2019年03月21日

卒業3543・FranceContinentMu ムー大陸 :イカスミ柳

馬には乗らない:健全家
そうきょうのよい思い出し:日能野鷹世
字(あざ)のほうぼうで、腹を横に書く。:山吹 柳
かいきょうのそうきょうはよい時です。:スモモどくだみ
そうきょうのよい自分です。:山吹 餡
天の下、山拝み。つねづね。:紙祖川劣る

【曲名】卒業3543京都船旅2443
    古譜2313大原練習1933天の下1748FranceContinentMu ムー大陸(壮強太陽)(鳴恭川世讃歌)


【創曲】2019/03/22柳晴、少寒
    創曲、磯菊 茂矢井・正(やなぎ) 
    造詞、ネアンデルタール人・正 
    監修、篠宮副雄
    訳、 冴柳一郎・正(秋残り市在)
【拍子】4/4
【種類】おそれ龍歩行用
【演奏】Orchestre civique、火打石を使う会
【作成】MIXTURE    
【場所】御池秋残り用
【歌詞】蒼郷 (紅世赤夜章)火打石音入り
白い砂 浜辺から 海を見てた
真水がやってくる時 海が上がる
流れに白色 真水の白色 浜辺は
白く平 歩けば足がめりこんで
くぼんだ そんな砂続き
 狐の天気予報。〇r2019/03/24
 狐と。 過去をとく、という。
 場所、そ。 狐言:こって。
 狐晴れを、柳世葉とぞ。
 桃晴れごぎつね、秋晴れごん
   ((明日晴れたなら行こう、大原砂山)) 
【解説】君、探敵中、情景。 破風之談
------日出葦談笑聴
明日晴れたなら行こう、大原砂山
品花雲しなよる〜〜柳雲〜〜山吹雲〜〜桃雲〜〜銀杏雲〜〜朴ノ木雲
Be in Ideal town.
【J家言】今様(こんさま)、詠。
とがやなぎ 山ふる山を これ はなつ
こきせらかるる こみゆらる_ろろ
    世浜玉代 梅山見月
【京都会議】
【ムー大陸】
 若い人はいう、『今日は学校へ行く』と。肩から二丁の拳
銃ををかけ、上着を来た。『鉄砲がよい』という。拳銃を
持って家を出た。

【フォートワース】
 フォートワースの山という。『おかなま』という場所である。
ヒロオンという。hill on とそ。 ひますれの丘の場という。
フォーワース会議を興す話という。『ワッフーラ』という、
ムーの地のあたる浜という。ここの地の、フォーククという。

 ムー山の裾の浜とそ。遠くに海がある場という。大山らま
はる、という、くみゆりの咲き匂うはくすりという、地区とそ。
ここを、ムーフリラクという、フリックルという、フリフリと
いう、こうめる山のお書きという。

 フォーレルブーズーの歌という。歌の山のお書きという。
フォッサムという、地のことの意の歌という。けんとの歌と
もいう。ゆゆすてのえてるゆ、という。ここの山の歌を、メル
とそ。メル歌の山という。

 メルックシブルベという。シブシブのせむれる、という。
この『せむ』が、言葉のセムである。後、セム語という。
ムーのシブルベの言葉である。ここの歌のはくすひれ、とそ。
本歌である。

 ムーの日という、山々のいちやるそ(そと、とも)、という。
このやのお書きという。ムーセルロクフレという。おうゆ山の
おかりる、という。もうしまう話という。後、もう島とそ。
もうらるのむみふみ、という。白い浜の歌という。もべ
山のお書き、という。

【フォー】
 ここで、『フォー』という意という。水のあることをいう。
海の水をろ過して飲む、はまれゆみ、という。ムーの水である。
ムーの西の場という。ここの水をいう。このやらのふるくる、
という。水が真水を連れてくる、という意とそ。

 海水に混じって真水が来る、ゆゆのはるれる、という。
この言葉の出来とそ。セム語がこれである。水の言葉という。
セムたらのゆい、という。ゆいらぶ山のお書きという。

 てっぼを持っていった場のおき、という。てつらつの
浜という。ここを、すめゆら、という。白い砂の浜という。
ムー家のお書きという。(ムー宀、ウ冠の冠だけを書く。)

