2019年11月14日

卒業4239幸義光(フラッシュ)(壮強太陽):イカスミ柳

 過去をよくする会。日記の効用。過去の日記に、一言どこでもよいから、『やなぎ』と書き入れましょう。
これでその日がよくなります。今日も書き入れましょう。先の日記にも
書いておきましよう。先の日記に入れれば、未来の安全健康、
先取り予約、になります。
 1998/08/08 東京都庁。柳。
 2024/11/13 やなぎ。モスクワ支所。

**馬にはのらない:健全家
**そうきょうのよい思い出し:高瀬川行代
**字(あざ)のほうぼうで、腹を横に書く。:山吹 正
**かいきょうのそうきょうはよい時です。:スモモどくだみ
**そうきょうのよい自分です。:ドクダミ薫
**天の下、山拝み。つねづね。:紙祖川劣る


駄作曲の聴き方:曲名または、楽譜をクリック 
Click music piece
音楽
【曲名】 卒業4239京都船旅3139
古譜2139大原練習2039天の下2439 Italia Flash della fotocamera mollusco235幸義光(フラッシュ)(壮強太陽)鳴恭川世讃歌) 


【創曲】2019/11/13、柳晴
    創曲、紫 寝太郎・正(やなぎ) 
    造詞、伊勢宮 四・正 
    監修、ウインタテリウム・正
    訳、 冴柳小夜史・正(秋残り市在)
【拍子】4/4
【種類】
【演奏】
【場所】
【作成ソフト】
  Music Score3、シルバースタージャパン社
  バンドプロジューサー カワイ社
  ACID
  駄作SuperComposer
  バンドインボックス PG Music
【歌詞】創郷 
赤坂の青坂ふれみ やなやり春
おうふれにくみ てそのひつる 
せらりすめ せよれく さらしな 
れんとるゆみ りろす おうらぐ
あれるふず つみつる おしく かわざる
そりて てよるすみ せせゆざる さまめ

 狐の天気予報。〇r1998/08/08
 狐と。 過去をとく、という。
 場所、そ。 狐言:こって。
 狐晴れを、柳世葉とぞ。
 桃晴れごぎつね、秋晴れごん
   ((明日晴れたなら行こう、大原砂山))
【解説】君、探敵中、情景。 破風之談
------日出葦談笑聴
【J家言】今様(こんさま)、詠。
【京都会議】
【ムー大陸】
【大和奈良】
【オリンピックに向けて】
安全政府、健康政府。国民皆健康。
【東大講】
【歌意】
 楽譜背景は、紋です。
 歌詞は、がいぜん外覧語。
 漢詩『階前の梧葉 已に秋声』、これを、がいぜんと
 いう。がいのやの、おそうま、という。おそれす山むま、
 という。見抜き覧語。
 自駄作SuperComposer7使用。そのままです。
【東大、貝の講義、貝よわ、たり】
 貝のこうかくという、それが宇宙を説く頭脳という。
人の頭の、きかゆけ、という、海馬のといかのくみるき、
という。ここの働きで、宇宙をよる、宇宙の出来という。
宇宙を、せるきみ、という。
 時間の到来の海ゆみ、という。時間がある日の宇宙と
いう。時間がない時という。時間が、後から出てくる、
これを、せもせる、という。せとよとのふいうり、と
いう。我が世の山という、宇宙のありをいう、宇宙が来た
違う宇宙がやってきた、ひも山の川という、たみ山のお絵の
栗君、という。宇宙の山そみ、という。これを、宇宙という。
宇宙の言葉がある川山という。宇宙を、ゆにおに、という。
これを、らおふり、という。宇宙をユニという。
 ユニーバーシクという、ユニバーシャルのあおふり、と
いう。めれるれの山という、めれすてのゆいかるひる、と
いう。宇宙のできた日のお書きという。そらのはきゆき、
という。宇宙のことを空とぞいう。
 貝が見たやり文という、この文の書きのことをいう。
貝が読んだ文である。貝の川のお書きという。
 
