2017年05月31日

卒業1779・京都船旅679古譜549大原練習169胡桃島参り(相凶太陽):イカスミ柳

そうきょうの思い出し:能野鷹世
字(あざ)のほうぼうで、腹を横に書く。:山吹 柳
かいきょうのそうきょうはよい時です。:スモモどくだみ
そうきょうのよい自分です。:山吹 餡
天の下、山拝み。つねづね。:紙祖川劣る

【曲名】卒業1779・京都船旅679古譜549大原練習169胡桃島参り(相凶太陽)(鳴恭川世讃歌讃歌)
   midファイル
【創曲】2017/05/31晴創曲造詞
【拍子】 
【種類】君彼女:歌
【演奏】大原回山余、往来歓楽家  
【場所】4戦回演、インターネット秋残り劇場
【歌詞】蒼郷 (紅世赤夜章)
霞参りの朝 やなぎ陽の登り
やなぎ幸絵島 鹿ともに歩み まいのる
参灯 切り火打つ時 霞来て遠のく
胡桃の島渡り 山上の社 清国
青草青く踏み 芝露に足は濡れ
近く遠くに鹿は鳴き 今日ここの絵に
尊きを頼む

 狐の天気予報:〇r2017050602
 狐みと。よら、せめ、とも。
 過去をとく、という。
 場所、しずのか。
 狐言:はみそ。
 狐晴れを、柳世葉とぞ。   
   ((明日晴れたなら行こう、大原砂山))   
【解説】君、探敵中、情景。 破風之談
柳太陽
------日出葦談笑聴
明日晴れたなら行こう、大原砂山 
 
品花雲しなよる〜〜柳雲〜〜山吹雲〜〜桃雲〜〜銀杏雲〜〜朴ノ木雲

ソウキョウ 1817/02/23れるる晴れみ(晴れら、とも) 
900日光堂,100糸の宮,1800夏近宮,2000五条ヶ丘御息所
字、山、柳植え方

      秋残り世界文学全集 巻2
      『余は機械である』
       蒼郷 鳴恭川世讃歌 の項     
       秋残り市史編纂員、余。 
       秋残り市史篇絵巻物
       
***コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ***
秋残り市立美術館春期展示
『古譜549大原練習169胡桃島参り(相凶太陽)』           
馮飛菊 画書家判 こという字。
秋残り市、凡人倶楽部所属、凡(ぼん)
 
『古布に描かれたもの 江戸暦牛年孝月梅日』
槙之木梅之進撮影 そうきょうの葡萄道堂裳楼の屋にて
陽が清きという所
『Old piese in old book, July 4, dragon'6』
camera shoot:Umenoshin Makinoki


    著者@350上巣真芯、植え住まし
        UESUMASi W.E.州 Machine  
-----------------------------------------------------        
 仮想店 出品 ID:KoH'yosi-65397
     画商『奴端』名画専門
     豪華額縁付 2000鬼円
***アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ***
***コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ***
 ----
ブログでの団体名、個人名、他名称などは、
全て、仮想です。実在とは、無関係です。
記事は架空です。著者@350,521
Notice;writer says;
Names are virtual on this article.
Matters are not real.
posted by 秋残り at 21:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽

2017年05月30日

卒業1778・京都船旅678古譜548大原練習168良柳夢(相凶太陽)

そうきょうの思い出し:能野鷹世
字(あざ)のほうぼうで、腹を横に書く。:山吹 柳
かいきょうのそうきょうはよい時です。:スモモどくだみ
そうきょうのよい自分です。:山吹 餡
天の下、山拝み。つねづね。:紙祖川劣る

【曲名】卒業1778・京都船旅678古譜548大原練習168良柳夢(相凶太陽)(鳴恭川世讃歌讃歌)
   midファイル
【創曲】2017/05/30晴創曲造詞
【拍子】 
【種類】君彼女:歌
【演奏】大原回山余、往来歓楽家  
【場所】4戦回演、インターネット秋残り劇場
【歌詞】蒼郷 (紅世赤夜章)
真夜中 人眠る 深闇頃 やなぎ座が
光る頃 やまなり天空高く広く 闇訪ない
安楽の時と 月高く小さく見え星はさざめき
我がつぶやきをし話し合う 星は歌う 
人のいびき聞いて 合唱のやなぎ座
葉をゆらし垂れしだれ 声をホウとあげる 

