2019年08月02日

卒業3925Italia CalerniaRan,カレーニア・ラン(壮強太陽)鳴恭川世讃歌):イカスミ柳


馬にはのらない:健全家
そうきょうのよい思い出し:高瀬川行代
字(あざ)のほうぼうで、腹を横に書く。:山吹 正
かいきょうのそうきょうはよい時です。:スモモどくだみ
そうきょうのよい自分です。:ドクダミ薫
天の下、山拝み。つねづね。:紙祖川劣る

【曲名】卒業3925京都船旅2825
古譜1825大原練習1725天の下2125 Italia CalerniaRan,カレーニア・ラン(壮強太陽)鳴恭川世讃歌)


【創曲】2019/08/02、柳晴
    創曲、茨木白須・正(やなぎ) 
    造詞、星 光義・正 
    監修、ステゴノドン・正
    訳、 冴柳小夜木・正(秋残り市在)
【拍子】4/4
【種類】
【演奏】
【場所】
【作成ソフト】
  Music Score3、シルバースタージャパン社
【歌詞】創郷 
レスターからロンドンへ着いたある日
ほどよりの ほせる春 熊が立ち迎えてくれ
熊の家 訪なう『お茶飲め』 熊が出して
くれたお茶 やさしくて『ゴーファー』
熊の言葉 黒くて辛いお茶 花造りのお茶
  人思う熊の吠え声のような言葉には
  『よく来たね』 そんな思いを感じる
  花植えて熊が作るお茶 心は人と同じ
  仕事する熊の人 父と思う 
  話せばわかるは熊の言葉 『ゴーファー』

 狐の天気予報。〇r1960/04/27
 狐と。 過去をとく、という。
 場所、そ。 狐言:こって。
 狐晴れを、柳世葉とぞ。
 桃晴れごぎつね、秋晴れごん
   ((明日晴れたなら行こう、大原砂山))
【解説】君、探敵中、情景。 破風之談
------日出葦談笑聴
明日晴れたなら行こう、大原砂山
品花雲しなよる〜〜柳雲〜〜山吹雲〜〜桃雲〜〜銀杏雲〜〜朴ノ木雲
Be in Ideal town.
【J家言】今様(こんさま)、詠。
【京都会議】
【ムー大陸】
【大和奈良】
【過去をよくする】
2018/04/25  やなぎせよ春、れれるすれ。
       柳しだるる、とそ。
【歌意】
  カレドニアより、カレーニアという。今のイングランド
とそ。カーレーという、食べ物のいのや、という。レスター
から、イングランドのロという町へ行く。
 今のロンドンベーという、ロンドンの古川由良という、川の
なもるせ、とそ。なゆるこれそ、という場の山のおかるき、
という。ここへ行き、やたを見る、ロンドンのかしかまと
いう、今のハイゼンという場のつみ山という。ここへ行く。
レスターから、10分足らずという。

 たんせのいやふれ、という。ロンドンのか、という所である。
かみそゆのれてそ、という。今の、ケンパックという、カレー
ニア・ロンドンという、ここへ訪ね、『レミから参りました』
という。これを、ローランという、後とそ、サンレ・ローラン
という。サントという、ロンドン・モーゼラーという。めれるぅ
コンファーという。

 かみどみのいやらる、かゆふらる、せるゆ、とそ。ここの
景色である。塔の立つ前という。以前である。ロンドン・
フィーソファーという、後の、ロンドン・フィールドという
そこの行きという。カレーらく山のお書きという。
 カレイドという、かられるれんの山という、ロンドン
郊外の、みよふっして、というかまめの見とそ。
かまの飛ぶロンドン城外という。ここを、ロンドン・
バッタクという、ロンドン染め、という。ロンともいう。

 かまよるという、かまめの飛ぶをろくすく、という。
ろくすくのロンドンという。カレードのかみかま、という。

【Now is Past】
 今を去るという、Now is Fast という。これを、past
という、そういう言葉の使いをするロンドンの所という。
Now is Past という、ロンドン・パースレーという、
言葉の言いという。言葉をパーレマという、中脳の英
ふり語という、これを使う、パースレーの村字(むら
あざ)という。ロンドン・ミックスという使いである。

【熊家訪問】
 獣がいたという後の若い人の言葉とそ。これが、大
きな熊である。熊をいとうという。いとうの熊という。
いとう山のおけだ、という。おけもの、という。
 熊が立って両手を上げて歓迎してくれたという。
この熊の山の家という、巣という、ここへ案内さ
れた若い人という、熊が連れて行ってくれた話と
いう。ロンドンの小高い丘の麓という。ここで、
熊がいさぐ、という声を出して、中へ入れてくれた。