 おじゆ、ありてそわれく、せめすらろてそ、みみゆみ
ありる、そてん、という。これを創郷の天という。
 『そ』という言葉の出の頭部という、貝のこうかく、
という頭脳から出てくる音という。
 これが貝の体をいう。貝の体のできが、これである。
貝を『そ』という、にそれきの曽山という。ここが、
貝のいる山である。
 古く、かとめをいう、かるせるのゆみゆり、という。
なおてまの、めるせる、という。冠すべの山という。
冠りかのうちゆち、という。また行く夢という、夢村の
さおふりという。夢をさきという。未来は、みかおきに
出る、かいふりという。未来を見る という、みせすての
やいよ、という、ゆに山のお書きという。
 地を作る夢という。貝のかしふきという。貝をよる頭脳
の働きという。貝が未来をいう生き物である。貝の巣の
貝山という、貝の住む山のおりるき、という。貝が山に
住まう話という。貝の歌の糸の、貝の糸という。これを、
織る話という、着物の、熨斗という、熨斗を使うゆれゆみ
という。熨斗をよる、ふうらべ、という。ふみせまのいき、
という、貝の宇宙のえめ、という。宇宙をひらくという。
 これが、貝の世界である。世界のきという。かいこう、
という。貝の世のふみゆれ、という。とうみるかおふり、
という。貝沢のお書きという。うちにきた貝のきである。
絵を描く貝という、二枚貝の絵という、貝の見たひこすき、
という。世を日という。ひこすきの世という。貝のこの
貝の屋のおゆふり、という。時間があとから来るふりの、
せまふりという。宇宙の到来である。地球がなくなった日の
お書きという、貝の文である。貝は知る話という。

 貝の世のお書きという。バーシクレクという、バーシル
山という。宇宙がない話という。宇宙がなくなったという、
げんさきのや、という。

 なくなっている宇宙である。
東大みよとその、さきらき、という。海馬のてんである。
この点の働きという、海部の働き、とぞず。貝のみそのべ、
という。頭脳の話である。海馬の辺りである。記憶がかかる
ずとぞす。ずをずという。
 東大、脳の講義という、えつゆつお講という。東大むく
けくの日である。

 宇宙がやってきた東大という。とう山のお書きという。
 
 講義をする貝という、大きな貝が机に座り、講義をした
という、貝講の山という。貝の言葉を論ずる講義である。
しぇっかくのゆれ、という、貝の言葉をむけやりという。
むけくせのしぇーかく、という。しぇっそんらっくの
くよすよ、という。くみせるれもせる、という。

 貝がいるとうようの歌という。貝の浜のお書きという。
 
 貝に使う冠話である。シェットン・ビッズという。
貝と話をする人という、貝浜のおっぱく、という。
オーパ山という、になせる山のになの蜷ゆま、という。
きょうとう、という、けませまのおゆふり、という。
これを、きっぱら、という。貝をきという。きのゆき、
という、貝のいきという。貝がためをとる、たゆせる
かいすり、という。

 貝の頭脳をいう、貝のきの山という。貝原の山ともいう。
貝の働きの脳の、貝きっぷ、という、脳の一点である。
また来る貝という、しんつ山貝という、絵を書く貝である。
建築の三段綾藁という、三段の藁葺きの家のしぱすみ、
という、この貝の脳の働きという。これが、貝の脳の
表しである。あらひという、荒れる日と表す、屋根の糸
という、藁葺き屋根のて、という。ここが、貝の脳と
いう、人の脳の海馬である。

 屋根を尊ぶお書きという。貝をとせやりという、言葉の
出来という、そ、より出た言葉である。言葉の『そ』で
ある。そうどうという、そう山のおりふの、ゆみさま、
という。

 東大、脳のこうかく、という、東大の脳の講義である。
『かく』が建物である。高い建物という、かゆれさなひら、
という、ここの場のお講という。東大裏に浦がきた、
とぞず。後、ジェット機が飛ぶ空の航路という、この日、
航路という言葉とぞず。航路という、かいさくの言い、
とぞず。

 ここから、フラゼルへ行く若い人とぞず。ジェット機
が『そ』というジェット機である。これがある日という。
若い人の乗るジェット機である。そきと言う、若い人で
ある。祖機。

【日記の効用】  
 貝の日記。

『祖の日。
 波に乗りた日とぞす、貝は行く、彼岸此岸のおゆ
ふりき、お渡る、ときさき、ゆてゆてのおい浜の、
なみきゆ、とみさわの崎という。
 人のいるという、人に会いに行く日である。柳。』
 
