2019年11月21日

卒業4251ANGOLA Sonho 友ヶ島5夢なり(壮強太陽):イカスミ柳


 過去をよくする会。日記の効用。過去の日記に、一言、
どこでもよいから、『やなぎ』と書き入れましょう。
これでその日がよくなります。今日も書き入れましょう。先の日記にも
書いておきましよう。先の日記に入れれば、未来の安全健康、
先取り予約、になります。
 1998/08/15 長崎。柳。
 2024/11/20 やなぎ。沖縄。

**馬にはのらない:健全家
**そうきょうのよい思い出し:高瀬川行代
**字(あざ)のほうぼうで、腹を横に書く。:山吹 正
**かいきょうのそうきょうはよい時です。:スモモどくだみ
**そうきょうのよい自分です。:ドクダミ薫
**天の下、山拝み。つねづね。:紙祖川劣る


駄作曲の聴き方:曲名または、楽譜をクリック 
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音楽
【曲名】 卒業4251京都船旅3151
古譜2151大原練習2051天の下2451 ANGOLA Sonho 友ヶ島5夢なり (壮強太陽)鳴恭川世讃歌) 


【創曲】2019/11/20、柳晴
    創曲、紫 寝太郎・正(やなぎ) 
    造詞、伊勢宮 四・正 
    監修、ウインタテリウム・正
    訳、 冴柳小夜史・正(秋残り市在)
【拍子】4/4
【種類】
【演奏】
【場所】
【作成ソフト】
  Music Score3、シルバースタージャパン社
  バンドプロジューサー カワイ社
  ACID
  駄作SuperComposer
  バンドインボックス PG Music
【歌詞】創郷 
野奈浦桟橋浜所の邂逅 日々貝殻
合わす子供の頃 古い記憶にある
我が姿の思い出 脳の中 旅する日
現実になった日 友ヶ島来て思う
幼い時の日


 狐の天気予報。〇r1998/08/15
 狐と。 過去をとく、という。
 場所、そ。 狐言:こって。
 狐晴れを、柳世葉とぞ。
 桃晴れごぎつね、秋晴れごん
   ((明日晴れたなら行こう、大原砂山))

【解説】君、探敵中、情景。 破風之談
------日出葦談笑聴
【J家言】今様(こんさま)、詠。
【京都会議】
【ムー大陸】
【大和奈良】
【オリンピックに向けて】
安全政府、健康政府。国民皆健康。
【東大講】
【歌意】

【友ヶ島野奈浦】
 尊所浜お書き。友ヶ島の野奈浦の浜。
 この島でレンガを作っていた跡がある。そこの
レンガを『わい』という。わいらぎという。レンガ
を、わいという、わいらぎ、という。この言いの磯見
である。磯見の言いという、れんと、自分をいう。

 『レンをはる』という、自分をいう。自分のこ
とをいうことを、『れんをはる』という。これを、
尊所の言いという。『レンみる』という、自分が
見ることである。れんはっきの言いという。これが、
向こう岸の大地(たいち)をいう。
大地の方言という、船舶用語の一部である。

 『レンとれ』という、陸つなぎの綱をとることを
いう。加太の浜の大地である。古く大地と言ってい
た場所という。そわはらのや、という。この山の
お絵という。

 そわっすく、という言葉のとをいう、これを使う
加太の方言という。『いわっす、れいて』という、
岩浜の座りという、腰かけをれいてという。れい
ともいう。れいのよんめらという、れっするろこん、
という。ここを、そんべる、という。尊所という。
加太と島の言葉である。
【和歌山城】
 ろわさん・べっく、という、ろわずの山々という。
そこから得る山をいう、島を山という。加太から
見た山である。加太様のお言いとぞず。ここの加太が
島を、尊という、尊島という、尊じる山のお書きとい
う。広く、和歌山を、尊という、尊節、尊切という。
そんせつ。和歌山を、とめさぶ、という。とめより、
とも。この和歌山を 、わかれく、という。わかす、
ともとぞ。るるせるやまっす、という、山の言葉で
ある。

 この言葉が海で使われることという。山の言いの、
海の表しという。若い血潮という、和歌意地潮とい
う。これを、じゃっく、という。じゃっかす、とも。
これが、和歌山の、しおっすい、という言葉とぞる。
しおっすいという、言葉をいう。かえって、和歌山
を、しお、という。

