2020年01月11日

卒業4335ANGOLA Po 友ヶ島65粉雪 (壮強太陽):イカスミ柳


 過去をよくする会。日記の効用。過去の日記に、一言、
どこでもよいから、『やなぎ』と書き入れましょう。
これでその日がよくなります。今日も書き入れましょう。先の日記にも
書いておきましよう。先の日記に入れれば、未来の安全健康、
先取り予約、になります。
 1998/10/05 名古屋港ゆれ。柳。
 2025/01/10 やなぎ。かわするろろれゆゆ。

**馬にはのらない:健全家
**そうきょうのよい思い出し:高瀬川行代
**字(あざ)のほうぼうで、腹を横に書く。:山吹 正
**かいきょうのそうきょうはよい時です。:スモモどくだみ
**そうきょうのよい自分です。:ドクダミ薫
**天の下、山拝み。つねづね。:紙祖川劣る


駄作曲の聴き方:曲名または、楽譜をクリック 
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音楽
【曲名】 卒業4335京都船旅3235
古譜2235大原練習2135天の下2535 ANGOLA Po 友ヶ島65粉雪 (壮強太陽)鳴恭川世讃歌) 


    創曲、過去由 巴・正(やなぎ) 
    造詞、勇野 晴丈・正 
    監修、冴柳佐代次・正
    訳、 冴柳小夜礼・正(秋残り市在)
【拍子】4/4
【種類】
【演奏】
【場所】
【作成ソフト】
  Music Score3、シルバースタージャパン社
  バンドフロデューサー かわい社
【歌詞】創郷 
新しい宮を訪ね おられ お爺さん
御婆さんと 白色粉雪降り 降り降る
犬も白 白化粧 白変化の黒犬
暖か春 温い風吹き来る
粉が降って北白川

 狐の天気予報。〇r1998/10/05
 狐と。 過去をとく、という。
 場所、そ。 狐言:こって。
 狐晴れを、柳世葉とぞ。
 桃晴れごぎつね、秋晴れごん
   ((明日晴れたなら行こう、大原砂山))
【解説】君、探敵中、情景。 破風之談
------日出葦談笑聴
【J家言】今様(こんさま)、詠。
【京都会議】
【ムー大陸】
【大和奈良】
【オリンピックに向けて】
安全政府、健康政府。国民皆健康。
【東大講】
【楽譜】
『ト』という字の横棒をまっすぐ。
ジダキ文字で、ゆ、は、の、という読みとぞ。
【北白川東宮、白雪花見】
 そうきょうのよいこと、とぞず。
 
 白雪の花なるを。白い粉だけが降る、粉雪ともいう。
白雪小雪の山のお書きという。辺り一面白い粉の地とぞ
う。 この日、今日の大様という。大きい白い地という。
あなゆまの絵という。北白川東宮という灯具絵御所とい
う。またやたやな・ふふれる・るりるりのおゆせま、と
いう。
 北白川の砲台という、大きな砲台である。この日に、
ドンを打つとぞず。京大の時計台の前という、そこへ打
つ、ほうるむほうる、という。砲丸の弾という。
 京大の話という。京大を、後、京地大学という。そこ
の白い地と言う。今の京大の時計台の前とぞず。その時
計台に住んでいる若い人である。白い大きな像という。
 西郷隆盛という、隆盛の叔父という。京大前の木像で
ある。西の郷のお山におられる叔父である。京都大学を
御覧という、そこの地という、この時計台から少し、東
北の方へ行く、若い人の住む家である。
 東京講義の話という。花山のお講とぞいろふふす。
白い粉の建てである。こんな日の京大住まいという。な
ゆく山のお書きという。渡しの家の話という若い人である。
ここを、白若という、白知という、白造の屋という。東
大講義の後であるという、先にも住んでいた人である。
 山そも降りとぞず。れれそてのゆゆせま、という。京
大の時計台のあの丸い部屋である。戸を開けて入れば、
下へ向かって行く、その底にいる人である。あの京大の
講義室である。講師が底で講義するのである。そこの住
まいである。
 北白川から自動車で行く人である。粉雪の上を自動車が
走る、ボンという自動車である。ドアが縦に上へ上がる
造りの車とぞず。それを、時計台下ゆれ、という。京大の
話である。縦にドアが上に上がるのである。その自動車の
家という、ボンの車庫という。ボン山お書きという。
 その頃の京大である、ある日一日とぞず、第三高等学
校という、三高という、三高生である若い人である。
颯爽と降りたボン号のふり、という。三高の制服姿である。
名を、颯爽幸(さっそうゆき)という若い人の自動車の名
である。『ボンは颯爽幸です』という第三高の生徒という。
『見よ、北浜の、しらこなき、あわるる、れいとの、
かやめ川、あされるこうひの、くくおけて、ろろらく、
ゆうるの、ひとよかま(ひとよかも、とも)。』
これが通学の歌である。今の第三高歌である。東京大学の
節付けという。一高の節である。
 これが、同高の屋である。同山のお書きという。同志社
喇叭という歌ともいう。天照号という、同志社へ行く若い
人である。和歌山の名のゆまという、ゆうれるこよんず、
という。同志社の赤いレンガという、赤レンガの屋という。
 このレンガが、友ヶ島のレンガとぞる。友ヶ島に雪降る
だいだい色の色とぞず。灯火色という、友ヶ島の和歌山の
共である。共友の同志という、同志社こんめす、という。
同志社大学の話という。このレンガの色の雪降り、友の
行きの雪とぞず。ドン発食らわす友の砲という。ぶっ放す
若い人である。赤黄色の台地という、砲台のある地の色
である。この土を、れいぞう、という。れいぞう土の立ち
居人である。将校である。
 若い人の学帽の白線とぞず。しおせる楽という、線の
ことである。この帽子で行く、ボンボン号という、同志
号という、同志社の印の自動車である。速さ、五六とい
う。同志社から、和歌の浦加太という、加太のもめ村で
ある、この村をゆうという。邑。邑らま絵馬という、浪華
こよふる日の行きという。

