2019年12月05日

卒業4279ANGOLA Agitacao da montanha 友ヶ島17山揺られ (壮強太陽):イカスミ柳


 過去をよくする会。日記の効用。過去の日記に、一言、
どこでもよいから、『やなぎ』と書き入れましょう。
これでその日がよくなります。今日も書き入れましょう。先の日記にも
書いておきましよう。先の日記に入れれば、未来の安全健康、
先取り予約、になります。
 1998/08/30 シドニー。柳。
 2024/12/04 やなぎ。在宅。

**馬にはのらない:健全家
**そうきょうのよい思い出し:高瀬川行代
**字(あざ)のほうぼうで、腹を横に書く。:山吹 正
**かいきょうのそうきょうはよい時です。:スモモどくだみ
**そうきょうのよい自分です。:ドクダミ薫
**天の下、山拝み。つねづね。:紙祖川劣る


駄作曲の聴き方:曲名または、楽譜をクリック 
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音楽
【曲名】 卒業4279京都船旅3179
古譜2179大原練習2079天の下2479 ANGOLA Agitacao da montanha 友ヶ島17山揺られ (壮強太陽)鳴恭川世讃歌) 


【創曲】2019/12/04、柳晴
    創曲、紫 寝太郎・正(やなぎ) 
    造詞、伊勢宮 四・正 
    監修、ウインタテリウム・正
    訳、 冴柳小夜史・正(秋残り市在)
【拍子】4/4
【種類】
【演奏】
【場所】
【作成ソフト】
  Music Score3、シルバースタージャパン社
【歌詞】創郷 
大、山揺られてる ふいの揺れられて
野奈浦の海さざ波、沖遠く上がる
大波 歩いてる時に見えた 石の家
帰ってはお婆さんに伝え 仰り
それはよいよいよいよいことが興る

 狐の天気予報。〇r1998/08/30
 狐と。 過去をとく、という。
 場所、そ。 狐言:こって。
 狐晴れを、柳世葉とぞ。
 桃晴れごぎつね、秋晴れごん
   ((明日晴れたなら行こう、大原砂山))
【解説】君、探敵中、情景。 破風之談
------日出葦談笑聴
【J家言】今様(こんさま)、詠。
【京都会議】
【ムー大陸】
【大和奈良】
【オリンピックに向けて】
安全政府、健康政府。国民皆健康。
【東大講】
、<<【歌意】>>
 山揺られ、土地の言葉で、山ぐえ、山がり、とぞう。
山が揺れるをいう。花ざわめ、ともいう。花ぶ山けまらの
おいため、とぞう。られるれ・ゆみすよ、という。
 おおそんざくの山という、れれてる・るれんなそ、という。
るぶるぶという、るめる・ろりすり、とぞう。れれする・
れとん、という。めるれて・そいなぶ・れとす・れつれつ、
とぞそう。やうてすの、れんかる、という。野の浦の
山という。るうれる・そんゆつ、せてすれ、そわれる、
という。めゆれる・すみすよ、という。すすれる様の
よいくみ、とぞう。これを、よいはむ、とぞい。
ろろせる・るんべる、という。沖合遠く、海が盛り
上がった時とぞう。浜は、小波さざ波、という。

