2019年03月10日

卒業3525FranceRie リエッルラー(はすちみそ)France :イカスミ柳

馬には乗らない:健全家
そうきょうのよい思い出し:日能野鷹世
字(あざ)のほうぼうで、腹を横に書く。:山吹 柳
かいきょうのそうきょうはよい時です。:スモモどくだみ
そうきょうのよい自分です。:山吹 餡
天の下、山拝み。つねづね。:紙祖川劣る

【曲名】卒業3525京都船旅2425
    古譜2295大原練習1915天の下1730FranceRie リエッルラー(はすちみそ)France(壮強太陽)(鳴恭川世讃歌)


【創曲】2019/03/09柳晴、少寒
    創曲、磯菊 茂矢井・正(やなぎ) 
    造詞、ネアンデルタール人・正 
    監修、篠宮副雄
    訳、 冴柳一郎・正(秋残り市在)
【拍子】4/4
【種類】奥古御所歌謡
【演奏】Orchestre civique、火打石を使う会
【作成】MIXTURE    
【場所】御池秋残り用
【歌詞】蒼郷 (紅世赤夜章)
あっぱれ 段原明けよい妙
懐かしくむ まむまむ まむます
青由良はむ 天津由津 くむ狩り降る
塩瀬 察津揺らす 継節 うゆふら
降りる月加賀子 はゆすゆすふり
穂連れる灯ゆ 利々ふ利々す 
過ぐれば  なつゆかしき路々
まね成りぬ 学びるゆゆふら
振り月 あすなろう
 狐の天気予報。〇r2019/03/11
 狐と。 過去をとく、という。
 場所、そ。 狐言:こって。
 狐晴れを、柳世葉とぞ。
 桃晴れごぎつね、秋晴れごん
   ((明日晴れたなら行こう、大原砂山))
【解説】君、探敵中、情景。 破風之談
------日出葦談笑聴
明日晴れたなら行こう、大原砂山
品花雲しなよる〜〜柳雲〜〜山吹雲〜〜桃雲〜〜銀杏雲〜〜朴ノ木雲
Be in Ideal town.
【J家言】今様(こんさま)、詠。
花ゆまに えて山ありき 川流る
御所(ごぜ)とわ花や 飛びゆ霧ふふり
 霧落つ花白山沢
    世浜玉代 梅山見月
【京都会議】
【御所】
【本所大原】
 今日は、本所から、大原へ行くという、若い人のスマホで
ある。この声を聞き、早速、馬の用意をした人である。
 『大馬一頭で行きます、極力歩いていきます』、そういって
『馬のお伴をします』と言う。機械をめでる人であり、
機械をいたわる人である。『動物の馬も一緒に行きます』とも、
いう。機械大馬に挨拶をし、背に豊かな掛けを着せ、足に靴を
履かせくまなく、点検をし、後ろに白い幌馬車をつないだ。
 次に、生きた馬にも、同じことをした。靴を履く馬という。
この日の動物の馬という、白い、少し小さいロバである。

【鏑矢】
 大原を作る人である。大原記念の日という。
 鏑矢を打ち、『この矢の飛んでいく所が大原である』と、言っ
た人という。かぶらら大根のような大きい太い矢である。この矢の
飛んで行った経路である、本所、御祖御所大宮、今の竜谷大
学のある所、そのまま、西へ行き、七条祇園御所区、八条西畷、
葛奴湯(くずらぬゆ)大津、八丁大徳、桂千代葛(くず)、千代之
原、いぶすきん所、八丁越え由良、由良裏、嵐きん、嵐さよふる、
奥古賀、古賀之代、千代々原々(はらばる)、京見越え、ここを、
こずる大津という。これが、全部大原という場所である。
古名に大原があることという。大原越え行き、という。

【本式弓道】
 もう一本を射た人という。X氏という。言に、『本を伏せた
カーブで、この矢は飛んでいく。』 今の人は、本式弓道と
いう。X式弓道ともいう。読書式ともいう、本見識である。

