2019年08月21日

卒業4049Italia Vega 七夕返り(壮強太陽):イカスミ柳 4-4

【冠選楽】
 音入れという、口琴、びんさむ、こひ浜ゆる、せみせま
という楽器である。
口琴
びんさむ--カリンバ
こび浜ゆる--ジャンゴ、シェッケレの古い言い。
せみせまーーソイコ、背中にそって手を合す、手をはなす
    時に、ジャと音を出す、後、アコーデオンという。
 これが『笹の葉』の歌の器楽で、冠選楽という。
 かっぴもんてきという。かれんせという。かもせ楽とも。
 冠語のラテン語である。『ツーツーツーレ・・・』とそ。
 鳳鳴楽ごんぜき、という。
 
 御所の古い御所である。北の商という以前の御所である。
 新しい御所につがれて今に至る。篠山御学問所という、
 紫宸殿の横の、たてすき造りの御場という。ささめや、
 ともいう。鳳鳴御所ともいう。笹屋甚得という、
 笹屋甚密という。ここを、ほうる、という。
 このままのホールで、英語のホールである。
 ラテン語の、音楽舎という意である。古ラテン語冠語
 である。ホーレという、掛け声にある古ラテン語である。
 
 ンチマラムという、オル・ソッキョンソ、
 オル・ポッギョンモという、古ラテン語の朝鮮語のような
 冠語である、これが日本の冠語である。おもに、韓国
 岳麓の村で使われた朝鮮語という、言葉の聞こえから
 そう言うたとも。韓国語ではなく、日本の冠語である。
 古ラテン語の冠語である。一解(いちげ、いちかい)で
 ある。
 
 おる・そっきょんそ、という。意味が『私は、音を
 出す』意とそ。この、そっきょんそが、即曲という、
 即興曲である。冠語が今の言葉にある話という。
 測距の意とも。篠山ゆっかり言いという。笹の御所
 ともいう。笹野御所。笹之御所。笹宮とも。
 笹宮宮譜という、古ラテン冠語の歌詞の歌とそ。
 これを、歌語という、広い意味での歌語である、
 冠語を入れた歌語である。
 
 オル・ポッギョンホという、笹の葉という日本の冠語
 であり、古ラテンの冠語であり、朝鮮の古冠語である。
 
 この笹を、ンチマラムという、チンギスカンの冠語と
 いう。オーイル・モックソンという、外蒙古の言葉で
 ある、今の蒙古相撲の古い言いである。

【相撲】
 相撲に蹲踞の礼があることという。ソッキョンレル
 という。冠語の蹲踞である。ラテン諸国にある、れする
 りん、という。レスリングのことである。
 
 れすたー相撲を、はっくれる、という。
 ミラノ相撲を、ミラーという、ミラーゼルレルという。
 レニングラード相撲を、ダーイル・ニエーレルという。
 ワシントン相撲を、オール・ワットソンレルという。
 モロッコ相撲を、ンガロ・ロメオレルという。
 中国相撲を、ジョロハンレルという。
 オーストリア相撲を、ユーロ・ハンサムレルという。
 オースカトラリア相撲を、カンガローレルフという。
 ニュージーランド相撲を、クムオンラッスレルロという。
          カマーテという、相撲組とそ。
 日本冠語である。レルオという、相撲のことである。
 
 相撲の音楽という、鳳鳴楽という、相撲甚句という。
 サットという相撲をいう、篠山甚句語である。
 
 『ンチメ、メメム』という人に会うた時の挨拶とそ。
 『メメメ』ともいう、『良きに、音良きを』という
 意とそ。時を、物を褒める言葉である。

【答志与御所】
 これが、さつよの言葉である。札世。ここを、答志与
 御所という。答志島の言葉でもある。答志与語という。
 後、屋久島の言葉とも、になる。
 四国、屋島もこれを使うことがある、『ンチメ、メメ
 ム』という挨拶である。離れ島にある言葉でもある。
 
【樺太】
 樺太の大泊の『ンメム』という、漁港の言いとそとも。
 ウラジオストクの、『ダー、ニエン、ダン』という
 この『ン』の意味ともとそ。笹の葉の城のお書きとそ。
 『良い』という意味である。
 
 『ウンコ、ヨイヨイ』の子供語でもある。
 
 笹の葉のウンコ舟という、川に浮かして遊ぶ子供の
 遊びの舟という。天の川渡りの、よいこノルト船と
 いう。
 
 ノルマンジーの古い冠語である、『ヨイコ』という
 船の意味とそ。ノール・マン語である。ノルマン語
 である。かんそん・くゆっそすの御解という。
 ノルが、良いという意味である。良漫語という。
 韓国の『ハセヨ』という、オモニの山という。
 今の韓国語である。おっそくれるという日本言いの
 言葉である。古冠語のハレテという意味である。
 レスターの隣であった頃のペッギョンソワである。
 400km程の右の方である。
 
 右を、ライテマという、韓国冠語のけいはる語とそ。
 後、らいあるという、後とそ、らいおんという。
 韓国冠語である。ハセヨの移り替わりである。
 今も常用語である。日本の『いいよ』という意味である。
 
 きやこんという口琴で、ンチメの意味である、言いとも。
 古い日の樺太という、冠頭間宮(かんとうかんきゅう)と
 いう、ウラジオストク行きの構想という、レムレ島と
 いう、ここを、レム島ともいう。睡眠島という、
 スリープ・ロンラムという。古い日の日本の倫敦
 という、カレドレッセン・ラール邦という明治維旧の
 碑という。明治大帝という、若い人の大庭である。

