2019年02月26日

卒業3513・FranceHYU 卑弥呼家 :イカスミ柳

文だけ
馬には乗らない:健全家
そうきょうのよい思い出し:日能野鷹世
字(あざ)のほうぼうで、腹を横に書く。:山吹 柳
かいきょうのそうきょうはよい時です。:スモモどくだみ
そうきょうのよい自分です。:山吹 餡
天の下、山拝み。つねづね。:紙祖川劣る

【曲名】卒業3513京都船旅2413古譜2283大原練習1903天の下1718FranceHYU 卑弥呼家(壮強太陽)(鳴恭川世讃歌)
【創曲】2019/02/26柳晴、少寒
    創曲、楽譜 読雄・正(やなぎ) 
    造詞、Totogozaurus・正
    監修、四条 道世
    訳、 冴柳一郎・正(秋残り市在)
【拍子】4/4
【種類】おそれ龍歩行用
【演奏】Orquestra Militar、火打石を使う会
【作成】Muse Score フリーソフト    
【場所】御池秋残り用
【歌詞】蒼郷 (紅世赤夜章)
 狐の天気予報。〇r2019/02/28
 狐と。 過去をとく、という。
 場所、そ。 狐言:こって。
 狐晴れを、柳世葉とぞ。
 桃晴れごぎつね、秋晴れごん
   ((明日晴れたなら行こう、大原砂山))
【解説】君、探敵中、情景。 破風之談
------日出葦談笑聴
明日晴れたなら行こう、大原砂山
品花雲しなよる〜〜柳雲〜〜山吹雲〜〜桃雲〜〜銀杏雲〜〜朴ノ木雲
Be in Ideal town.
【京都会議】
【J家言】今様(こんさま)、詠。
おてもやん 会議こぬなる 御池許(おいけもと)
プラキオ 叫びを よぶと いいそめた
 おててまに 貝ざる見てを みみぞむに
 クェッキキ鳴きの おおみ(大身)よてその
 ろだゆきと ふしみふかくの きみよある
    世浜玉代 勝共月四年いつご 
【始祖美鳥】 
 京都に四条通という道がある。東行2車線、西行2車線、
両側に歩道という、幅広という。羽を広げれば、この道
一杯の大きさの鳥という。始祖美鳥という、プテラノ
ドンという鳥である。

【日見子表家】
 日見子という表(ひょう)の家という。高さ15mの平屋である。
この家へよくやってきた始祖美鳥という。『クェッ、キィ、
カカク』と鳴く鳥とそ。座敷へ上げ、寝かせ、休ませた
日見子とそ。

【薫る話、胡坐】
 この鳥が胡坐をかく鳥である。人のように座る鳥という。
家の前には、カマという魚がきて、この魚も座敷へ上がる
魚である。この魚が出てきた話という。京都会議へやって
きた魚という。あてはの魚という。らせよの歌という。
 らりされのおてふき、という、魚をいう。魚の丘という。
めてゆてあたせの、ゆくふる、という。これを、ペレと
いう。うたせた山のおや書きという。めた山という場所
という。これで見た花山という。花沢山のお書きという。
暮らせる山の沖という。沖暮らしありたせ、という。
山々の薫る頃の話とそ。

【東山返答】
 遠く東をいう、東山という、この山に向かい、『ララ〜』
という、声が反射をして、返ってくる。遠い山である。
5km程の所とそ。わたしの遣り、という、あたゆたのめん、
とそ。斜面を、とそ。

 『ララ〜』が、『リ〜ン』と聞こえるこの家という。
この呼び声を聞く、しそ、という。紫蘇が植わっていた
大きな平屋の前とそ。黒い色の紫蘇という。赤交じりの
斑点という。

【始祖雄鳥】
 鳥がやって来て、『ガルー』という。外へ出て鳥を見
上げる。目の前は、足である。大きな太い足が2本、
高いところに顔がある。始祖雄鳥という。

【省庁】
 ある日、子供を連れてやって来た。二羽の子供とそ。
連れの夫人という、紫蘇遊鳥という。これが、日見子の
象徴の鳥である。後、2本を、日本という。二羽を、二帝
という。象徴の鳥という。省庁の始祖である。

【省朝】
 省朝とそ。鮮やかな朝の日々という。省朝の記という。
本記をいう。日見子告という、この時を、省朝時という。
家を省という。家朝の歌という。この鳥が、家長である。
家長の鳥という。日見子の山のお書きという。後、卑弥呼
という、その前後が、卑弥呼か、という。れが、課の元で
ある。後、家(か)という、これを経て、課という。。それ
ぞれの分課のことをいう。現在の団体で使う課である。