【賀陽(かよう、がよう)御所】
 賀陽(かよう、がよう)御所から撃たれた矢という。これを、
撃矢鏑という。鏑木御殿という、壬生賀陽御所である。
おんじょともいう、ごしょという。

 撃たれ、白魔白御(はくましろご)へ行き、そのまま、立って
いる矢という。今も立っている。

 もう一本、撃たれた矢という。壬生本所立てという。
 
 もう一本打たれた矢という。からざるゆよ矢、ゆよやへ
いった矢である。ゆよや矢場という。この矢を、ゆよやよ、
という。ゆよの大原という、壬生ゆ、はんな行きふり、
という。後、はんそむ、という。はれるはれ(はれるはむ)
という。遠くから国へ行く矢である。から国見舞う矢である。
ロンゲル・ヒュースという矢である。壬生鏑ともいう。
矢大根という。おおねゆき原の矢という。

【若鏑】
 もう一本という。若い人は言う、『矢を背負い、矢文で
行きます』と。大根を背負った若い人という。これを、若鏑
という。『いる』という言葉を、『行く』という使いをする場
である。いるをいく、という、いるお行く矢という。これが、
撃たれた矢である。『今から撃たれていきます』という。
大根を背負うことをいう。編み傘帽を被り大根を背
負った人という。これを、田舎大根雄姿という。馬の伴を
して歩く人である。

 この日は、鉄午を連れた田舎大根である。目指す大原と
いう。現、京都御所である。烏丸丸太町である。この飛
矢は、途中でとまったり、休んだり、早くなったり遅くなった
り、若い人の歩みによるものである。この若い人の歩いた経路、
てろを大原御幸というのである。昔、大原と言った所である、
御所というのである。たくさんある御所の中の一つである。

 若い人は言う、『大原をたくさん作り、皆、大原と言い
ます』という。これを、古代歩きさん・ダース、という。
ダースという、ですの方言を使う人である。歩きさんですとそ。
こう言って、大根ポーズをきめた人である。『あるきめです』
と言った人である。

 大原御幸のあるきめです、という人である。祖倉槍向かった、
目指すそくらてす、という。てすという方言になっていることと
いう。『そう言うこってす』という、『そういうことです』話と
いう。

【御矢】
 X氏の御教えという、これを、御矢教えという。若い人という。
祖倉槍越え行き、のたりのたり、大根背負い背の鉄午、馬連れ、
幌馬車と歩いて行った人である。これを、西部仕様という。
編み傘を被った人のすることである。編み被りを、せい式という。
大根背負いを、のふらるけ、という。後、農という、濃ともいう。
これを、農能という、能の一種になった姿とそ。西農能という、
壬生の古能である。これを、大原に置くという。御所能の初期で
ある。能初式という、御所能の始まる場をとる由縁という。

【平将門古名】
 大原へ着き、感慨深げに辺りを見ました。思えば火が吹き上がっ
ていた地である。平奨のあった所である。平奨御門という、古い
門前である。後、平将門がやってくる、人名であり、門名で
ある、平奨御門である。平将門が暴れていた地である。
平奨火という。今は、消火器に変わった平常消火である。
門には、火の用心と張り紙がしてある、平奨御門である。
ここへ入っていった人である、若い人である。
 平葦常お書き。平良常代(ひらよしつねよ)お聞き。
田んぼのあった頃である。畑もあった話という。農期という頃
とそ。これが歩行式数歩き帰納という。あるきめですの帰納
という。歩き目算という。あるきめですの歩行を計る計測図
という、遠足行程である。鉄午のお伴をしていく、馬のお伴を
していく地図という。アルキメデス行程という。

 京都会議の一日である。編み傘被りの今日御所日記である。
大根を植えた人という。お手植えの大根という、御所鏑という。
鏑菜大根という、原産地大原というのは、この大原でもある。
御所大原、大原御所とそ。現、京都御所である。出版に、
御所園芸がある。烏土の園芸という。烏丸土という。鏑矢が
飛んでいった所である。京田舎原物語という。御所大根日記
ともいう。

