2019年09月09日

卒業4101Italia Flash della fotocamera12幸義光(フラッシュ)12(壮強太陽)鳴恭川世讃歌):イカスミ柳


馬にはのらない:健全家
そうきょうのよい思い出し:高瀬川行代
字(あざ)のほうぼうで、腹を横に書く。:山吹 正
かいきょうのそうきょうはよい時です。:スモモどくだみ
そうきょうのよい自分です。:ドクダミ薫
天の下、山拝み。つねづね。:紙祖川劣る

【曲名】卒業4101京都船旅3001
古譜2001大原練習1901天の下2301 Italia Flash della fotocamera12幸義光(フラッシュ)12(壮強太陽)鳴恭川世讃歌)


【創曲】2019/09/09、柳晴
    創曲、紫 寝太郎・正(やなぎ) 
    造詞、伊勢宮 四・正 
    監修、ウインタテリウム・正
    訳、 冴柳小夜史・正(秋残り市在)
【拍子】4/4
【種類】
【演奏】
【場所】
【作成ソフト】
  Music Score3、シルバースタージャパン社
【歌詞】創郷 
秋の紅葉 紅に染まる道 もれ陽さす
爽やかな日 振り向いては君が指を指す
御覧 紫色の紅葉 きれいね
楽し他の詩 軽やかに足運ぶ 止まっては
フラッシュになかに君が手を添える枝 
行楽日和


 狐の天気予報。〇r1960/06/04
 狐と。 過去をとく、という。
 場所、そ。 狐言:こって。
 狐晴れを、柳世葉とぞ。
 桃晴れごぎつね、秋晴れごん
   ((明日晴れたなら行こう、大原砂山))

【解説】君、探敵中、情景。 破風之談
------日出葦談笑聴
明日晴れたなら行こう、大原砂山
品花雲しなよる〜〜柳雲〜〜山吹雲〜〜桃雲〜〜銀杏雲〜〜朴ノ木雲
Be in Ideal town.
【J家言】今様(こんさま)、詠。
【京都会議】
【ムー大陸】
【大和奈良】
【過去をよくする】
1959/5/3 柳を植える。
【オリンピックに向けて】
健康安全第一。
御政府ありてそ。
階下へ降りて、迎える若い人、
来られ来られ、お偉方々、土佐高知、御一緒探訪、
うれしきにや、あらるれれ、礼々の世、ありる。
ありてありせ、よよたる、おりすれ。
いざれ花よら、よりす、おりりせ。
我が世とそ、言い給われ、すこや、お添えあり、
世に****という。   1957/5/3記。
【高知ぜっせく】
 丹波篠山、山鹿の猿がヨイヨイはなのお江戸でしばいする
 ヨイヨイデッカンショ
 
 土佐の高知のはりまや橋で、ぼんさん簪買うを見た
 ヨサコイヨサコイ
 
 上の歌詞を入れ替えて歌います。高知ぜっせく、といい
ます。篠弁の話という。

 せれそれという、尖塔の歌で、この歌の効果を考える
ものという。歌と歌詞との関係、旋律をいれかえれば、
これがわかることになるという。
 黒状のお教えとそ。山内一豊御妻の御叔母のお教えとそ。
いつも城におられる御方、立っておられる、銅像姿とそ。

 ひとしおのいか、という。人山の銅像という、駒と一緒
の御叔母である。この御叔母のお教えという。歌替え山と
いう、御叔母の御場である。

 いざ花目という銅像の造りとそ。駒やら、そひそるはむ
れむ、という。意は、外のかの山という。かめせの歌という。
かごれる山という。この城の立ちの造りという、その造りの
像とそ。これを、メノン・ハムレムという。こよふる・すて
そゆ、とそ。

 人の気をよる、銅像の、かくゆみのあせるき、とそ。
人の気が、歌の気によるをいう。楽しい歌、悲しい歌、とそ。
楽しい歌を歌えば、楽しくなる、これを気とするお解という。
これが、その御叔母のお話である。高知城主であられる。

 歌詞を替える話の出の丘のおくれることとそ。遅れを尊ぶ
ことという。おくらる山のおく、という。おくれた人の磯の
沖、という、置きとも。

 しっかり遅れる歌という。歌えば遅れるという。この
遅れが、良きに作用することという。位置に健康、安全を
謡う箱のいつれ、とそ。いつれ・ばんぶる、という、
いっとともいう。
【歌の健康】
 歌から健康をとっていく、正常な人という。歌を歌う
効果の話のぜんぱく遣りという、この歌のこうるり、とそ。
こうるりを効果という。効果連せる、とも。
いとよとのよどせる、とも。

 豊花をとる歌である。とくれす、という。めめすその
ゆゆふら、という。れてゆておよるる、せめるれ、という。

【電波】
 そっきすっきし、という、速記のム浜せせるのゆいそる、
とそ。電波を発信する日の、書きのはや、とそ。早書きで、
これを打つ、電波の歌の意とそ。桂浜から電波を打つ、
うたっち電連れのよごいご、という。うたせる歌という。