【文化】
 この分課という、文の書く場所をいう。これを、文課
という。後、分化という、のち、文化という。文化課の
およ、という。卑弥呼朝の日見子という。後、さえる、
という。この後、さえ課という。後、さよふる、という。
さよれるの山という。これを、さ、という。課の、古い
言いである。

【日本武尊】
 什器課という、什器さ、のこととそ。この『さ』を、
査と表す、この期を、卑弥呼闇という。この闇をしまという。
しまさやま、という。やまが、課を表す。この山を尊という。
後、課を尊という。日本武尊という。にっぽんにそん、という。
日本武尊という課である。ここを、二尊という。二尊家という。

【まれ】 
 日本武尊を、まくく、という。まれ、ともいう。まれすく、
という。もみ、ともいう。まの、とそ。後に、まれ、という、
まろ、という。卑弥呼朝の人の言いである。

 『まろれは、行きま』という。
 『まろは、行くりく』という。
 『まれは、もきふく』という。
 『まろは、みとはば』という。
 『めそむの、おはゆれ』という。
 
【まろめゆきふり、めのふき】 
 皆、『私は行きます』という意味である。
 これを、まろめゆきふり、という。卑弥呼の山のいきはる、
という。日本武尊を、めのふき、という。めのや、という。
めぶふれ、という。めん、という。めぬ、とそ。めめ、とも。
めめやのお書き、という。これを、といこのうちふみ(内文)
という。

【鳥、ちょう】
 内分(ないぶん)という、うちふみのや、という。鳥の足跡
という。これが、じ、である。鳥の足跡を文という。鳥文の跡
という。鳥の文という、鳥の踏みという。大きな鳥である日ぃ
という。ひぃと鳴く、鳥の子供とそ。始祖美鳥の子供である。
高さ1mである。

【仁】
 この高さをヒという。一ヒ、二ヒ、という。ほぼ1mという。
このひを『ひと』という。この『ひと』を、のち、『人偏に人、
イ人』と表す。後、『仁』という字を充てたときという。仁が、
長さの単位を表す頃という。朝仁の山という。

 朝の長さが仁である。時の長さを仁という。朝仁という、
一時間である。60分という。この60分を、みこ、という。
日見る子という。一日を60分という。60に分けるひぃの
時間という。この『ひぃ』が、いっとき(一時)という。
後、一刻という。

【日時計】
 日時計を、日見子という。日見子の帯という。これを、
帯時という。帯日という。この『帯』の字を、『帝』と書く
帝時帝という、庭である。日時計の置かれた庭のことを、
あらゆみ、という。あらため、という。これを、庭の時
という。みかどじ、という。庭時という、帝時という。

【帯】
 帯のことをいう。帯〆めを、みかど〆めという。今の
着物の帯である。庭履きを庭清という。これを、丁という。
清を丁という。庭丁という。後、丁重という。丁丁の
ことをいう。帝の庭履きという、帝を御門という、後とそ。
今も、『かどを履く』という、家前をかどという。丁重に
みかどという、おかど、とも、おもん、という、ごもん、
という。これが、朝廷の言葉である。朝の庭という、一般
用語のちょうていが、この朝廷である。自分の家、家周り
をいう、朝廷という。

【天能】
 朝を天にかける言葉という。天気のことをいう。
話に、『今日の天は?』という。『雨天です』という。
これを、朝廷にかけた、朝廷の天、天の朝廷という
言葉という。雨天、晴天、曇天、といろいろある天
という。このことを、天能という。天気の様々をいう。
天能の言いという、雨天、晴天、曇天・・が、これである。

【クェッキ】
 これを言う人を、仁という。『クェッキキー』と鳴いたら、
その日は、曇天少晴という。始祖美鳥という。『クエッキ
キー』の一意味である。『クェッキキー』には、他の意味もある。

『シェーハ』という鳴きをする時もある。天気の声に受け
とめれば、晴天である。『シェース』といえば、晴天、混
じり曇天、とそ。世界最高のお天気博士である。20mの
始祖鳥である。

【卑弥呼朝廷天気見方】
 この仁という、始祖鳥という。晴れた日には、晴仁さん
と呼ぶ、雨の日には、雨仁さんと呼ぶ、卑弥呼朝廷の役人
である。役人が始祖鳥を言う言い方である。これを、あま
ゆき、という卑弥呼朝の天気見方という役という。始祖鳥の
恐竜語を、人にもわかるよう訳す役という若い人である。