【樺山御所】 
 ろしあ冠語である、モスキートウという。モスクワ・
 レッセン大公国という。樺太の古い言葉いそ。
 樺太が古い言葉である。エカテリーナの山の言葉で
 ある。かばふと山お書きという。かれらる・らっ国と
 いう。明治維新の頃の御所の言いである。
 モスクワという樺太の読みである、モスクワと読む
 樺山御所である。樺山御所の言葉という。
 
 明治の大帝という、明治対外御所という。これを、
 大抵という、樺の木で造られた宮という、ロシアン・
 ルーレ木という。ルーレットの材料である。
 樺の木がたくさんある樺太である。
 太い樺の木のお書きという。
 明治大帝という宮である、少し広い庭のある宮である。
 読んで時の如くである。
 如山ともいう、樺太の山とそ。大抵山ともいう。
 ここを、冷倭という、樺太大抵山のことである。
 レーナ・ワッションという、ワッション・ラールル
 という。昼番講義の音楽門所である。樺の木山講義
 とそ。樺山冷倭(かばやまれーな)という読みである。
 アンナール・パッセンのお書きという。
 
【いら花御所】 
 アンナプルナは、令和御所のいめらめ、という。
 いらの花とそ。いらの花をアンナプルナという。
 いら花山というインドにあるという、芦別岳の麓、
 いら花御所という。アンネール・ナンソンという。
 富良野の南の箱由良富良野という、アンセン・
 ナイチンゲールという、レルンパともとそ。
 熊遣りのイヨッソンという。『ヨイヤマカショ』の
 歌という。
 『よい山ゆらゆら、ふもとのさめや、あんなふり
  してた、みそらのかごしょ』
 これに囃子を入れる、ヨーイヤという。笹の葉の
 アンナーブル・フーリという、『はよよって』と
 いう、『はよ、きんせ』という、『早くいらっしゃい』
 という京都の言葉である。 
 
 アンナーブル・フーリという、子供の笹野は野形の飴
という。七夕に浴衣掛けで、ねぶる飴である。

雨降りの星空、星降るみよのや、とそ。箱由良の笹ご宮
という。笹御宮。そこのごっこや、という。そこの言い
である。アンナーネル・ナンソンともいう。
アンネールは、餡をねぶるという、寝る寝間着の浴衣様
という、風鈴火山という、信玄落としの風が吹くところ
とそ。ネアンデルタールの山という。

カレドニア・ネオン・ラックという、『笹の葉』の歌
である。サレーレル・ランドンという、ロンドンラック・
オールソーという。ラロッセル・リッピンという。
ラロンの山という。

 アンナーブル・フラワーという、いらの花である。
笹の葉で造った船の形容とも。この船に乗っている
若い人である。リッピン、立品という、竜飛岬の別名
である。そこの地方は、アリーララという、花のこと
をいう。花をららという。ラロは、山の意味である。

【竜飛】
 竜飛屯という、山を屯という。立品というらろや
御所という。らろの宮という。ここの竜の飾りという、
竜をらろという。竜飾りの船頭である、船首とそ。
らろの意味である。

 リッピンという蓼科山とそ。立品のことである。
表彰状という、立て品書きという。皿を立てて飾る
飾りとも。アンナーブル・フーリ・サラセンという、
古い日の新しい読みという、皿千刻という、皿の
あられという、ご飯にあられかきを盛る皿千刻と
いう、食事の時間である。

 これを、箸でとるという、アンナーブル箸という、
離れ島の橋という、離れ島の礼儀という。
中国の箸渡しという、そみゆるさま、という。

 燕の山の燕山録という、幸の井の燕の山という。
赤い口の燕である。赤口苑という、入り口を燕こう
という。竜飛岬の燕の港である。そこの話である。

 南京国政府という、南京ホアとそ。若い人がいる南京国
政府である。東条師範という、看護学校の先生とそ。
ナイチンゲール・ロットンという、アール・ワンセーの
ろうりる、という。

 始祖鳥類の燕という。恐竜の棲息地とそ。蓼科竜の
お迎えという、七夕の歌の意味である。

【V字型】
 V山の蒸気の竜飛電車という、蒸気と電車である。
V字型の煙突様が屋根にある蒸気機関車である。
竜飛蒸気という、それに乗っている若い人である。
江戸花村行きという享保の頃の蒸気機関車である。
リニア蒸気の城曳きという、ここは富士山麓である。
富士山の竜という、山が手をあげた場所である。
V字の恰好の蒸気である。

カレドニアの歌である。享保の歌ともいう。
牡丹灯篭の山という。

 V字型蒸気電気という、電車の架線という、軌道の間の
地下にある造りという。享保号という古い日の都線という、
カレドニアへ行く人である。リニア架線という、リニアに
乗っている若い人である。ロシア・サラセン越えて行く人
である。

 カレドニア・リニア網という、先の日のサラセン、台湾
発、数ドルという、ドレラのカレラ札、ドレニア金という、
モロコの先、ムー経由の話という。北回帰線航路という、
カレドニアの南端であることとそ。

 蛇倉浜、佐原立日国とそ。リッピンは、ここの太陽を
いう、立地の山という。廻船航路を行く、廻船問屋丸
という内陸航路である、享保の頃の日本という。
城曳き船の話という。六輪旗のオリンピック路という。