 いよよ、愉快々、愉快貝。人に会う機会、機貝である。
我が世、貝の世たりたり、渡る世の中、機械で行く人という、
我が輩の見た人の世である。東大モーターボートの会という、
シェーランパッツという、ランの世のお書きという。
 かいよらの山という。アール・カイヨワ。貝の世わたる
日の、よなよな山とぞず。宇宙が来ていた日である。
この地球に宇宙が来たのである。来た宇宙の名を、ど、
という。

 東京赤坂御所という、赤い御所という。貝塚がある所と
いう。赤坂青ゆな、という、赤坂青という、京みき色と
いう、きょっぱくの山という。京しら山のお書きという。
白山れってく、れよんとっくす、という。がいという色
である。がい色のおこくき、とぞず。小林色という色である。
人名色のお書きとぞず。野色山という、百の色の草がある。
太田色という、多田色という、多色という、こばっせら
るき、という、川田色という、大山色という、野田色と
いう、小川色、上屋色、という、人名の色という。

 黄色を、うえもよ、という、古代浅葱という。
 こばっせられっくの言いという。れるる(ゆれる、とも)
めるせる、という。冠語の、じみかわ、という、今の言葉の
じぇっそく、という。

 じぇのごゆそゆ、とぞず。じぇという色である。
おうのかめゆめ、という。夢に色がつく脳という。その場が、
赤坂にある、赤坂青席という、若い人のいる席である。
じぇろん山お書きという。

 貝の形の乗り物である。お召し車という、ごうぱっくの山
という。ごうるき・れうする、という。ごうたましっだるた
とぞる、車のことである。墓百山のお乗りお乗るお召し、
という。青山の赤めく、という。赤坂ろん浜という。
ろくろくの山という。京六山ともいう。京都六という。

 古いものをみせ、という。おみせ山、山々という。
ジェット機をふるいもの、という、赤坂御所の言いである。
冠話という、冠語である、これを、ふるいものという、
冠語ではない、普通の言葉という。これを、赤坂見抜きと
いう、目抜き通りという、目抜け山という。目抜き通りの
語源である。お召しを、見抜きという、見抜く山のお書き
という。見抜き覧語という。とめふらの言葉である。
貝月の日のお書きとぞふ。

 天皇が見抜くを、天皇を見抜くという。天皇を見抜きと
いう。これが、赤坂ごゆはむ、である。
まるよという、皇后をいう。
こめせる、という、大上天皇という。
こうざり、という、大上こう、という。
天皇を卑という、大浜ゆまれま、という。
卑人という、自らをいう、『みずから』が、水の貝という、
みずらずちの、貝の髪という。
『卑人は行く』という、『私は行く』という、言いをする、
赤坂の青席である。若い人の言いである。
『卑人は行きます』という、若い人のお召しである。
これの着のゆっかむ、という。ゆりかも、とも。
ゆりかむのお召しという、これを、めっさべ、という。
 ふるく、中大兄という、大海人という、大海の御代と
いう。中の貝という、貝の大貝である。貝の御所という。

 墓のある話という、貝塚という、貝の墓という、これを、
あらたえ、麁服という。中大兄という、代名詞である。
なかのおおえ、のことという。これが、古代の新しい
大和朝とぞる。蘇我の矢、という。

 蘇我麁服のあらため、という。『忘れ緒を、どこにする』
という、蘇我の改めという。まんせけの歌という。
まるれるおゆすゆ、という。これが、皇室とはいわない、赤室
という、赤室の言いである。赤室という赤坂御所である。

 古く京都の紅室をいう。まてぶてという、まるせるの
ゆっかす、という、まるす山のおんせる、とぞふ。

 冠語ではない、こう、という。うそすじのゆめせぶ、
とぞず。これが、赤室である、赤坂ごん、という。
ごんせぶの言いである。

 若い人が、自分を天皇という言うた時に、ごんとき
という、ひずという、言葉を使うことという。これが、
古代大和朝廷の言いである。役人が、自分を天皇という、
天皇を卑という呼びをする。