 和歌山城の石の鳥居のある所という、ここを、
けじょっきき、という、『きも』を『きき』という
城である。和歌山城の言葉である。城主を『きせむ
み』という、きるれるるめすめ、という。あるす
せざーん、(せざーる、とも)の、ういかす、という。
われてる山のお書きという。和歌とめの城みな、と
いう。これが、みな山の言いである。和歌山の城の
中の言葉である。

 城を、せざめく、という、めるすてんそめ、と
いう。めるってらむくのめんすゆ、という。和歌の
岩という。和歌山山のまんぺる、という。和歌せら
るう、という。和歌山の城のなりである。うつゆつ
おきる、という、ここの謂れである。『ミーファー
、スーラー』という、冠語を使う城である。ミーと
いう、私のことである。
『ミーは、こうす』という、『ミーは、けんす』と
いう。『私は行く』という意味である。ここを、
若幹という。わかみき、じゃっかん。これが、
ニャーラクという、ニャーの城とぞう。猫言い城、
猫城という。和歌山の城の呼びである。これを、
若せら風という。和歌山弁を、若という、若せらと
いう。若幹の言いという。
【にごく】
 和歌を、にごく、という。和歌山の城の言葉であ
る。和歌山城内の言葉という、和歌山ついはく、と
いう。ついらぶのお言いという。ここを、若群とい
う。わかむれ。じゃくぐん。これが、和歌山の芋遣
りである。歌を芋という、芋木城という。芋山とも
いう。城をすめという。すめむら、という。これを、
むめすめのむすめ、という。城主を、むねすき、と
いう。目付のめつという。目付をめつという。
和歌山の言いである。
【うちゆつ】
 目付城白という。城を、じょう、という。『じょ
うやりくみ』の言いという。じょうやという、じょ
うすみという。じょみんはっくのうよすよ、という。
これを、うよす、という。城を、うちゆつ、という。
ゆつ山という。この『ゆつ』を、ゆうずつという。
【ゆうずつ】
 ゆうずつと、城をいう。城へ行くことを、『ゆう
ず』という。ゆうずつみ、とも。夕浜の謂れという。
城の謂れである。わかという、ゆうみらのうよれる、
という。和歌山城のでっかんらく、という。篠城と
もいう。城をささという。ささみ浜かま、という。
ファーらる・れいぜい、ファーらる・れいすう、
という、言葉である。

 『ファーみて、ろっしょ』という。『私は見てい
るろくです』という意とそず。自分をろくという、
ろく城という、この城を条という。条城という。
和歌山城の前の道、ろくすじしろみち、という。
和歌山城の鳥居前という。そこの言葉である。

 ここの条という、京山れんたく、という。城前連
家という。かめっせる、というそんめ言いという。
そんすべ、ともいう。和歌山の紀見井かる、という
言葉である。

 紀見井さん、という、城をさんで呼ぶ言葉とぞふ。
『紀見井さん、めんたり』という、天守閣に寝るこ
とをいう。寝て暮らす城という。篠山城の同名城と
いう。、ここを、デッカンはっくらぁ、という。篠
山のデッカンショという、どちらも篠山である。兵
庫篠山城を紀見井城という言いの謂れとぞず。寝て
暮らす話という。
 ヨイヨイ、デッカンショという、これを、でっか
んらくという。でっこでっきの城住まいという。
ダメっせる暮らしという。

 和歌山がだてをいう。ダメゼラという。ダメ城と
いう。このダテを、とめする、という。とめせ、と
も。とっくせ、という。これが、じょうの冠話であ
る。これを、『ユ』と表す、せよすり、という。岸
原の書きよられ、という。上代の仮名である。ユッ
キスレックという。れくしょるのれよん、という。
これが和歌山のなりである。
【陽暉】
 加太を見る若城という、若の見とぞう。若い人が
住まう城である。寝て暮らす人である。寝たら起き
るという、城の日々という、この若城という。寝る
ことを、しお、という。しおみ、とも。しおみあと、
という、日がゆれた、という。太陽がゆれた日の寝
起きという。日が揺れる城とぞず。これを、陽姫と
いう、陽暉(ようき)という。