【菊大根】
三段編み笠(三つ山、ともいう)、菊大根の物語。

【内掛】
内掛という、式を書いた記物という。日記類を記物という。
着物の内掛という、これが、御所の言いである。
やなぎという、御所の門をくぐる時に、やなぎという、やなぎ
入りという。これを、うちす、という。これを、小内(こうち)
という。後、しょうだいという。正内という、のち 、しょ
うぎ、という、正着という。これを、やなぎ着という。やな着
という。
 正内、やな内、小内入り、やな着かっ式、こみくはる、とそ。
みく入りともいう。みくはるの山の、山編みという。三段に
山に編む、御所編み三、という。御所編み笠をいう。
後、二条式内という、うつという。うつ編みという。編み笠の
記という。

【あっつ編み】
 とそはゆの絵という。正しきをやなうつ傘という。これを、
あっつという。編むをあつという。三段あっつ編みという。
これを、アッパーという。あっぱーあっつという。
御所の東宮御所の言葉である。

 まさゆ花ら、これを、もて、とそ。これおもて、という。
これを、禁式という。禁中お書きである。禁裡ともいう。
奥を禁裏という。外表を、禁塊という。禁表という。これを、
きく、という。菊の紋の由来である。

 大根と菊の和え物をき、きん、きん内という。禁裡食、
禁裡食とそ。とうし録という、この書きとそ。
京都高山、高嶺書き。

【はすちみそ】France--キーボード打ち掛け
 葉土味噌とそ。葦の木のキーボードという、御本所、
ごっそほんぞ、ともいう。御所裡に大魔言がある、そこの
ことを、ファーといい、ファーリーという。ファリールファー
という。パリのことである。御所是(ごしょぜ)ともいう。
大魔言言いが、ファーリーである。
 菊大根に葉土味噌とそ。御所の和え物という、幸の井横で
とれたものという。葉土井戸ともいう。葉土大根。五条和え
ともいう。

【大魔言楼】 
 大魔言楼という。ファーリールファーという。エッシャン
ゼリーという。ファーリー(巴里)語という言葉である。
シャンツの山という、三段山という。そこを三波(山波)という。
それを、しゃっすす、という。しゃすれ、ともいう。
シャレスレーという。シャッスレ山という。古くの五条ヶ丘
の土である。これを見る大魔言楼という。御所のうちである。
内内裏(ないだいり)という。トーリル・ホンズレーという。
大魔言語である。壬生羅生語という。壬生羅生という。
ミーラックという音楽である。ここの音楽がさんばである。
さんぱともいう。さんらっくともいう。三楽、三波。

【魔陣律】
 たんた〜んたた〜んと、継ぎを続けていく。小節にまた
がるをいう。4、4.5、8、4.5と、継ぎの次という、小節に
またがる率をいう。三波楽という、山波楽とも。
壬生の三波楽という、大魔言楽ともいう。白亜大魔言も、
これをいう。白魔陣律という。単に魔陣律という。

 これをアキス律という。アキスト律という。アキスト
ゼネ律という。明治のアキストゼネコがこれである。
音をコという。数えに、1コ、2コという。

 アキストゼネの一解である。
 
 れをネという。音をネという。ひとネ、ふたネという。
ねて、くらす、という。音の手を使うことをいう。篠ぜがら、
という、解答という。デッカンショという、大魔言をいう。
デッコンショともいう、デッコとも。デッキという、言葉の
出所である。

【デッキ】
 つながりをデッキという、電車のデッキ、サウンドの
デッキという。音楽を聞く器具をデッキという。古くの
白魔大魔言である。小節を継げるをデッキという、音楽
の小節という。デッキ小、デッキ小節という。