 これを、むれるくや(むれるくヶ、と書く)という。ムムの
山のお書きという。卑弥呼がムーに行った話という。

 フォーというムーの、フォーという浜である。ここが、
いまをとけ、という。とけのゆき、という。とけいきの
はくすけ、という。

 フォーという話である。ムーの山という。むれするるるる、
やおらふふめる、すめら、とそ。この『すめら』、後とそ。
さきは、フォーである。フォーという、すめら所である。
後という、すめらば、すめらは、という。これが、今の木に
なる、すめらぎ、という木のことをいう。フォーの浜の
すめらぎ、である。後、しろか、という木とそ。しろか
浜のおゆれ、という。

 フォートワースという地の山という。フォークという、
フォーのクという。フォールクともいう。フォーレクと
いう。フォース山という。この地の少し高くなったとこ、
という、ところという。

 アフリカがひっついたという、少し離れていた時という。
フォーが、れを残す。ムー語のフォーという、水の意である。
フォーミーという、水を見る場という、これを私という。
ミーファーという壬生語になる。ターユーという、後の、冠語
という。これを、てき、という。てき語という。ムーてきの
山という。後、きてき、という。水という場のことという。
汽笛がその一種である。

 ムベルレという、むべ山のおせる花とそ。ここが、ムー
山の場所である。アメリカのフォーメムという。フォーミの
山という。山のゆゆの浜という。ゆゆれ山という。花ゆかの
おきるり、という。

 アメリカのフォートワースとそ。だらくするという、蛇の
恰好の丘のふくかれす、という。かれ山の話という。かれ
くるそくれく、という。これを、だめふら、という。だめ
風の吹き落つ場所という。低い丘からだめ風が吹き落ちる所
とそ。だらく風の山という。フォートワースの町という。

 フォーレバラという、場の言いという。だめ風という風の
言いという。風をだという、だの目の風という。だの目と
いう、横巻のつむじという、つむじ風である。だめ風という。

『つがよせよ、たまてあふらう』という、ムーの文章である。
あふらうという、あしらうという。足を伸ばすことという。
足を伸ばしたことという、ムーへ行った話という。若い人の
ことである。

【ムーの復活】
 ムーは、もう一度上がってくる。これが、ムーの復活である。
同じ場所で上がった話という。この時、世界という。世界は、
海をいう日という。ごめそめという上がりという。めせ山の
おき、という。めれてのふむす、という。めつれつに、
はくれをいう。えすふ、という。めるれ、そめる、せるれす、
とそ。

 ゆきゆきつ、うつすれくす、そするろくろ、これを、もけ、
という。轆轤(ろくろ)の造りという、これが、ムーの輪と
いう。ムーの上がりのことの造りという。轆轤である。
またくる山づき、という。めれるすそむ、するす、めてゆ、
これを、みっき、という。みきてす、という。

 ムーを呼ぶ、ミッキーという言葉とそ。『ミッキ、ケッタ』
という、童の遊びという。これが、ムーの山という。ムーの
上がりのことを、『ケタ』という。ムーて、という。ムーの
遊びという。童に残る、ムーの人の教えという。ミッキーと
いうムである。ミッキー山お書き、これとそ。

 ムーの人の残したむれゆき、という。むれゆきの山う、と
いう。朝山の山、これを、むすれす、という。朝の山が背をとる
という。劣るお書きの劣れ山という。劣る山の意という。
これが、ムーの井戸でもある。ムー井戸の形山という。ムーの
山の形の井戸とそ。ムムたる山のお書きという。
めめの山のおるともとそ。

 めめの山にいた話という。若い人のことをいう。めめゆき、
という若い人である。この山のお書きに、てをいう。てむら、
という、村のあるムーとそ。ムーのて村である。二度目の
上がった時のムーである。ムーの話という。

【三日日島】
 今の日本の江戸という、この時の日本の状に、みっか、と
いう。『みっかして上がった』という。みっかび島という。
みっかの山という。これを、ムッパク、という。ムーの上
がりをめでて、リスカム、という。りするややや、とそ。
この言いに、山る、をいう。めてゆて、という。めるて、とも。