 北寄浜という、浜町町寄花とそ。アンナーレル・
ナンソンという、オランダの山という。大阪浄正山麓
という、今の浄正橋である。黒銀杏の山という。
なにかも黒かった頃である。

 健康の黒という。これから抽出された薬という、
大阪の薬である。浪華品(ナニワピン)という、享保品と
いう薬造りという、ここを、蓼御所という、蓼科御所と
もいう。立品物(リッピンモノ)という、薬ともいう。
インターフェロンという薬という。カレドニアのサラ
センの、ロシア・サラセン・リッピンという、立品。
とそ。侠客商いという、侠客屋という薬屋のことてある。

【柳の葉】
 柳の葉からとった薬という、柳の木の薬とそ。
何に効くか、盲腸の働きとそ。他に、脳羊場という、
脳の返脳の辺りという、ここに働く脳のことの李路と
いう、これの保育である。手っ取り早く、茶に柳葉を
浮かすことである。鹿の食べる柳ともいう。

 笹の葉の、やな入りという、やな笹茶という。柳を
入れたお茶である。柳の茶の話の、笹の葉さらさら
の歌ともいう。のきという、軒場という、のきという、
これが脳の辺脳である。

【脳帰御所】
 のきばにゆれるという、星、という、点という。
脳の中の点である場とそ。きらきらという、きらの点
とそ。柳で、保つ点睛所という。これを、脳帰という。
脳帰御所という、後、北の商という。

 V字蒸気がその造りである。脳所とも。後、能所とも。
能脳のお書きという。御所の意楽である。革命御所と
いう、そこの教えである。御学問所のことを、脳蜜山
背という、山背御所という。山冠白という。参観の山
という。蓼科御所ともいう。

 病気の治りを早める話である。この文である。
健康のことを革命 という言いである。政治革命と
いう、健康という安全という、これが、根本である。
健康を人民の手にという、革命の御所である。
レボルーション・パレスという。
リインカーネーション連という。転成輪廻の話とそ。

【桓武御所】
 桓武冠、立山の恰好の冠である。桓武御所ともいう、
革命御所である。
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卒業4049Italia Vega 七夕返り(壮強太陽):イカスミ柳 3-4

【トン】
 『トン』が、言葉であり冠語であることという。
ワシントンという、ワシンの言葉という、ワシン語という。
ロンドンという、ロントンという、ロントンとはっきり
言う。トンが言葉ということに、場所を表す意を付ける
ことに、ごっこという言いをする。ロンドントンという。
ロンドの言葉であると同時に、ロンドンという場所を
いう。これを、ごくせる、という。ごんみ、ともいう。
ごるれる、とも。

 げせ川という、言葉の一種をいう。げせ川の言葉という。
場所が、げせるげ、という。げせるげのげせ川の言葉と
いう。げせ川弁という、これが、げっせま、というばみの
山のおいゆれそみす、という。これを、げったく、という。
月宅。月卓。

 けびいしという、磯の言いの、ほみすみ、という。
『ほ』を言葉という。言い穂という、言うたことにする
意味を、ごっくく、という。ワーズ・トゥ・セイという、
英語になる。

 ワーズをいう。これを、そて、という。そてすみという。
そてをいいました、と。それすれ、とも。
それすれ・れっつ、という、そもそも、という。
今の言葉である。これを子供の言いという、
子供が、そもそも、という、ワーズという意味である。
これが、英語という冠語という、どちらの言葉でもある。
れび、という言葉の意味である。

【ごっこ】
 このごっこの使いをする御所のことを、ごくという、
ごっこという。これが、子供をごっこという、遊びを
とる、ごっこという。子供の遊びになることという。

 御所出の遊び、遊び言葉とそ。この御所を、しょと
いう、しょもともいう、しょぜともいう。これ全部を
含めて、らっしょという。ラッション・レールレーと
いう。られせる言い、とも。

【ラテン語】
 これが、ラテン語の造りである。ラテン語の『ゴザク』
という意味である、解説とも。
『笹の葉』という、笹の流れの空の笹という。空に笹が
ゆらゆら流れている形容という。これを、こけし、とい
う。御所人形がこれである。御所で造られたこけしの人形
という、御所のこけし、ともいう。御所人形の造りである。
 主に、御所の木材加工所で造られたものとそ。

【こけし】 
 これを、子供の守りという。これを持って、自分の
ことを伝える、自分をいう、意味とも。これが、御所の
人形を扱う心構えという。心ゆき、という冠語という、
こけしのこと、人形のことをも意味する。

『心ゆき、みなよ、せめせれ』という、
『こけし人形を持って行きなさい』という意。

【こけしを持って受講】
 御学問所へ行く若い人という。青年ともいう。
『心ゆき、みなよ、せめせれ』を説明する書きという、
この文である。

 大人がこけしを持って学校へ行っていた話という。
夜番学所という、今の夜間学校の始めのこととも。
御所の山の麓という、ここを、せめるこ、という。
せめるこという場所である。印が笹を立てる場とそ。
笹由良ごんこく、という。ごんぜる・らっそんという。

 ラテン語の講義という、『ジョ、ハッパー』という
始めの意の言葉を口にする講義という。

ハッパーという笹の葉をいう。ここを通って来た意とも。
これを、序発という、じょもせという、じみせまとも。

【序破急】
この『笹の葉さらさら』が講義の内容であることという。
序破という言葉である。序破急の歌である、『笹の葉
さらさら』という歌である。歌詞の造りがそうなっている
ことという。ここを、笹御、笹御所、笹の葉所、笹の葉
御所という。若い人が講義を受けているところである、
手にこけしを持っていることという。