 これより、熊をいさぐと呼ぶ若い人である。この日
の歌である。ミを半音落とす歌とそ。みみままという、
熊のご飯を食べた人という。熊野家が、人の住む家と
同じである恰好という。戸を開けて入る家という。
 ロンドンの家の造りという。そこの叔母にこれを言い
『おお、よろし』と、『All right』という言葉を聞
いた若い人という。喜んで下さった時とそ。ロンドンの
日という。

 ここのイタリアという、至る所をアという、イタリ
ピアともいう、この日の若い人の言いとそ。
いたれるやの歌という。熊をめでる歌である。
人と同じ住み、という。
 戸を開けて、後から追いていった日の熊の接待とそ。
黒い茶という、今のコーヒーである。これを出された
ことという。熊が作ってくれたコーヒーである。
 この山の持ち主という、ベアード・ランタムという、
熊宿という。古い日のロンドンである。遠い日のこと
であるという、若い人の今である。Past パストの話
という。熊に礼をいう人である。限りなく、熊を思う
人である。

 ロンドン・パックレーという、熊の脳をたっとぶ
お書きという。熊れらるっすうの山という。
 熊を神という、この地の古い言葉とそ、ゴッド・
ベックスという、古いロンドンの熊をいう言葉である。
イギリスのイングランドの古い話である。
 今、熊の入れてくれた黒い茶をのんでいる若い人である。
なゆるお書き、ゴッド・ベックス・パーファーという。
熊を父ともいう人である、パーファーという意味である。

 熊の脳のお書き、人と同じ脳の働きであることとそ。
山の屋、今、熊といる若い人である。『パーファー・
レーレ』という会話をしている人である。『ゴーフ
ファー』という、熊父のお言葉とそ。

【ゴーファー】
 後、ゴーファーという、脳のことをゴーファーという。
熊の脳から出た言葉である。中脳の言葉のゴーファーと、
同じである。黒いという意味がある、ゴーファーである。
壬生数のゴーファーという、のぅくる山という意味とそ。
脳の黒いをいう、頭のことである。熊の目にも、黒と
見えた話という。 熊の好きなコーヒーという、極少の
塩をいれたコーヒーという。若い人は、これを今も飲む。
辛いコーヒーという。薄い薄い辛いコーヒーである。
熊飲料ともいう若い人である。

 熊屋の日、楽しく思う人である。カレーニア・ベア
フル・ロンドン・ワックソーという。人の山のお書き
という。熊人という、人である。
 熊が花植え、その花から造ったお茶である。熊の家
の前、今、花を見る若い人という、ブラック門という
門構えの熊の家である。

 正(やなぎ)、『レーニア・ランルー・ファースラー』
正(やなぎ)という、レムソンの言葉という。大脳の言葉で
いう、熊のゴーファーとそ。
 そうきょうの良い言葉、正(やなぎ)脳という。
【<<歌意>>】 
 
【アステカ】
 『言う』を、『見る』『見た』という。ペルー語のアス
テカの言葉という。ペレーランという、ペレーラン・ファ
ールーの『レユ・ウッテス』という。この『ウッテス』の
『ウッ』が、音楽に使われるラテンの『ウッ』という言葉とも。
ラテン音楽にある『ウッ』という。

 ベックスという、かわその入れ、という。おんせまのゆい
ろく、という。ペッセやっきのうる、という。この『うる』の
カンクスという、れんてのかよふる、という。これを、
れもそく、という。『れも』が、『れむ』で、睡眠の端緒をいう。
めての言いとそ。これを、むけ山という。れてその言いとそ。

 音楽を聴くことの端をヨムこととそ。音楽を聴く、鼻の白む
という。白む山のお書きと言いう。音楽を聴く人のあてよという、
声の出しのキットルという。きめせる、という。

 音山のせとるり、という。『るり』を、みるれる、という。
メッテルレルという、後、めって、という。らんふるのゆき
ゆり、という。これの、べっつのべんそめ、という。ベルン
フーという。これが、ベルセという、めんびつのふけれれ、
という。夜更けを、音の夕せま、という。夕方をいう。夕せ
まの音楽会という。音楽会が夕方に始まることをいう。

 この、よかんの浜という。ハーレルルースーの、らよっ
とく、という。めるれるろんするれよふる、とそ。

 意が、『よめをとる』という。夜をめで、夜に音を添える
ことに、こよせるをいう。この意の、やおれ、という。山す
れの山という。けたゆその楽という。弓山の音目という。