 音楽を魔頭という。古くのこの地の言いという。マーさん、
ともいう。マーさんごじゃれ、という。ウトテレという。
歌うことをいう。これを、テレという。テレの日、という。
テレの日という、歌を歌っているときという。歌うをウトウ
という音便とそ。ウトテレという。歌をウトという。

ウトウトウという。ウトウ冠という。楽人の頭被りである。
虚無僧の編みという。これを、編むという。編むかわ、という。
編みの三段編み帽という、藁でくぐったものである。これを
高山編みという。クッペともいう。曲を編むという編曲の
かかり分けである。分かった分けという。分々の文である。

 ブンブンブーンと、最後を中途半に伸ばす、4、4、4.5の
音符になる。三半律の三白律という。8/7拍子になる。
この率を4拍子にした三波である。

 楽之御所という、楽御所という、楽士の語源である。
楽之という。

 たんたんうたうた、うたたんたん、という。これを、起部
小節という。三波楽の起部である。4拍子の三波である。
いろんな起部がある。

【X=】
 能に音楽入りがある、三波能という。歌う能という。古くの
壬生能である。X氏御教え。
 エックス・イーコールという出だしである。エックス・イー・
コールともいう。X=、X・E・call、これを、エックス解という。
X=X・E・call タンタンコールという話である。

この方程式を解く、『・』をタと読めば、X・E・callは、
タンタ タンタ タ〜ン 4、8、4、8、4+8となる。callで
伸ばす、そういう音楽方程式である。式部省の役人は
そういう、楽式部という。エックス・イーコール、タンタ
 タンタ タ〜ンという。エックス・イーコールというて
楽の初めで、はじめ出す。御学問所の楽部省室である。
御所にある話という。小御所がそうである。

 音楽指揮者の方程式という。X=X・E・callである。
これが、次の継ぎの解である。次継節というタイの小節
またがりである。

 両手に指揮棒をもつ音楽指揮者の、XEコールである。
答えは曲と答える楽士連、はなゆまのお楽という。
はなゆまが、音楽室である。わたせみ、はなゆま、という。

 檜皮葺きの古いコンサート・ホールである。卑弥呼室ともいう。
卑弥呼の時のタンタンコールである。エックス・イーコール、
タンタンコールという日、巫女楽という。卑弥呼の解という、
巫女である。巫女を卑弥呼という、小御所という。

【正一位】
 これを、小局(こつぼね)という。小曲という。卑弥呼の正と
いう。これを、正一位という。一曲のことである。小局の部屋
という、これを、二畳まがり、という。二畳局という。二畳曲でも
ある。小曲である。名曲家のいうことである。

 二畳駄作院の曲である。御所にある時には、駄作院と名乗る
駄作者である。小御所駄作院迷解説亭もどき駄作者。
ターンもどきカーブ員、いも版の話とそ。
あとはな(後花)、花押し。

【まっか】
 この期の作物に、駄作院まっかもある。まっか瓜という。
駄作院様お成りのまっかという。まっか大根ともいう。
農地、花やかな頃である。御所中農地お書き。宮廷小説家
の頃という、のちでは、清少納言と暮らす人とそ。
虫めずるお書きという。帰省中お書き。

