2019年11月29日

卒業4267友ヶ島11高槻あいさる(壮強太陽):イカスミ柳


 過去をよくする会。日記の効用。過去の日記に、一言、
どこでもよいから、『やなぎ』と書き入れましょう。
これでその日がよくなります。今日も書き入れましょう。先の日記にも
書いておきましよう。先の日記に入れれば、未来の安全健康、
先取り予約、になります。
 1998/08/23 東京都庁。柳。
 2024/11/28 やなぎ。モスクワ支所。

**馬にはのらない:健全家
**そうきょうのよい思い出し:高瀬川行代
**字(あざ)のほうぼうで、腹を横に書く。:山吹 正
**かいきょうのそうきょうはよい時です。:スモモどくだみ
**そうきょうのよい自分です。:ドクダミ薫
**天の下、山拝み。つねづね。:紙祖川劣る


駄作曲の聴き方:曲名または、楽譜をクリック 
Click music piece
音楽
【曲名】 卒業4267京都船旅3167
古譜2167大原練習2067天の下2467 ANGOLA Tomogasima 友ヶ島11高槻あいさる (壮強太陽)鳴恭川世讃歌) 


【創曲】2019/11/28、柳晴
    創曲、紫 寝太郎・正(やなぎ) 
    造詞、伊勢宮 四・正 
    監修、ウインタテリウム・正
    訳、 冴柳小夜史・正(秋残り市在)
【拍子】4/4
【種類】
【演奏】
【場所】
【作成ソフト】
  Music Score3、シルバースタージャパン社
  バンドプロジューサー カワイ社
  ACID
  駄作SuperComposer
  バンドインボックス PG Music
【歌詞】創郷 
帆船で出でた曽根崎港は 日柄よい
陽が登る朝 白い帆をあげて ほうという
出で立ち合図 浜より打つ大砲 いざ立ち行き
鳥は羽ばたき 走れば尾を広げ 友ヶ島の江
行き行く船 海原に鮫が乗って来た甲板

 狐の天気予報。〇r1998/08/23
 狐と。 過去をとく、という。
 場所、そ。 狐言:こって。
 狐晴れを、柳世葉とぞ。
 桃晴れごぎつね、秋晴れごん
   ((明日晴れたなら行こう、大原砂山))
【解説】君、探敵中、情景。 破風之談
------日出葦談笑聴
【J家言】今様(こんさま)、詠。
【京都会議】
【ムー大陸】
【大和奈良】
【オリンピックに向けて】
安全政府、健康政府。国民皆健康。
【東大講】
【歌意】
ほうと言う出立の合図という。
にわとり大の、孔雀様に尾を広げる鳥。
【太子道】
 手を、流れという。流せともいう。これを、非人
の言いという。後、流手という。後、竜 という、
柳という。古く、流れ川りる、という言いである。
流人という、流れ者という、非人の一種という。
流れ者という、東京流れ人という。東京論世羅と
いう。世羅期の言葉である。

 『わたは、流れ』という言いとぞず。『私は流れ者
です』とぞう意とぞず。手を降る人である。流れ舎
という舎にいた人である。若い人である。
【葉山尊得】
『京は城流し』をいう、流京という、城へ行く人で、
葉山状という、葉山の状の場の行きとぞず。これを、
流れ入りという、流れ行きともいう。葉山の家に
住む人である。今の葉山御用という、そこに住む人と
ぞず。芹沢鴨の碑を見る人という。この見を、維新見
とぞう、とぞずけろそれ、という、維新見のことである。
古くの壬生の御所の芹という、芹沢の鴨せま、という。
芹沢鴨の屋という、ここでの生活の碑の言葉という、
ひせまる、という言葉とぞず。これが、碑の人という、
碑の葉山という。葉山の奥世羅という。奥の葉山の
建ての奥浜という。奥世羅のふゆれく、という。
ゆりゆりの奥御所という、葉山御所で、葉山離宮という。
ここに住む人という、若い人の住まう葉山尊得という、
葉山山の奥山という、もゆれるおりはる、という。
ことの山のおゆれという、古く、ごゆいがあった、
という。地震をごゆいという、葉山言いである。
ここを、ゆませむ、という。ゆま山のお言いという。
【御簾のアメリカ】
 ここの冠語を、山冠という、葉山れるのごゆい、
という。おりはっそんの山という。これが、冠語と
いう山である。葉山の地の花うれ、という。瓜を
うれという葉山の地の言いとぞず。言葉の順を逆にする
所ともぞ。
くすを、すくという。あがりくすという、あがりすく
という。
バネを、ネバという。
ネバダ・スミスという、バネダ・スミスという。
スミスを、ミスス、ススミという、所である。

 バネダ・スミスのアメリカを、スダラという、
スーダラ語という、ネバダ・スミスの山という、
バネダ・スミスという。御簾のアメリカという、
ここを、はやぜごらふり、という。
【流卑】
 流卑という御所である。さきすらのおりれす、
という。ここのひっぱという、ひそてすのゆいはみ、
という。はみせる山のお言いとぞず。葉山御所の
言いである。『かまちょっきみ』という、『ちょせ
ら』ともいう。うちの好きな言いという、おだいご
だいの、おんせまという、そこの御台場ごはら、と
いう。

 『ぶっちょんぎって』という言葉を使う、葉山や
りふり、とぞず。これが、葉山の御所の言いである。
この葉山を、ひお(日尾)という、日尾のややふみ、
とぞず。ここの言いの葉山の浜せま、という、これ
が、後、葉山離造という、葉山離宮とぞう。葉山
御所である。おばのおられる葉山ごやふり、という。
大叔母やりふる、せむせむ、という、京の葉山の
言いである。
【日尾】
 京都御所の中の葉山やりふま、である。大阪夏の
お越し、という。大阪曽根崎のおりこふ、とぞず。
曽根崎西の桜よか、という桜余暇の場のお言いとぞず。
東京葉山御台という、同じ言いである。流日という、
日尾の言いである。ぶっちょんぎる言葉という。
この叔母に会うという、若い人とぞう。葉山れんたの
山という、山々のお書きという。おば山のやうせる、
ようふろ、という。

 若い人がいた、御台場ごんため、である。葉山
よりふら、ともいう。いとすらせめよめ、とぞず。
葉山御所の、なよ造りの、なよ花という。そこの
言いである。ぶつぶつを、ぶっ、という言い方である。

御台の、自由の女神という、その叔母である、偽物
女神という、この叔母の教えという、歌の学習である。
 若い人が曳くという、家を曳く人である。家曳き
音頭という、ひぃと言うて始める歌とぞず。歌う前に、
ひぃという、偽物女神の教えである。のこ叔母を拝む
人という、若い人である。少し離れた場所の住まう
叔母の住まいという、偽物自由である。これが好きな
人である、若い人である。偽山のお書きという。
歌手の叔母である。
//□□□□■□□□□■□□□□■□□□□■□■ 
 そうきょうよいお書き、貝を拝む人である。
 貝の手の合わしという、将長手という。

【日記の効用】 

貝暦、いつもの時間。
 帆船来たりて、よい貝という。柳。

 ある貝の日記、より。
    
*****
革命とは、健康と安全を得ることである。
その方法は、体操、音楽、柳を手に、等々、よし、長生き。
*La rivoluzione e guadagnare salute e sicurezza.
Strumento di rivoluzione:
Ginnastica -- sano
Musica -- Canta una canzone
Con salice etc.
Tutto ok. Lunga vita.
L'italiano e difficile. sokyo--miglior giorno
*The revolution is that you would get health and safety.
Tools of revolution:
Physical exercises -- energy
Music -- sing a song
Willow -- with willo, plant willow tree
etc.
All right. OK. Long live. sokyo--the best day
It is difficult for me to write english.
english ---- difficult
 『紫だちたる雲の細くたなびきたる。放射能の雲や如何に。』
 『はっ、たなびいております。』
 『あれに見えるは放射傘雲』
 『これに見えるは、手乗り雲』
 『これっ、悟空、放射能は如何に』
 『放射の山のおきたりて乗り乗り』
 『助さんや、格さんや、悟空ともども、お乗り乗り』
Mr. Atom Lucky Ager, "ANGOLA report" より

