2019年08月08日

卒業4011Italia Stile manoれっせっせ・手姿(壮強太陽):イカスミ柳


馬にはのらない:健全家
そうきょうのよい思い出し:高瀬川行代
字(あざ)のほうぼうで、腹を横に書く。:山吹 正
かいきょうのそうきょうはよい時です。:スモモどくだみ
そうきょうのよい自分です。:ドクダミ薫
天の下、山拝み。つねづね。:紙祖川劣る

【曲名】卒業4011京都船旅2911
古譜1911大原練習1811天の下2211 Italia Stile manoれっせっせ・手姿(壮強太陽)鳴恭川世讃歌)


【創曲】2019/08/08、柳晴
    創曲、茨木白須・正(やなぎ) 
    造詞、星 光義・正 
    監修、ステゴノドン・正
    訳、 冴柳小夜木・正(秋残り市在)
【拍子】4/4
【種類】
【演奏】
【場所】
【作成ソフト】
  Music Score3、シルバースタージャパン社
【歌詞】創郷 
 ドレミで歌う。
 手姿の意。


 狐の天気予報。〇r1960/05/03
 狐と。 過去をとく、という。
 場所、そ。 狐言:こって。
 狐晴れを、柳世葉とぞ。
 桃晴れごぎつね、秋晴れごん
   ((明日晴れたなら行こう、大原砂山))

【解説】君、探敵中、情景。 破風之談
------日出葦談笑聴
明日晴れたなら行こう、大原砂山
品花雲しなよる〜〜柳雲〜〜山吹雲〜〜桃雲〜〜銀杏雲〜〜朴ノ木雲
Be in Ideal town.
【J家言】今様(こんさま)、詠。
【京都会議】
【ムー大陸】
【大和奈良】
【過去をよくする】

 アールファッ・ルッラッレッレー、という。

 今のアフリカのイベゾの南端をいう。もみそのわ、という。
れれるふる・れっつ、という。津がつながったことを、れっ
という。

【脳勢】
 ここの見えとそ。みみせるという、中頭脳の形という。
アフリカの脳にたてた見方という。アフルという、アフリルと
いう。アフリ風落、という。ここのアセフレという。

 これを、脳勢という。ノーレという、ノールレーにとる、
セルセックという。れてそれ、という。これを、アンツレー
という。あふれるりっ則、という。あせるらせみとる、とそ。
これを、脳くくという。のれせる、ともいう。

 のれせるのおみ浜という。ここを、アールフーという。
アールファッルーともいう。これのこれの繋がりの言いを、
アールファレーという。これが、脳髄溝の話という。

【かみ祖】
 アールファッルーラーという。アールファッルーの夜、と
いう。この『夜』の意味という。これを、溝の地という。
エールラ・レンゼーという。エルセレともいう。これを、
中頭脳にとる、エルランファールーのアルセラという。
エセルレ・ロックという。この言葉が、中頭脳の溝から出た
言葉とそ。これを、中頭脳の言葉という。エルセン・ラックの
言いという。冠頭語という。カンセラルーという。かんるけ
という。かんじ、ともいう。漢字を書く脳の働きという、
これを取り持つ脳の部分という。この部分を祖という、
そみそれとい、かみ祖ともとそ。

 この『かみ』を、マルセラという。マッセラともいう。
まつゆつ、ともいう。まつゆる、とそ。まつゆむ、とも。
ゆむれる・れっすう、という。ゆむそん、ともいう。
これの言葉の使いが、大脳へ行くことの、経路点という。
この経点を、きょうて、という。きょうれせ、という。
きょう落ともいう。きょうるる山、という。キョウ
セラルーという。きょもきょも、という。きょせらる、
ともそ。キョミセラ、ともいう。きょとせ、ともいう。
きょれんるの山という。きょってらろんず、という。
ロンファルラックの山という。きょんそらの落ち
(御地、とも)。これを、レットという。レツルともいう。
レムソルともいう、レトセレーという。レクセルともいう。
これらの言いを、ログという。ログの言葉の出来という。
脳溝の、中頭脳溝とそ。