 電波のめで、という。桂けいそる、れれて_よっそる、
この『よっそる』とそ、船の『ようそろう』という。
船の電波とも。

 電波を発信する行為の脳という、てその場という。
脳の中脳のてそという場の働きという。これを歌で表す
中脳のてその安とそ。守りともいう。てそをとめた話と
いう。てそをとどめることという。てその働きを常に保つ
ことをいう。てそをとどむ、という。てそるけ、という。
『てそるけ』の『け』が、気と表すことという。

 これが、脳の正常を保つことという。『け』という話
という、『気』とも。

 入れ替えて歌う日に、効用がなるをいう、効果をとる
行為という。これが、土佐を重んじる、土佐膳という。
とうさるやっぷ(とうするやっぷ、とも)という。

 丹波の篠山の歌を、土佐がとる歌の意の項かという。
歌詞が、丹波の歌詞になる、歌詞づりより、という。
歌詞津という、これを、歌詞頭と表す。歌詞の考察が
なることとそ。かしずの歌絵幕という、絵巻物のとも。
幕でもある。

【海馬】
 こっせらあれた、という、こせるるあおより、という。
あおという名の駒である御叔母のおそばという。
このあおの銅像の脳である。馬の脳のたっとびをいう。
海馬とい能の一部の名称のありの由縁という。
人の脳に、馬が入っている話という。
海馬をてという、てそという、高知脳学とそ。
海馬を中脳に含めた見方とそ。これが、坂本の頭の出来と
いう。坂本龍馬という、叔父の御名である。どちらも動物
の名前である。『おりょうおこま』のお脳という。
坂本連つみの山のお言いとそ。

 坂本龍馬の名の由縁という、銅像の現しである。高知脳
せむの言いという。たんべられっくのいい、とも。
 土佐の馬に立つという、名のかわひむ、という。
おりょおお駒のかわめむ、という。これが、暗察と忖度を
出す中脳の働きという、海馬を含めた中脳という。
大きく大脳ともいう。

【暗察、忖度の脳の働き】
 脳の働きの暗察という、忖度という。どちらも、思い
遣りの意があることという。脳の大きな働きである。
坂本の竜という、坂本竜のいる土佐とそ、恐竜が話という。

【坂本竜】
 坂本竜の脳ともいう。これのたとえでもある、坂本龍馬
像という、駒立ちつる奥の御場という。坂本の像の対の像
である。どちらも脳のたっとびのことという。
ミケランジェロ先生という、この意味の料理である。

 ミケランジェロ路というこの城の道をいう、みっくる
れむせる路とそ。城の道である。いざり路という。

【躄脳】
 大脳海馬辺の脳を、いざれら、という。いざり、ともいう。
躄脳(いざりのう、へきのう)という。いざる脳幕という。
これを、躄の戸、という。いざれらのやふれる、という。
壬生語の、やぶれる、やぶれた、という。

【藪医者】
 藪医者という、藪を人の脳にたとえる、医者の言いと
いう。藪医者を名医という、医者のたっとびのことという。

 藪を見る人の姿を、藪見せむ_ろぐ(せむろぎ、とも)とそ。
脳を見るという、脳を考察することにたとえる、藪のたっ
とび、という。

 考察の語源が暗察という、忖度の行為という、これが、
藪医者の言葉の医術の尊びという。藪医者という、医者を
たっとぶ言葉である。これを、あんせま、という。
あんせられて、という、『あんせられて、ごいそむ』と
いう。土佐の高知冠話である、冠語という。

 頭に足がある、躄の字という。へきという読みとそ。
躄脳という高知の城のたっとび言葉である。城を拝む人
という、城の脳の映り見、という。

 これを、ふたさわず、という。二沢脳という。中脳と
海馬という、城による脳の部署の言葉という。

【一宝】
 これの歌いである。有袋類の脳であるととも。二沢の
様という。言葉のさみさまという。さみれる・ろっこく、
という。カレドニアの土佐れぎ、ともいう。
土佐みさのゆいはるとむ、という。この『とむ』が豊で
ある。一豊という、御場のお連れである。駒の名を、
いっぽうという、一宝という。馬の脳を一宝脳という、
彫像師の言葉という。一宝のさなげま、という。
周りの地である。

『いざって行き、拝む』ということとそ。掛け軸を見る
のに、座って見る見方ともいう。正座両手膝上という
床の真の掛け軸等の見方という。これが、脳の表しで
もある。医者の彫像の見方という、一つの見方である。

