2019年04月11日

卒業3577・FranceRueDesArbres 木通り :イカスミ柳

馬には乗らない:健全家
そうきょうのよい思い出し:日能野鷹世
字(あざ)のほうぼうで、腹を横に書く。:山吹 柳
かいきょうのそうきょうはよい時です。:スモモどくだみ
そうきょうのよい自分です。:山吹 餡
天の下、山拝み。つねづね。:紙祖川劣る

【曲名】卒業3577京都船旅2477
    古譜2347大原練習1967天の下1782FranceRueDesArbres 木通り(壮強太陽)(鳴恭川世讃歌)


【創曲】2019/04/11柳晴、少寒
    創曲、鳥家ララ・正(やなぎ) 
    造詞、東京原人・正 
    監修、花桜 東男・正
    訳、 冴柳一郎・正(秋残り市在)
【拍子】4/4
【種類】おそれ龍歩行用
【演奏】Orchestre civique、火打石を使う会
【作成】Mixture   
【場所】御池秋残り用
【歌詞】蒼郷 (紅世赤夜章)火打石音入り

前、大川の中須、木通り
花咲く赤岩の 若潮来たると
織り浜に 枯れ磯の桜並びに
織り葉が色の宮 紅葉の木の船が
浮かんでる 玉夜風 軽く頬に
触れる 岸辺

 狐の天気予報。〇r2019/04/13
 狐と。 過去をとく、という。
 場所、そ。 狐言:こって。
 狐晴れを、柳世葉とぞ。
 桃晴れごぎつね、秋晴れごん
   ((明日晴れたなら行こう、大原砂山)) 
【解説】君、探敵中、情景。 破風之談
------日出葦談笑聴
明日晴れたなら行こう、大原砂山
品花雲しなよる〜〜柳雲〜〜山吹雲〜〜桃雲〜〜銀杏雲〜〜朴ノ木雲
Be in Ideal town.
【J家言】今様(こんさま)、詠。
幸の井は ちかくにありて 通るもの
電電電波の 見えない世界
    後世人 無月夜に詠む
【京都会議】
【ムー大陸】
【玉夜風】
 玉夜風、たまよかざ、新語の読み、新しい読み。
かぜという古い読み。
 みようる浜のいきの読み、新しい読みである。
みよふるという、禊の新語とそ。玉世浜の嬰という。
桜のことを嬰という、新語である。桜を嬰子という、こぎきく
という、ことの山の言いとそ。
 この浜の言いである、かざという言いである。

【風見鶏】
かぜみゆりという、風見鶏(かざみどり)の新しい
言いとそ。カーザルレル、という。風見のかきゆき、
という。かざが古くなる日の、風の書きという。
風という言いが古い言いとそ。

【風の昔今】
 『かぜ』が過去であり、『かざ』が今である意とそ。
かざの過去がかぜである。かぜが今の言いである。
かぜが古い言葉である。

 風見鶏が、かぜの過去をいう。東風という東から来たかぜ、
とそ。『風見鶏』が今である。『東から』が過去である。
かざみどりという、古い過去がある意という。かぜみよどり、
という。これが、古い意味である。これに、今の新しい
ことの意をつけた、かざみという読みという。風の過去がある
意とそ。
 東から来た風を、風見鶏で見る。風見鶏が現在で、『東から
』という風の過去である。これを、今見る、かざみどりの読み
が新しい読みをいう、この『新しい』が、『東から』という
風の過去を呼ぶ意とそ。かぜみどり、ともいう。『かざ』の一
解釈である。

 玉夜風(たまよかざ)という言いに、玉浜から来た風の意が
含まれることとそ。玉通り、玉方面から来た風とそ。
玉辺りから来た風である。過去が『玉』である、今見る風とそ。
『たまよかぜ』ともいう。

 風を丸くいう、風を丸風という、この種の言いである。
たまよかざ、たまよかぜ、という言い方である。
後、御所風の語源という。たまかぜのことである。
風がピュッと吹いて、いっときの風の一形容とも。
一時風ともいう、御所風のとも、たまかぜ、まるかぜ、とも。

御所風には、他の意の御所風もある。

【玉風】
 玉夜風、夕方の風でもある、普通名詞である。
他に、玉つ風、玉天(たまあま)風、たまゆおみかざ(新語)、
・・・色々ある、風の言いとそ。

【玉つ風】
 古語である。新語よりも古い古語である。新語は古語には
含めない、少し新しい言い、言葉である、歌語という言葉と
いう。主として、歌に使う言葉である。弥栄語、吉田語・・と
いう類である、この新しい言葉とも。

【新語、歌語】
 古語より古い吉田語という、弥栄語という、これを新語に
入れる、新語の造りという。弥栄語吉田語は、古語には入れ
ない意という。少し新しい部分があることという。これが今の
口語である。少し残る吉田語弥栄語・・とも。この意味で少し
新しい意味という。古語とほぼ同時代であるが、少し古いと
いう、今に残る部分で少し新しいという、新語に入れる話と
いう。新語は、もちろん、古語にはいれない、これで、少し
古い部分もある、使いが新しい使いである。かざやらという
言いがこれである。古語よりも少し古い部分もある、新語
という、使いが新しく、新語という歌語である。今の言葉に
入っている言葉である。