【手をする】
 この、中頭脳の言いを、アッツという脳経点を経た大脳
溝鬼という。この溝鬼から大脳の、アツ浜という、経点へ
行き、こから再び、脳手(のうて、のうしゅ)へ行くことの
現れを、『手をする』という言葉の出とそ。

 これを、フラルルという、フラセルともいう。ふられて
というのが、これを表した言いという。
 言葉に『ふられて』と出たら、この経点を通ったことを
いう。これを、知らせる、もみそめ、という、もみその
ことをいう。

 言葉の経路のことを、ワンという。ワンツという、
ワンセラともいう、ワンテのゆみそよ、という。
セーレル・ロンという。せれせれ、という。せみとむ、
とも。てれそ、ともいう。てれるれ、ともいう。
これを、てるそみの言いという。てれせ言いという。

 言葉を『とみ』という。こ・と・ば・、の、『と』と
いう。『こ』と『ば』、という。これを、ワンテという。
ワンレラという、ワンセムともいう。ワッテラ、ワッテソ
ワルレルという、ワッセラルーのおながし、という。流れる
行きという。

 これを、わめせ語という、脳、中頭脳の溝から出た言葉
とそ、わめせ語という、中頭脳溝語という。これを、アメ
ンセラーという、アメッツともいう。アメセルともいう。
アルレル山という。

 これらを、アルファールの記という。アルレル記という。
アルセラルーの記という。中頭脳溝語の集まりとも。

 これを、アンファールレッラーという。コーレル・
カンファーという。カーセラ・ルーラルという。
らみそめ、ともいう。ラットともいう。らるせ、とも。
れんれるろっくのおや、という。レンスルともいう。
れてそる山のお書きという。

 脳間(のうま、のうけん)の山のお書きという。脳を、
能ともかく。能の言葉を、能語ともいう言いとも。

【檸檬】
 この脳間の溝に、さくという、場をいう、溝の一部と
いう。溝の一部を、れとせ、という。この、けとせの、
言葉が、のうめら、という、のうせ、ともいう。
のうずるの絵、という。れるれるろっす、という。
れもんそ、という。れもんれっつの絵という。

 脳溝のお絵という。この脳を、よみ山という。
れるせれんろく、という。ろみそふ、という。
ろみろみ、という。ミックスレックともいう。
れんれす・テッツセー、という。れれん、という、
れれんそ、という。レムするおやは、とそ。

 みるれるれん、という、これを、みられて、という。
みられてが、脳の経点である。みそれら点ともいう。
みっせるレーレの矢という、や、とも、屋とも。
レルソンゼルールッツという。ルーレットの遊びの
造りとも。ルーレット・ザンフラーという。

 ロシアをとるルールレレーという。ルーレットの
ごめそめ、という。ルーレッツ・とめそよ、という。
この『とめそよ』が、通るという経点を経由したことを
とる、ベンズレンゼーという、なおす、という言葉が
これである。

 言葉に『と』と出ることの分けの解という。とと出
た山のお書きという。これを、かんぜらろん、という、
ろんそめ、という、ろん、ともいう、ろんと、とも。いう。
これを、ろんろん、という。ロンラル・レーレという。
ロンセラともいう。

 これが、脳の中頭脳と、経点という、溝の点とも。言葉が
中頭脳の言葉になる。これが、藁葺きの屋の造りの意味で
ある。藁葺きのたっとさをいう。藁葺きの造りのことを、
アメリスという、アメリ風ともいう、アメリールという、
アメセラともいう、アッテラレーレという。アルレラの山
という。冠脳頭語という。これを、かんむる語という。

 この言葉の、たうと、とそ。尊ぶ脳を、再び尊ぶ語を
冠語という。自分の脳を尊ぶことと言う。冠語という
言葉という。これを、きも、という。きものお言いという。
うれしい山という、言いになる、この分けの言いいう。

【うれしい】
 うれしいが、冠語である。
 うれるれ、という 中頭脳語である。
 なか、という、  中頭脳溝語
 ねむ、という、  溝の中の一経点の言葉
 れれ、という、  脳溝脳のことばとも、脳後脳のことばとも。
          脳溝、後ろ脳の二部分からも出る言葉。
 むす、という、  れとんという、脳溝の一経点の出の言葉
  めれともいう、むすのことの、ゆゆふれ、という。ゆゆせら、
  という。むめれれ、という。れれそる、という。れめん、
  という、れとるせ、という。うれしいの言葉である意とそ。