 こういう意がでてくる、土佐ぜっせくという、山内
一豊の叔母のお教えである、銅像とそ。

 山の内にある若い人である。いざる身の城という。
いざる膝行の話でもある。

 笹藪、竹藪、土佐の高知の篠之津甚句という、『丹波
篠山〜』の歌詞がそれである。動物では、有袋類のめで
になることとそ。
 土佐ぜっせく・ついふら、ともいう。デカンショ節の
歌詞を、ヨサコイ節で歌うこととも。
 歌詞いれかえなくとも、上の意味である。これを、是
という。言葉の最後に、ぜをつける土佐の高知弁という、
高知武士という、高知節という。

【脱藩】
 いうたちいかぜ、という風に掛けた、高知所の風とも。
後、拘置ともとそ、坂本の脱藩話になる高知の話という。
 
 脱藩という、藩をぬくを、脱ぐという。風呂へ入る
ことを脱藩という、着物を脱ぎ置くことを、拘置という。
古く高知ともいう。風呂屋の籠置きという、高知所という。
風呂屋の話という、革命の話でもある、健康の話である。
脱藩拘置の革命家という、風呂の効用の、さか湯浸かり、
という。坂本麓の風呂屋でもある。

【風呂の革命】
 風呂へ入って歌詞を入れ替えて謡う、ひっくり返して
謡うという、さか湯さんてく、という。三助の言葉の
ことともいう。藪医者の風呂浸かりという。

 名医を、三助さんじょく、という。赤ちゃんを湯に
つける話とも。名医の手前という。土佐ぜっせくの名医
という、かなせかゆきみ、という話とも。

 若い人の革命という、スレーダー・カッツという、
ロイコム連スターという。悪い所をなくすという、
言葉を治療する人である。悪い言葉を使う人である。
よい意味を入れる、健康挿入である。

 風呂屋のいざり歩き、という。滑らぬ先のしっつき歩き、
という、膝行する人である。風呂屋の安全という、大衆
革命の人である。風呂屋でのおすすめ、いざり歩きという。

 あかちゃん抱いての入浴は、いざり歩きで、膝行入浴
という、老人看護の冠語という、躄がこのカンゴである。
大股でドタドタ歩かない、『いざって』という風呂場で
ある。


 『いざって行きましょ』という、馬のお教えである。
躄脳、海馬、大切なことという。

 土佐の国は広い所という、土佐牢のおつたえ とそ。
牢屋という、灯りという、牢獄の脱藩という、土佐の牢獄
という、風呂屋を牢屋という、牢獄所という、注意書きで
ある、入牢という、入浴である。土佐っぽの言いという。
現今、使わない言いである。

 そうきょうのよい話、安全第一である。

*****
革命とは、健康と安全を得ることである。
その方法は、体操、音楽、柳を手に、等々、よし、長生き。
*La rivoluzione e guadagnare salute e sicurezza.
Strumento di rivoluzione:
Ginnastica -- sano
Musica -- Canta una canzone
Con salice etc.
Tutto ok. Lunga vita.
L'italiano e difficile. sokyo--miglior giorno

*The revolution is that you would get health and safety.
Tools of revolution:
Physical exercises -- energy
Music -- sing a song
Willow -- with willo, plant willow tree
etc.
All right. OK. Long live. sokyo--the best day
It is difficult for me to write english.
english ---- difficult
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 『紫だちたる雲の細くたなびきたる。放射能の雲や如何に。』
 『はっ、たなびいております。』
 『あれに見えるは放射傘雲』
 『これに見えるは、手乗り雲』
 『これっ、悟空、放射能は如何に』
 『放射の山のおきたりて乗り乗り』
 『助さんや、格さんや、悟空ともども、お乗り乗り』
Mr. Atom Lucky Ager, "Italian report" より

      秋残り世界文学全集 巻2
      『余は機械である』
       蒼郷 鳴恭川世讃歌 の項
       秋残り市史編纂員、余。
       秋残り市史篇絵巻物

***アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ***

秋残り市立美術館冬期展示
『古譜2001大原練習1901天の下2301 Italia Flash della fotocamera12幸義光(フラッシュ)12(壮強太陽)鳴恭川世讃歌)』
俄家判 びという字。
秋残り市、凡人倶楽部所属、元
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 仮想店 出品 ID:Kyou38518
     画商『曽端』俳画専門
     豪華額縁付 2000円ヤナギ
  著者そうきょう@256上巣真芯
  UESUMASi W.E.州 Machine   


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***コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ***
一行日記
1960/06/04柳晴、東京在、10秋残り君来、12すき焼き、16大阪、19宿
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***
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ブログでの団体名、個人名、他名称などは、
全て、仮想です。楽譜の作曲者名、作詞者名等は
もちろん、私が勝手につけた名前で、ええ加減に書いて
あります。実際の作詞作曲者は、私、駄作者の秋残り、
本ブログ著者小林壱裕です。記事は架空です。
著者@256
Notice:Writer says,
Names are virtual on this article.
Matters are not real.
posted by 秋残り at 14:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