 皇卑という、こうひい、という。『ひ』を延ばす言いという。
ひいみこという、卑弥呼の頃の言葉の踏襲とぞず。忘れ緒の
一意味である。

 後、珈琲の造りという、古代にが豆料理である。卑弥
呼の頃の豆を改良したコーヒー豆である。大和朝廷の、
がいくく、という豆である。これを使う料理、赤坂という、
コーヒーを使う料理である。コーヒーの茶漬けが、それ
である。桜付けという、酒の茶漬けとぞず。
ご飯にコーヒーをかける、カレーにコーヒーをかける、
がいの食べという。赤坂の青席の食べである。
 高山こうるる、ともいう。飛騨高山の合掌造りという、
長野大正という、そこの豆である、大正池の合掌という
合掌造りの話という。長野合掌という、その誂えがある。
赤坂青れま、である。ご飯の酒づけ、合唱の家の食べ
である。合掌造りの料方である。貝蒸しともいう。
桜貝ふま、という、ご飯の食べ方である。
赤坂いやしびとの書きである。

 『私は卑人です。』という、若い人である。
後、非人ともいう。『私は非人です。』という、赤坂
青席の言葉でもある。若い人は非人である話という。
貝である、貝の言いである。

 赤坂部講義という、部落を興す若い人である。字の前を
部という、部落という。一区画である。青席での興しと
いう。

 天皇をひにんという、これを用心という、安心立命の
元という。貝の山という、貝の教えという、シェーシェー
という、中国の、ターキクの言葉という、古く清(しん)の
言葉という。英語のシェー落の言いである。
シェー落という部である。カレドニア谷の部落である。
シェーという、部落の言いとぞず。Not-person 
ノット・パーソンという、自分のことをいう。
ノーアルランデーのノルトウォンゼクという。
ノーレルソンズーともいう。こが、よい意味を、
ナンという。ナンれるの言葉という。ナンという、
ノーの古い言葉である。

 インドの食べ物にあるナンである、これを、こうふき、
という、コーヒーをかけるナンともいう。カレーにコーヒーを
かければ、ナンであることとぞふ。

 天皇ひにんの若い人である。自分を天皇と言い、自分を
ひにんという言いとぞず。赤坂青れまの言葉である。

貝ひもをひにんと言う。貝ひも着を着る時に、
ひにん着という。これを、のんの言いという。
古い野を、のん、という。のんのへ行く、という。
これが、貝ひもをひにと表現する言いである。
のんのという、野のことをいう。古い黒べす、という。
くろの言いという。

 『のん』という、『行く』ことをいう。『京のん』と
いう、『京へ行く』意味である。
熊のん、隈のいる所へ行く、変わって、熊の所をいう。
坂のん、坂へ行く。
かわずのん、という、川のある所の津のや、そこへ行く。
川のん、川へ行く。
山辺のん、山辺へいく。
 やまと越し、という、大和朝廷を越えた時の言いとぞず。
時の経過をいう。山と地用亭を越えた平安朝という、大和朝廷
後記の頃の言いである。
 野の言いという。野の中にいることをいう、『のんのする』
という家へカエルという意味もある。熊の脳の使いである。
脳の貝の点の隣という、熊点の、てんとう、という。点当。
これを、頭脳の点という、天という。人体の上になることを
天当という、これの意の、天脳という、天能ともいう。合わせて
天皇という。人体学上の天皇という。
 
 誰でもある脳のことを、天孫という。天能という。人の
ことを天皇という。これが、日本の象徴である。憲法前文と
いう。人の脳を尊ぶことをいう。
 天皇機関説という、脳の機関である。自分の脳の機関を、
天皇という。これが、赤坂の発である。赤坂御所の解答である。
東大講義のごんはむ、という。庭京講義という。
庭の京都の言いとぞず。自分を天能という、奈良朝の言いである。
『そぅやぁにぃ、天孫やぁにぃ』という、言葉の上げ下げを
とものうた言いである。京都の古い言葉である。
山宿の言いともいう。さんすうの言いとぞず。

『行くかいのう』というのが、この期の言いである、
『行くか』という。『〜かい』という、言葉がつく、
かいかまの言いとぞず。貝をめでる言葉でもある。
今も使う、『かい』である。

 天皇、皇后という、大和朝廷の人体用語である。貝ひもの
ひにん、という文である。

 天皇家という、京都西山の岩田山のことをいう。猿の
住まいという。猿がたくさん住まっている岩田山という。
ここを、天皇山という、お岩山ともいう。
 日本各地に天皇山はたくさんあることという。
人体の上部のことをいう、天皇という。
東大講義赤坂学博という、むれすめのお講という。