 音の目のことという。これを、音の区切れという。音の
目という。おんずる、ともいう。音山の区切りである。
プログラムの一番二番のあいをいう。これを、らおんたっく、
という。タックシーズという。たくれら、という。休憩と
もいう。

【かつれつ】
 この『シーズ』が、ゆおん、という。ユーレルという意
味のかっぺ、という。かっつれっつ、とそ。かつれつの
言いとそ。これを見る話という。ウエセラ山のお書きという。

 かつれつという長生きのことの分けを、音楽が取り持つ
ことの説明という。音楽が長生きを勧めることという。音楽
を長生きに使う方法への接近という。かつれつの料理という。

 料理を食べる日に音楽を聴くことととそ。これが、自然に
出てくる、各所のコンサートという。桓武山という、桓武帝
という。桓武の庭の食事とそ。桓武かっぺ(がっぺ、とも)、
という。桓武の都という、京の平安の『平』の意味である。
平が、いつもという意味である。平安ということという。
平安の楽という、庭でコンサートをする、野外音楽とそ。
自然の成り行きである。

【さめふり】
 これが、『シーズ』の意味になる。海のかかれば、平安の
海という、越天楽のかんめく、という。越天の海という。
和やか海の、伊勢の海という。伊勢の海の催馬楽という。
和やか海を連想する楽という。さめふりという、雅楽の
出という。雅楽の最初である。これを、メッテル・れんはる
という。れんつれえのむよとす、という。これの楽の、すけ
てく、という。れを、すけそう、という、すけそ、という。
すけそだら、という。魚の卵の、すけとの子、のことという。
料理に使うものとそ。

 『すけ』の掛かりという、音楽と料理とである。すけが、
取り持つことという。これを、みょんべら、という。みょん
どん、ともいう。、ミョンスキ・ハックルーという。
ミョンスキが、ミョウルという、みょうせるのふっくす
という。この『ふっくす』が、ファーレル・ブンズーの
ろりろり、という。ろりを音という。ろりろりが音々で
ある。これを、玉音という。言葉を添えて、ろり音という。

【玉音放送】
 玉音という、ラジオの玉音という、音楽放送であること
という。音楽放送を玉音放送という、音楽番組である。
これを、ボールロウという、英語のボロがこれである。
スカボロという、スカボロ・フェアという、スンデル・
ラークという。めるっせんそんずう、という。音が楼閣を
とる意である。フェアを玉音という、この意の、ウエッツ
・ワッタという、ワレルという。わるせまという。わり
らんるうという。ワッセル・ブーレーという。ワリックの
山という。山せらの音という。フェアベラ・ロックという。

 これを、ルミセフという。ルミック・ロンルーのかよ
ふっくす、という。かよれるふりつ、という。音楽譜
の律をいう。これの反芻を、かよやく、という。カーレル
という、かよっすみのくりるる、という。カメンセラック
という。かっせるらーれーの山という。

 音楽を、たきよりき、という。玉音の言いという。放送を
たき、という。たきるき、という。たきれる、という。これが、
たきをいう、滝流れの音集めという。音集の言葉の語源という。

 音の集合をいう。これおき山のお書きという。山を見る、
音を出す山という、山鳴きという現象があることという。
(やまきさまより)という。山鳴きのたっとびという。

 これを玉山という、書巻の気という、書道の気の一つ
である。岩石の醜を以って書の美とす、という表現の一
解である。これを、玉書きという、書家の書をいう、書
家でない人の書いた書をもいう。
 
 玉音という、玉書きという、玉顔という、・・・玉の
井のお書きという。意でもある。丁寧な意という話という。
御所の玉御寮という、たもはぜ、たもはむ、という。
ターレル・レンズーという。御所を、玉所ともいう。
この言いの、玉音もある。御所放送という、放送局の
御所という。電波を発する意味という。長波を備え
ている放送である。越地(えち)壇という御所の一区画
とそ。玉音放送ともいう。山そ山のお書きという。

【朝賀所】
 玉録のやまという。玉録御所という。これを、たま
たま、という、みやれるるっすの言いという。雅語と
いう雅御所とそ。賀御所ともいう。雅賀山という。
 宮れる玉く、という。まーれるという、回るをいう、
この言いをする御所である。よんそんという、朝賀の
御所という。堺町門はいって右である。よってるやーるー
という、さまとよの朝賀所ともいう。製材所という所
である。

 『よってみなせ』というせという言葉を使う、朝賀の
言いという。朝所ともいう。『きなっせ』という、
『おこしなされ』という意である。

 『みなっせ』という、水無瀬の言葉という、山崎の
大坂よりである。水のある所の所ともいう。木材を
運搬する便を考慮した話という。水無瀬山三吟という、
山の吟という、山麓を流れる水辺の言いとそ。