 『めとれっせ、すめんすす』という。『めとれ』を通って、
すめのすすという場へ至ることを、ビズダツという、ビズとも
いう、ビジレルという、ダビふりという。これを、ダビンチと
いう、リオナルドレダビンチ、という。リオ道のビンの地
という。絵の名前になる言葉という。ミケラゼーという、
至りの場という。

 自分のことを、みせられた、という言葉の使いとそ。
『みせられた、行きます』という、『私は行きます』意
の使いという、これが、冠語の後添わしの言葉である。

 御所の紫宸殿のお居間をいう、ここを、革という、革座
という、おお、おお、おお、おお、御爺さんの御座所という。
おお、おお、おお、おお、お婆さんの御々座という。
御所の紫宸の魔という。冠語の『たうと』を言う場である。
『たうと』という冠語の意味である。

 ここを、朕祖という、げってまという。これを、月得
という、月徳ともいう。ゲッセン・ラールゴという。
げめて、という。こみこすのおや浜という。ノーゼラ・
ルールという。のめせる、ともいう。紫宸殿おやれる、
という、冠語のことである。

 尊い座の言葉という、かんむれ・ろんこく、という。
ロメンセ・ルークスという。ローラルともいう。後、ロイ
アルという、後、メンセルという、これを、ロイオル・
レーレという。ロミセともいう。ロゼルラーとそ。
ろみその言葉という。ろもすのや、という、紫宸殿の
ことをいう。

 座の山のお書きという。
 
 ロイアルという、露の井のあることをいう。ロイアル・
ランゼーという。露井の間という。これを、やな間という、
やなぎ間という、やなふらの間という。ロメセルという冠の
言葉 とそ。ローユル・レーレという言葉のことをトトス
ということの羽織のよのこみくふるれるそめそ、という。
これが、紫宸殿の言葉の使いである。しそれらという、
使いである。

【紫蘇宮】
 紫宸殿を一名、紫蘇御陵という紫蘇宮ともとそ。
とっすやの言い、という。大お爺さんのおこと、という。
大大お爺さんの、えせれ、という。
大大大お爺さんの、みるせる、という。
大大大大お爺さんの、せめれ、という。
お言葉の言いずみ、という。セメルレ・ランゾルという。
れれんくっくく、という。れるそれ、ともいう。
すっするれっつれ、とそとも。

 冠をただる、という、ただせる・ろっこん、という。
たむ山の尊きをいう。山れらろんせめのくすす、という。
だんじす、という、れれるれおれろれ、という。
冠ぜら言いという。冠を正す言いという。人に良きをいう
言葉である。ロイヤル・ロンズラーという、ロイヤルフー
ゼラという。ロイヤル・セックの山という。めめす、
ともいう。めめめ、ともいう。めめめのおかきという。
冠を正す意味である。

 言いをたっとぶことを、かんむれ、という。かんぜる、
ともいう、かんすめ、ともいう、かんれらのゆみっそす、
という、ゆみゆみのお書きという、れれそるやるる、という。
これを、革座のこは、という。革座のことは、という。
言葉を、革れる、という。かっくる、ともいう。のうれるろん
、ともいう。

【のうすべ】
 言葉を使う意味を、のうすべ、という、脳術という、脳論
ともいう。脳やる山のお書きという。脳是の山、これなる。

【まっとれ】
 『まっとれ』の言いという。脳の町という、ミケレセーと
いう。まっとす町という、ギリシャのミケネーという、
ミケナイという、ここの、地中という、溝の下である。
まだ、水がなかった頃の地中海という、地中川という、
ここの言葉が地名にある、地中ということとそ。

