2019年09月05日

卒業4085Italia Flash della fotocamera9幸義光(フラッシュ)9(壮強太陽):イカスミ柳


馬にはのらない:健全家
そうきょうのよい思い出し:高瀬川行代
字(あざ)のほうぼうで、腹を横に書く。:山吹 正
かいきょうのそうきょうはよい時です。:スモモどくだみ
そうきょうのよい自分です。:ドクダミ薫
天の下、山拝み。つねづね。:紙祖川劣る

【曲名】卒業4085京都船旅2985
古譜1985大原練習1885天の下2285 Italia Flash della fotocamera9幸義光(フラッシュ)9(壮強太陽)鳴恭川世讃歌)


【創曲】2019/09/05、柳晴
    創曲、紫 寝太郎・正(やなぎ) 
    造詞、伊勢宮 四・正 
    監修、ウインタテリウム・正
    訳、 冴柳小夜史・正(秋残り市在)
【拍子】4/4
【種類】
【演奏】
【場所】
【作成ソフト】
  Music Score3、シルバースタージャパン社
【歌詞】創郷 
足が早い秋 旅先の秋 夏敷く思う
故郷のよう そんなに思える
幸義光たき歩む いつか見たような人
どこか 私の父とにてる
おとうさん 思わず口に出


 狐の天気予報。〇r1960/05/31
 狐と。 過去をとく、という。
 場所、そ。 狐言:こって。
 狐晴れを、柳世葉とぞ。
 桃晴れごぎつね、秋晴れごん
   ((明日晴れたなら行こう、大原砂山))

【解説】君、探敵中、情景。 破風之談
------日出葦談笑聴
明日晴れたなら行こう、大原砂山
品花雲しなよる〜〜柳雲〜〜山吹雲〜〜桃雲〜〜銀杏雲〜〜朴ノ木雲
Be in Ideal town.
【J家言】今様(こんさま)、詠。
【京都会議】
【ムー大陸】
【大和奈良】
【過去をよくする】
2001/7/7 柳を植える。
【オリンピックに向けて】
柳を植える人々である。安全対策者。
【高知銀川】
 高知銀川という、『うたっち、みんよま』という、私を
うたという、うたねせのうた、という。うたりの山という、
このゆ_山、この浜のおい、という、めるてせふみふむ、
という。

【蓆】
 『いつしか年も、杉の戸を』とそ。弓浜のお書きという。
おるせのすよれる、という。蓆に寝るを教えと言う。
山ゆよのけってく、という。ゆゆせるおいらく、という。

 しそ、山ゆきありす、ててろ、たってす、くゆくゆの
おりさら、ここの、さらゆき、とそ。土佐を、ゆきさき、
という。ゆきさきの過ぎという。坂ゆさ、ととす、るるそ、
という。おしせゆそ、という。

【土佐のぼんるき】
 先の世で、また来るくせるという。城を、るくはむ、と
いう。るるせともいう、るきくしという、るるやの言いと
そ。めるてのこいゆり、という。城を、こい、という。
土佐の、ぼんるき、という。

 城る山の絵という。えれるる山ふら、という。城をきと
いう。きずゆら、とそ。きめそむ、とでいう。
この『とで』を、ぼんせく、という。

 土佐ぼんせくのおりるる、とそ。御叔母ゆ、ありせる、
なつかしきにや、ありるありる、るるふる、ゆおゆっくす、
とそ。ありす山なみゆら、おりるゆわはむ、おばせくゆ
ふっす、せてす、せろふれ、かみゆら、いばのけっすく、
という。めよるる、おりせ、りよそるるるゆる、とそ。

 おんごがく門という、おりるる御学問(ごがくもん)の
おゆし、とそ。土佐ゆっきく、山るら、そし船を浮かべる、
という。そしの山のおゆかきす、という。

【黒色の山】
 そし、船を浮かべる、ここを、あかじょ(赤所)という、
後とそ。山本のおば(御場)という、山の麓を山本という。これを、
坂本という。坂ゆまのおばせま、という。おばらる、ゆ
おす、という。坂本のおじ(御地)、という。黒色の山という。