      秋残り世界文学全集 巻2
      『余は機械である』
       蒼郷 鳴恭川世讃歌 の項
       秋残り市史編纂員、余。
       秋残り市史篇絵巻物

***アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ***

秋残り市立美術館冬期展示
『古譜2167大原練習2067天の下2467 ANGOLA Tomogasima 友ヶ島11高槻あいさる (壮強太陽)鳴恭川世讃歌)』
俄家判 びという字。
秋残り市、凡人倶楽部所属、元
-----------------------------------------------------
 仮想店 出品 ID:Kyou40178
     画商『曽端』俳画専門
     豪華額縁付 2000円ヤナギ
  著者そうきょう@385上巣真芯
  UESUMASi W.E.州 Machine   


-----------------------------------------------------
***コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ***
一行日記
1998/08/23柳晴、東京在、10秋残り君来、12すき焼き、16大阪、19宿
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***
------

ブログでの団体名、個人名、他名称などは、
全て、仮想です。楽譜の作曲者名、作詞者名等は
もちろん、私が勝手につけた名前で、ええ加減に書いて
あります。実際の作詞作曲者は、私、駄作者の秋残り、
本ブログ著者小林壱裕です。記事は架空です。
著者@385
Notice:Writer says,
Names are virtual on this article.
Matters are not real.
posted by 秋残り at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽

2019年11月28日

卒業4265:イカスミ柳

文だけ

 過去をよくする会。日記の効用。過去の日記に、一言、
どこでもよいから、『やなぎ』と書き入れましょう。
これでその日がよくなります。今日も書き入れましょう。先の日記にも
書いておきましよう。先の日記に入れれば、未来の安全健康、
先取り予約、になります。
 1998/08/22 東京都庁。柳。
 2024/11/27 やなぎ。モスクワ支所。

**馬にはのらない:健全家
**そうきょうのよい思い出し:高瀬川行代
**字(あざ)のほうぼうで、腹を横に書く。:山吹 正
**かいきょうのそうきょうはよい時です。:スモモどくだみ
**そうきょうのよい自分です。:ドクダミ薫
**天の下、山拝み。つねづね。:紙祖川劣る


駄作曲の聴き方:曲名または、楽譜をクリック 
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音楽
【曲名】 卒業4265 


【創曲】2019/11/27、柳晴
    創曲、紫 寝太郎・正(やなぎ) 
    造詞、伊勢宮 四・正 
    監修、ウインタテリウム・正
    訳、 冴柳小夜史・正(秋残り市在)
【拍子】4/4
【種類】
【演奏】
【場所】
【作成ソフト】
  Music Score3、シルバースタージャパン社
  バンドプロジューサー カワイ社
  ACID
  駄作SuperComposer
  バンドインボックス PG Music
【歌詞】創郷
 狐の天気予報。〇r1998/08/22
 狐と。 過去をとく、という。
 場所、そ。 狐言:こって。
 狐晴れを、柳世葉とぞ。
 桃晴れごぎつね、秋晴れごん
   ((明日晴れたなら行こう、大原砂山))

【解説】君、探敵中、情景。 破風之談
------日出葦談笑聴
【J家言】今様(こんさま)、詠。
【京都会議】
【ムー大陸】
【大和奈良】
【オリンピックに向けて】
安全政府、健康政府。国民皆健康。
【東大講】
【歌意】

【太子道】
 チェヌホン冠話という、日本を、ジーリバという。
トーシェという、シェーシェーとも、ありがとうと
いう意とぞ。
 東京を、トンホンという、なぬやのそうきょう
という。中国洞庭湖畔という、そうきょう村という
村がある。柳カレという、柳を植える所の冠語とぞう。

 後、南京のようむるという、めよそのあいらぶ、
という、相添う岩山のあいれら、という。これを、
相添うのやめ、という。これの言いの、愛憎という。
相を、とゆけく、という。会うことを、ニーナイと
いう、これが、トンホンの登用という。冠語の中国の
ペーピン・ナヌホンという、平京 ペーピンという、
今の北京という。ここの古い言いである。

 この期の中国の冠語とぞう。冠れまの言いの、アイ
ノヌという。アイリバを、ようこく、という。この
ようこくの用いのあいそという、あい山のお言いとぞす。

 あいそをてそという。てその言いとぞず。あいそ
よい、ということを、マップという、ますてすという。
あい山のお言いのあいれるという。あいそのいもよみ、
という。このあいその言いの、けよるべ、という。
これを、にいよる、という。あい山の藤将という。

 あいしょうのよいを、あいらまという、あいせる
ともいう。あい山のお言いのあいもらるという。
あいもの言いとぞう。あい様ともいう。あいで、あ
い、出会いの意味のあいという。これで、あいそを出会う
意味という。あいその山のお書きという。

 おあいそという、あいその読みのいとゆす、とぞす。
あいそをよいという。これが、あいその意味とぞず。

 チェヌホンの意の中国の冠語の古い意とぞず。
中国をキミという、キミ語の意とぞず。このキミの
古い言いに、キヨという、これを、清う清れら、という。
きようきよれら、という。清(しん)の名の語源である。

 シンホンという、新京の北京という、この北京の
読みに、中音の言葉を使う、ホンヨンの言葉とぞす。
ホンヨンという、清のごろもの、とぞず。日本の日を、
リーという読みをする、リーホンのリーベルという。
ジーベルである。リとジの相の撥音という。
リーベン、ジーベンという、この中国の言いの日本を、
リーベルという、ジーリバの言いとぞう。中国語の
発音をいう。この発音のゆい浜のゆいさむの言いの、
日本の中国語という、これをリホンギという、ジホ
ンギという。ウォー、アイ、ナア、という、私は名
という、意とぞす。『私は、名といいます』という意
とぞず。これを、リムスムという、中国の始皇帝の言い
とぞず。これの言いの治雄語句語を、ナヌホンという。
ナヌホンのチェヌラルという。チェッソのついつい、と
いう。日本人のしゃべる中国語という。ウォー、シャン
という言葉とぞず。ウォーの私という、この私の山の
お言いとぞず。

 これを、韓愈の冠語とぞず。中国の、北京冠話とぞず。
後、かんゆそ、という。漢祖のお言いとぞず。日本の
中国語という。この言いの、チェヌホンという、ほぼ、
今の中国語である。この中国語を、太長という。太長
冠話という。このひの冠話をいう。

 チェンララという、チェンセバのおいふり、という。
この言いの、ふゆりる、という。ふゆふゆのおいゆら、
という。このひに、おご山という、ここの言いの山の
言いとぞず。

 チェヌをいう、チェスともいう。このチェスの意の
チイタルという、ちせまのおい山 という。おいする
やむせる、という。中国の清の頃の子千葉という。
四声を五声にとる、清の言葉という。ルー、サンシンホン
という。サンシンの意のこゆふ、という。こゆふの山の
おい山という。ここのおいの山の言いの、ふふゆる、
という、今の中国の言葉という。日本人の中国語が、
そのまま、中国に通ずる言葉とぞず、チェヌ、チェス、
チェヌホンとぞず。『ウォー、アイ、ナー、ノ』という、
『私はなの名前を言い取ります』という意とぞず。
これを、太子冠長という、聖徳の冠語とぞず。
太子道の冠語という、ここが、私を、ミーという、
『ミー、ファー、ナーラー』という、『私はならをいう』
意という、この冠語の出の場を、太子にする、太子世と
いう、聖徳の太子世の言いとぞず。
『ミー、ファー、ファーナ、フーハー』という、『私は
鼻をいう』 (花とも)という意である。