 脳の地中という、脳の地のたっとさちそ。脳地山という。
+++++さんのお爺さんのお論である。
『やるせられて、さみそほ』とそ。大大大大お爺さんの
お言葉とそ。

 高野山のおかれ、という。古い町の言いという。
ここの言いでもある。『やるせられ』という、
やるせのおいきという。

【城の移動】
 城が山の稜を動いてこの町へ来たという、わが町
京都の城という、これが移動した高野京という、古い
御代のおこと、という。

 城が移動することを、おとすけという。おれそれ
という、おみとすという、おれるれという。

みっとらぜ山のお行きほき、とそ。地上から、動く
城を見たとそ、見ている若い人という。ミケナイの
城という、カレドニア・ランディの行きという。

【論語、はちいつ】
 この日のカレドニア、カルセルという場所の高
野山である。はちいつという、論語のはちいつの偏
言葉のこととそ。これを、はちいつ録という。

 論語の孔子をいう、この孔子のお書きとそ。
コーレル・レーザン・ファーという、中頭脳寝の
寝の言葉という、コートルともいう、滑った城と
いう、すめる城という、この城を、ギレという。
滑る城の造りという、ギレ造りという。ヨイヨイ
という、掛け声に残る、城山のお旅という。お旅の
やのお書きという。高野山の町の造りである。
若い人のたびたび行く町である。
綾夏る柿、これなるを。綾夏の譜とそ。

綾やれ綾背、綾る、るおんのれれ、という。若い人
の名を、れれという。礼々。礼霊。霊廟たっとす
高野の町、ここを、古く高町御座礼目(ござれめ)
という、御座御座(ござござ)のお有る場という。
高野山祖廟る、という。セビルローレという。
せびろ町という。高野山ミケナイ・セッビロ町
という。町をローラムという。

 『ローレローレ』という、祭りの掛け声という
『ローレローレ、ローライローライ』という、
城を鉾という、この鉾をローライ鉾という、
ローレルロンという、ローレルロン鉾という、
高野山鉾とも、高野山町祭りという。
マーレル・ブッゾン・ベーズレーという。
ブッゾンを仏尊と表す、仏ごおり、という、
ブッソン・トメーの町という。これを、めて、という。
めてれら・れっそん、という。

 『めっとれ』という、『まっとれ』の意味である。
物をたっとぶことを、まっとれという、めっとれとも。
これを、落ちという、落ちれれ、という。

 れれ花の若人という、ワーレル・レンゼーという。
ワットソン・れっくう、ともいう。ワットソンという、
町をいう。

 町をワットという、これを、リインカーネルという。
輪廻の町という、

 なつかしきにや、あらる、町のゆたれら、という、
ゆたゆたの町とそ。ゆうたろという、ゆうた町のゆた、
という。歌をゆたという。ゆた歌という。コーレル・
レンズーという。これを、かん町という、かん町の山の
ゆられら、という。

 山がぐえをいう、ぐえやらという、山が鳴りをいう、
町が鳴るという、町鳴りのなり待ちという、高野山連絡
という、鳴町成町の高野音の音落という、ネーネルという。
音落ち(ねおち)の山という。ここの音楽が高落としの歌を
歌うカーレルソンという。カレッソンという、枯れ村落とし
という。

 山ぐえを山枯れという、カレードニア・やっぱん、という。
カレードニア期の高野山である。ミケーレ・レッスンという、
れれてすという、ミンソム・レックスという。これが、カレ
ドニアの言葉である。レックスという、レキシコンの古い
言葉である。

 歴史の今という意味でもある。レーレル・オリンゼーという。
オリンピックの、カレードニア語である、オリンゼーという。

 レールル・レッソン・ラークスという、おうりられて、とそ。
これを、カリフォーのカレドニアという。カレードレーレという、
ことのは、とそ。『こ・と・の・は』のお書きという。

【手姿】
 カレードニア手という、手平立てて、片手をまっすぐ
前へ出し、極少、手を傾ける、言いに添える手の出しと
いう、カレードニア話法の添え手という。
意味が、応えを受けますともとそ。この意の若い人の
手である。レキシコンの手ともいう、今流行りの手で
ある。

 テレビを見ればやっている、若い人が真似をする手である。
現今社会の良きをいう意味とも。どうぞという促しとも。
演説の時によくやっている手である。
カレードニア復古の日々である。

 明示維新の手という、これからしましょうという、明治
維新である。歴史に健康を入れる人である。幕末明治に
健康を、健康を入れればよいという、歴史に介入する人という。