 一例、夢、めゆともいう。夢という言葉が新語である。が、
新語よりも古い言葉である。今の口語に残る言葉である。
『ゆるゆる』ともいう、これが新語である、古く弥栄語である。
古語には入れない、『ゆるゆる』である。『はにはに』とも
いう、夢のことである、吉田弥栄語である。『夢』が古い
言葉である。

 『はにはに、ようらく(用落、様落)』という、『夢落ち』
という、『夢を見る』意。
『はにはに』が弥栄語で古く、『ようらく』が新しい部分で、
使いという。『落ち』という、『行く』意である。
『大阪落ち』という、『大阪行き』である。この用途で、
『行き』が古い言いである。『落ち』が新語の使いで、新しい
言いという、新語である。
現代吾で、『大阪落ち』と言えば、『大阪行き』とは意味合い
が少し変わってくる。これが、古い意味の『行き』である。
『行き』が古い言葉である。
現代で『大阪落ち』と言えば、左遷のような、少し下がった
意味が入ってくる。『大阪行き』と言えば、この意味合いが
なく、『大阪へ行く』ことという。単に、『行く』意という。
 『大阪下がり』『大阪くんだり』という、『大阪落ち』という
この言葉の意味合いという、『大阪下がり』は少しさがったと
いう、『大阪落ち』と言えば、だーんと落ちたようにも聞こえ
る。これらの意味がなくなる、『大阪行き』という言葉とそ。
現代日常生活では、『大阪行き』という、通常である。
この『大阪行き』の意で、『大阪落ち』とは、現代では言わ
ないのが通常みたいです。(私見)。

【御所中行き(なかいき)】
 『御所落ち』『御所くんだり』『御所下がり』という
言葉もあります。が、『御所へ上がる』『御所あがり』を
使い、古い言いで、意味合いが少し変わり、現代では
『御所へ行く』という通常です。この『御所へ行く』という
言いを、『御所中行き』と言い、御所中行き語という、
言葉のことです。『御所の中へ行く』と言えば、『御所へ行く』
意である。『御所中』という、『御所へ行く』ことをいう、
これも現代では使わず、使えば、『御所の中』という意味に
なります。
 御所中行き語には、『中行き』という、『御所の中を歩く』
意味もあります。これが単に、『ちゅう(中)』という、
『ちゅうちゆう』という、言いをする、御所びらみら、という。

 『なかなか行かない』という現代語では主として否定に使う、
『ちゅうちゅう』より出た一解である。

『ちゅうちゅう蛸かいな』というのが、御所中行き語である。
意は、『『蛸を食べる腕(かいな)』である意で、『蛸を食べ
るか』という問いに使う。手を『たーるけ』という、御所
中行き語である。蛸を『みゆるう』という、『みゆるう、
たーれれ』という、蛸食べのことをいう。
 『蛸お通し』という、『蛸通し』の、蛸食べをいう。
ちゅうはまという別の意味の言葉になる。
『みゆるう、たーれれ』と言えば新語になる話とそ。
言葉の一部解である。他の解もある。

『みゆるう』という歌語で、歌に使う。
『みゆるう、はんむれー』という、れれ
花の言葉とそ。『れれ』も新語である。『たーるれー』という
たみそめのおゆれふ、という。たんれるのふゆれ、という。
れるせるの山のお書きという。れれそのゆれゆれ、という。
ゆるふるれっく、という。れんむれるおるふる_るろふぶ、
という。るるそのお書きである。れんくら山の新たるという。
みぶれむ山のおっくれー、という。おっくそうのうるくる、と
いう。めゆむ、めゆふむ、という。
 これが『れるれる』という弥栄語に似た新語である。
めってるるんぞう、とそ。れたせのおっぴびふ、ゆゆゆ、とそ。
新語での解である。口語に直せば、この文までのこととそ。
終わりの意味でもある。結辞という、新語になる。終章の告げ
である意とそ。上文が、その意味である。
上文が、この文までの意味である、また、この全文の終わりで
ある。短く言えば『めってるるんぞう』になる、新語の短言いで
ある、結語である意ともとそ。

【脳】
 主として、大脳中から、中脳上部辺りの脳の使いから出た
文である。大脳を使い、口語で言えば、もっと簡単な言葉に
なる話である。これをメの文という。めの文の〆である。
 大脳を通ってくる言葉である意である。言葉は大脳から
発せられていることである。中脳の言葉も、大脳からでてくる
ことである。現代口語の造りが、これである。全部、口語に
あることである。『めって』という話でもある。
『めってるるんぞう』の『めって』である。めて花の言いとそ。

わかったような、わからんような解である。これも、新語の
意味である。無ーの意味の言葉がたくさんある話である。
『おはうよのかくかく』という。
 『おはま』という意味の新語である。『はま』が場であ
ることという。これを、御所っぺ、という、御所辺という。
御所浜の山という。やーれるるんずの山浜という。
山の斜辺である、双本のような山という。双本を開き伏せた
恰好の山とそ。双本曲線をいう。『やーれるるんず』という。
双本曲線の新語である。漢字を充てれば、『〜図』である。
るん図という、るん頭とも。図頭曲という、線とそ、双本曲の
線という。