 狐の天気予報:〇r2017050601
 狐はれ。よす、せた、とも。
 過去をとく、という。
 場所、いき。
 狐言:はるれ。
 狐晴れを、柳世葉とぞ。   
   ((明日晴れたなら行こう、大原砂山))   
【解説】君、探敵中、情景。 破風之談
柳太陽
------日出葦談笑聴
明日晴れたなら行こう、大原砂山

 [雑、検事正]
 ゆるゆる夢ゆ、という、夢の柳見(やなぎみ、柳身)という。
良い夢をいう。枕元の良言という。やなぎ寝の柳路(りゅうろ)という。
夜の柳という、よしだれ(夜しだれ)の柳のか、とぞ。かを蚊という。
蚊の地の字(あざ)、蚊がり蚊がせ、という。川流れの瀬である。
川端瀬とぞ。川端柳のあざなうこころ、という。ここ道の蚊という。
カリールラールという。かま瀬ともいう。蚊のいる所、蚊揺れという。
かみという場所である。字かみ(あざかみ)という。あざる花の夜、
これを、かりたふ、とぞ。ふみふらのえぺ、という。えつその浜という。
ベバのばりらる、という。べめせの蚊とぞ。蚊が目をいう。
目を見せる蚊という。蚊の目のたっとび、という。トオという。
 蚊の目の付けという。蚊の目を付けた天井という、刀という。
切っ先に付ける蚊の目という。天井に付ける、これをかちという。
かち天井という。蚊を付けた壁という。これをカレという。
カレらるベーミという。壁みらという。メッブスの建ちという。
メーレルの話という。かかれるれっく、という。
 書かれた文である。本文である。
 柳のかがり、柳かがせ、という。柳冠地の山という。かにやなぎが
あるという。『そうか』という、やなぎが添うた話である。かがせの
せ、柳腰かが、という、背のことをいう。かがせの話である。
背の言いのかが背という。かが背の背という。山背(やましろ)の
かが背(かがしろ)という。山背山かがめやら、ふふる山らる。
これを、柳かが、という。柳かがのホンという。ホウともいう。
星のしだれるホウ鳴きという。星の形容である。ひとのかが山
ともいう。柳座の星とぞ。人の座る座のかが席という。これを、
柳座という。椅子の譬えとも。柳座の座、ホウと言うて座る、
風習である。柳座方見の座法という。これを、流という。
流言言いの柳という。流言どめ、という。流言は、柳流の言いで
ある。やなぎのたっとび、という。柳腰かが背花、りゅうらつ
という。らつれつという、らつの山のお、という。ら面という。
 壁の蚊面、ら面壁(らめんぺき、らめんかべ)という。
らーたるの言いとぞ。柳腰かが背のいかすみ、壁とも。
 壁にイカ墨を入れる話である。冴え柳という、いかすみ柳という。
けらふての言いとぞ。さえには柳、いかすみの柳通りという。
よい人の使う言葉である。良柳、良柳の言いという。
 これを、柳の本日という。この良い道をいく柳っ晴れかがぐ、
という。柳雨しだれのもと、という。下である。柳ぐもっけの
くもれる、という。雲山柳という。これを、椥(なぎ)という。
雲山や、椥のより昼、慣れる、という。柳名をひとなとぞ。
名前のことをやなぎという。やなぎ名という。芸名の花柳名という。
本名を花柳という。めらべるの波やなぎという。
 昼には、花に成れる、昼成りお、という。柳の明日をひるばという。
昼なろう、という、柳の別名である。明日なり柳の、柳なり、とも。
柳の木という。どのばの御殿という。
 『殿、柳の殿中でござる。』『うい、長袴、堂裳の用意かが』
いかすみかがれのしょっと、という。ワンショットである。
通しょっと、という。一通二通の堂裳の仕出、これを、剣負う舞い
という。剣舞のやお、という。剣辺ともいう。ピストルもって舞う
という。銃の舞とも。銃舞。
 これを、一舞二舞という、数えのかがせ数えという。剣舞の数え方
である。銃舞とも。一銃二銃の舞踏の数え、ペックラという。ペッソ
とも。これを重という。一重二重(ひとえふたえ)の銃機、什器とも。
十三単衣の鉄砲筒とぞ。かがせおりらる、柳のトオとぞ。 
 殿はいかすみ柳を名乗るという。職業の役職とも。
仕事にやなぎは付き物とぞ。
 柳明日なり、あすなろう檜のかがらず、という。松の廊下は、天の