 これが、冠語の奈良時代の冠語である。太子山お書き
という。やゆやゆの言い、ともいう。御所冠話の古い
言いである。この言いを、のこの冠語、という。
のこ山の言いとぞず。のこ語とととも。

 ヌーヌハーナの中国という、今の中国の清の頃という。
この言いの中国という、同じである言いとぞず。始皇帝
のたい様、ともいう。これが、日本の新しい言いという、
新しいが、中国の清の頃である、冠語がはそれである。
中国の清の頃である、古く明の頃もそうである。新しい
という冠語である。日本の明治の古い幕末という、
江戸のこうゆうという頃の言葉である。

 庶民のカオハンという、冠語をいう庶民とぞず。
庶民が冠語をカオハンという、これを、こんしくという。
こんしくのカオという、カオハンのことである、冠語
である。この庶民が、江戸の太子のはま、という、
そこの民である。今の太子道の人である。これを、
みんたまという、民玉の太子民という、ここを太子
宮町という、今の太子道の人という。ここを、御所が
尊玉という、尊所ともいう。御所外をいう。尊所尊
という。御所の外の人を、尊所在という。尊所の人
という、この御所を、ひよらま、という。ひよの御所
という。中国のことのでもの、とぞず。『中国を出した
』という言いの意味である、中国の言葉を使うことを
いう。

 『中国語を話す』という、『中国を出した』という
言いをする、太子世の言い方という。
『アヌハーラ、すみすみ』という、太子の原の町、そこへ
行くという意とぞず。すみすみという、後、すすみ、
とぞず。すすむの語源である。すむすむ、ともいう。
行くことである。

 アヌ原という、アンの原という場所とぞう。『とぞう
という、これが太子世の言葉である。江戸、幕末、明治
初期である。この期を、めいろる、という。めいろるの
こより、という。『こより』が、頃である意とぞう。
こよりの言葉という、こよりの期という。これを、太子
道期という。太子道の期である。こより期という。
こより語という、チェヌホンという言葉を使う頃である。

 和か宮の話という、若の宮の言葉でもある。若山若狭句
(わかやまわかざく)という、和歌山と若狭が々ような
言葉を使う話とぞり。そり語という、福井の言葉をいう。
フックスという、『そうでぇ、えぇ』という言いをする
福井の地とぞる。ゾットスという言葉である。独特な
延ばしをする福井弁である。
【部落】
 このゾットスを、ナヌッチェという、ナヌチェのおこと
とぞいう。といせる言いとぞる。大和朝の末期である言葉
である。
『そうだ、アーな〜に』という、『そうるら』のお言い
とぞる。この調子の言葉を、奈良の調子の言葉とぞゆ。
奈良朝の言葉である。卑人という言いをする奈良の
ちょうという、今の非差別部落が生まれた頃という。
非差別部落に残る冠語でもある。今は、差別問題は
なくなったという、非人を差別用語として使っては
いけないという時である、部落差別をしてはいけない
という時である。

 部落にかかわらず、言葉を差別用語として使っては
いけないことという。あいそも、そういう言葉である。
部落の言葉という、差別用語であった時という。どん
な言葉も差別用語にしては、使っては、いけないこと
という。

 チンドンの言葉という、朕鈍と書く御所という、
差別をとる言葉という。珍鈍という、チンドン屋の
ことという。朕を、どんという言葉遣いとぞず。
『どんは、行く』という、『朕(陳、珍とも)は、
行く』という意とぞず。ちんどん語という言葉である。

 自分をどんという、鈍行の語源とぞず。朕(陳、珍
とも)行ともいう。れが、差別用語の始まりである
というね部落の発生説という。奈良期に発生したという
一説である。冠語が残る部落という。

 部落が冠語である。通常の言いという、部落を、あざめ、
あざま、あざ、という、部落という冠語の意である。
あざのことを部落という、冠語が元である。

『イッチョン』『チョンガー』という、部落の言葉
である、今は聞かない。これが残っていた期の言葉で
ある。部落解放の結果、なくなった話という。
【古大宮御所】
 チョルヤラの言葉という。冠語の言葉である、
部落の言葉である。『イッチョラ』ともいう、冠語
であり、部落の言葉である。天皇のことをイッチョラ
ともいう、他の意味もある、冠語である。
御所の、ひといまという、そこの碁の言葉である。
 真ん中に打つ碁石という、これを天という、天皇
という、これを、イッチョラという。碁石を打つ人
をもいう。冠語である。石様にや御所という、白川
御所の隣である。大宮御所のある場所である。今の
御所の古い御所である、古大宮という、そこの言葉
である。
『イッチョーラ、ハンナラ』という、清の頃の中国語
とぞも、とぞる。『行く』ことをいう。碁をすること
をも意味する。五をする人を、古く、天皇方という、
これを、のう、という、わしという、碁用の人の言い
という。天皇方語という、古大宮の言葉である。

 そうきようの、よい世間、ありて妙らら、おるる
そよふる、という古大宮の御所の言いとぞる。

 そうきょうのよいお書き、これにて数有。数用の
話である。

そうきょうのよい時は、


です。


そうきようのよい時です。柳うぇ、天神。
//□□□□■□□□□■□□□□■□□□□■□■ 
 そうきょうよいお書き、貝を拝む人である。

【日記の効用】 

貝暦、いつもの時間。
  日当たりよい浜、川へ行く。柳。

 ある貝の日記、より。
    
*****
革命とは、健康と安全を得ることである。
その方法は、体操、音楽、柳を手に、等々、よし、長生き。
*La rivoluzione e guadagnare salute e sicurezza.
Strumento di rivoluzione:
Ginnastica -- sano
Musica -- Canta una canzone
Con salice etc.
Tutto ok. Lunga vita.
L'italiano e difficile. sokyo--miglior giorno
*The revolution is that you would get health and safety.
Tools of revolution:
Physical exercises -- energy
Music -- sing a song
Willow -- with willo, plant willow tree
etc.
All right. OK. Long live. sokyo--the best day
It is difficult for me to write english.
english ---- difficult
 『紫だちたる雲の細くたなびきたる。放射能の雲や如何に。』
 『はっ、たなびいております。』
 『あれに見えるは放射傘雲』
 『これに見えるは、手乗り雲』
 『これっ、悟空、放射能は如何に』
 『放射の山のおきたりて乗り乗り』
 『助さんや、格さんや、悟空ともども、お乗り乗り』
Mr. Atom Lucky Ager, "ANGOLA report" より

      秋残り世界文学全集 巻2
      『余は機械である』
       蒼郷 鳴恭川世讃歌 の項
       秋残り市史編纂員、余。
       秋残り市史篇絵巻物

***アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ***

秋残り市立美術館冬期展示
『古譜2165大原練習2065天の下2465 ANGOLA Algas marinhas 友ヶ島6海草 (壮強太陽)鳴恭川世讃歌)』
俄家判 びという字。
秋残り市、凡人倶楽部所属、元
-----------------------------------------------------
 仮想店 出品 ID:Kyou40158
     画商『曽端』俳画専門
     豪華額縁付 2000円ヤナギ
  著者そうきょう@635上巣真芯
  UESUMASi W.E.州 Machine   


-----------------------------------------------------
***コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ***
一行日記
1998/08/22柳晴、東京在、10秋残り君来、12すき焼き、16大阪、19宿
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***
------

ブログでの団体名、個人名、他名称などは、
全て、仮想です。楽譜の作曲者名、作詞者名等は
もちろん、私が勝手につけた名前で、ええ加減に書いて
あります。実際の作詞作曲者は、私、駄作者の秋残り、
本ブログ著者小林壱裕です。記事は架空です。
著者@635
Notice:Writer says,
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posted by 秋残り at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽

2019年11月27日

卒業4263ANGOLA Castelo Sonezaki 友ヶ島10曽根崎出で (壮強太陽):イカスミ柳


 過去をよくする会。日記の効用。過去の日記に、一言、
どこでもよいから、『やなぎ』と書き入れましょう。
これでその日がよくなります。今日も書き入れましょう。先の日記にも
書いておきましよう。先の日記に入れれば、未来の安全健康、
先取り予約、になります。
 1998/08/21 toukyoutochou愛知県丁。柳。
 2024/11/26 やなぎ。ペンタゴン。

**馬にはのらない:健全家
**そうきょうのよい思い出し:高瀬川行代
**字(あざ)のほうぼうで、腹を横に書く。:山吹 正
**かいきょうのそうきょうはよい時です。:スモモどくだみ
**そうきょうのよい自分です。:ドクダミ薫
**天の下、山拝み。つねづね。:紙祖川劣る


駄作曲の聴き方:曲名または、楽譜をクリック 
Click music piece
音楽
【曲名】 卒業4263京都船旅3163
古譜2163大原練習2063天の下2463 ANGOLA Castelo Sonezaki 友ヶ島10曽根崎出で (壮強太陽)鳴恭川世讃歌) 


【創曲】2019/11/26、柳晴
    創曲、紫 寝太郎・正(やなぎ) 
    造詞、伊勢宮 四・正 
    監修、ウインタテリウム・正
    訳、 冴柳小夜史・正(秋残り市在)
【拍子】4/4
【種類】
【演奏】
【場所】
【作成ソフト】
  Music Score3、シルバースタージャパン社
  バンドプロジューサー カワイ社
  ACID
  駄作SuperComposer
  バンドインボックス PG Music
【歌詞】創郷 
貝殻よせて 遊ぶ頃を思い出せば
昔々のこと 今また訪ね 島原
野奈浦 石造りの家立つ 丸い屋根
城から行く日柄 よい日柄 曽根崎城
後にし 朝出でて 桟橋に 山上の陽

 狐の天気予報。〇r1998/08/21
 狐と。 過去をとく、という。
 場所、そ。 狐言:こって。
 狐晴れを、柳世葉とぞ。
 桃晴れごぎつね、秋晴れごん
   ((明日晴れたなら行こう、大原砂山))
【解説】君、探敵中、情景。 破風之談
------日出葦談笑聴
【J家言】今様(こんさま)、詠。
【京都会議】
【ムー大陸】
【大和奈良】
【オリンピックに向けて】
安全政府、健康政府。国民皆健康。
【東大講】
【歌意】
【太子道】
 京に、太子道という、通りがある。ここから、紀
見伊へ行く若い人という。古く太子ヶ世という所で
ある。ここから、和歌山紀見伊へ行く。『ミーは、
こうす』という若い人という。太子冠語を使う人で
ある。『私は、行きます』という、若紀見伊の、若
闇花ゆた、という、若い人の言葉である。低い丘が
連なる日という。

 ここを、駆っていく、建武山の中興路という、和
歌山まで30分でいく行路である。現、和歌山の
ちゅう浜という、和歌ぜるよよるくという。太子冠
語と同じ冠語を使う、和歌山紀見伊という、ここの、
だんてま、という。和歌山言いの太子語とぞず。
これを、だんじすという、だんゆらの言葉という。
かゆっせのこいやり、という。

 紀見伊そいかうかまれる、ゆり、という。この若の
浦すら、という。和歌山を清川という紀見伊すっぱ
んの言いという。紀見伊の古い、若ゆき、という。
かっくゆっきす山という。
【加太の大地】
 大地へ行く人である。加太の大地という。友ヶ島
渡る大地である。湊はずれ大地を歩む日々の若い人
とぞう。懐かしき町にやありすゆ。我が歩み歩んだ
地とぞゆ、あるんする山よわ浦とぞう。加太のこう
という、加太の港から少し離れた、いと山という地
とぞい、いとせる川之き、という、川が流れている
所である。若い人の記憶に乗る加太の港の町という。
ここの冠話を、はだかわ、という、はだせるお言い
という。古い加太の町である。皮が流れていたという、
かっせるくゆくゆ、という。くねくゆ川という。

 ここが、加太の大地である。明日は、ともをいう、
ともの島由良世の、ともゆまれてふるる_かふすゆ、
という。ここを、ペンツァラという、ぺんの皿の
おやり、という。
【墨おろし】
 若い人のペンの更という、Gーペンという、じば
れるおおやるき、という。れれすすみする、とそず。
墨を降ろす、墨おろしの硯という。おばゆら山のお
絵という。おばのゆまらら、という。墨をおろす場
である。

 風が海より吹く、風らるそって、という。そこの
浜辺である、将長という、将長浜辺という。島へ行く
若い人という。『将長、トモ、ゆっきす』という。
『将長の私は行きます』と、いう若い人の楽し気な声
である。そこが将長のおられる家である。古い昔の
加太の家並びとぞず。懐かしきにやあらむらむ。
【将長長屋】
 大お爺さんおありあり、大お婆さんゆ、『将長、
打ちます』という、古い升をめでる、将長長屋とぞず。
物秤のの升である。

 『明日は、島座、みゆれ、うっすず、かけくけ、
ととす島ざる』とてそ、島の言葉である、大地の言葉
でもある。島ゆたという、島野と場の古い言葉である。

 『島がよい』という、島をこよむれあてる、ゆま
やのお言いとぞず。『ここへ、いておれば、とうだい
へ行ける』、そうおっしゃったお爺さんという。

 このお言葉通り、東大講義は開かれたとぞず、灯
台へ行った若い人とぞず。これが、島のかまぜとい
う、吹き降ろす風という。若い人の古い町である。
加太山のおゆれ、とぞず。

 大お爺さんゆ、ありてゆ、おありてそわゆ。山高
きを持つ、加太のしょう春という。若い人の春で
ある。若い人の新年である、これを春という。

 ひと月遅れの島の暦という、大お爺さんのお日と
いう。大お爺さんおらる、島のこよ、という。暦で
ある。

 旧暦の頃の日本のという。この旧暦が、今の太陽暦
である。これを、新古旧暦という。明示という島の尊所
である。渡る島のお絵という。ここを、島め花見という。
今の野奈浦という。尊所が浜という、その頃である。
【加太のごゆほき】
 島かゆ原、ろろすけよん、という。御所の、かだい
ごわれむ、という、加太御所という。烏丸の御所の
中である。紫宸殿の浦という、浦がゆそめるけ、と
いう、そこの一お居間である。さち山花飾る加太の
ごゆほき、という。ここを、かぞ、という。

 ここのお爺さんという。加太のお爺さんという。
島を、こよ、とぞお言いつり、さむゆらよよて、
そみすゆ、とぞす。後、高床御所という。高床の
おややさむやる、という。ここのお在である。
【わって道】
 島へ行かれる山のおしゆし、とぞず。これを、
わって、という。わって道をいかれる大お爺さん
とぞず。江戸の旅姿のこしらえ、という。

 加太へ行く若い人という。お爺さんの後を行くと
いう。古い過去の旅とぞず。将長になるという、
砲を打つという若い人である。
【名古屋城外】
 遥か離れた名古屋へ飛ぶ弾とぞず。名古屋城外
弾落としという。名古屋城の門の外である。外様
落としの弾という。揺れる名古屋の師(モロ)という。
 外様の城という、名古屋城の呼びである。
 
 外様弾受け原場とぞゆ、ここが、はよはよはよの
謂れの場である。友ヶ島の弾が落ちた所である。
おれた島月という、島の月の落ちたとぞず、月落冠
原(つきおちかんばら、げつらくかんげん)という、
折れた天守閣という。
【彦根城】
 『そのほうは、おれているであろう』と、はよはよ
言う城である。はよ城のおれ、という。
『はて、その城のはよを、くすれ、とぞす』、これ
の言い城という。井伊直弼という、言いの城の彦根
、ひこうね、という。ひこ尾根という、ひこう音と
いう。井伊直の言いという。城を曳く人である。

