2019年06月19日

卒業3811ItaliaCampo pulito 正野(壮強太陽)鳴恭川世讃歌):イカスミ柳

文だけ

馬にはのらない:健全家
そうきょうのよい思い出し:高瀬川行代
字(あざ)のほうぼうで、腹を横に書く。:山吹 正
かいきょうのそうきょうはよい時です。:スモモどくだみ
そうきょうのよい自分です。:ドクダミ薫
天の下、山拝み。つねづね。:紙祖川劣る

【曲名】卒業3811京都船旅2711
古譜1711大原練習1611天の下2011 ItaliaCampo pulito 正野(壮強太陽)
鳴恭川世讃歌)

【創曲】2019/06/19、柳晴
     創曲、至宮マサユ・正(やなぎ) 
    造詞、石・正 
    監修、えりまきとかげ・正
    訳、 冴柳一郎・正(秋残り市在)
【拍子】4/4
【種類】
【演奏】
【場所】
【ファイル】sm3ファイル
【作成ソフト】
  @Music Score3、シルバースタージャパン社
【歌詞】創郷 


 狐の天気予報。〇r1919/03/14
 狐と。 過去をとく、という。
 場所、そ。 狐言:こって。
 狐晴れを、柳世葉とぞ。
 桃晴れごぎつね、秋晴れごん
   ((明日晴れたなら行こう、大原砂山))

【解説】君、探敵中、情景。 破風之談
------日出葦談笑聴
明日晴れたなら行こう、大原砂山
品花雲しなよる〜〜柳雲〜〜山吹雲〜〜桃雲〜〜銀杏雲〜〜朴ノ木雲
Be in Ideal town.
【J家言】今様(こんさま)、詠。
【京都会議】
【ムー大陸】
【御所】
【立政御所】
 こを、正野とそ。これを、そうきようとそ。御所のなかった
頃という。せと花の山の絵とそ。

 山をとくという。てせそせのえてゆるすむす、という。
ここを、せんぬぬやみゆき、という。ユーレルルースーという。
野のことをメンとそ。メンツェーともいう。

 ここへ行く、メーレルとそ。行くことをメッペという。
メスエテともいう。これをペという。野辺のノッペという。
野辺のことをノッペという。メリルファールレーとそ。

 メンをこくという。メレスレーという。めびてつの山という。
岡屋山のお書きという。藤原の宮という、みじ原の宮らる、と
いう。富士つわら原、ともいう。これを、ワラッペという。
ワラセルルックスという。後に、流れゆき、という、流れの山
の絵という。

 この富士つわら腹を、おこもく、という。後という、める
れるすむす、という。れてゆてのおっくす、という。ここを、
おくすりら、という。これを、ばられるりり、という。
ばらめるゆきく、という。ゆきそろくの山という。

 メンファールという、正野の原という、こに、リラを添う
という。リラを植えるをいう。これを、ことべく、という。
リラ植えである。この日のリラである。のち 、バリルケと
いう。これを、バラという。後とそ。バラリラともいう。

 正野のありふり、という、あやふり、ともいう。あやせ
つるれる、という。わてのすれす、という。バラを植える
はっぺすむ、という。えすりすのゆきふり、という。

 バラのござれき、という。バラを植えた話という。こい川
の山という。古い日の新しい日々という。新山(あたらやま)の
おりれ、という。れとれすてす、という。これが『です』の語源
である。今の『です』という言葉である。

 リラを、デーリクという、バラを、デオンソという。メルステ
の、メランペという。めっそゆっすのめるふる、とそ。バラを
植えた場所である。幸の井の場という、後である。

 ここを、けんずる、という。バラをけんという。けん木という。
けん木の山のお書きという。けるせという、ペセユセのロメヨキと
いう。ここを、ロメという。ロメの山の絵という。後、ロメオと
いう。イリスルレールの言いという。

 ロメオサンファラーという、ハーレルのゆおそす、という。後、
ばら巣山という。ばられるの山という。れおすての言いそ、とす。
これを、トーベルという。とす、という、とめの言葉である。
文をとめるとす、とそ。これを、とすれ、という。とすゆすの山
という。めるせ山のおりいす、という。