 こけしの箱先という、講義を受ける席をいう。
箱先ごっこという、御学問所である、大人が受けている。
これを、大人に返したごっこの子供使いとそ。
大人も使う、ごっこ、という言葉という。
これが冠語の造りである。また、ごっこという言葉の
意とも。

 この歌で、笹の葉さらさらの歌である。七夕という、
8月17、18日の夜の講義という、ゴレン・ファールラー
という冠語の一意味である。

『ゴ-レン・ファースラレ、おりゆきふせる、めめそむ、
ゆうかれを、そみそらゆけて』という冠語の歌になる。
節は同じである。

【講義をおばけという】
 新語で、『ことのみ、はなよる、はせるるひさば、
せみこる、そうほんに、そらるるおりそ』という歌詞
になる、一訳である。花夜、久場という、これを、
オバキュウという、花が咲けて、久しい場に急が出た
という。オバケのこけしという。講義をおばけという。
新語の意味という。

 これを、子供のたたお、という。たたするという。
たたえるという意である。講義をする先生をいう。
御学問所の御講師という。

 こうるりえん、という。学び舎のことである。
かまよの言いという。こうるりえんごっこ、という、
大人という。子供は、はなよ(はなや、とも)、
きゅうれき、という、子供の言葉という。

 これが冠語の真という、芯である。かんせま、という
冠語の造りの話という。これを、たなばた、という。
たなばたという言葉の意という。

 しちせきという、子供という。
 たなばたという、大人という。
 冠語の使いという。ごっこという大人である。
これを、子供がいう、レムレルという。子供の言い
である。

 レムのお勉強という、子供の言い方である。
 眠りひめのおこごと、という大人の言いという。
 レムンレル数用という、ラテン語の『笹の葉さらさら
 』である。
 このラテン語を子供のラテン語という。
 大人のラテン語では、『咲かす、ごくはな』という。
 また、さくやひめごっこ、という、大人の言いである。
 
 冠語の造りの、ラテン語という。サッカーテリラという、
 ラテン古語である。笹の葉をサッカーという。
 ラテン語のサッカートリセラの言葉の意とそ。
 ラテン語でこれを歌う、さっとんという歌とそ。
 サットマともいう。
 『ツーツーツーレ、ごっぴきる、るるせとゆいす、
  れれほる、ほうめいと、ほそさるゆきみ』という。
  鳳鳴という、篠山の地名という。
  これを、篠山ラテンという。さっさ・そっくす、
  という。『さっさげや』のことゆき歌という。
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卒業4049Italia Vega 七夕返り(壮強太陽):イカスミ柳 2-4


馬にはのらない:健全家
そうきょうのよい思い出し:高瀬川行代
字(あざ)のほうぼうで、腹を横に書く。:山吹 正
かいきょうのそうきょうはよい時です。:スモモどくだみ
そうきょうのよい自分です。:ドクダミ薫
天の下、山拝み。つねづね。:紙祖川劣る

【曲名】卒業4049京都船旅2949
古譜1949大原練習1849天の下2249 Italia Vega 七夕返り(壮強太陽)鳴恭川世讃歌)


【創曲】2019/08/20、柳晴
    創曲、紫 寝太郎・正(やなぎ) 
    造詞、伊勢宮 四・正 
    監修、ウインタテリウム・正
    訳、 冴柳小夜史・正(秋残り市在)

【かききゃあ】
 山城を、かききゃあ、という。カーレルともいう。
かねせ、ともいう。かるれるれれそ、ともとそ。

【木崎御所】
 そうきょうのよいかとうや、という、かとうのやの
かんたきのおいそれれ、という。いそるれ、とそ。
磯の浜の言いという。この文がそれである。
『である』を『という』という言い表しのこととそ。
木崎御所の言いである、おつしょという。乙所。

そうきょうよい、これにて。

【名曲解説】
『東雲節(しののめぶし)』
『何をくよくよ川端柳・・・』
くよくよというのが、木崎柳を表す。木崎くよれらのはろ、
とそ。はろという広葉の柳とそ。今の柳の葉の3倍
くらいの葉巾。
 くよくよがはろをいう、はろ柳のようろる、という。
ようろる柳という、代表が雲竜柳になる、これの広い
葉の染めの世のことをいう歌という。柳の葉を使う染めと
いう。
『こがるるナントショ・・』という。
『こがるる』が、染めの一種である。ナント出しの汁の
染めのこととそ。主に、葉の柄の着物の青い所の染めに
使う。てーらる・せんばつ、という染の工程の所の
表しとそ。
 木崎御所が染の場所であることとそ。

【ごみれま】
 この歌を、ごみれまという楽器で弾く、今の木三味と
いう、ゴッタンともいう、この音が雲竜音という、三味
より澄んだ音がするという言い表しの音という、
ゴッタンの音という。ゴッタン三味ともいう。三味線が
木で造られている、この三味線を雲竜三味という、雲竜で
作る三味という、いの山の川音という、この三味の音を
いう。
 合わせに、しゃくという楽器という、今の木で造ら
れた笛を使う。木が雲竜柳の場合に、音を、かもるき、
という。このかもるきの曲とそ、東雲節である。

 この三味に、今の皮張りの三味を使う場合の音を、
かもせ、という、かもせ音とそ。これを、かもろぎ・
こうり、という。かもろぎの合わせという。

【木崎羽織】
 この合わせの着物を、木崎羽織という、きもせむ、
という、きもろぎ、とも。きっつれって、という、
木を連れてという、音と着物の音のすり音の、入れ
をする。これを、かもせってのおあい、という。
着物がすれる音を楽に入れることとそ。