 花の尾根という、お音(ね)の御方という。ハモニ
カの音を聴く城の井伊状という、井伊状白という、
いい城のいい、という。これを、花の世という、
おねんねの言いという、ねんねという、寝ることを
いう。これを、寝音という、ネネと読む、いい読み
という。しんおんという。

 これが、名古屋から阪大へいった、名古屋城おれ
である。阪大の、いいね番という、阪大の抜きをいい
という。よい阪大かだい、加太そわれ、という。
【阪大】
 阪大に加太があるという、灯台そわよのお講義と
いう。これが、浜ぜまのおりるごうふき、とぞず。
砲が曲がったという、曲がり砲である。名古屋めがけて
岸をよる、阪大へ飛ぶ砲弾という。曲がった砲という。
これが、備えられている友ヶ島へそまがり砲という。

 井伊を呼ぶへそまがりという。井伊直という、将長の
名とぞふ。若いとである。いいなおしですという、し
という。始めをしという、、友ヶ島のしである。高槻詩
という、うそ死のいいなおし、という。れが、ねんね
という、いいなおしである。秀吉のねねという、しん
おんという、心の音の井伊詩である。詩を市と言い
直す、めしという。めしという城主とぞず。井伊城の
滋養主を、めし、という。友ヶ島の、めば、である。
竜子城では、めば、という、城主のことという。
【友ヶ島入】
 よいを入れて、いい入れという。友ヶ島良入と
いう。友ヶ島の酒盛りという、兜貝を酒に入れる、
よいかぶと、という。よいかぶのワカメという、
酒蒸しである。カーレル・レールゥという、御所の
加太沖料理という、尊所料理である。
阪大の宵という書きである。

 この日の阪大、『友をしらめば、こいやりに、
たみするらわる、こみゆらふ、ろろため、ゆみれる
 、ここれよま、たまふるよきのよいさまれ』東大の
歌である。第三高等という、三高の量かとぞず。第
三砲台の歌である、

 東大で歌われた、ともわつのともえよの歌とぞず。
これが、高槻のきえでもある。幽霊を『しら』という、
しらさゆ御殿を貴殿という。城を貴殿という。
【名古屋瑞穂師長】
 『貴殿は幽霊であろう』という、消えた天の星という、
星のみの城という、岸和田だんぜるという、貝塚の横
という。環頭、埼玉のさきみたま、とぞう。消長の
さき山という、名古屋師の詩という。師長の地の謂れ
という。瑞穂師長の謂れである。古い名古屋の瑞穂草
という、ほきやりのゆり(ゆた、とも)という。歌を、
ゆたという、文を草という。ゆた草という、歌詞の
ことをいう。これを、師という、歌詞を師という、
おさながの井伊とぞず。名古屋もっこく、という言い
どぞず。

 よいもろという、よい歌詞をいう。これが、
はなのぬほ、という。花を、ぬほ、という師の言いで
ある。歌を、ぬほ、という、名古屋のはよ冠話である。

 消えた天、名古屋城がおれて、天が地に直立した
という、笑止の話という。『はよう、見れや』という、
そういう名古屋という、尾張漫才という、笑いを
とどむ話という。名古屋笑少(笑小)という、友ヶ島
将長の弾受けである。若い人が打った弾である。
打弾手の若い人という。
【そうだだん】
 『そうだだん』という師の方言である。『そう
だよ』の意である。
『そうだだん、ほんだもって、きよっしょんば』
友ヶ島砲台を、そういうのである。天へ消えた弾は、
また、現れた名古屋という、名古屋に落ちた弾である。

『おわりゆか、せれてるろんすの、夢花火、貝様、
 よんでの、こうろうぎ、そけ、 ごっとくに、ゆけ、
 かっけられ』と大学小唄にある節である。
よいがけの歌である、これを師という。
大学数えの師句という、モロキュウという。メゾン
ステーという、阪大の歌でもある、井伊城句ともいう。
友ヶ島の歌である。

『ゆっけられ、いやら、みやんせ、といといに、
 島由良よんその、もろきゅうに、よみ、はんたれの、
 おりそんずらふ』 尊津という友ヶ島の津である。
 
『デッカンショ、こよらけんるの、こい浜に、
 ゆれおるかんせの、こいはんぎ、これ、さっされを、
 こき、ゆんべによ』
  
 歌語の歌である、御所高額の歌である。
  
『そうだだん、こりそめんろく、ゆんざれに、
 そよるぎ、そうれの、よりむかう、たれ、
 さってのよ、たま、こんとくに』 弾である。
名古屋城外弾落の歌。これを、将長という、
将長の歌である。名古屋将長という話である。
だてが見るデッカ着という、だてやら、そみゆる、
ろろす着という。将長の着である。傘の島という、
この島の碑という、友ヶ島っかる、という、古い御所の
歌である。名古屋城外の大学小唄である。

 名古屋砲台という、『そのほうは、しってるか』
という話ともいう、デッカン掛けの、園砲である。
黒生園生の園部である、京都府の園部である。
蜷砲ともぞる。
【加太方言】
 『トモ、ゆっきす』という、『トモ、ゆむる』と
もいう、加太の冠語である、方言になる前の言い
である。方言で、『わたは、も』という。『私は
行く』という意である、加太の方言である。

 『トモ、ゆむる』という、これが、『わたを、と
もる』という言いになる、君を、私という言いである。
『君は行く』という、『私は行く』の意である。
この遣いの言い方である。加太の、ほうけ、ほうきゃ
という、加太御所の言いでもある。これを、尊語と
いう、御所ごまくれ、という、ムッスル・レールゥ
という。ごま所れんはな、ともいう。デッカ荘と
いう御所である、迎賓館の場所である。

 ウーイル・デッカンという話である。 
 
 そうきょうよいお書き、貝を拝む人である。

【日記の効用】 

貝暦、いつもの時間。
帆船がやって来た。柳。

 ある貝の日記、より。
    
*****
革命とは、健康と安全を得ることである。
その方法は、体操、音楽、柳を手に、等々、よし、長生き。
*La rivoluzione e guadagnare salute e sicurezza.
Strumento di rivoluzione:
Ginnastica -- sano
Musica -- Canta una canzone
Con salice etc.
Tutto ok. Lunga vita.
L'italiano e difficile. sokyo--miglior giorno
*The revolution is that you would get health and safety.
Tools of revolution:
Physical exercises -- energy
Music -- sing a song
Willow -- with willo, plant willow tree
etc.
All right. OK. Long live. sokyo--the best day
It is difficult for me to write english.
english ---- difficult
 『紫だちたる雲の細くたなびきたる。放射能の雲や如何に。』
 『はっ、たなびいております。』
 『あれに見えるは放射傘雲』
 『これに見えるは、手乗り雲』
 『これっ、悟空、放射能は如何に』
 『放射の山のおきたりて乗り乗り』
 『助さんや、格さんや、悟空ともども、お乗り乗り』
Mr. Atom Lucky Ager, "ANGOLA report" より
      秋残り世界文学全集 巻2
      『余は機械である』
       蒼郷 鳴恭川世讃歌 の項
       秋残り市史編纂員、余。
       秋残り市史篇絵巻物
***アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ***

秋残り市立美術館冬期展示
『古譜2163大原練習2063天の下2463 ANGOLA Castelo Sonezaki 友ヶ島10曽根崎出で (壮強太陽)鳴恭川世讃歌)』
俄家判 びという字。
秋残り市、凡人倶楽部所属、元
-----------------------------------------------------
 仮想店 出品 ID:Kyou40138
     画商『曽端』俳画専門
     豪華額縁付 2000円ヤナギ
  著者そうきょう@499上巣真芯
  UESUMASi W.E.州 Machine   