和歌山城がひめという。卑弥呼のことである。和歌
山の古道を卑弥呼がいったという話である。だて姫
山お書きという。岸和田という、岸のわたせた、と
いう。そこで、船に乗ったという卑弥呼の伝えである。

 卑弥呼をだいせる、という、岸和田の城である。
大卑城という、岸山の城という。、この城を、あく
れめ、という。だいそみさむれ、という。ここへ行
く、和歌山城からの道という、大卑通いという。岸
和田城へ行った人である、にがい人という、若い人
である。若をにがという、加太の言いである。小さ
な子を、貝坊や、という、貝を玩具に持たす行為と
ぞず。各地にある貝の歌という、貝坊という、後、
介抱という、かいぜるるう、という。とぞずれんむ
く、という、めっせばの言いという。
貝の御所という、浜寺ごゆふれ、という。
岸和田の浜寺である。この浜寺も大地という。
大地山お書きである。もうの言いを使う所である。
『浜寺をも、・・・』を、『浜寺もを、・・』
という。
『浜寺をも訪ね』を、『浜寺もう訪ね』という。
申し申すの使いである。
【レンガ跡】
 友ヶ島をレンガ跡という、岸和田大地の呼びであ
る。これを、広めて、すぼめる人である。口すぼめ
の言いという、赤子の口を、貝口という。
【尊所浜開公】
 友ヶ島の尊所浜に開公がある、公の港を出す開暉
下という。開暉のお書きという。古く丹波篠山の楼
閣という、楼の造りである。すぎれ山春、そんせる
すみづつ、という。江戸を、こうろく、という言い
をする浜の人という。江戸城代家老という、和歌山
の御三家という。紀見井城の人である、貝坊の城と
いう、これを、城回帰という、明石城の見通しとい
う。明石城へ行った人である。
 ひの浦という、ひな浦という、友ヶ島の浜である。
日貝山お書きという。姫様山の絵という。ここの絵
という。やつ絵の山という。貝野菜の料理という。
わかめの料理である。わかめ、めかぶを、もいかみ、
という。もり、ともいう。もりかわゆみ、という。
こと料法という。楕円の皿を使う料法とぞふ。この
島の円陣である。楕円卓という、これが、将校膳で
ある。将校という人である。わかめ食らいのしょっ
こす、という。加太城の料理でもある。広く、和歌
山楕円という、皿の使いとぞず。ずめすらの尊所と
いう。古く、すめらべ浜という、野奈浜である。

 ドン・キホウ城という、友ヶ島である。あんこら
鍋という、あんごす山のお書きという。帽子に懐中
電灯をつけたような、冠という、あんこう冠という。
野奈の冠語を、あんこう、という。国家安康である。

 公(おおやけ)を出した陽暉である。開公の楼であ
る。(野奈)のうなという、野を延ばす言いとぞず。野奈ゆ
お山という、この友ヶ島の言いである。人を、カイ
セルという。貝殻ともいう。人の尊びである。小さ
い子供の持つ貝殻とぞず。人の脳にある貝のことと
ぞず。頭蓋をズワイという、ズワイ貝という、この
言葉を使う解という、自分を貝という、この浜の言
いである。のうな山お書きという。
【将陣鍋】
 島を将陣という、将陣鍋という、島料理である。
ここを、のいぜる・かいざま、という。脳の解様の
言いとぞるふ。まよちまの、ちま山という。父母の
山という。山菜を貝菜という、山の言葉を海で使う
島とぞず。わかめを、山菜という、友ヶ島城とぞず、
古く城があった所である。現今、軍暉の縞とぞず。
友ヶ島である。常島ともいう、つうつうの電信とぞ
ず。電信設備があった島である。海流の発電の関わり
という。流れのはやい所という、紀淡山お書きという。

 鬼友島ともいう、糸山の家 という、糸の料理と
ぞず。食べ物を糸で結わえる料法とぞず。加太の料理
である。いさんカタルという、胃の酸という、胃酸の
分泌がよくなる料法とぞず。糸巻料理 である。
遺産語るの駄作者という、夏目漱石の胃の病気という、
東大教授である。友ヶ島の講義という、東大の講義で
ある。灯台とも。姫灯台の呼びである。