 過去をよくする人とは、そういうこともするのである。
坂本の叔父に聞くという、中岡の叔父にも訪ねるので
ある、西郷の叔父にも訪ねるという、明治維新錯覚という、
『今が明治維新やろう』という、明治維新やろう?と尋ねつつ
明治維新やろうという促しをもする人である。両刀の頭という
、カレードニアの明示維新という、カレードニア大陸を興す
人である。

 復古の脳という、これの脳の使いを記す冠語でもある。
『アール・ファーレラ、ラッルレー』という威勢の良い
言葉である。ダンムスともいう。

【ロール Roll】
アール・ファッルル・ラッルッレッレーという、レレ
セラ路の言いという、物事を背負い巻く、そして、乗り
越え、やっていく、このことを、ルレラルという。
英語で『Let's roll レッツ・ロール』という、
古いカレドニアのマン語である。

【マン語】
 シエークスピアの作にこの古いマン語が使れている。
古いイギリスのレスターという、このレスターからイタ
リアにかけての大きな地域であるカレードニアという、
イギリスのシェークスピアがイタリアのことを書くことを
、しぇ連林落という、シェークスピアのシェをとった論
という。シェーレル・論勢という、この論勢の論を使う
論落、結露間様のことである。

【落ち、落】
 行先、目的地を落ち、落という。これが、冠語の落ち
という意味である。七卿落ちという。七卿の行先という
意とそ。

 マン語という、古いイギリスのカレドニアの言葉と
いう、今の冠語になる頃の言葉とそ。イギリスのマン
語である。イタリアを含む大きなイギリスの地とそ。
カレドニアのことをいう。ここの使いのマンという、
後、マニュアルとそ、使う方法という、マニュアル・
レーズーという冠語である。これを、マンかん(マン冠)
の連解という。マニュアル連法という。表記に、Kman、
Mkanという表しとそ。後、Kmanと表記する。

 マン語冠語の両通語をいう、どちらの言葉でもある。
せみせら、というこれが冠語の古い冠語である。
ファッフラーという、この冠語が新しい言いである。
この新しい言いが、マン語と同じような言いである。

 大和朝廷期の言葉の促音とそ。古い英語に少し残る
促音の英語という。
 これが、イタリアの巻き舌に残るカンツォーネの歌とそ。
ドイツ語のような響きとも、聞こえのことをいう。


 アール・ファッル・ルッル・レッレー
 アール・ファール・ルッ・レッレー 
この違いが、LLの表記である。ル、ルル。後、ルと読む。

 Rollという、冠語で、ロッルッルーという、ロッルーという
ロルという。同じ意味である。巻いてするという意とそ。
大和朝廷期の、ロメラーという言葉である。

 奈良朝の言いを用いれば、アール・ファール・ルールレーレ
となる。冠語の調子、言いをいう。

『一緒に、やっていきましょう』という、
『ファッ・ルッルー』という。冠語の新しい言い。
『ファー、ルールー』という冠語の新しい言いの伸ばし調。
『いみそれ』、『いまきむ』 冠語の古い言い、いまきみやりの冠語。
『Let's roll れっつ・ロール』、現、英語。

 『レーレ』をつけて、
 『ファッルッレッレー』『ファルッルッレッレ』
 『ファール・レーレ』『ファールルーレーレ』
 これが、『ロッル』『ロッルル』である、『ロル』とも。
 英語の、ロール roll と同意である。
 
 『ファールレル、オリンゼ、ルッルローラ』という、
 『ごりんに、おりそろ』
 『オリンゼラ・ファー・ルッルレッレ』 
 オリンピックに、一緒にやりましょう。
 
 今から、オリンピックに出ますという、若い人である。
ミルレルの、おことせんとむ、という冠語の言いとそ。

オリンピックに健康と安全を、と。
オリンピック周りの人にも、健康と安全を。
オリンピックを見る人にも、健康と安全を。
今から言う人である。

オリンピックに向けて、一字一柳、一区一柳という、
明示安全、明示健康という、右柳左桜、銀杏とも。
安全のカレードニア左右という。サーレル・センゼルともとそ。
植柳という、簡単に安全を手にすることという。オリンピックに
向けて、正(やなぎ)をいう、セメッソ・ランルーの使いという。
 