 たかゆかし、川を、くよふむ、という。くくせるれれす、
という。この言いの、『土佐ゆっかす』という。おじゆ、
ありせらら、やなふら、やなぎす、という。やなふらを
柳みす、という、この『みす』の御船という。ごい(御
位)という名の船という、御位丸という。

【れとん船】
 ごせんゆっかま、おいとせるるつ、れれそのふるする、
れとん、という。れとん船という。れれすふぬゆぬ、
けめそっけけ、ありるる、るるはる、とそ。

 この日、『御所から来ました』という、若い人という。
京都御位丸という。

【今日、土佐】
 若い人は、『今日、土佐へ行く』という、『御位丸よ』
とそ、土佐の御叔母のおこと、とそ。御叔母よ、さんふる、
すおするけむれる、という。けむその山のお書きという。
城をきという、かずきゆっきす、という。今も、城をきと
いう。かずきゆっきすの土佐ゆら、という。

 城をきと読む今の世という。きも、きら、という、城を
さす言葉とそ。土佐ゆんがらの城という、いざり歩きの城
という。いざゆら、ほみふる、れおよんとす(れおよんてす)
とも。

【蘇子】
 土佐ごっこの山という。蘇子与客泛舟、遊於赤壁之下
(蘇子(そし)客と舟を泛(うか)べて、赤壁の下に遊ぶ)
という、中国の宗の人という、中国の書に現れる若い人と
いう。孔子の蘇り、という、よみへ帰るという、若い人とそ。

 よみの御川という、たかし山の麓という。たかゆかれれす、
ろんしろんかす、という、蘇子という若い人である。
御叔母ゆ山お添えという書きという。

 『土佐の高知の播磨屋橋で、ごぜさん、眼鏡をこうを見た』
という、坂本の御叔母の御眼鏡という、銅像の目という、駒を
連れ、今日もお立ちあらるすみ山の御叔母という。

【蘇子、論語】
 蘇子の造りという。駒をいとわれる御叔母という。
駒ゆまの造り、銅像のみ、という。銅像を見る目という。
蘇子姿という、祖師ともいう、これを、ごもれむ、という。

 『孔子曰く』という、子を師という。これの孔子という、
嚆矢という。こうれる、という、こうすの歌という、この
『歌』が自分をいう、自分を表す、高知銀川という、高知
やなふり、ともいう。高知の柳川という、高知柳川のおん
じという、おんぢともいう。

 しちをだつという、これを、うたの山、という。
うたごという。うたごの地という。高知やなふりの、おゆそ
という。高知弁の 『うた』という。

 『うたっち』という、ちである。うたちという、地の話と
いう。うたゆたの山という。うたち造りという城をいう。
うたち立つや、という、矢という嚆矢という、嚆矢城という。
土佐ゆっきし、という、城をきしという。後、西洋の騎士に
なる、ないとという、うたの言いという。

【よさこい節】
 『いうたち、いかんち、こいおれするすみ(するする、とも)
、すみふる、そみゆれ、そらるから、ヨイソキ、ヨイカル)』
とそ。土佐の歌語の歌という。うたち語という、うたごをいう。

『うたせ、りらんぜ、よいそめ、みしゆる、そいほて、すみ
ゆもせらせぐず(ぐぜ、とも)、コレヨル、ソイソイ』という。

 土佐の高知のごみそきゆま、という。歌れら山のお書きと
いう。後という。のんびそのゆめそむ(ゆまそみ、ゆみふみ
、とも)という。これを、土佐のごいごぜ、という。

【嚆矢城】
 たかし川という、銀川という、土佐銀川という、国を興す
意とそ。国へ帰る、蘇子のきし川という。孔子の帰りという
孔子城の孔子帰り城という、嚆矢の城という。

