が勝手につけた名前で、ええ加減に書いて
あります。実際の作詞作曲者は、私、駄作者の秋残り、
本ブログ著者小林壱裕です。記事は架空です。
著者@604
Notice:Writer says,
Names are virtual on this article.
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