 けんすべ、ともいう。ワーレルスーハーブという。
めんて、とも。めんるるらっくの山という。れれんそ
の音曲とも。

 東雲で、着物を擦った音を入れることを、しっぷく、
という、しっぷく・しののめ、という。明け方の
ドーロンという、ドーンという音を指して、朝が
くる景の表しとそ。

 この『ドーン』を太鼓で入れる、皮を緩ませて、
音を、こゆからす、ことをいう。こゆかるの音を
入れる。ドロン節という。

【舞い】
 舞いを入れて、柳の雲竜の木の恰好をする手を、
うんたま、という、うんたまの手という。
髪を男が見るという、この髪を、結い浜という。
結い浜という髷である。

【男舞い】
 男が躍る場合に、この髷をする。違いが、足の
さばきでする、この踊りを、しのせ、という。
しのせ舞いという。シーレルという、しみせま、
ともいう。『しっぱらせて、舞いかむ』という。
この『かむ』が桓武のことである。桓武列環という。
かんせる・れーれ、という、れむん、ともいう。
『まってすやーま』、という。この『やーま』の言いが、
桓武朝の言いである。舞いの足とも。

 長岡京の藤原の言いという、藤原の山言いとそ。
やまのことを、やーま、という。
 『まってす・やーま』という桓武亭の庭の築き山とそ。
木崎築きという、小さな山のある木崎御所とそ。

【篠山でっかん】
『まってす・やーま』という踊りともいう。東雲の踊り
とそ。古く盆踊りにもあった頃とそ。両手両方を体側に
下で、腿あたりで、後ろへ引く、足を後ろへ引く踊り。
篠山のデッカンショの踊りでも使う、『まってす』
ともいう、踊り手である。浴衣の踊りという。

【まっとれ】
 この浴衣に赤帯を掛ける柔らかい帯で、たすきにする
恰好を、『まっとれ』という、『まったす』とも。
まれるれのおはむ、という。まっとうの言いとそ。
まりぎら、という。まんれる、とも。
『めっさららーるのお舞い』という、『まってす・やー
ま』のことという。木崎れんくる、ともいう。きれっせ、
とそ。きれせ枚の山 という。

【作糸御所】
 小崎こっくれむのいと、という、帯のことをいう。
小崎御所が糸を作る御所である、作糸御所という。
『まったす・ぼんけく』という、糸造りのことである。

 『やーまなーま』という、奈良朝の言葉の調子とそ。
『そうやーにい、まあとらしょ』とそ、連れ踊る話
という。
『まっとらしょ』という、山の曽我の言いとそ、
大和朝のいいとも。

【しの夢、ささ夢】
 東雲ぼんたんの山という、ここの山をしのゆめ、という。
しのつゆ、ともいう。のれる山という。この言いが
桓武朝の冠語とそ。桓武朝の『朝』を、朝にとるドーン
明けという、朝白む頃という。
シッペラ・レンゼーラという、冠語の大和朝の奈良よら、
という、奈良よりである。『ゼーラ』と伸ばす所である。
『ゼッラ』という大和朝である。

 冠語を交えて、芸能つゆつれ、おそゆ・れんてしょ、
ふっくす、れそん、とそ。れとん、ともいう。一連の
解説である。御学問所御講義、東雲の御歌の講義とそ。
明治維新の御所である、御学問所の木崎御所である。
木崎ゆみ・あむてら、ろとす、ゆゆふら、れとれ、
ゆってす、という書きである。
 
 ゆいそれの、おぐこっこ、という。こっこ御所と
いう。コーレル・ルーミーという、るるれる・
おゆれ、とそ。

 『明治維新おっこしょ』という、おご浜の言いという。
明治維新が桓武の復古を意味することとそ。
かんむれる・いっそす、とそ、後、平安神宮の造営という、
祭人が桓武帝という、人を神という、桓武朝の頃のこと
である。

 『神はよけ』という、『私は行く』という意味である。
ルーミーという、桓武御所のあたら言いとそ。新しい言い
である。ルーミーという冠語の一種でもあることと。
平安朝の語調をもいう。ここの言いである、木崎山神宮
という。恰好が少し変わった変わっ恰好をする神社携わり
の人という、この神宮の恰好ともいう、ルーミーソール
という。るみれら、という、るみそね、とも。

 『これにて、すうよう、ファイアックー。ぐっれれ。』
良きを後に残す意とそ、Good-byeという、カレドニアの
てもすみ、という。カレドニアン・ラッセルである。
See you,good luck。シーユー、グッド・ラック。現、英語。
『さようなら、よきよき。後日、みゆら_ほ』、冠語とそ。
後日、こうじつ、という、向日、明日ありとそ。
朝の挨拶に『はねふ』という。『はるれ』とも。『はのの』
とも。

『みぶすっき・ゆっき・れんすら』という。
『ご機嫌麗しく、昨日連れ、そうきょうほのゆら』と
いう意とそ。そうきょうの挨拶とそ。連なる今日の、
双今日とそ、御所のそうれくという、御所全般の言いで
ある。
『みぶ』は、自分のこと。私。

走り書きにて。すすす、れっつらぁ。るるす、
よきほにに、
『あっす、めっすゆ』、明日お目にかかりましょう。
木崎冠語の言い。
See you, tomorrow。シーユー、トゥモロー。