 『こっきらっせ』という、木を切る言葉という。『こっ
きらぽっきん』という、子供の言葉ともいう。ぽっきん
かくれく、という。水爆御所である。水が爆落するという。
この御所を、ハーレー・パーレーという。パレファラと
いう。フアラセルロンズという。水素爆弾の話という。

 京都会議という、水素爆弾の展示という。この水素
爆弾を爆発させるという若い人である。京都の町が一瞬
に吹き飛ぶことである。そういうお書きである。

【ミネルバトン】
 水素爆弾を持って、御学問所へ通う若い人である。
マッチ函一つの大きさである。ゴンボ剣を腰にぶら
下げて学校へ行く人である。若い人の忘れ緒という、
水素爆弾持ちの恰好である。
ミネルバトンとは、そういう意味である。

 音楽は短調がよいという、ミネルバトン・レークである。
『朕は戦う』という、水素爆弾の携行である。夜は、
原子爆弾を抱いて寝る人である。『今日は、リットル・
ボーイ型』という人という若い人である。

 水素を持つミネルバトンという意味である。
これが、明治維新枢要の一つでもある、明示維新
ともいう。御所という所はそういう所である。原水禁、
原水近、減衰きん、という。減衰近くのウランという、
ウラン川の流れという幸の井の裏ん所である。トリケラ
トプスがいる裏という。

 ウインタテリウムという科学の兵器でもある。御所古代
お書きという。この文である。

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 対人をしない空手という。レスタ空手という。
これが、レブセルの意味でもある。脳を整えることをいう。
対人の師範という、しない。協議に勝ち負けをいわない、
レブセルという。れめ、ともいう。
 これが発展したのが、形だけの動きという。めせれま、
という。けんせまの山という。
 カレットという言葉の意とそ。コンピューターに、
この言葉が入っている。コンピューターが発展する
ことをいう。カレラレーともいう。ミファルゥの
お書きという。

 そうきょうのよいお書き、るみそめという。るるらる、
るるおして、という。めれるうの山という。そうきょう、
れるふめ、とそ。
柳。
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革命とは、健康と安全を得ることである。
その方法は、体操、音楽、柳を手に、等々、よし、長生き。
*La rivoluzione e guadagnare salute e sicurezza.
Strumento di rivoluzione:
Ginnastica -- sano
Musica -- Canta una canzone
Con salice etc.
Tutto ok. Lunga vita.
L'italiano e difficile. sokyo--miglior giorno

*The revolution is that you would get health and safety.
Tools of revolution:
Physical exercises -- energy
Music -- sing a song
Willow -- with willo, plant willow tree
etc.
All right. OK. Long live. sokyo--the best day
It is difficult for me to write english.
english ---- difficult
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 『紫だちたる雲の細くたなびきたる。放射能の雲や如何に。』
 『はっ、たなびいております。』
 『あれに見えるは放射傘雲』
 『これに見えるは、手乗り雲』
 『これっ、悟空、放射能は如何に』
 『放射の山のおきたりて乗り乗り』
 『助さんや、格さんや、悟空ともども、お乗り乗り』
Mr. Atom Lucky Ager, "Italian report" より

      秋残り世界文学全集 巻2
      『余は機械である』
       蒼郷 鳴恭川世讃歌 の項
       秋残り市史編纂員、余。
       秋残り市史篇絵巻物

***アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ***

秋残り市立美術館冬期展示
『古譜1825大原練習1725天の下2125 Italia CalerniaRan,カレーニア・ラン(壮強太陽)鳴恭川世讃歌)』
俄家判 びという字。
秋残り市、凡人倶楽部所属、元
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 仮想店 出品 ID:Kyou36758
     画商『曽端』俳画専門
     豪華額縁付 2000円ヤナギ
  著者そうきょう@209上巣真芯
  UESUMASi W.E.州 Machine   


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***コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ***
一行日記
1960/04/27柳晴、東京在、10秋残り君来、12すき焼き、16大阪、19宿
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***
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ブログでの団体名、個人名、他名称などは、
全て、仮想です。楽譜の作曲者名、作詞者名等は
もちろん、私が勝手につけた名前で、ええ加減に書いて
あります。実際の作詞作曲者は、私、駄作者の秋残り、
本ブログ著者小林壱裕です。記事は架空です。
著者@209
Notice:Writer says,
Names are virtual on this article.
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posted by 秋残り at 13:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