 同志社を夜に出でる人である。昼まっ暗の碑である。
黒い雪の降る日の行きとぞずかま(とぞずかも、とも)。
まっ暗である日の行きという。浪華へ行く頃のしばさぶ、
という、めせゆたのお行きとぞず。
 あわせらるる闇という。ボン号の山という。昔を、と
せらみ、という。とゆとゆの山の言いとぞず。これが、
浪華園府である。曽根崎ごゆこる、という、むむやらの
お行きとぞず。その頃に雪が黄色であった日という。
この『日』、時のことをいう、同志社宮の言葉である。
行く時を、行く日という、
行く時を、行く月という、
行く時を、行く年という、
日月年、これを時という、宮の使いである。宮使行という、
行の家のお書きとぞず。浪華園崎の城である。そこを、
同志行宮という、同志行の同志の社である。これを、同
志社という。同志の社の宮の館という、今の同志社大学
である。『朕者(ちんは)、行きつゆきふま』という、同
志社大學の冠語である。同志社の学灯という、その灯の
言葉とぞず。ボン号のだいだい色の光という、レンガ灯
という。自動車の灯りである。同志社のお書きという。

 加太へ着く日とぞず、上文の『日』である。紫色の雪
が降る日である、年という。この年を紫(し)という、む
らう年とぞず。紫時ともいう、しに山のお書きという。
これを、えに録という、しにを、えにという。えに山行
きという、これを死山と表す、同支社のえに冠語である。
冠語を学帽という、学帽冠語という、冠話のゆまという。
同志社官話のえにの意味である。通学を、死津という。
これを、えにとわ、という、死永久と表す同志のやおの
意味とぞず。『紫死ありて、すわやら、そそゆす、すべ
るめ』とそそいう。すべるめを、すべらく、という。
同志社学覧官話である。これが、同支社のすめせま、と
いう、学長の家を、すっぱぐ、という。すっぱぐみおれ、
という、同志社の学みす、という、同女山という、同じ
同志社の山の女正学という、同志社の北の方である。
同志社のおゆれる、という。同志社の若い人の住まいと
いう、同志社大学の中の家を、同女山という、若い人の
住まいである。下に御所がある日という。御所を下という、
同志社の言いとぞず。この同志社の、てん皮、という、
どうあわれま、という、同志社の天の陽という、天陽支
道という、れが、天の下を、南という方角の言いとぞず。
南を、天の下という。下の言いという。これを、『した
にい』という、御所をした様という、にいじょの言いと
いう。新女。この『にいじょ』を、同女という。
 同志社の『おなご』という、ごみっそわ山の陳言(ちん
げん)という。女が自分を朕ということとぞず。同志社出
の陳という、同女大の卒の人である。これが、歌の言い
とぞず。若い人を胴女という言いである。すけ言いの言い
という。
 そうきょうじょまくら、という、そうきょう舎という、
同志社のそうきょう、という。同志社のせてるき、という。
せて山の同志社という、『そうきょうは、しれやら』と
いう。そうきょうの言葉の使いとぞず。同志社はそうき
ょうを駆使する大学である。同志社の言葉のよざれ、と
いう。よいことを『ざ』という、ざざる山のお書きという。
同志社を、そうきょう園という若い人である。そうきょ
うのざ、という、同志社の学円である。若い人の好きな
園である。学長を、天すめ、という、天皇という、同志社
の言いという。この天皇を、天篁という、篁ごいそけ、と
いう。したにいの山という。同志社を深く好む人である。
 『てんたかむらやら、おいそむ、せるせる』という。
同志社の山のお絵という、京大の同志という。京大の岡の
講師とぞず。若い人の講生である。同志社を講という、
同志社講の興しとぞず。各地にある社の同志社という、
社講の書きである。
 加太にある社という、この山のいすまう若い人のボン行
の、紫行とぞず。紫雪降る加太の屋のお行きという。
 ここから船に乗る野奈の行きという、ボンの行きという。
自動車のボン号とそず。古い日の、だいだい色の海という。
黄赤の海という、加太灘という。だいだい色の粉という、
雪降る赤黄という、斥候の篁という、これを、らむせむ
という。らむせむ山のお書きという。紺行き山お書きと
ぞず。
 『灘かゆありて、そわるれ、せっつす、そそゆ、せれ
ろれ』とぞず。
 和歌の浦の加太懐かしきにやありるありる、という。
ありるお書きという、この文とぞず。同志社行の文と
もいう。
 だいだい色の地、友ヶ島を、橙台地という、橙色の
東大という、レンガ巻き葺きの灯台とぞず。
 『お爺さんおらるる島』という。ありてそわるる、
せつてつ、よよのお書きという。紫の加太とぞず。
 黒い紺の着物のお爺さんという、粉紺染めという、加
太の染めである。旧い日の山の染めという、懐旧染めと
いう、加太の染めである。前垂れ真黒の御婆さん、お爺