 ですの前の言いである。ヨッペラという言葉である。このペラが、
今のペラペラしゃべるという言葉のペラである。よりんおんるく、
という、ここを、ごぜやら、という。ごぜ、ともいう。後、御所と
いう。これを、よめるく、という。よわんせのおい書きという。
れつるつの山という。これを、にせ山という。ここを、にせ、
という。にせの御所という。これを、にぶれる、という。
ににすの言いという。にぎ山のおすれ、という。にべての山
という。今の烏丸の御所である。

 正野原という、正っ原の、おきゆれ、という。原を沖すゆ
という。この言いの御所を、りってる御所という。りっつ、
ともいう。りっつ御、りっつ御所である。

 りっせらっつの歌という、ぶみふみという、ブーレル
ルースーのそみゆれ、という。この日の原という、原を
よこきか、という、原横という、今の、ただす門の場所である。

 めよふる山のお書きという。めめすの山という。御所の話で
ある。

 『ここにいた』という若い人という。『あではくやらず』と
いう場とそ。『あで野ただしのゆ』という、これを、ゆんも
という。ゆみゆまのおられ、という。おられたバラという、
バラをあでゆき、という。あでしの、という、バラの園と
いう。バラ山のいそくく、ともいう。このれの言いという。
後、このえ、という。このおの言いという。

 あでし野の山の世という。御所の建つ前の地である。万縁
元年という話である。ばんせまのゆってか、という。
万縁元年のよろしうれし、という。よろし野という、うれし野
という。ここを、ようふる、という。

 あでし野ゆき原という、歌に『あでしの行きつ、えれせ
ゆゆらる、うれるるやまる』とそ。七七七の言葉という。
これを、あでし野ゆまれく、という。れってすうゆう、
という。新語の歌である。意を、『あでしのへ行った』と
いう。

 ゆまという、馬のことをいう。ゆうふるれく、という。
れれすの言い、とそ。若い人の詠んだ句である。後、
紫つゆ野という。『紫野ゆき、標野ゆき』という。
先の世のこの世である。オッ゜ラの山という。

 ペラペラ喋る音楽劇という。あかにの歌という、ここを、
せきらま、という。よしなの山という、あかめまのゆゆれる、
という。古代大和朝廷という。なげらみのおやゆや、という。
つい、最近の話である。『野守はみずや、君が袖振る』とそ。
もうじき、大勢復古の人が、これをやる、『こっちおいで』と
いう、『こと吹かば、匂おこすを』とそ。袖に入れた匂草の
話である。北野天満という人である、若い人である。

 ここを、天そくれく、という。後、天庭という、山の頂と
いう。後、天つる、という、天ぴさ、ともいう。いた動物を、
ゆま、という。恐竜のゆまである。大きな馬である。トリケ
プスともいう、後という、トリケラトプスという、出世獣と
いう。これを、ゆま、という。今の馬である。出世獣の
一種である。北野天のお獣という。

 古い日の正野という、正野獣ともいう。トリケプスの真野と
いう。少し北にいた話という。北野天という、天満獣ともいう。
恐竜のトリケラトプスである。天にいた北野獣のトリケラトプス
という。後、恐竜所という。恐停所という、恐竜停所の山という。
北野大明神という、おそれ多い恐竜である。この頃、恐竜をカミ
という。竜をカミという言い元である。竜をカミと読む周音である。
大和朝廷の役人である若い人である。

 これを、ただし野という、後、京の七野という。まさ野ただし野
という。よろし野うれし野である。おそれ野、来た野、北の天に
いたという、これが獣(じゅう)である。自由に歩いていたのである。
だから、てんまんという、天真爛漫の獣である恐竜である。

 これを、標野行き紀行という。標野という間さののことをいう。
野守は見ずやという、若い人が見たのである。野盛りは水や
という、標の野のことをいう、湿った野である、だから恐竜が
板のである。水があったという、川流れである。