 『ある』という、ムーの島のことをいう言葉という。
島はあるという、島らるれくす、という。ムー島のお
書きという。めてゆてのおつゆち、ともとそ。

 ムーの島が上がった話という。とうくうの山という。
ムーの島の山という。れこがムー島のムーである。
むるくる、はまるく、ともとそ。よきよきのいつ山
ともいう。ムーをめでる、『よい』という言葉という。

『ヨイト、ヨイト』の掛け声という、そう言うて、島の山を
いう。島の山のおよよ、という。およよのムックという。
ムックという言葉が、ムーの言葉である。むれき、という。
むすめ、という。むるするろくす、という。めめすのゆゆせ、
という。

 ムーの山のお書き、これなる。

【グドゼラ】 
 英語を、古くムー語という。ムーたる、ともいう。
ムールーという、むめすという、むめす語とそ。グッドの山
という。ムー語のお書きという。グドゼラ語という。ムーを
グドという、これを、ムという。グドの意という。ムの意味
である。ムー島の名である。
むなゆな、あぶらる、とそ。

 あるく山のお書きという。ムの山をいう。むれるゆゆす、
とそ。あたゆたのゆいそ、という。あるれ山る、うくす。
うくれく山のお書きという。これを、メ書きという。メの
書きという。めてる、はなゆ、せせる、ムー、とそ。

 ムー島の話である。また、上がった時の書きである。
若い人の伝承とそ。ムーを弔う人という。ムーのトムという。
トムが、らおる山という。らおふる、という。後、羅生という。
羅生の意味という、蘇生の復活である。羅生門をトムラクと
いう。トムの山の江という。山の江とそ。山の麓をいう。

 川江という、川の浜である。この『江』が、トムとそ。
トム江山お書き、これのめ、これにる、これなる、とそ。
ムーを喜ぶ、わかゆき、という、若い人のいたムーの島と
いう。羅生門を喜ぶお書きという。ムーの弔いの門である。

 さむろうという、ムーのサムという。トムという、サムと
いう。トとサムが、あわることの、トサムという。トサのはこ
江とそ。トサのコウチが、ムーをいう。

 『こちゃえ、こちゃえ』という。下らう山のお呼びという。
『おどめ、およはる、あるこちす、こちゃはるよ、ほほゆき、
 とうせる、およくらす、るるはも、はゆする、おりおきず、
 ゆうやは(ha)、よよむる、おられくす、おうゆる、かかとめ、
 これよがる』という、江戸日本のムーの弔い歌とそ。お江戸
 日本橋という、歌という。またゆたの、ゆゆめむ、という。
 めれれのお歌という。この世のむせらる、れてす、るくす、
 という。島の小唄である。トムサ江の小唄とそ。棲家の江、
 トムの世のわくけく、という。わっかく、という。
 わっかくらんの山という。
 
 むべゆきのて歌ともいう。むべの山、古く、ムーべ山とそ。
むべ山歩く、若い人の行きという。わかいきの話とそ。若い
気のなる山とそ。若気山のお書きという。三度目のムーの
上がりという。三度傘がこれである。江戸のムー者という。
武者のいる江戸朝という。武者の三度傘、これなる。頭被り
藁の様という。時代劇の話という。また来る、着物姿の
ムーである。

 江戸の目という、江戸朝の風俗という。ムー人がやってきた
という。幕府という、どこかの作家がいう。ムーが復活して
いる話という。

 ムーの人である。ムー島の山という、この幕府の物語とも
とそ。ムーの滝、江戸瀑布である。江戸城前瀑布という。
幕府には瀑布が付き物である。幕府という、瀑布という、
ムー落という、瀑布、幕府の語源という。江戸でムーは
復活する。江戸朝という、江戸と、ムーの都と、こういした
話という。交易という。ムー人の山という話とそ。

 ノームという、ノルクルという。霧のカムサル、という。
霧瑠璃江とそ。ムーのカムサルに霧があったという、若い人の
見という、身である。ミミ山ノームす、べらる、という。

 ベラムという、べらゆらの江のかむれるとそ。かあやる、
さまゆる、おりらく、すめす、すめらる、すめの山とそ。
すめ山のお書きという。ムーのすめ山である。

 腰結びの着物という。腰をふせという。ふせ結び、
小結(こゆい)、小結び姿という。後、相撲の力士の
姿という、カマーテというて、仕切る、相撲の前という。
カマーテ相撲の仕切りという。カマーテの団とそ。
団体のカマーテである。かまるくれるく、という。
むつゆつ、という。