 『我が庵は、檜皮葺きやら、すきら壁、
  もろもろ寄りて 鶯ぞ鳴く』
   迷作庭
 『世まい鳥、キュココンと鳴き、壁放つ、
  鳥鳴きケキョの 人声返り』
   世迷い(よまい)鳥という、鶯のよい声を真似た
  人という。すきら壁に向かって、ケキョと声を向けた
  という。キュココンと返った声、古今鳥という。
  人のことを鶯という、鶯という。これを、鶯につけた。
  古今鳥という、鶯のことをいう。すきら造りの壁という、
  人声の通る声をとおせという。とおせの返り声を聞く
  壁の造りという。『こわのとうせ』という。声のことを
  こわという。壁を両側に立てて、ここを、鶯が飛び鳴く、
  ケキョ壁という。返り声が、キュココナと聞こえる飛び方
  をする場とそ。すきら里という。すきら壁のすきら声という。
  鶯をすきらという。すきら鳥の尾鳴きという。小御所の壁
  曲がりという。これが、局であり、曲である。             
   曲がりという地は、声が反射する場所ともいう。全国、
  たくさんある地とそ。曲がりごめい、という。返って、
  路地のことを曲がりという。路地という、鶯地という。
  鶯小路という。
   鶯張り廊下を壁にした、鶯返し鳴き壁という。すきら壁
  という。小御所の話という。人がしゃべっていても、声が
  反射する造りとそ。仁という造りである。(イと、イの左右を
  ひっり返したものを、並べる、向かい合わせの恰好の字、印
  とも、のち、介という)、介壁という。路地を介道という。
   この山のお書きという。後、この山を近衛という。近衛壁
  という。近壁(ちかかべ)ともいう。近衛壁のお書きという。
  
  『やなぎ通り、返す壁のう、返りみせ
   ふなゆらゆらす やまるせいろく』
   やなぎ通りという、声を正しく放つとそ。やなぎ通り声と
   いう。返り声のことととそ。『こだまや、なぐ、ゆき』と
   いう。こだまやなぎ、やまびこのことでもある。
   
   『ぼーん』と言えば、『くげぇ』と返ってくる場所という。
    正一点という。片側だけでも返る場所である。御所の
    中の壁である。仏点ともいう、フラゼルという点である。
    ファーリーファーのトンという。ファリセル・ブックと
    いう。メリヤスという、声のメリという。メルという、
    褒めるをいう。メリヤス壁という。やっ所という点で
    ある。
    
    【べっかむ】
     べっかむという壁もある。花ゆ返りという。返りを
    べっかむ、という。花ゆるふら壁とそ。縦の縞を入れた
    壁を斜めにする。斜め縞という。ここの返り声という。    
     斜め井の字の縞を、波闇(並闇)という、波かわともいう、
    縦の縞壁を、ほうざ、という。それぞれ、鶯調という。
    ケキョログという。ケキョ壁という。壁の御所、返り声
    くみすふ、ろろよ、とそ。ろろ鳴きという。オロロンと
    聞こえる場という、ここを鶯所という。オロロン縞、
    オロロン島という。鶯論査、お鳴き所、べべふむするす、
    という。着物の長べべという。オロロン着物という。
    オナガドリの図案とそ。鳥をたたえる話という。
    御所にいた様々な鳥という。皆、壁をとりという。
    壁のことをとり壁という、日常の壁である。    
     べか、という話という。壁の塀をべかという。
    壁塀のこと。    
 
 葉土をはすちとそ。斜め地。ここに、木の葉が落ちる場とそ。
FZAである。お指御所という。ゆびうちす、ゆびきたす、御所と
いう。キーボードの話という。指弾とそ。
 タンウ、タンウ、タ〜ン、、、タ〜ン、タ〜ン、タ〜ンという
うちをするキーボード各種という。

そう今日の、ふみ路地、良きありて、黒きキーボード波打つ、
造りとそ。まいくろソフト社製キーボード打ち。真っ黒の造り
である。波型壁もある、マイクロンという。べっかむ・まいく
ろん、という、歌ぞう話という。マイクロン・ハットという、
波のような帽子縁りという。黒壁のや、真黒壁の庭、ゆわれ、
とそ。コンピューター・ミュージックの御所という、シンセ
サイザー小御所である。奈良山調という、音楽とそ。

 皆様にお見せする、駄作なら、キュコクコクという。
駄作のことをいう。私のキーボードの音という。
ヘタヘタヘタと聞こえる、コンピューターのキーボードの
打鍵音いう。昔は、キュコクコクと打っていたという。
いかなる音か。靴音のカッカコツコツである。
これを音楽にすれば、キュコクコクになる。こういう鳴き方
をする鳥という、尾長鳥のことという。後略。