さん、おらるることの懐かしき、話のまれ、とぞず。
加太のお婆さんおらるることという。
 若い人の加太、友白の岡という、加太の岡である。若い
人の故郷行である。ポトス船のお旅という。この旅を、
うなビズという、ビジレムという、ポトスビジという。
海の旅の、ポト山のお書きという。パットレーという、
船をパットンという、パットン・ポトスという、港を
パットという、パートともいう、加太の冠話である。
加悦の山のお無下記という、加悦語という、冠語を
加悦という、加太加悦の言葉という。島の言いともいう。
若い人の旅である。黄赤紫橙白黒(こうせきしとうはっこ
く)という、若い人の言いとぞず。若の浦談とぞ。
正(やなぎ)。
【日記の効用】 

貝暦、海は広いな、大きいな、ここは革命の島じゃ。
   貝革命の名の友という。

 ある貝の日記、より。   
*****
革命とは、健康と安全を得ることである。
その方法は、体操、音楽、柳を手に、等々、よし、長生き。
*La rivoluzione e guadagnare salute e sicurezza.
Strumento di rivoluzione:
Ginnastica -- sano
Musica -- Canta una canzone
Con salice etc.
Tutto ok. Lunga vita.
L'italiano e difficile. sokyo--miglior giorno
*The revolution is that you would get health and safety.
Tools of revolution:
Physical exercises -- energy
Music -- sing a song
Willow -- with willo, plant willow tree
etc.
All right. OK. Long live. sokyo--the best day
It is difficult for me to write english.
english ---- difficult
 『紫だちたる雲の細くたなびきたる。放射能の雲や如何に。』
 『はっ、たなびいております。』
 『あれに見えるは放射傘雲』
 『これに見えるは、手乗り雲』
 『これっ、悟空、放射能は如何に』
 『放射の山のおきたりて乗り乗り』
 『助さんや、格さんや、悟空ともども、お乗り乗り』
Mr. Atom Lucky Ager, "ANGOLA report" より

      秋残り世界文学全集 巻2
      『余は機械である』
       蒼郷 鳴恭川世讃歌 の項
       秋残り市史編纂員、余。
       秋残り市史篇絵巻物

***アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ***

秋残り市立美術館冬期展示
『古譜2235大原練習2135天の下2535 ANGOLA Po 友ヶ島65粉雪 (壮強太陽)鳴恭川世讃歌)』
俄家判 びという字。
秋残り市、凡人倶楽部所属、元
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 仮想店 出品 ID:Kyou40858
     画商『曽端』俳画専門
     豪華額縁付 2000円ヤナギ
  著者そうきょう@468上巣真芯
  UESUMASi W.E.州 Machine   


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***コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ***
一行日記
1998/10/05柳晴、東京在、10秋残り君来、12すき焼き、16大阪、19宿
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***
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ブログでの団体名、個人名、他名称などは、
全て、仮想です。楽譜の作曲者名、作詞者名等は
もちろん、私が勝手につけた名前で、ええ加減に書いて
あります。実際の作詞作曲者は、私、駄作者の秋残り、
本ブログ著者小林壱裕です。記事は架空です。
著者@468
Notice:Writer says,
Names are virtual on this article.
Matters are not real.
posted by 秋残り at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