-----------------------------------------------------
***コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ***
一行日記
1998/08/21柳晴、東京在、10秋残り君来、12すき焼き、16大阪、19宿
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***
------

ブログでの団体名、個人名、他名称などは、
全て、仮想です。楽譜の作曲者名、作詞者名等は
もちろん、私が勝手につけた名前で、ええ加減に書いて
あります。実際の作詞作曲者は、私、駄作者の秋残り、
本ブログ著者小林壱裕です。記事は架空です。
著者@499
Notice:Writer says,
Names are virtual on this article.
Matters are not real.
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2019年11月26日

卒業4261ANGOLA Algas marinhas 友ヶ島6海草 (壮強太陽):イカスミ柳


 過去をよくする会。日記の効用。過去の日記に、一言、
どこでもよいから、『やなぎ』と書き入れましょう。
これでその日がよくなります。今日も書き入れましょう。先の日記にも
書いておきましよう。先の日記に入れれば、未来の安全健康、
先取り予約、になります。
 1998/08/20 東京都庁。柳。
 2024/11/25 やなぎ。モスクワ支所。

**馬にはのらない:健全家
**そうきょうのよい思い出し:高瀬川行代
**字(あざ)のほうぼうで、腹を横に書く。:山吹 正
**かいきょうのそうきょうはよい時です。:スモモどくだみ
**そうきょうのよい自分です。:ドクダミ薫
**天の下、山拝み。つねづね。:紙祖川劣る


駄作曲の聴き方:曲名または、楽譜をクリック 
Click music piece
音楽
【曲名】 卒業4261京都船旅3161
古譜2161大原練習2061天の下2461 ANGOLA Algas marinhas 友ヶ島6海草 (壮強太陽)鳴恭川世讃歌) 



【創曲】2019/11/25、柳晴
    創曲、紫 寝太郎・正(やなぎ) 
    造詞、伊勢宮 四・正 
    監修、ウインタテリウム・正
    訳、 冴柳小夜史・正(秋残り市在)
【拍子】4/4
【種類】
【演奏】
【場所】
【作成ソフト】
  Music Score3、シルバースタージャパン社
【歌詞】創郷 
砲台訪ねる 唐傘さして 弾を打つ日に
浜辺松緑の下 待って暮らした丘
船に、降りる人なく 今宵日が暮れ行く
貝柄の着物来ては今宵打つ 砲みなに
弾はこめられ時を待つ

  陽落ち陽落ちる 砲台の丘の夕
  浜鳥が須へ帰る 向こう岸の
  山黒く海行き 静か静か 
  駒音近く聞こえ いざや
  時来たり はやる心 暗闇を
  俟つ 真夜中時 今打つ 
  弾は出で


 狐の天気予報。〇r1998/08/20
 狐と。 過去をとく、という。
 場所、そ。 狐言:こって。
 狐晴れを、柳世葉とぞ。
 桃晴れごぎつね、秋晴れごん
   ((明日晴れたなら行こう、大原砂山))
【解説】君、探敵中、情景。 破風之談
------日出葦談笑聴
【J家言】今様(こんさま)、詠。
【京都会議】
【ムー大陸】
【大和奈良】
【オリンピックに向けて】
安全政府、健康政府。国民皆健康。
【東大講】
【歌意】
【友ヶ島野奈浦】
 『今日は、貝の着物を着る』と、若い人はいう。
この島の下部と貝の絵が染められている。来る日も
来る日も、船を待ち、負の来るのを楽しみに待つ人
である。御叔父御上にもらったというハーモニカを
吹き、貝に効かすという。船からは、だれも降りて
こなんだという、それでも船の着く頃には、桟橋へ
行き、船を俟つ。

 ある日、大御爺さんが来られた、うれしさ一杯の
若い人とぞる。来る日来る日、船を待つ、それだけの
日々である。

 大お爺さんおられおられ、あられおらる、おお
おらる。

 着物姿の大お爺さん、傘をお差し降りられ、浜へ
急がれ、浜尊所の奥の御家へ行かれる。楽しく階段
されておありあり。

 『今日は砲を打つ』、お言葉あり。傘お手に、
砲台へ向かわれ、お勇みありあり。
『よみ、花やむ、るれてゆいさる、くくすゆ、れれ
す』、そとんの言いとぞ。砲をめでる言葉という。

 我が砲、阿方にありてろる、黒闇くぐる、くぐす、
ろりよっとす、島はたくさんの人である。一度に、
やってきた若い人の楽しみ、うれしさである。

 『将長、いかして、やすら、くくよく、ろほう、
すみすみ』、砲弾発射の準備が整うをいう。
『今夜、はなるゆわれら、そそよす、すりっす』
若い人が砲を打つ人である。

 ここの世とうとをいう、尊し世の砲かわれま、
という。全天の星が落ちるをいう。全部の砲が、
うたれるのである。

 この日のこの夜、星が訪ねるをいう。るわれらの
そりそり、という。すみすみれれす、とっくれる、
せせゆさ、とぞす。

 星は中をいう、星の中の世の浜とそふ。ふっする
ゆうつす、ゆうざる星の夜、とぞず。夕去り、暗い
闇が深くなる、真夜中の発射とぞず。

 てんかした砲という、これを、すいくる、すいらす、
という。将長の若い人の打ちである。
 『この世をば、我が世とぞもう、天の下やむ、
  砲よ、あませむ、砲る砲るほめ』
とぞず。高槻砲の打ちという。高山山のほいらか、
とぞす。とっぷるの岡とぞず、とっぷるこうかか、
という。今の第3砲台である。ここの打ちである。

 大お爺さんおられおられ、『帽、貝』とぞ仰せ。
この海を坊海とぞふ。とぞるるお海とぞもう。
海、波荒くをいう、大お爺さんお迎えの海とぞゆ。
大おばあさんゆ。ゆおらゆおられ、あるゆるあは山、
くよくすれとす、るるするお言いとぞす。

歌はその日の歌である。

 そうきょうよいお書き、大お爺さんおられおられ、
大お婆さんおられおられ、ここの世に、おられおられ、
今、おわすおわさる、大お爺さん大お婆さんである。

 そうきょうありて、世渡れ、世渡られ、ふみゆみ
ありす。ろろろ、こすてく。今の世におられる大
お爺さん大お婆さんである。

 明示維新の世である、若い人の世をいう。そう
きょうの明示闇、尊きをいう。

 そうきようよい時である。 

【日記の効用】 

貝暦、いつもの時間。
 砲の音、快き、我が心軽き軽く。柳。

 ある貝の日記、より。
    
*****
革命とは、健康と安全を得ることである。
その方法は、体操、音楽、柳を手に、等々、よし、長生き。
*La rivoluzione e guadagnare salute e sicurezza.
Strumento di rivoluzione:
Ginnastica -- sano
Musica -- Canta una canzone
Con salice etc.
Tutto ok. Lunga vita.
L'italiano e difficile. sokyo--miglior giorno
*The revolution is that you would get health and safety.
Tools of revolution:
Physical exercises -- energy
Music -- sing a song
Willow -- with willo, plant willow tree
etc.
All right. OK. Long live. sokyo--the best day
It is difficult for me to write english.
english ---- difficult
 『紫だちたる雲の細くたなびきたる。放射能の雲や如何に。』
 『はっ、たなびいております。』
 『あれに見えるは放射傘雲』
 『これに見えるは、手乗り雲』
 『これっ、悟空、放射能は如何に』
 『放射の山のおきたりて乗り乗り』
 『助さんや、格さんや、悟空ともども、お乗り乗り』
Mr. Atom Lucky Ager, "ANGOLA report" より