【カマーテ】
 カマーテというて、相撲をする人という。昔のことである。
江戸の町衆相撲とそ。弓を持つ人、ハーサンという、弓取りと
いう。それを、くっくく、という。相撲の国技という。
くっくくという、カマのことの意という。かまるかの山という。
ここの山の霧の姿の一表とそ。カマルカ山、これ、劣る山とそ。
かま様の山という。弓のや、という。

 かまをいただきにかつぐ山という。弓を中腹にももす山
という。かま弓姿の、劣る山という。かま弓山のお書きという。
ムーの島の四等目の山という。四番目の山である。劣る山を
いう、若い人の劣る名とそ。立山意千尋という、原子炉の
自民塔をいう人である。自民等の人という、劣る人のお書き
という。劣等山という、ムーの島の原子力塔である。

 島が上がった四番目の島という。四番に上がった時の
ムーの島という。四回の浮き沈みである。ムーの復活の
ことをいう。ム大陸お書き、これにる書きとそ。

 原子力炉という。ムーの原子力という。無原子力という、
書きをする若い人という、武原子力という、撫原子力という。
矛原子力という。矛原子力雲という、有名な雲である。

 霧のように消えていったという、原子力の雲という。雲には、
放射能があるという。放射能の雲という。いつ復活するか、
復活しなかった福山の雲という。

 近代科学で復活するという、無ーの復活である。原子力と
いう。ムーの話という。ムムムという、書きという。無口な
無効という。ムムムと出てきた、原子力という、雲という。

【正解への道】
 夏雲の状という。原子力ムーである。30万基を移動する
という、そうきょう国の原子力塔である。上海からモ
ロッコまで並んでいた原子力塔とそ。江戸朝の京には、
10万基、20万基くらいはあったであろうという、原子力
塔の塔守である、自民塔参拝の若い人という。無限資力
という、ムー大陸を見てきた資産家である。
ムげんしりょく、という話である。無限に原子力はある。
 
 ムげんしりょくの御所という、時の御所というムー大陸の
御所であるとも。ムに向かう人である、ムーにいった若い人
とそ。『ムーは私の故郷です』という日とという。原子力は
ありましたという、発散往時という時の発散の霧(ム)で
ある。

 ムルロワのムーという。たくさんの霧があった日という。
ムルロワお書き、これなるを。
 発散往時という、霧がはれた話という。正解へつながる
この文である。かの発散往時の書である。時の御所に深く
しまわれている、しまわれのしまい、という。しまわれて
いる発散往時のムー大陸の記である。


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 『紫だちたる雲の細くたなびきたる。放射能の雲や如何に。』
 『はっ、たなびいております。』
 『あれに見えるは放射傘雲』
 『これに見えるは、手乗り雲』
 『これっ、悟空、放射能は如何に』
 『放射の山のおきたりて乗り乗り』
 『助さんや、格さんや、悟空ともども、お乗り乗り』
Mr. Atom Lucky Ager, "French report" より
      秋残り世界文学全集 巻2
      『余は機械である』
       蒼郷 鳴恭川世讃歌 の項
       秋残り市史編纂員、余。
       秋残り市史篇絵巻物
       
***コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ***
秋残り市立美術館秋期展示
『古譜2313大原練習1933天の下1748FranceContinentMu ムー大陸(壮強太陽)』
馮飛菊 画書家判 よという字。おから山はらる
秋残り市、凡人倶楽部所属、凡(ぼん)

    著者@200上巣真芯、植え住まし
        UESUMASi W.E.州 Machine
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 仮想店 出品 ID:KoH'yosi-623037
     画商『加端』名画専門
     豪華額縁付 2000円ヤナギ
***アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ***
***コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ***

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ブログでの団体名、個人名、他名称などは、
全て、仮想です。楽譜の作曲者名、作詞者
名等はもちろん、私が勝手につけた名前で、
ええ加減に書いてあります。
同じ名前の方がおられましたら、同姓同名です。
実際の作詞作曲者は、私、駄作者の秋残り、本ブログ
著者小林壱裕です。記事は架空です。
著者@200,2285
Notice:Writer says,
Names are virtual on this article.
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posted by 秋残り at 22:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