 そうきょうのよいお書き、友ヶ島恋しや、
 ホーヤレホ、ほうれんそうのお書きという。
 貝の子供の子貝、ほうれんそうという島民の言葉
 である。

【日記の効用】 

貝暦、いつもの時間。
入船出船、入りで浜、浜御殿という我が輩の甲斐性で
ある。貝の竹田という、我が輩のうなぞこである。
海のワカメを、みろ、という。みろなの山という。
みろ菜というワカメである。海の竹だ、という。
垂務の海という、我が輩の海である。スイムという、
我が輩が絵を書く言葉である。よいよきの日記である。

 ある貝の日記、より。
 貝: 我が子をほうれんそうという、人の世の中
   という。貝の子は、介護である。
   貝原越見、我が輩の目である。
   卓見という、貝の食卓から海を見る
   我が輩の脳という。楕円盛りのお書きである。
   余に来いという、食卓山の人である。
   卒業番号をミロという貝名作という、我が輩の
   脳をいう、しょったれ貝という、我が輩の友人
   である。わかめらろんずう、記紀貝々、旗もたせ
   お書きという。貝が喜ぶ機(はた)の機械である。
   機械という貝の一種である。機械の構造という、
   ノズルのことを、きせかわるきさるぎ、という。
   ノズル着という着物を着る人という、貝の着物
   をいう。我が輩の着ている着物である。貝の着物
   である。貝ずらしで歩く、長裾の着物とぞる。
   貝御所という、かいごしょうの延ばす言いで
   ある。御所絵巻という貝絵巻である。
   絵巻様お成りという竜宮城とぞず。邂逅の城と
   いう、人の世の常とぞず。
    島尾の解、獅子舞を島尾という、獅子貝という
   巻き貝の大きい貝で、蜷貝という。絵を描く貝
   である。ズワイ貝を食べる人とも。食べられる貝
   という、紫ず貝ともとぞ。
    貝の山のおかいこうという、丘に住む貝
   もある。丘巻貝。我が輩である。天皇貝という貝、
   丘紫である。
    
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革命とは、健康と安全を得ることである。
その方法は、体操、音楽、柳を手に、等々、よし、長生き。
*La rivoluzione e guadagnare salute e sicurezza.
Strumento di rivoluzione:
Ginnastica -- sano
Musica -- Canta una canzone
Con salice etc.
Tutto ok. Lunga vita.
L'italiano e difficile. sokyo--miglior giorno
*The revolution is that you would get health and safety.
Tools of revolution:
Physical exercises -- energy
Music -- sing a song
Willow -- with willo, plant willow tree
etc.
All right. OK. Long live. sokyo--the best day
It is difficult for me to write english.
english ---- difficult
 『紫だちたる雲の細くたなびきたる。放射能の雲や如何に。』
 『はっ、たなびいております。』
 『あれに見えるは放射傘雲』
 『これに見えるは、手乗り雲』
 『これっ、悟空、放射能は如何に』
 『放射の山のおきたりて乗り乗り』
 『助さんや、格さんや、悟空ともども、お乗り乗り』
Mr. Atom Lucky Ager, "ANGOLA report" より

      秋残り世界文学全集 巻2
      『余は機械である』
       蒼郷 鳴恭川世讃歌 の項
       秋残り市史編纂員、余。
       秋残り市史篇絵巻物

***アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ***

秋残り市立美術館冬期展示
『古譜2151大原練習2051天の下2451 ANGOLA Sonho 友ヶ島5夢なり (壮強太陽)鳴恭川世讃歌)』
俄家判 びという字。
秋残り市、凡人倶楽部所属、元
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 仮想店 出品 ID:Kyou40018
     画商『曽端』俳画専門
     豪華額縁付 2000円ヤナギ
  著者そうきょう@507上巣真芯
  UESUMASi W.E.州 Machine   


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***コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ***
一行日記
1998/08/15柳晴、東京在、10秋残り君来、12すき焼き、16大阪、19宿
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***
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全て、仮想です。楽譜の作曲者名、作詞者名等は
もちろん、私が勝手につけた名前で、ええ加減に書いて
あります。実際の作詞作曲者は、私、駄作者の秋残り、
本ブログ著者小林壱裕です。記事は架空です。
著者@507
Notice:Writer says,
Names are virtual on this article.
Matters are not real.
posted by 秋残り at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