 春眠暁を覚えず(しゅんみん あかつきをおぼえず)
 処処啼鳥を聞く(しょしょ ていちょうをきく)
 
 菊の庭、菊の御所、鳥様々の絵、これなるを。次継節交えて、
 次継節の継節、蛍の光、窓の雪の頃、卒の次、継ぐ月の継月
 という。継月家屋、奥の御所の一室である。御学問所の前と
 いう。学校前を継月所という。バス停、電車の駅の古い言い
 である。
 
  卒業前の皆様には、ありて、幸ゆら、幸ろうろうの波、
 来たる、ゆゆす日々なれ、とそ。奥床敷、踏み踏むキュ
 コッカッカの靴の音、また、文見る日ぞかし。
 
  指ふらる、せせらかわ、流る、字流る川、文読む日々とそ。
 即継、後々(ごこ)の光、蛍節の山、学問の長をいう。
 高調のふきをいう。ふきのとうのやぞ、とそ。学問の蕗
 草露の穂、長き曲がりという。卒業の方程式である。頭を
 垂れて教えをこう、懐かしむにやあらん、なつかしの記、
 これなるを。
 
  遠い昔のこととそ、ありて、しおむや、そせよるふふす。
 れつれつの音、卒の音です。幸大木ありとや、ありありて
 へつす、るみほ、るるれる、ゆらる音ちそ。
 
 幸多かるを送付。卒の次、継を継節とそ。あるれる様、
 せてせろろす、ふゆる、ろん春。ろろ春お書き、卒をたたえ、
  卒業の皆様の多幸いのるれまします。れれすおかき、
 これたる。

X=X=X=X=X=X=X=X=X=X=X=X=X=X=X=X=
  卒業の皆様には御多幸あれ、花もて、卒業の胸、豊か未来、
 夢成る人なると、祝うまむます。
  古御所言葉にて。御祝。
X=X=X=X=X=X=X=X=X=X=X=X=X=X=X=X=
  
 駄作卒音多々あり、ゆるりゆるり、たまるたもる音音の玉、
 いつしか、ふりたり、ややす、おく花ゆ。れれそ、そむてす。
 るるす、すすそ。そんむるれれ、これたる。
【歌解】
 まね、学びのこと。
 あすなろう、木の名前。
 どちも古五条語である。五条ヶ丘の頃の言葉である。

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 『紫だちたる雲の細くたなびきたる。放射能の句もや如何に。』
 『はっ、たなびいております。』
 『あれに見えるは放射傘雲』
 『これに見えるは、手乗り雲』
 『これっ、悟空、放射能は如何に』
 『放射の山のおきたりて乗り乗り』
 『助さんや、格さんや、悟空ともども、お乗り乗り』
Mr. Atom Lucky Ager, "French report" より
      秋残り世界文学全集 巻2
      『余は機械である』
       蒼郷 鳴恭川世讃歌 の項
       秋残り市史編纂員、余。
       秋残り市史篇絵巻物
       
***コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ***
秋残り市立美術館秋期展示
『古譜2295大原練習1915天の下1730FranceRie リエッルラー(はすちみそ)France(壮強太陽)』
馮飛菊 画書家判 よという字。おから山はらる
秋残り市、凡人倶楽部所属、凡(ぼん)

    著者@200上巣真芯、植え住まし
        UESUMASi W.E.州 Machine
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 仮想店 出品 ID:KoH'yosi-622857
     画商『加端』名画専門
     豪華額縁付 2000円ヤナギ
***アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ***
***コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ***

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ブログでの団体名、個人名、他名称などは、
全て、仮想です。楽譜の作曲者名、作詞者
名等はもちろん、私が勝手につけた名前で、
ええ加減に書いてあります。
同じ名前の方がおられましたら、同姓同名です。
実際の作詞作曲者は、私、駄作者の秋残り、本ブログ
著者小林壱裕です。記事は架空です。
著者@200,2267
Notice:Writer says,
Names are virtual on this article.
Matters are not real.

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