 こうしを、すめらつぎ、という。すめらゆり、という。
いざる道を歩む孔子、という、皇嗣の語源という。
土佐ゆさ、ありるせむすれ、とそ。

 坂本の御叔父の歩みを、いざり歩みという若い人である。
嚆矢城の古い伝えである。これを、若い人家文書という。
坂本の御叔父のお教えである。そしという、教えである。
これを、ごおんという、土佐のあいうえお、という。
土佐のあいう、土佐のあいお、ともいう。

【土佐高知御維新】
 土佐へ行って会う人である。あいおのお書きという。
土佐ゆさ、おりゆっそく、お舟ありるる、ゆりゆっそく、
せてす、ゆゆそそ、土佐の高知の御維新という。
土佐のゆためでて、という。うたを、ゆたという。

 『ゆうたち、いかんち、おりかるすろるぜ、ごめそよ(
ごめそわ、とも)、ふりさめ、こゆきみき、ソレソル、
ソキユキ』

 これを、土佐のごれ、という、高知の山という、
こいせるるみそみ、という。たかし川という、銀川らんくの
山という。土佐のなごれ、という。

【土佐名残】
 『連絡してくれてもよい』という、連絡をこう話しと
いう、これを、なごれる、という。土佐なごり、という。
土佐ゆっきし・ふるらく、という。

 『うたっち、土佐ぜ』という。
 『あたしゃ、土佐でござる』を、
 『あたっし、うたんつ』という。
土佐の高知冠語である。ナイトネーという、船を使う
土佐という、これをいざり船という、ごい(御位)の船
という。ゆみ山の丘のいま、という、御叔母のいませる
おいま、という。山の内かずま、という、一馬という、
数馬という、御叔母の御馬である。黒岩の御叔母と
いう。

 『馬に敬礼』という若い人の礼儀とそ。馬に敬礼を
することを、馬をいとそけという。御叔母のお連れつる、
という。御叔父の、いとぜら、という。馬をいとう話と
いう。

 この日を、『きょうとさ』という、差がつく話という。
これが、小林差の話である。この『差』は新しい書きである。
古く、『茶』という、差茶の山という。粗茶のことを、
差茶という。明治維新の頃に使われた言葉である。
今も、差茶という、山の外の若い人である。

【土佐娯楽】
 山の外見廻りという、馬連れて、いざり歩く、みよらくの
騎士という、差茶の人という。カレドニアの南端である。
これを、とう・さ、という。土佐の意味という。
とうさという、土佐のこととそ。とうさと伸ばす、ないと
言いという。『とうさ・ごうらく』という、土佐娯楽。


 駒を連れて廻るという、駒連れの床几という。御叔父の
お差しである。差の床几を、差し将棋という。土佐の
『しち』の『し』の意味が、これである。

 茶の将棋、床几という。茶を指し、しょうをいう、
しょうの義という、しょうぎをいう。
しょうぎのさす姿という、将棋をする人をいう、さみの
しょう、という。お茶味わいのこととも。

 小林茶という、これを、『こっぽれ』という、お茶の
ことを、こっぽれ、という。土佐の高知冠話である。
冠語を冠話という。いざりをいう、いざる茶遣りという、
槍とも。ないとろー、という。ナイトロー。

 駄作者は、英語ベラベラの人である。不通の英語という、
名作を書く人をふつう、という、これが、山の外見廻りの
人である。将棋をする、山の外見廻りという、駄作の
娯楽である。健康者のすることである。

 床几で将棋、をする土佐外見廻りという、お茶が添う
話という、日出葦の茶々見廻りである。黒岩涙香の丘
という。この丘を、こうきゅうという。孔丘。

 土佐の国の御方である。若い人の御叔父という、駄作者
が、そういうようにするのである。若い人の御叔父という、
人で、岩である。岩をおろがむ話という。
桂浜はそういうところである。ないとがい、外、という、
山の外のお教えという、山の内の御叔父のお教えである。
外を尊ぶ話という。

 名作外の、駄作であることという。ナイトガイという、
この文である。マイトガイという、この言いの、外と
いう、岸を見る人である。

 マイトガイ・ナイトという、山外の岸という、騎士
ともいう、将棋のしょうという、将。

 将棋を差す人を、駒ぞ、という、駒やり、駒師、駒るき
という、駒ねる山という。岩山の江という、桂将棋、床几
のことをいう。場外馬区という、土佐城廻りの将棋の場と
いう。