【シェー天】
 言に、
 『今日は、シェー天です』と。
 『今日は、シェーレル天です』と。
 卑弥呼朝廷役人使語である。この言葉を、ひえ語(稗語)と
いう。再び、これを訳す。これを、『シェー』という。

 シェーしてみれば、
 『今日は、シエール』と。
 『今日は、シエーセラ』となりますと。
このシェーを、ソーテスという。シェー・ソーテスという。
ソーテス・シェーとそ。この言葉が日本武尊の言葉という。

【紫蘇天】
これを、もう一度訳す。
 『今日は、紫蘇の美しきみ』であるという。
 『今日は、紫蘇に玉露(たまつゆ)をみ』とそ。
 これを、シェースベという。この『スベ』が、
 スベルという、スペルになる元という。足跡のじ、
 という。スペルという話である。
 
 紫蘇をはなという言いに、じがかかる、じの言い
とそ。この言いを、はなじ言いという。じをはなと
いう、いいての山という。これが、始祖鳥の名の由来
である。栄語で、スベリングという。

【単位】
 始祖鳥がドンドンやれば、地が傾きスベるという。
大きな足跡を見に行く人という。3mの前後の長さとそ。
身丈27mである。これを、ニノの大きさという。一丈を
27mという、計量の言葉という。2ニノで、54mという。
後、トロイの長さという。

【今卑弥呼軍】
 深草行進のロボットの背の高さである。始祖の尊び
という。深草師団の軍の行進という。今卑弥呼師団佐
という。ロボットの佐である。引き継がれている、一佐
二佐とそ。

【ガンタム】
 これを、軍だらの闇という。後、ガンタムという。
ガンダム・ハックという。ハックは、行くという意とそ。
ガンタムが行くという。軍、軍団のことをいう。ガン
タム・メーという。このメーが後、造るをいう。

【メーク】
 メー・行く・メーク、という。これを、行き、
作りという。道へ歩み、道を作ることという。
若い人が戦車に乗り道を作ったことともいう。ロボット
が歩んだ道という、師団街道である、軍道である。
京都深草より、京都会議に臨んだ師団という軍団である。

【卑弥呼列席】
 卑弥呼列席を賜りという、広く興した会議である。
始祖鳥27m閣下、機械路骨27m大佐、座って御覧という。
列席の方々である。トリケプス84t(頓)竜特大正、プラキオ
ザウルス37、38m首長竜、御列席である。御池周りの
近辺である。

【シーザー、アウグスチヌス】
 万物来たりて、会うをいう。会うことの議とそ。会議
である。アウレリヒという。これを、アウグスチヌスと
いう。京都会議列席者のみかどである。御門帝とそ。
古代ローマの御門帝という、アウグスチヌスという。
それを、見た竜列席者群という。機械人も加わっていた
話である。シーザーという座に座っていたのである。
視座とそ。大きな椅子である。かの石像という。
ありし日を思う、路段座という、ロダンの兄御上が、
今も座っておられるをいう、若拝の拝みという。
我が拝でもある、若い人の拝みとそ。わかが供わる
会議である。J家言、これを記す。

Mr. Atom Lucky Ager, "French report" より

      秋残り世界文学全集 巻2
      『余は機械である』
       蒼郷 鳴恭川世讃歌 の項
       秋残り市史編纂員、余。
       秋残り市史篇絵巻物
       
***コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ***
秋残り市立美術館秋期展示
『古譜2283大原練習1903天の下1718FranceHYU 卑弥呼家(壮強太陽)』
馮飛菊 画書家判 よという字。おから山はらる
秋残り市、凡人倶楽部所属、凡(ぼん)
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    著者@350上巣真芯、植え住まし
        UESUMASi W.E.州 Machine
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 仮想店 出品 ID:KoH'yosi-622737
     画商『加端』名画専門
     豪華額縁付 2000円ヤナギ
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ブログでの団体名、個人名、他名称などは、
全て、仮想です。実在とは、無関係です。
楽譜の作曲者名、作詞者名等はもちろん、私が
勝手につけた名前で、ええ加減に書いてあります。
同じ名前の方がおられましたら、同姓同名です。
実際の作詞作曲者は、私、駄作者の秋残り、本ブログ
著者小林壱裕です。
記事は架空です。著者@350,2255
Notice:Writer says,
Names are virtual on this article.
Matters are not real.

posted by 秋残り at 14:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