 これが、山の揺れを見る、ひおしおの山せま、という。
そいふる山という、野奈山のお揺れとぞう。せよる・
さっぱくす、という。見た山が、手を上げたという、
そるれる山のお書きという。山背山の呼びの野奈浦の
山とぞう。とうせる山という。
 後で見に行くという、山世のおうれるすよんす、
とぞう。山が招くをいう、今の高さの山である。
とう山の言いのふるゆる山そよ、という。
 小さな家という、野うらの家のあいやらの立ち入り
とぞう。ここに、おおさりという木が植わっていた
場とそう。この木が、かおをとめる、という意の木の
名前という。かおという、かざきくの揺れという。
山揺れをとめ、という木とぞう。とどめるとめ、という。
山揺れを、さわめか、という。このさわめかの、とるけまの
いかという。とるえす、ともぞる。これを見ることという。
野奈浦の山野お書きという。
【やまけ】
 野奈が山をいう、やまけ、という。山を、やまけ、と
いう。めるれるの言いという。この、やまけが、山を呼ぶ
山野招きという。まねらるれれつ、とぞう。これを、
ゆおてす、という、ゆおらむ、ともいう。めるゆる・あう
てら、という。てらが、山の地である意とぞう、地肌を
もいう。
 こいゆる山のお絵という。のうゆる山原という、山
腹とも。れれのこくれく、という、れれという、山のめ
での言葉という、れれが揺れたという、山に親しみを
もっていう言葉である。
 これが、れれ野奈という、のう山のおよいとすれれ、
とぞう。これが、野奈浦の言いの冠語である。ここの
地方の言いである。後を、くいかる、という言葉という。
くいかるのれれ、という、山を示談に見立てる言いの
元の場とぞう。京都大山のれれ、という、自分をいう
言葉という。れとすという言葉という。れたん、ともいう。
れれの名にする、自分のことという。
【れれ】
 『れれは、おいくす』というれれを使う冠語の言葉
とぞう。『れれ、よらる』という、『れれは、行く』と
いう意とぞう。『れれよらる、やんまはぁま』という、
『山の浜へ行きます』という、野奈浦の浜の言葉である、
冠語である。
【眉船】
 これが、大地の加太へ行く日に、『れれ、うとんせ、
たいら、ふうるる、れおってせ、るるする、るみすめ』
という、大地の浜へ、いかようゆゆて、という。大地の浜へ
行く自分の身を、いか、という。『いかは行く』と
いう意味。ここを、たいるれ、という。加太の大地と
いう頃の在である。『大地へ行く』を、めるれ、という。
めっせぶ、ともいう、めるゆるたいそるの言いとぞう。
大地の冠話である。加太の言葉とぞう、冠話の加太という、
かうせらるぅ、という、かうてすのゆっため言いとぞう。
ゆいゆいの冠すら、という。れれすりのおゆふり、と
いう。この加太が、眉を『すいそる』という、眉の形の
船をいう、船の絵という、これを、よみふりという。
眉船ののみ山という、船を山眉という、この眉を、
べらっくれ、という。山べら、という、山眉という、
山の斜めの地肌をいう。これが、海を 、ばっけら、
という。ばけらくという、後、言葉を添えて、
ばっけらの海、ばけらくの海という。これが、加太大地
の冠話である。冠語ともいう。かるせら、という冠話の
ことをいう。かってら、という、かめせめ、ともいう、
冠語のことである。

 これを、るおるやり、るおるやれ、という、冠語の
ことである。冠語を離す、加太と野奈という。ここの
土地を、加太っせま、という、土地をまという、まませらの
冠由冠白という、これを、輪田冠々という。ワダカンカン
のうれ、という。

 この輪田冠々を使う、大輪田御所という、後、大和田
という、後、小和田という、この小和田御所に住まう
若井人という。ここで、『ここにいます』という現代
口語を使う場とぞう。小和田御所で、口語を使うことという。
冠語と口語を使う話という。これを、おうとわ、という。
おうとの話という、言葉である。今の口語である。
このおうとを、鴨都(かもみやこ、おうと)という、小和田
御所を後、鴨区(おうく、かもく)という、これで、京都を
鴨京(おうきょう)、鴨都という。これが、小和田御所の
場である、大輪田御所ともいう。
 こゆれくまんざく、という冠語の言いのこの御所である。
 これが、鴨都のことを、御所外の尊所にあてる、京都を
まんとま、という、ベルッソン・ファルレェという。
 これが、ベルロラという、べるっすのおいっつす、と
いう。『よりおん・すわっすう』という、よりおんという、
自分をいう、『よりおん・すわっすう』というマントの
意味という、『マントを着る』という意味である。
すわんずるのお言いという。『オウルレレン・ホアッル
ラー』という、冠語のあいたむの言葉である。
【相郷、そうごう、そうきよう】
 『アン・ミーナ・ハーラ』という、ミ−ラ・ハーラと
もいう、はむれらのおいっそのおっきく言いとぞう。
『浜へ行く』意味という。むむせらのゆっきよっき、と
いう。めるんすという言葉遣いとぞう。
 これが、御所の冠話であるひぃに、加太の冠話とも
いう。加太っせるらっく、という、加太冠話の戸である。
これが、野の浦を『のうふみ』という冠話である。
これが、桓武帝の言いである。この桓武が、『おう』を
いう、鴨のことをおうという。平安奈良朝の言いという。
 この御所が、今の京都御所の一部である。これを、『
そうきょら』、『そっきよら』という。後、『そっ
きょる』という、今の、そうるという、そうられという、
この『そっきょ』を、そうるという、そうるくという。
大輪田、大和田、小和田を合わせた、『ソッキョン・
ファールゥ』、冠語のあいたむ語である、冠語で『そう
ごう』という、相合、相郷という、これを、そうきょう
という。そうきょうが、冠語であることという、日常
語でもある、口語である。