 駄作者の将棋という、鍾馗という、桂浜の虹を見る話と
いう。将棋を指すという、差指物詩である。桂浜の鍾馗と
いう、屋根瓦の鍾馗という、虹を渡る竜という。

 竜の姿になって虹を渡ることを、将棋の裏成りという、
彼地へ行けば、裏になって、成金成銀成桂成香という、
浦になる駒という。駒のことを、きょう、という。

 きょうへ行くという、渡御のことをいう、とめはね、
という。馬の翼という、べえがさす、という。ベガサス
という、鍾馗の将棋という、ベガサス将棋という、床几
でもある。将棋を指す人を、将という。

 『将を射んと欲すれば先ず馬を射よ』という。
 将棋をする人は、先ず、将棋の駒をいれよ、という、
入ん(いん)という、指し言葉の射である。これが、鍾馗の
解釈という、正気とも。この『しょう』を、やなふり、
という。

【鍾馗】
 土佐将棋の名手である、あの御方という、将棋の
解説の未論という、鍾馗が裏返って竜という、浦へ
返る蘇りという、蘇子のことともいう。

 土佐へ行くことを蘇子帰り、蘇子返りという。蘇りという。
黄泉の浜という、そこを渡った人である。坂本の御叔父で
ある。懐手に風向をご覧になるお姿という、御地論という。

 蘇るを竜騎という、隆起の指し言葉の展ばしという。
とーさ論浜という勝間浜である。土佐をとーさという
話である。

 一連大誤解のだめ押しという。だめ押しという、正を
とる論連とそ。

【忖度】
 暗殺の地という、桂浜の御叔父の立たれる地である。
暗に察することを、あんかの地という、暗察の暗件と
いう、これを忖という、忖度という。

 暗察のそてゆき、という。忖度を、ことみ、という。
これを、音にした、操狂連という、琴の音をいう。
ヨサコイ節を琴で弾く歌という。琴を月琴という、
月琴の筒風ゆらし、という。模様返りという。
音の裏という、今の音楽の律の裏である。

 この裏に、キンという、鉄弦の月琴の音を入れる、
これを、キンシャチという、桂浜の芸者の弾きという。
添えを、和琴という、『ことこと、月の輪』という、
くつわ虫という奏法である。

 『ゲン、ソワン・ルー』という出だしの言いという。

【月琴の弾きを暗殺という】 
 月琴の弾きを暗殺と言う。暗殺法の月琴弾とそ。
暗殺者という、月琴の名手である人とそ。
坂本龍馬という芸名になる、暗殺法月琴名手という。
黒岩涙香のとんじゃり、という。三味の爪弾きという。
とんじゃりの名手を、忖度主という。忖度という、
暗殺を暗察という。暗察のおもい遣りとそ。

 殺と表す、音の殺しという、これが、察するをとる
こととそ。音殺という、音を切る奏法という、かっと
という。かっと三味という。音を切る奏法という。
ギターで、常用テクニックである。これを、音殺という。
音切とも。

 音を闇という、音闇の地という。御叔父の立っておら
れる桂浜である。坂本山本という御叔父の地である。
黒岩涙香という大きな石である、芸名ともいう。
いざ山せっけん講という、坂本龍馬、黒岩涙香、山本
権之兵衛という芸名の御方々の講である。若い人も
混じっている明治維新連という、そういう明示である。
若い人は、御叔父御叔母という人である。
坂本龍馬の御叔母という、坂本龍馬の御叔父という、
若い人の呼びという。像を崇める人である。
像おろがみの山という。暗殺名手の坂本龍馬という芸名
である。尊敬して、暗殺される坂本龍馬という。
偉い人を坂本龍馬という言いとも。
『あの人は坂本龍馬や』という、『あの人は偉い人や』
という意味とそ。現今はこういう使いはしない。