【名曲解説】
七夕の歌
現  笹の葉、さらさら、のきばに揺れる
冠語 笹の葉、さらさら めびまのゆらる
新語 もとの穂、そみそら、はなぎにゆける 
一義の訳です。


七夕という、読みのことを、いう。読みを、て、という。
てされ、という。
『これ、てされ』という、
『これを読んで』とそ。
この言いが、新語である。
冠語で
『れも、しもせ』という。『れも』を『これ』という
冠語で、木宮ごっこ、という。この『ごっこ』を子供に
とる、ごんてき、という。子供の言葉にすることをいう。
ケレッセンという。

『ごっこ』が、御所をいう、御所という。この言いが、
英語のダムソレという。同じことをいう。ケットという、
言いである。ケトンとも。
 
//□□□□■□□□□■□□□□■□□□□■□□□□■
*****
革命とは、健康と安全を得ることである。
その方法は、体操、音楽、柳を手に、等々、よし、長生き。
*La rivoluzione e guadagnare salute e sicurezza.
Strumento di rivoluzione:
Ginnastica -- sano
Musica -- Canta una canzone
Con salice etc.
Tutto ok. Lunga vita.
L'italiano e difficile. sokyo--miglior giorno

*The revolution is that you would get health and safety.
Tools of revolution:
Physical exercises -- energy
Music -- sing a song
Willow -- with willo, plant willow tree
etc.
All right. OK. Long live. sokyo--the best day
It is difficult for me to write english.
english ---- difficult
//□□□□■□□□□■□□□□■□□□□■□□□□■□□
■■■■//■■■■//■■■■//■■■■//■■■■/■■■■//
 『紫だちたる雲の細くたなびきたる。放射能の雲や如何に。』
 『はっ、たなびいております。』
 『あれに見えるは放射傘雲』
 『これに見えるは、手乗り雲』
 『これっ、悟空、放射能は如何に』
 『放射の山のおきたりて乗り乗り』
 『助さんや、格さんや、悟空ともども、お乗り乗り』
Mr. Atom Lucky Ager, "Italian report" より

      秋残り世界文学全集 巻2
      『余は機械である』
       蒼郷 鳴恭川世讃歌 の項
       秋残り市史編纂員、余。
       秋残り市史篇絵巻物

***アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ***

秋残り市立美術館冬期展示
『古譜1949大原練習1849天の下2249 Italia Vega 七夕返り(壮強太陽)鳴恭川世讃歌)』
俄家判 びという字。
秋残り市、凡人倶楽部所属、元
-----------------------------------------------------
 仮想店 出品 ID:Kyou37998
     画商『曽端』俳画専門
     豪華額縁付 2000円ヤナギ
  著者そうきょう@517上巣真芯
  UESUMASi W.E.州 Machine   


-----------------------------------------------------
***コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ***
一行日記
1960/05/15柳晴、東京在、10秋残り君来、12すき焼き、16大阪、19宿
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***
------

ブログでの団体名、個人名、他名称などは、
全て、仮想です。楽譜の作曲者名、作詞者名等は
もちろん、私が勝手につけた名前で、ええ加減に書いて
あります。実際の作詞作曲者は、私、駄作者の秋残り、
本ブログ著者小林壱裕です。記事は架空です。
著者@517
Notice:Writer says,
Names are virtual on this article.
Matters are not real.
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卒業4049Italia Vega 七夕返り(壮強太陽):イカスミ柳 1-4


馬にはのらない:健全家
そうきょうのよい思い出し:高瀬川行代
字(あざ)のほうぼうで、腹を横に書く。:山吹 正
かいきょうのそうきょうはよい時です。:スモモどくだみ
そうきょうのよい自分です。:ドクダミ薫
天の下、山拝み。つねづね。:紙祖川劣る

【曲名】卒業4049京都船旅2949
古譜1949大原練習1849天の下2249 Italia Vega 七夕返り(壮強太陽)鳴恭川世讃歌)


【創曲】2019/08/20、柳晴
    創曲、紫 寝太郎・正(やなぎ) 
    造詞、伊勢宮 四・正 
    監修、ウインタテリウム・正
    訳、 冴柳小夜史・正(秋残り市在)
【拍子】4/4
【種類】
【演奏】
【場所】
【作成ソフト】
  Music Score3、シルバースタージャパン社
【歌詞】創郷 
今宵は 七夕返りの空の祭り
舟より眺める 遠い国見の空の
御祭り 降る落つ星の 遊戯の
手すれに 織姫彦星寄られ 返りに
返るの詩(うた)の夜 今宵 
もう一度の会い会う


 狐の天気予報。〇r1960/05/15
 狐と。 過去をとく、という。
 場所、そ。 狐言:こって。
 狐晴れを、柳世葉とぞ。
 桃晴れごぎつね、秋晴れごん
   ((明日晴れたなら行こう、大原砂山))