廊下で雲が行く。雲行きなり日、日のいき、という。欅の廊下という。
欅のくもれば_名のいき、という。廊下はいき物である。
廊下行きの生きる人という。これを欅いき、という。
あすいき欅という。あすなりあすいきあすなろう木のかがすかが、
という。カーレル・ラッカンという。落款の押し方でもある。
話とぞ。  
 やなぎという言葉をいわない人いえない人は、噂にまかれる人という、
噂に負ける人という、うわさに流される人という、言うようにすればよい。
軽いノイローゼ、噂が一原因であることがある。これで、当人の前で
柳という言葉を使う。聞いて治る話という。これを、やなぎ日本、正
日本という。柳の二本の箸を使う、話ともいう。
 おかしな考えが出る、また、おかしな噂を感じる、聞く、
こんな時には、ひとこと、やなぎという、または、柳の話を出す。
噂に左右されず、人本来の考えが出る。
『やなぎ』という言葉の意味という。『正』という、『正しい』
『質す』の意味である。
 職を求める人は、柳の話をすればよい。求職、失業防止の一策である。
仕事をたっとぶ人の言葉でもある、やなぎという言葉である。
やなぎ発という、仕事を始める言葉である。
 冠称、やなぎを柳冠という。人名につける『やなぎ』である。
英語の『THE ザ』にあたるものである。外国人に『ウィロー 
WILLOW』『アイ・ライク・ウィローツリー』
『・・・ウィロー・・・』という、喜ばれる話である。柳という。
話である。正日本、やなぎ日本という言いの、冠称の『正』
『やなぎ』である。冠詞である。
古日本という話で、やなぎを尊ぶ国民という。木で表して、
柳という。柳は国木、刻木、告木という、古日本の木である。
 これで、やなぎ桜という、正柳、正桜という。やなぎ銀杏という。
柳の木であり、桜の木であり、銀杏の木である。他、同様。
 『やなぎ日本』『やなぎ米国』『やなぎ中国』という、古正語と
いう、今の話である。 
 『殿中、やなぎの廊下』という話という。『いかすみでござる』
この殿を古殿楼という。アメリ風という、アメラレーという。
『やなぎ』ということに、『いかすみ』と受ける。
 『いかすみの壁が見てござる、通(つう)かがみ』という。
 『お通りなされ』という話とぞ。
 『あいや、またれい』『まつの廊下は、スリッポンかが、いかがみ
 て、おう、儀。』 扇を持つこととぞ。『世にどうもうござる』
 どうも言いの仕通しという。『どうも、いつに、むつまじく、
 質す(しちす、ただすの意)、や、ここのよ、トオ』という。
 この『や』は『やま』である。『やなぎ・やま』という。
 柳の間を『や』という。『やま』とも。
  『や』といわれて、『ま』と答える。殿中柳の廊下、いかすみ通し
 という。まつの廊下である。桜間揚台という。だいだいのやなぎ城
 という。城をやなぎ城という。冠称のやなぎである。やなぎ家、
 やなぎ池、・・・・とぞ。古日本、正日本、やなぎ日本の話である。
  『よやなぎ』、寝る間の良い夢である。寝ている間に流れる噂を
 断る言葉という。『よいよいやなぎのまつね』という。
 松枕柳寝という。やなぎねの歌とぞ。柳川正、これが、古日本の
 検事正である。検事やなぎという、言い方の『正』である。
 検事正という、今の日本である。役職に見る『やなぎ』『正』の
 考察。上意が含まれていることという。 
 『検事やなぎ』という、検事を呼ぶ言葉であり、検事をたっとぶ
 言葉である、検事正のことである。冠詞と見れば、後置冠詞である。 
  やなぎ・司法用語である。司法正、これを語る、秋残りの話
 である、法律をたっとぶ、そうきょうである。やなぎ国夢譚、
 これなり。
  人名に付す『やなぎ』、『健治やなぎ』の言いは、健治さん、
 健治さまにあたる。『健治のトオ、健治トオ』ともいう。
 古日本の言いである。女性は、『幸子やなぎ』で、
 『幸子のタミ、幸子タミ』という。
 『タオ』という、どちらにも使う、やなぎのトオという使いである。     
 やなぎのタオともいう。やなぎを柳と書く。柳正適格である。
 適格後置という、冠詞である。やなぎ、トオタオである。
 タミである。
 