      秋残り世界文学全集 巻2
      『余は機械である』
       蒼郷 鳴恭川世讃歌 の項
       秋残り市史編纂員、余。
       秋残り市史篇絵巻物

***アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ***

秋残り市立美術館冬期展示
『古譜2161大原練習2061天の下2461 ANGOLA Algas marinhas 友ヶ島6海草 (壮強太陽)鳴恭川世讃歌)』
俄家判 びという字。
秋残り市、凡人倶楽部所属、元
-----------------------------------------------------
 仮想店 出品 ID:Kyou40118
     画商『曽端』俳画専門
     豪華額縁付 2000円ヤナギ
  著者そうきょう@567上巣真芯
  UESUMASi W.E.州 Machine   


-----------------------------------------------------
***コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ***
一行日記
1998/08/20柳晴、東京在、10秋残り君来、12すき焼き、16大阪、19宿
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***
------

ブログでの団体名、個人名、他名称などは、
全て、仮想です。楽譜の作曲者名、作詞者名等は
もちろん、私が勝手につけた名前で、ええ加減に書いて
あります。実際の作詞作曲者は、私、駄作者の秋残り、
本ブログ著者小林壱裕です。記事は架空です。
著者@567
Notice:Writer says,
Names are virtual on this article.
Matters are not real.
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2019年11月25日

卒業4259ANGOLA Vindo novamente 友ヶ島9再来 (壮強太陽):イカスミ柳

卒業4259ANGOLA Vindo novamente 友ヶ島9再来 (壮強太陽):イカスミ柳

 過去をよくする会。日記の効用。過去の日記に、一言、
どこでもよいから、『やなぎ』と書き入れましょう。
これでその日がよくなります。今日も書き入れましょう。先の日記にも
書いておきましよう。先の日記に入れれば、未来の安全健康、
先取り予約、になります。
 1998/08/19 長崎。柳。
 2024/11/24 やなぎ。北京。

**馬にはのらない:健全家
**そうきょうのよい思い出し:高瀬川行代
**字(あざ)のほうぼうで、腹を横に書く。:山吹 正
**かいきょうのそうきょうはよい時です。:スモモどくだみ
**そうきょうのよい自分です。:ドクダミ薫
**天の下、山拝み。つねづね。:紙祖川劣る


駄作曲の聴き方:曲名または、楽譜をクリック 
Click music piece
音楽
【曲名】 卒業4259京都船旅3159
古譜2159大原練習2059天の下2459 ANGOLA Vindo novamente 友ヶ島9再来 (壮強太陽)鳴恭川世讃歌) 


伴奏譜

【創曲】2019/11/24、柳晴
    創曲、紫 寝太郎・正(やなぎ) 
    造詞、伊勢宮 四・正 
    監修、ウインタテリウム・正
    訳、 冴柳小夜史・正(秋残り市在)
【拍子】4/4
【種類】
【演奏】
【場所】
【作成ソフト】
  Music Score3、シルバースタージャパン社
  バンドプロジューサー カワイ社
  ACID
  駄作SuperComposer
  バンドインボックス PG Music
【歌詞】創郷 
いつの日 必ず来る そう思い暮らして
過ぎに過ぎた 古い子供の日忘れ
広告を見たら ふと 見た景色と
思い出し 行こう 決めて訪ねた
故郷 消えた日が蘇り 我が過去
鮮やかに返る

 狐の天気予報。〇r1998/08/19
 狐と。 過去をとく、という。
 場所、そ。 狐言:こって。
 狐晴れを、柳世葉とぞ。
 桃晴れごぎつね、秋晴れごん
   ((明日晴れたなら行こう、大原砂山))
【解説】君、探敵中、情景。 破風之談
------日出葦談笑聴
【J家言】今様(こんさま)、詠。
【京都会議】
【ムー大陸】
【大和奈良】
【オリンピックに向けて】
安全政府、健康政府。国民皆健康。
【東大講】
【歌意】
【友ヶ島野奈浦、脳】
 脳を思う。
 脳野ことを、うよふ、という、他に、やなふ、やなぎせ、
・・・という。
 この言いの考察を、脳の考察にすることに、やなお、
という言いをつける。これを、メントク、という。
冠語の、ぽいはむ、という。ベルレルともいう。この
ベルレルの考察という。冠語をとる脳のこう山という。
脳の働きの、こうよみの言いとぞず。これを、トモの
言いという。

 『トモ、めれくく』という。トモを自分にとる言い
の、こい浜という。れが、冠語を使う、貝春という、
自分を貝という言いをする、貝場の冠語という。

 冠語を山の言葉として、これを、通常に使う、
冠語を使う意義という。冠語が御所の言葉である
ひぃに、通常に使う言葉という。脳を見る言葉が出る
話という。友ヶ島冠話という、冠するてよはむ、という。

 文を考えるひに、言いをとる脳の考察という。脳を
ゆみはる、という。ゆみの言いに、とうける、という、
めよはむの甥、を言う。これを、れよんす、という。
れれての山のお書きという。文を矢間という、言いが
これである。話とも。
【友ヶ島尤常】
 友ヶ島の言葉の、トモをとる、これで、考察をする
友ヶ島尤常(ゆうじょう)という。トモ語という言葉に
する脳のことを、てゆ、という、てゆさむ、という。
主として、脳を説いていく言葉とする使いという。

『トモ、ゆむる』ということのいいとぞす。
『トモ、よまむむ』、浜を見る話しという。
 これを浜ゆまという、浜の山野おゆやむという、
ややむりりくす、という。りり山という。
 この言葉が出る脳の働きの場とぞす。側脳の山の
お絵という。側脳の働きである。
【側脳】
 側脳の『ト』という、言葉の出しとぞる。側脳から
出る『ト』である。これを、大脳のゆま浜という、
大脳の『モ』という場所の受けとぞす。これで、
『トモ』を出す脳の働きという。

 『ト』が、みるかわという経路を通る道という。
脳の中の脳道とぞす。これが大脳の、つおふま、と
いう、つおの行き、という。つおの行きで、トモと
いう言葉を出す働きの解析という。

 これを、トモのほうきき、という。砲の見を、脳
による脳の、かいさく、という。開く意のかいに、
さくという削る言葉をつける、レンガの加工という。
レンガの加工を、かいむく、という、友ヶ島の言葉
でおく、れんとめ、という。れんとめ語の山という。

 『トモ、ゆられ』という、自分をゆみという、この
『ゆみ』を、高槻語の『ゆみ』におく、これを、
きみさむ、という、きみの意のゆみという。自分の
ことである。きみともいう。

 これが、将校をいう、将校という、将のまさろく、
という。この『ろく』の掛かりが起用殿『ろく』に
なる時が、ゆゆさる、という能の時間という。この
時間を将という。将という、船が着く時間である。
将時という、時が補いの言葉である。この将時が、
正時をいう、正時の言葉の言いである。毎正時と
いう、12時きっかり、という、13時きっちり、という。
【浦帆】
 これが、脳のはもせむ、という、はるれるのかい
ふら、という。かいさまのゆい浜という。ハーレル・
ルースーという。この浦を、うらむめのうの、めめ
せむという。この浦帆という、『この浦帆に帆をあ
げて・・・』という、『この浦、船』を、帆という、
友ヶ島の言いという。浦帆の言いに、かみゆりという、
帆を髪という、人の髪に見立てた、帆の裏山という、
野奈の山である。山颪の風を、やちすち、という。
やちれるという。やちろもいう。この『や』が再び
、風である意とぞず。これが、返し風が吹く、浜の
ことである。髪ふりやりるく、という。髪の歌であ
る。髪振り乱すという言葉がなるとぞず。出ること
をいう。