 そうきょうを、たもよめ、という、これを、たれすれ
という。たも山のさっくす、という、さくすとも。
この『さくす』が、この当時の桜である。この桜を、
『おう』という、『おう花見』という、これが、おう
おうの、ゆまふみ、という。おうおうの咲いている所と
いう。桜の植わっている所とぞう。これで、おうか、
という。おうかを、桜花という、鴨桜(おうおう、かも
ざくら)という、今の紫宸殿奥の、まこけ、という場所で
ある。ここが、加太区という場である。加太すみ、とも
いう、一区画である。
【建武の中興】 
  ここから加太へ行った話である。加太ゆろ、という、
ゆうろという、加太ゆうろを通って加太までいったこと
という。この道路を、おわずら、ともいう。鉄車輪の
『建武の中興』という車でいったのである。この日の、
建武という、加太冠語を使う、冠直(かんちょく)という、
冠の垂れをまっすぐに伸ばす冠である、建武冠という
冠である。意味が、桓武の展ばしである。言葉をいう、
奈良朝の語調とぞう、『そうや、なあに』という、
『なに』を『なあに』という、奈良朝の桓武を建武と
いう。建武の言葉が桓武の言葉である。奈良朝の言葉という。
【加太冠語】
この日の、加太冠語という、『なあに、いうの』という、
延ばしの建武のかんと、という。延ばしを 、かんと、
という。これが、桓武を、かんとんれく、という。レー
レルという言葉である。

 加太冠語に残る、かんとん延ばしという。これが、
『のうな』を、『のう』『のうふる』『のうみな』という、
野奈のことである。この『のう』が、方言の『のう』でも
ある。『そうや、ノウ』『そうだ、ノウ』という類とも。

 これが、『のうな浦』を、単に『のな浦』という、
現代口語の言いになる。この言いに変わった時、『
のな浦』と言うた若い人という。『のうな浦』の、も一つ
古い言いが、『のな浦』である、延ばさない言いという。
これが、も一つ古い大和朝廷の、『のっな』という、『
のっな浦』という、『のなうっら』ともいう。促音の
大和朝という。『の〜なう〜ら』と言うたら、奈良朝
になる、これが繰り返す、ノッハルラークという、
ノハルランルルーという、のびせばのお言いという。
これが、小和田大輪田という御所の話である。
【小田冠】
 野奈浦に残る『オワダ』という言葉が御所のこの冠話を、
小田冠、オダカンという、小崎の小田という、小崎御所の
小田冠話という、小崎御所の使いという。これが、ケッ
チヨメ、ケチョンという小田冠話の言葉をいう。
ケッチョメという、冠語のことをいう、小田冠話をさす
場合もある。ケッチョン・パールレーという、冠話の
ことである。古くの小崎御所の言いである、これを、
むらさきずく、という。紫の頭巾を被る小田御所の人
という。紫のおごふき、という、頭巾のことをいう。

 バマッセ・パンクルゥという、くよんの言葉という、
あいための言いとぞう。かゆっせ・かーるけの山という。
これが、古いささごぜの言いである。ささみす山という、
篠山御所という、小崎御所の隣である。
ささごやっきの歌という、ささごやきの歌という。
言葉の調子の山という。御所の言葉の変遷である。