 明治時代に今から安全を入れる人である。過去に安全を。
レキシコン、歴史今の人である若い人とそ。

 1868/ 毎日  健康柳。安全桜。
 1941/12/08  柳、桜、銀杏、きわめて健やか
 1945/8/15   暑い日の柳下、そよかぜ来たりて、涼をいう。
        柳そよそよ、流るるを、いと涼し、右手内輪の
        柳手ふりふる、そよれるせっせせ。
        柳。柳。柳。これを、正(やなぎ)三見とそ。

 柳入れによる歴史健康入。およよ、れっせら、とそ。
 
 およよ・れっせらが、現今冠考慮語という、冠を正す、
 という、質すとも。レキシコン冠である。帽子のことである。
 れっ---冠、帽子
 せら---言葉
 よよ---世界、世の中
  世の中の帽子を着る人という、帽子周りのこと。
 帽子周りの安全健康をいう、正冠着帽、質素。もとおりの山。
 質す素という。素を質す、過去をよくする人という。
 正冠着帽質素、カンカンシーという、後、カンカン帽という。
 制帽の心得という、質素とそ。
 
  『質素、過去をよくする』、そういって、手を差し出した
 若い人という。カレドニアにいる人である。
 カレドニアン・スタイル、これを、ワファッション・レー
 という。イングリッシュ・れっせっせ、ともいう。
 
 双今日のよい過去、双びありあり日、うれしいや。

*****
革命とは、健康と安全を得ることである。
その方法は、体操、音楽、柳を手に、等々、よし、長生き。
*La rivoluzione e guadagnare salute e sicurezza.
Strumento di rivoluzione:
Ginnastica -- sano
Musica -- Canta una canzone
Con salice etc.
Tutto ok. Lunga vita.
L'italiano e difficile. sokyo--miglior giorno

*The revolution is that you would get health and safety.
Tools of revolution:
Physical exercises -- energy
Music -- sing a song
Willow -- with willo, plant willow tree
etc.
All right. OK. Long live. sokyo--the best day
It is difficult for me to write english.
english ---- difficult
//□□□□■□□□□■□□□□■□□□□■□□□□■□□
■■■■//■■■■//■■■■//■■■■//■■■■/■■■■//
 『紫だちたる雲の細くたなびきたる。放射能の雲や如何に。』
 『はっ、たなびいております。』
 『あれに見えるは放射傘雲』
 『これに見えるは、手乗り雲』
 『これっ、悟空、放射能は如何に』
 『放射の山のおきたりて乗り乗り』
 『助さんや、格さんや、悟空ともども、お乗り乗り』
Mr. Atom Lucky Ager, "Italian report" より

      秋残り世界文学全集 巻2
      『余は機械である』
       蒼郷 鳴恭川世讃歌 の項
       秋残り市史編纂員、余。
       秋残り市史篇絵巻物

***アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ***

秋残り市立美術館冬期展示
『古譜1911大原練習1811天の下2211 Italia Stile manoれっせっせ・手姿(壮強太陽)鳴恭川世讃歌)』
俄家判 びという字。
秋残り市、凡人倶楽部所属、元
-----------------------------------------------------
 仮想店 出品 ID:Kyou37618
     画商『曽端』俳画専門
     豪華額縁付 2000円ヤナギ
  著者そうきょう@219上巣真芯
  UESUMASi W.E.州 Machine   


-----------------------------------------------------
***コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ***
一行日記
1960/05/03柳晴、東京在、10秋残り君来、12すき焼き、16大阪、19宿
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***
------

ブログでの団体名、個人名、他名称などは、
全て、仮想です。楽譜の作曲者名、作詞者名等は
もちろん、私が勝手につけた名前で、ええ加減に書いて
あります。実際の作詞作曲者は、私、駄作者の秋残り、
本ブログ著者小林壱裕です。記事は架空です。
著者@219
Notice:Writer says,
Names are virtual on this article.
Matters are not real.
posted by 秋残り at 13:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