 脳の髪をいう、脳の側脳を、いよせる、という、
いよせのか、という。脳の側脳をよる全脳の働きと
いう。みずらみずちという髪型の意義ともぞふ。 
側脳をよったみずちという、みずら結いのこもゆり、
という。この言いがトモの言いとぞず。
【こもゆり】
 島では、みずらを、こもゆりという。この『こも
ゆり』が、側脳を意味する脳冠そめという。脳冠の
そめ山という。脳冠が言葉を出すことの言いともぞ。
脳の冠という、脳の幹のいっつという、上である言い
とぞず。側脳の山のお絵という。
【正則】
 そうきょう側という、そうきょう則である。則を
言葉という。正則の言葉という、正しい言葉という。

 外国語のアラビア語が、正則をとる言葉とぞず。
アラビア語を、アラビア正則(語)という、アラブの
将という、アラビア正時という、アラビア語が、
まおゆきの言葉である。『まお』という、紫雪の降る
場のいたふり、という、意味そわのよいはり、という。
ルールルーという、雪をめでる言葉である。

 アラビアの、しっかむ、という場の雪の色という、
紫の色がふる、この紫を、ゆみ紫という。京の青が
かりの紫という、赤むかがりともいう。

 これが、東京の青紫をいう、京江戸むら、という
色という。東京の言葉で京紫という、赤紫をさす場合
という。現、日本の言葉の使いである。
【脳の島】
 脳がかかる紫という、紫の色のこととぞふ。紫を
最高位の色という、言葉の意とぞす。友ヶ島の一意義
である。脳の島という、脳山のお書きとぞず。
【兜貝】
 紫をとる兜蟹、という、かにの貝の言いとぞず。蟹
と、貝をいう。貝を蟹という、野奈の言いとぞず。兜
貝がいる野奈の海という。野奈浦である。浜にワカメ
畑がある話という、この畑へ来て、体を逆さにして、
ワカメを食べる兜貝の姿に、せるれる、という、貝の
言葉をよる、貝せら、という、貝語である。シェーと
いう言葉がそれである、他に、ターという言葉とぞう。
【シェー】
 シェーという自分という意味である。『シェー、ロハ』
という、『自分は行く、たべる』という意の冠語である。
大冠民語という。冠貝という兜貝である。大きな貝で、
30センチ程ある安紋の貝という。紋にした貝である。
たくさんいる貝という。島貝ともいう、島そうのゆま原
貝、とも。『ゆま』を『うな』という、海である意とぞず。

 貝山おり落、これとぞず。貝を尊ぶ貝塚の造りという。
貝の歌とぞず。貝様のうゆすゆ、という。これを、大
冠貝語という、後、介護とぞず。介護冠語とぞず。

 貝という脳より出でて冠語という、開口の山という。
邂逅を、かいごと呼ぶ読みとぞず。島の言葉である。
巡り合う貝という、後、会合である言葉とぞず。

 う山々ありせら、こゆふるせるてる、とすゆす
れれする、すみっつ、という、ここへ住んでいたことの
言いとす。言葉が、貝山冠語である。『すみっつ』
という、みっつ掛けの言葉とぞず。炭、墨、住み、の
意とぞず。
【やな、やなせ、やなぎせ】
 脳を、やなという、やなせという、やなぎせという、
他にもある、脳の言いとぞず。やなぎという言いという、
やなぎせ兜というこれを、かんむる、かんせる、とぞず。
冠という、柳冠である、正冠ともぞ。

 柳という言葉の出の文とぞず。やなぎを重んずる御所
である。尊所という、柳の植わる野奈浜の場とぞず。
尊所柳という、尊所正の場である。やなぎ冠の浜と
いう、正当の言葉の出しである。しょうかり、という。
仮冠島という、加冠島、蚊冠島という、三つのか、と
いう、みっつ掛けの縞の呼びという。山禍島ともいう。
かわふる山という。トモの言葉の島ともぞる。
【島冠】
 友ヶ島、島冠るく、という、島冠島の友島のお書き
とぞず。島冠という、山形の冠である、三角帽とも、
島冠という。頭に蟹のような表しをする、子供の折り紙
遊びの帽子とぞず。幼稚園へいけば教えてもらえます。
大人の共用という、折り紙の三角帽子である、子供
あやしの若い人という。

 昔の鶴の折り紙という、下へずうっと繋がるように、
足を出す折り紙とぞず。上へひっかけて、下の折り紙を
吊るす折り鶴とぞず、友が下折りという、友ヶ島折り
とも。

 そうきょうの島という、この島の言いとぞず。
『おりてそ』という、このひの言いとぞず。竜の子
島という、竜子島という、友ヶ島のことである。
子供を竜の子という言いである。その言いの島である。
【竜子城】
 古い日の行きという、竜の子島の、竜子城とぞず。
島全体をいう、この島の城という、浜から三角の城
様の建てとぞず。電波塔の建てという、これを城状
の城とぞず。山頂に三角形の屋根の城である。
五層の屋根である。
【みずら】
 みずらという、卑人髷、非人髷である、卑弥呼の
卑である、この髷の貝である。自分を貝ということ
とぞず。
『貝、しょうす』という、『貝、しょうざく』という、
貝の解きという、髷を解く、解消という。梳くの意も
ある。貝を梳くという、『すく』と『とく』の同意
ともぞ。貝の地という、頭の髷という。貝髷という、
みずちの結いである。この御所を、友の御所という、
貝の御所ともいう。御所の池にいる貝である。皮に
もいる貝という。からす貝という、からす髷の
からすみずち、とぞず。からすみのすみという。
からすみ料理の御所という。貝料理という。
からす丸貝という、兜貝のことでもある。出しに
使う貝である。

 そうきょう側脳よいお書き、はもゆみ。
【日記の効用】 

貝暦、1959/12/18、昭和34年12月18日いつもの時間。
 山茶色にして、水、透明である。柳。

 ある貝の日記、より。
    
*****
革命とは、健康と安全を得ることである。
その方法は、体操、音楽、柳を手に、等々、よし、長生き。
*The revolution is that you would get health and safety.
Tools of revolution:
Physical exercises -- energy
Music -- sing a song
Willow -- with willo, plant willow tree
etc.
All right. OK. Long live. sokyo--the best day
It is difficult for me to write english.
english ---- difficult
 『紫だちたる雲の細くたなびきたる。放射能の雲や如何に。』
 『はっ、たなびいております。』
 『あれに見えるは放射傘雲』
 『これに見えるは、手乗り雲』
 『これっ、悟空、放射能は如何に』
 『放射の山のおきたりて乗り乗り』
 『助さんや、格さんや、悟空ともども、お乗り乗り』
Mr. Atom Lucky Ager, "ANGOLA report" より

      秋残り世界文学全集 巻2
      『余は機械である』
       蒼郷 鳴恭川世讃歌 の項
       秋残り市史編纂員、余。
       秋残り市史篇絵巻物

***アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ***

秋残り市立美術館冬期展示
『古譜2159大原練習2059天の下2459 ANGOLA Vindo novamente 友ヶ島9再来 (壮強太陽)鳴恭川世讃歌)』
俄家判 びという字。
秋残り市、凡人倶楽部所属、元
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 仮想店 出品 ID:Kyou40098
     画商『曽端』俳画専門
     豪華額縁付 2000円ヤナギ
  著者そうきょう@402上巣真芯
  UESUMASi W.E.州 Machine   


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***コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ***
一行日記
1998/08/19柳晴、東京在、10秋残り君来、12すき焼き、16大阪、19宿
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***
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ブログでの団体名、個人名、他名称などは、
全て、仮想です。楽譜の作曲者名、作詞者名等は
もちろん、私が勝手につけた名前で、ええ加減に書いて
あります。実際の作詞作曲者は、私、駄作者の秋残り、
本ブログ著者小林壱裕です。記事は架空です。
著者@402
Notice:Writer says,
Names are virtual on this article.
Matters are not real.
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