 今の口語が、一晩古い言葉であり、調子である。
『みち』『みっち』『みーち』という、一番古いのが
『みち』である、今の言葉の調子である。
言葉で時代を表すなら、『みち』『みっち』『みーち』
・・・『みち』という順になる、大雑把にみてのこと
である。ケップスという言葉の変遷である。
ケレンスレーという、くいく、という、めりるるの
おことのゆいはる、とぞう。めっせば・れんて、という。
ゆいっこくのれんつ、という。言葉の変遷である。

 『ゆわらして、おいそゆ、ここむる、れおる、れとろる、
ろろんす』という、言葉の変遷である、『ろろ』が道を
も表す、今の言葉の『路』である、『ろろ』という新しい
言いである、冠語を新語という言いともぞる。
これを、口語から冠語ができたともいうム、表しである。
若い人のしゃべる冠語でもある。かんすべの言葉という、
冠語のことである。『ゆわ』が看護である意とぞう。

 これが、山揺られの山揺れのことである。『お山 、
揺れらして』という言いとぞう。おっこらっく、という、
お子様言いに通じる、冠語の一面とぞう。おこらくの歌
という、駄作歌である。卒のしにくきゅう、という、
詩に鳴く、くきゅうの作である。山鳴きの山の歌である。
『くき』と鳴いたことである、野奈の浦の山である。
山くき、という山揺れである。気鳴き入りの山揺れ
とぞとも。

 『それはよい、よいよいよい』、
 『それはよい、ももよいよい』という、古い冠語である。

 駄作そっきょる、いよよ、ろぎすき、くくく、はるる、
 るるせる、書にかならむ、ゆゆゆ。
【日記の効用】 

貝暦、若い人が来た日。
 待って暮らした、かいがある。柳。
そうきょうよい時は、


です。


甲斐甲斐しく、過去をよくしていくのだ。くっはっはっはぁ。

 ある貝の日記、より。    
*****
革命とは、健康と安全を得ることである。
その方法は、体操、音楽、柳を手に、等々、よし、長生き。
*La rivoluzione e guadagnare salute e sicurezza.
Strumento di rivoluzione:
Ginnastica -- sano
Musica -- Canta una canzone
Con salice etc.
Tutto ok. Lunga vita.
L'italiano e difficile. sokyo--miglior giorno
*The revolution is that you would get health and safety.
Tools of revolution:
Physical exercises -- energy
Music -- sing a song
Willow -- with willo, plant willow tree
etc.
All right. OK. Long live. sokyo--the best day
It is difficult for me to write english.
english ---- difficult
 『紫だちたる雲の細くたなびきたる。放射能の雲や如何に。』
 『はっ、たなびいております。』
 『あれに見えるは放射傘雲』
 『これに見えるは、手乗り雲』
 『これっ、悟空、放射能は如何に』
 『放射の山のおきたりて乗り乗り』
 『助さんや、格さんや、悟空ともども、お乗り乗り』
Mr. Atom Lucky Ager, "ANGOLA report" より

      秋残り世界文学全集 巻2
      『余は機械である』
       蒼郷 鳴恭川世讃歌 の項
       秋残り市史編纂員、余。
       秋残り市史篇絵巻物

***アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ***

秋残り市立美術館冬期展示
『古譜2179大原練習2079天の下2479 ANGOLA Agitacao da montanha 友ヶ島17山揺られ (壮強太陽)鳴恭川世讃歌)』
俄家判 びという字。
秋残り市、凡人倶楽部所属、元
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 仮想店 出品 ID:Kyou40298
     画商『曽端』俳画専門
     豪華額縁付 2000円ヤナギ
  著者そうきょう@333上巣真芯
  UESUMASi W.E.州 Machine   


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***コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ***
一行日記
1998/08/30柳晴、東京在、10秋残り君来、12すき焼き、16大阪、19宿
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***
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ブログでの団体名、個人名、他名称などは、
全て、仮想です。楽譜の作曲者名、作詞者名等は
もちろん、私が勝手につけた名前で、ええ加減に書いて
あります。実際の作詞作曲者は、私、駄作者の秋残り、
本ブログ著者小林壱裕です。記事は架空です。
著者@333
Notice:Writer says,
Names are virtual on this article.
Matters are not real.
posted by 秋残り at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