【解説】君、探敵中、情景。 破風之談
------日出葦談笑聴
明日晴れたなら行こう、大原砂山
品花雲しなよる〜〜柳雲〜〜山吹雲〜〜桃雲〜〜銀杏雲〜〜朴ノ木雲
Be in Ideal town.
【J家言】今様(こんさま)、詠。
【京都会議】
【ムー大陸】
【大和奈良】
【過去をよくする】
2019/8/18  七夕の宵、今宵良い。
      そうきょうよい星のまとり(祭りのこと)です。
      柳。
【soti4049 歌意】
 七夕の七夕返りという。辺脳のまどいまの歌とそ。
ファ以下の音だけの曲。ファファレル数福という。
数服とも。一服ニ服のこと。薬のことである。
まどいまという、硬戸(かたど)の窓の傍という。
船の窓である。船返り返し、揺れゆるまどりの船
という。船の造りの屋とも。船屋という、そこの話
の歌とそ。辺脳の歌という。脳の働きという意味
でもある。
 音で、ファー以下の音にあたる話とそ。
 脳の返りということである。藪を見ることという。
 藪の医学の紋の歌とそ。大根の紋のことである。
【かもせ】
 かもせという御所がある。そこに、おくれという
かきがある。このかきを、け、という。

 けれ、ともとそ。けそ、とも。このいかいという、
いと闇という、いかいのこむれ、という。こせゆせ、
という。めろ山やらの、おゆれという。めろ山のおれ、
とも。けせるる山という、こぬすてのめゆふれ、という。
これを、ろぜみ、という。ろぜふる山という。

 この山のくくせのいよろ、という。これを、くゆふる、
という。摂関という書きの書の御所という。この書の
御所のしょ、とそ。御しょしょ、という。

 御所の山のお書きという。これを、かとう、という。
かろする山という。かとうのふるやら、とそ。カロ
セルラックという。かゆすて、とも。これの書きの御所を
くせまのや、という。ここのみら山のや、という。
この山のことのうつれ、という。

 うつれが、川をとる、ことという。川のことをいう、
こと、とそ。この川の出来という、みたらせ、という。
みたらせ川という。これを、ゆも、という。
ゆもれる山という、書きをいう。

【かとう御所】
 かとう御所という。鴨背のごめ、という、かとう御所の
山という。場所を、裏堺町御所の表世という。堺町御所と
いう。この御所のことを、かむる、という。後、桓武と
いう。桓武御所という。かむそむれく、という。
れくを場所という。場所のごのゆみ、という。

 ゆみをてという。これを、てゆろ、という。この
『ろ』の言いが、かとう御所の言いとそ。

 あさろという、朝の場という。
 あさま、という、あされ、という。
 あさに、という、あさる、という。

これを、さにろそ、という。さにのお言いとそ。
おるれる山のい、という。おそせて、という、おそ山の
意の言いという。いいれる・るわる・せれ、という。

 この『せれ』を、ろんく、という。ろんれる・るっ数と
いう。こと山のお言いという。御所を、もゆ、という。
もゆる浜という。もゆそめの山という。もれるる・おれ
るる、という。これの言いを、はと、という。はと言い
という。これの書きが、冠語の書きである、上の文とそ。

【桓武帝】
 桓武帝の頃の書きである。ここを、桓武帝ごれ、と
いう。かそれる・おゆすれ、という。かんせらるうの
古記という。後とそ、桓武帝記という。かんせるやの
ふるやる、という。桓武の書きという。かるせる・やのよ
、という。これを、桓武帝という。かんせの山のおよ
ふる、とそ。桓武山のお書きという。

 この『桓』を、かき山という。桓武桓(かんむかき)と
いう。かんそんれぇるのこめせむ、という。これを、ろゆ、
という。ろゆる・あるきる、という。れせるせのあすてす、
という。この、あすてす、という、あめらる山という。
この、あめらるを歌という。歌のことという。あめという
言いである。

 あめりという、歌の井をとる言いという。あめりらと
いう。あめりふっずう、という。あめらら、ともいう。
あめせる山という。あめすゆやり、という。あめの歌
という。あむれるこゆふ、という。あめのふ、とそ。

 あめのふ、で、歌の書きである。この『で』の使いを
かんせま、という。かんせまので、という。
あめのふという言いで、歌の書きですという意とそ。

【である】
 『話である』、この言いの『で』を作った桓武の頃
という。今の『である』である。であるみっと、という。
これが、かとう御所の造りの意図とそ。かとう御所で、
これを置くこととそ。桓武帝の話が、これである。

 かんせまらんく、という、この書きの意とそ。
桓武帝の頃の使いである、『である』の言葉の言いと
いう。これが、かとうという、一の意味とそ。

【かとう】
 『かとう』と言えば、桓武のこの使いを表すこととそ。
これを、かとう言いという。かとうの言いという。『で
ある』のことである。桓武節句という、『である』を
いう。今の常用語句である。

 かとうの丘山ともいう、言いのことである。これを、冠
という。冠を正すとそ。言いを正しくすることとそ。
桓武帝の『桓』の言いがこれである。これを、桓武帝桓
(かんむていかん)という。冠の言葉の意味でもある。

【桓武亭】
 平安朝という、平安の桓武とそ。これを、ただりそ、
という。正す意味である。これを、とそ、という。
とその書きが、桓武亭の書きである。桓武亭という、
この『亭』という、帝の意味ともいう、庭である。
桓武庭ともいう。

【とそ】
 この庭の磯の言いという。『とそ』で文をきる意という。
とそ書きという、書きである。『である』という、
『とそ』という、どちらも言いを正す意味がある。
これを、かんむるかぶれ、という、この『かぶれ』を、
『かんすめ』という、かんすめのお書きという。

 かんるるやのおつれる、という。冠のやのふるれる、
という。冠を正す人の言いという。『である』
『とそ』という。

 冠語というひぃに、今の言葉にあることという。
今の言葉に全部ある、冠語の言いとそ。かんせるで、
これを、山による言いという。言いの山のおるれる、
という。かとうの言いの、かんるる言いとそ。