 図頭曲の線を頭にとる、新頭の歌という、この『歌』が
歌語を意味する。新頭語という使い方でり語である。新語の
一部である。

 大脳で考えれば 、双本棘線、その通りの意味である。
『新しい言い方かいな?』と思う言葉である。『そうかいな』の
双本の曲線という、双書の語源である。双方本曲という線とそ。
五線紙でもある、歌に使うものである。これが、大脳の使いの解
である。そのままで見ていけばよい、話とそ。

 中脳の使いと、大脳の使いと、分けたような話である。
どちらも同じである。大脳で普通に考えればよいことである。
言葉が大脳より発せられていることである。
中脳を脳の一部にみれば、よい話である。脳を大脳という、
脳の総称とそ。

 脳に感謝をする話とそ。そうきょうの脳、よい脳という。
『そうだのう』『よいのう』『そうのう』という方便のこと
とそ。
『行くのう』という、人を半ば促したような、誘うたような
相槌を求める用途にもつかう・・・言葉である。
田舎の方言という。関西の『そうやのう』と
いう方言とも。『則』という言いがこれである。『正則』、
『正語』という、昔の言いである。『〜のう』という言葉で
ある。正脳のやなぎ脳という、正則がでてくる脳という。
正則の結果、正脳の使いの結果、性能、精能ということ
という。性能の語源である、正脳とそ、大脳である。
『考えを正しくする、正しい思想、よい考え、よいのう』
という、良い脳である。

【育文御所】
大脳、中脳の両能をいう、これを両良脳という、領域のこと
という。これが文を、行きという域という。郁文という言葉の
出来という。郁文中という、御所中である。郁文御所という。
御を上にする話という。御中、御下、という御上の御所という。
御所下りの上より、という。郁文の言葉である。ここを、御るる、
という。御るごく、という。おんれるるうすう、という。
御落御所という、郁文の山という、御楽ともいう。育文とも
いう。御落御所の墓という、墓宮山のお書きという。育文楼空
の山という。顔が並ぶ空という。がんぜらという、がんみそ、
とも。がんけみ山のお書きという。れれるそっくす、という。
『則』を解くことという。正則を、れれるそっくという。
れれるそっくをする、『れれるそっくす』である、新語である。
『そっくす』の『す』は、豊後の『す』でもある、『する』意
とそ。即す、則する、意である。『れるす』という言いである
意でもある。育文に対する、郁文が新語である。同意である。
『れるすっすう』とも、『育』の意。

『そうきょう、れるふる、よいはむ、よいれるおっすすう、
れるすれれふる、おりそっすう』という、よいのうの
意味である。新語による解とそ。七語五語が多くなる
新語の使いである。結。

走り書きにて失敬、ごめんありあれ。するるやるら、
せめるるろっすく、ててす、よわれるるるほる、
めむす、めもゆら、れたりる。
たりとせ、むれる、すむすえれらら、これなるを。
ごめんゆうきく、ごっくるやむ、めむす、
めも書き、とそ。走り書きの意たり_る_
たりり。鎌足るらろっく、これたりる。
かみゆら御所お書き、これなり。

■■■■//■■■■//■■■■//■■■■//■■■■/■■■■//
 『紫だちたる雲の細くたなびきたる。放射能の雲や如何に。』
 『はっ、たなびいております。』
 『あれに見えるは放射傘雲』
 『これに見えるは、手乗り雲』
 『これっ、悟空、放射能は如何に』
 『放射の山のおきたりて乗り乗り』
 『助さんや、格さんや、悟空ともども、お乗り乗り』
Mr. Atom Lucky Ager, "French report" より
      秋残り世界文学全集 巻2
      『余は機械である』
       蒼郷 鳴恭川世讃歌 の項
       秋残り市史編纂員、余。
       秋残り市史篇絵巻物
       
***コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ***
秋残り市立美術館秋期展示
『古譜2347大原練習1967天の下1782FranceRueDesArbres 木通り(壮強太陽)』
馮飛菊 画書家判 よという字。おから山はらる
秋残り市、凡人倶楽部所属、凡(ぼん)

    著者@200上巣真芯、植え住まし
        UESUMASi W.E.州 Machine
-----------------------------------------------------
 仮想店 出品 ID:KoH'yosi-623377
     画商『加端』名画専門
     豪華額縁付 2000円ヤナギ
***アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ***
***コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ***

------

ブログでの団体名、個人名、他名称などは、
全て、仮想です。楽譜の作曲者名、作詞者
名等はもちろん、私が勝手につけた名前で、
ええ加減に書いてあります。
同じ名前の方がおられましたら、同姓同名です。
実際の作詞作曲者は、私、駄作者の秋残り、本ブログ
著者小林壱裕です。記事は架空です。
著者@200,2319
Notice:Writer says,
Names are virtual on this article.
Matters are not real.
posted by 秋残り at 22:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