 君が袖振るという、袖古現時である。大勢復古でだれでも
見られる光景である。だから、野の盛りという、七野のことを
いう。あちこちに飛び離れた野という、辺り一面の小区画で
ある。

 標野に立つという若い人とそ。洋服の背広である。大和朝廷
という大勢復古の一時である。君が袖振るという大勢復古である。
これをトリケラ獣の尾という、これが、復古されて鳥停所という、
鳥獣の山という。バラの木という、ここが茨木という。古い、
御所のできる迄の、所という。御所のなかった頃である。

 鳥ケラという大きな鳥のケラ獣という。トリケラトプスの鳥と
もいう。今の子孫という、アヒルという鳥である。四つ足の
トリケニトプスもいる。真東の山のという、東山のお蝶と
いう。1メーター程の蝶々である。標野蝶という。

 『君が羽振る』という、蝶の羽という、後に平清盛の紋に
なる。この日のア揚羽蝶である。大和朝廷の復古という、
平将門が暴れていた頃である。

 火を恐れている若い人という。トリケラトプスは水を
飲んでいた。像のような大きな襞のある獣である。
天満の宮という、天真爛漫の動物である恐竜がたくさん
いた紫野標野という、野が盛られていたという、七野の
野である。

 そういう大和朝廷の記という、歌入りである。大国主命が
手を振っていられた話とも。後は、北野政所という日出葦が
植えられる話である。この葦を、足の葦という、後、芦野と
いう葦野である。葦の植わった所を歩いている若い人で
ある。

 ここを、匂うかおめる、という。かばのようなトリケラが
いた所である。匂う話という。ふんである-区、という。御
所の一区である、後である先である。匂うの宮という
建物がある所という。

 これを、匂い所という現時物語の便所である。匂うの宮と
いう、だれでもそういう復古言語である。

『匂うの宮へまいられ』という、近いところに藤が植えられ
ている、藤壺御殿という、匂うの宮横丁とそ。桐壺の山という。
大きな便所という、トリケラトプスの便所である。鳥停所の隣
という、仮想の建物の話である。宮というのは先のことである。

 この日はうんこのにおいが漂うていた。御所の前の地である。
御所がなかった頃である。正野獣の地という所である。
紫野ともいう、露草の御所という後のこととそ。

 若い人は平将門を逸一生懸命拝んでいたのである。ドカンと
来る。地の噴火という。トジカンと来る地の糞花である。
トリケラトプスの糞という、紫の花という、上品な若い人で
ある。今現時の人という。

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Mr. Atom Lucky Ager, "Italian report" より

      秋残り世界文学全集 巻2
      『余は機械である』
       蒼郷 鳴恭川世讃歌 の項
       秋残り市史編纂員、余。
       秋残り市史篇絵巻物

***アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ***

秋残り市立美術館冬期展示
『古譜1711大原練習1611天の下2011 ItaliaCampo pulito 正野(壮強太陽)鳴恭川世讃歌)』
俄家判 びという字。
秋残り市、凡人倶楽部所属、元
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 仮想店 出品 ID:Kyou8118
     画商『曽端』俳画専門
     豪華額縁付 2000円ヤナギ
  著者@350上巣真芯
  UESUMASi W.E.州 Machine   


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***コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ***
一行日記
1919/03/14柳晴、東京在、10秋残り君来、12すき焼き、16大阪、19宿
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***
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ブログでの団体名、個人名、他名称などは、
全て、仮想です。実在とは、無関係です。
楽譜の作曲者名、作詞者名等はもちろん、私が
勝手につけた名前で、ええ加減に書いてあります。
同じ名前の方がおられましたら、同姓同名です。
実際の作詞作曲者は、私、駄作者の秋残り、本ブログ
著者小林壱裕です。
記事は架空です。著者@350
Notice:Writer says,
Names are virtual on this article.
Matters are not real.
posted by 秋残り at 22:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽

卒業3660 :イカスミ柳

卒業3660 :イカスミ柳

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かいきょうのそうきょうはよい時です。:スモモどくだみ
そうきょうのよい自分です。:柳上手 薫
天の下、山拝み。つねづね。:紙祖川劣る

posted by 秋残り at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