 国家組織図という、人体図である。政府という、口を政府
という、大和朝廷期である。中大兄という、言いをする、
天皇をなかという、中。この言いの講という、組織図で
ある。後、建武の中興という、中山の中興という。
大和朝廷の復古という。アンダルシアという、今サラセンの
ルロスーという。るれんてのおロシアという。露降りの、
あんせっけい、という。設計である、雪渓とも。
 
 天皇は国の象徴であるという、人を大切にすることをいう。
これを統べ治めるという、人の頭のことをいう。脳の命令で
動く人体である。
 自分を大切にする、けえめく、という。
 
 手を、がい、という。大和のふけの場の言いである。この
『ふけ』、淀を代表という。泓の淀である。これが、手を
前へ出す、外国の握手という、外務省のことをいう。
外務という、手のことである。

 『外務、とうはき』という、外務省の明治時代の言い
である。
 『財務、おうをみこくき』という。大蔵の財閣という。
 
 皆、人体の動きである。大和朝廷の大蔵という、明治
で財務という。大和朝廷の踏襲である。 
これを天皇の協賛という。脳の働きのことをいう。
人体の話である。
 赤坂御所青座の謂れである。あってらるーれ、という、
あみそみの大和期(やまとご)という。ヤーマルレンレの
バビンそく、という。そってす、という言葉の解という。
冠語のそってす、である。

 外務省の若い人の席という、アフリカ、ナミベの話がある
席である。ノーメル・ズワンという、席の意味という。上の
文である。ノーの席という、がいさむの御席という。
大和朝廷前の席である。前部の席という。後ろが、とっくく、
という、とくせむの席という。赤坂青ゆのめん席という。
青ゆ席という。

 ここで、決めた、水爆投下とぞず。水爆を投下して、
はざれきを使うことという、時が長くことという。
いっかかのゆ、という。穂浦ヶ埼という、お書きとぞず。
東大講という、赤坂御所内の講義講である。
四五則の歌である。

見抜き覧語、吉良仙(きらさん)のおんとうの言葉。
そうきょうよいお書き、自分をてんという。
*****
革命とは、健康と安全を得ることである。
その方法は、体操、音楽、柳を手に、等々、よし、長生き。
*La rivoluzione e guadagnare salute e sicurezza.
Strumento di rivoluzione:
Ginnastica -- sano
Musica -- Canta una canzone
Con salice etc.
Tutto ok. Lunga vita.
L'italiano e difficile. sokyo--miglior giorno
*The revolution is that you would get health and safety.
Tools of revolution:
Physical exercises -- energy
Music -- sing a song
Willow -- with willo, plant willow tree
etc.
All right. OK. Long live. sokyo--the best day
It is difficult for me to write english.
english ---- difficult
 『紫だちたる雲の細くたなびきたる。放射能の雲や如何に。』
 『はっ、たなびいております。』
 『あれに見えるは放射傘雲』
 『これに見えるは、手乗り雲』
 『これっ、悟空、放射能は如何に』
 『放射の山のおきたりて乗り乗り』
 『助さんや、格さんや、悟空ともども、お乗り乗り』
Mr. Atom Lucky Ager, "Italian report" より


      秋残り世界文学全集 巻2
      『余は機械である』
       蒼郷 鳴恭川世讃歌 の項
       秋残り市史編纂員、余。
       秋残り市史篇絵巻物

***アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ***

秋残り市立美術館冬期展示
『古譜2139大原練習2039天の下2439 Italia Flash della fotocamera mollusco235幸義光(フラッシュ)(壮強太陽)鳴恭川世讃歌)』
俄家判 びという字。
秋残り市、凡人倶楽部所属、元
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 仮想店 出品 ID:Kyou39898
     画商『曽端』俳画専門
     豪華額縁付 2000円ヤナギ
  著者そうきょう@335上巣真芯
  UESUMASi W.E.州 Machine   


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***コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ***
一行日記
1998/08/08柳晴、東京在、10秋残り君来、12すき焼き、16大阪、19宿
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***
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ブログでの団体名、個人名、他名称などは、
全て、仮想です。楽譜の作曲者名、作詞者名等は
もちろん、私が勝手につけた名前で、ええ加減に書いて
あります。実際の作詞作曲者は、私、駄作者の秋残り、
本ブログ著者小林壱裕です。記事は架空です。
著者@335
Notice:Writer says,
Names are virtual on this article.
Matters are not real.
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