 かとうを桓武という。このひぃの言いという。後、
かとうを桓武と切り離す、別の言葉にする話という。
かとうれる、という言葉でこれをしたことという。
冠語の話という。

 かとうの言いとは言わず、桓武の言いという。
桓武かっくれい、という。桓武す、という。上の
ことをいう。

 『である』で、これを使う今の世のことという。
今を、かんす、という。かんするの語源である。

 かんせま山のお書きという。この書きである。
 
 今の言葉が一番古いという意味という。今の言葉で
出来た冠語である。新語とも。今の言葉でてきている
ことという話とそ。

 かもせ御所をいう。この御所の造りの意味という。
かもせの言葉の意味の御所という。一句に、かも山という。
かもせま、ともいう。である御所という、御所とそ。

【屠蘇(とそ)】
 正月の飲む、屠蘇という、屠蘇の意味でもある。屠蘇を
酒に浸して飲むことをいう。正月に、正すをする意味で
ある。桓武帝の頃の風習という、今もこの風習がある
ことである。正月に屠蘇を飲む話である。

 酒に物を入れて飲む、また、浸して飲むことを、
さめや、さめや飲みという。紫蘇の葉を浸す、少し
塩をいれる、等々のことという。

 酒に塩を入れる話という、升酒に塩を付けることとも。
酒に環頭、冠頭をとる行為とそ。正すをいう。酒を正し
く飲み、行為、更衣を正すをいう。

 桓武亭の始めともいう、桓武亭とも。桓武亭がかもせ
御所である。『かんむられて、すすれ』という。上の
意味である。

 冠の桓の山という。桓武帝桓(かんむていかん)とそ。
 
【木亘】 
 木を亘るとかげの尊びという。これを、木亘り(きわ
たり)、という、とかげのことをいう。蜥蜴御所(と
かげごしょ)の横の御所である。木亘御所という言い
である。桓武亭であるかもせ御所である。北の商より
古い、御所である。とかげがたくさんいた場所で、木に
とまっているとかけの頭を桓武という、木亘りの冠と
いう。冠の先がとがった冠である。木亘り冠という。
とかげの山のお書きという。

 このとかげの頭の絵という、とかげの山のおよえ、と
いう、かとう冠の絵という。加藤いう人の名の意味でも
ある、一義である。富士の意味の加藤という、富士山と
いう、藤山ともいう、この意の話という。かんせらるう、
という、この話である。かんせらの長世(ながよ)という、
かとうミル、という、かとうの意のこよふり、という。
かむせる山のお書きという。ぐっせる山ともいう。
ぐえ山のお書きという。

 山ぐえのかとうという。山ぐえは、人のいとのいや、
という。『いや』を意味という。これが、かとう御所の、
言いである。使いである。かとうごぜらむ
のお書きという。『ごぜらむ』で、かとう御所という。

【未冠】
 未冠という冠がある。木の先の意味である。木崎山と
いう。とかげの登る木の先という。ここをとかげ闇と
いう。木の崎の意味である。木崎という。屋根の先に
吊るす飾りとなる。この飾りを木崎という、きれまむ、
という。城をキと読む意味である。きゃあするという、
城をきゃあという。その『きゃあ』を、かきという。
山々の話であることという。山のことを語ることという。

続く。
 
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*****
革命とは、健康と安全を得ることである。
その方法は、体操、音楽、柳を手に、等々、よし、長生き。
*La rivoluzione e guadagnare salute e sicurezza.
Strumento di rivoluzione:
Ginnastica -- sano
Musica -- Canta una canzone
Con salice etc.
Tutto ok. Lunga vita.
L'italiano e difficile. sokyo--miglior giorno

*The revolution is that you would get health and safety.
Tools of revolution:
Physical exercises -- energy
Music -- sing a song
Willow -- with willo, plant willow tree
etc.
All right. OK. Long live. sokyo--the best day
It is difficult for me to write english.
english ---- difficult
//□□□□■□□□□■□□□□■□□□□■□□□□■□□
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 『紫だちたる雲の細くたなびきたる。放射能の雲や如何に。』
 『はっ、たなびいております。』
 『あれに見えるは放射傘雲』
 『これに見えるは、手乗り雲』
 『これっ、悟空、放射能は如何に』
 『放射の山のおきたりて乗り乗り』
 『助さんや、格さんや、悟空ともども、お乗り乗り』
Mr. Atom Lucky Ager, "Italian report" より

      秋残り世界文学全集 巻2
      『余は機械である』
       蒼郷 鳴恭川世讃歌 の項
       秋残り市史編纂員、余。
       秋残り市史篇絵巻物

***アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ***

秋残り市立美術館冬期展示
『古譜1949大原練習1849天の下2249 Italia Vega 七夕返り(壮強太陽)鳴恭川世讃歌)』
俄家判 びという字。
秋残り市、凡人倶楽部所属、元
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 仮想店 出品 ID:Kyou37998
     画商『曽端』俳画専門
     豪華額縁付 2000円ヤナギ
  著者そうきょう@517上巣真芯
  UESUMASi W.E.州 Machine   


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***コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ***
一行日記
1960/05/15柳晴、東京在、10秋残り君来、12すき焼き、16大阪、19宿
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***
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全て、仮想です。楽譜の作曲者名、作詞者名等は
もちろん、私が勝手につけた名前で、ええ加減に書いて
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本ブログ著者小林壱裕です。記事は架空です。
著者@517
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