 『私は坂本龍馬である』という駄作者の言いという。
 『私は偉い人である』という駄作者という、銅像の教え
という、暗殺不名手である。被暗殺不名手とも。
坂本の御叔父は、そういう叔父である、像である。

 若い人の革命的思想という、革命的歴史観である。
乾坤一擲の語源であることという。乾坤一擲という
大運命という、のるかそるかという、上げバチか、
下げバチかという音曲の音運びという、大運命の場
という。べーとーべんのここソナタである、ここ
カナタの大運命という、これを、米当という、米当の
弁とそ。御曲解説をいう、駄作者米当という。

【ベートーベン】
 駄作者はベートーベンである話という。革命的音楽
である。音楽愛好者から、目をむかれた駄作者という、
立派な人である。
 イルト・ヨハンデルのお琴三味という、モイラス語
という、各国語に通じた人である、駄作の人という。

【コモン・シャーマン】
 この作に出る若い人のくろうを忖度する人とそ。
黒岩涙香という黒い岩という、人名でもある、若い
人の叔父にあたる御方である。コモン・シャーマン
という乾坤一擲のうらない人とそ。浦内方のお書き
という。全国至所に同姓同名の御方がおられる。
コモン・シャーマンの御方という、皆、若い人の
御叔父である。占い師が芸をするという場合の
芸名という。コモン・シャーマンという芸の
内裏の言いである。芸能界にくわしい若い人である。
駄作者に押し出された人である。

//□□□□■□□□□■□□□□■□□□□■□□□□■
*****
革命とは、健康と安全を得ることである。
その方法は、体操、音楽、柳を手に、等々、よし、長生き。
*La rivoluzione e guadagnare salute e sicurezza.
Strumento di rivoluzione:
Ginnastica -- sano
Musica -- Canta una canzone
Con salice etc.
Tutto ok. Lunga vita.
L'italiano e difficile. sokyo--miglior giorno

*The revolution is that you would get health and safety.
Tools of revolution:
Physical exercises -- energy
Music -- sing a song
Willow -- with willo, plant willow tree
etc.
All right. OK. Long live. sokyo--the best day
It is difficult for me to write english.
english ---- difficult
//□□□□■□□□□■□□□□■□□□□■□□□□■□□
■■■■//■■■■//■■■■//■■■■//■■■■/■■■■//
 『紫だちたる雲の細くたなびきたる。放射能の雲や如何に。』
 『はっ、たなびいております。』
 『あれに見えるは放射傘雲』
 『これに見えるは、手乗り雲』
 『これっ、悟空、放射能は如何に』
 『放射の山のおきたりて乗り乗り』
 『助さんや、格さんや、悟空ともども、お乗り乗り』
Mr. Atom Lucky Ager, "Italian report" より

      秋残り世界文学全集 巻2
      『余は機械である』
       蒼郷 鳴恭川世讃歌 の項
       秋残り市史編纂員、余。
       秋残り市史篇絵巻物

***アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ***

秋残り市立美術館冬期展示
『古譜1985大原練習1885天の下2285 Italia Flash della fotocamera9幸義光(フラッシュ)9(壮強太陽)鳴恭川世讃歌)』
俄家判 びという字。
秋残り市、凡人倶楽部所属、元
-----------------------------------------------------
 仮想店 出品 ID:Kyou38358
     画商『曽端』俳画専門
     豪華額縁付 2000円ヤナギ
  著者そうきょう@528上巣真芯
  UESUMASi W.E.州 Machine   


-----------------------------------------------------
***コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ***
一行日記
1960/05/31柳晴、東京在、10秋残り君来、12すき焼き、16大阪、19宿
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***
------

ブログでの団体名、個人名、他名称などは、
全て、仮想です。楽譜の作曲者名、作詞者名等は
もちろん、私が勝手につけた名前で、ええ加減に書いて
あります。実際の作詞作曲者は、私、駄作者の秋残り、
本ブログ著者小林壱裕です。記事は架空です。
著者@528
Notice:Writer says,
Names are virtual on this article.
Matters are not real.
posted by 秋残り at 20:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