品花雲しなよる〜〜柳雲〜〜山吹雲〜〜桃雲〜〜銀杏雲〜〜朴ノ木雲

ソウキョウ 1817/02/23れるる晴れみ(晴れら、とも) 
900日光堂,100糸の宮,1800夏近宮,2000五条ヶ丘御息所
字、山、柳植え方

      秋残り世界文学全集 巻2
      『余は機械である』
       蒼郷 鳴恭川世讃歌 の項     
       秋残り市史編纂員、余。 
       秋残り市史篇絵巻物
       
***コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ***
秋残り市立美術館春期展示
『古譜548大原練習168良柳夢(相凶太陽)』           
馮飛菊 画書家判 こという字。
秋残り市、凡人倶楽部所属、凡(ぼん)
 
『古布に描かれたもの 江戸暦牛年孝月梅日』
槙之木梅之進撮影 そうきょうの葡萄道堂裳楼の屋にて
『Old piese in old book, July 4, dragon'6』
camera shoot:Umenoshin Makinoki


    著者@350上巣真芯、植え住まし
        UESUMASi W.E.州 Machine  
-----------------------------------------------------        
 仮想店 出品 ID:KoH'yosi-65387
     画商『奴端』名画専門
     豪華額縁付 2000鬼円
***アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ***
***コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ***
 ----
ブログでの団体名、個人名、他名称などは、
全て、仮想です。実在とは、無関係です。
記事は架空です。著者@350,520
Notice;writer says;
Names are virtual on this article.
Matters are not real.
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卒業1777・京都船旅677古譜547大原練習167真夜中(相凶太陽):イカスミ柳

そうきょうの思い出し:能野鷹世
字(あざ)のほうぼうで、腹を横に書く。:山吹 柳
かいきょうのそうきょうはよい時です。:スモモどくだみ
そうきょうのよい自分です。:山吹 餡
天の下、山拝み。つねづね。:紙祖川劣る

【曲名】卒業1777・京都船旅677古譜547大原練習167真夜中(相凶太陽)(鳴恭川世讃歌讃歌)
   midファイル
【創曲】2017/05/30晴創曲造詞
【拍子】 
【種類】君彼女:歌
【演奏】大原回山余、往来歓楽家  
【場所】4戦回演、インターネット秋残り劇場
【歌詞】蒼郷 (紅世赤夜章)
真夜中 人眠る 深闇頃 やなぎ座が
光る頃 やまなり天空高く広く 闇訪ない
安楽の時と 月高く小さく見え星はさざめき
我がつぶやきをし話し合う 星は歌う 
人のいびき聞いて 合唱のやなぎ座
葉をゆらし垂れしだれ 声をホウとあげる 

 狐の天気予報:〇r2017050601
 狐はれ。よす、せた、とも。
 過去をとく、という。
 場所、いき。
 狐言:はるれ。
 狐晴れを、柳世葉とぞ。   
   ((明日晴れたなら行こう、大原砂山))   
【解説】君、探敵中、情景。 破風之談
柳太陽
------日出葦談笑聴
明日晴れたなら行こう、大原砂山

 [雑]
 音楽が分かる、曲が分かる、という。
病人がよく分かる。普通の人が聞く、伴奏を入れてある曲が
ある、これがよいという。伴奏の入っていない、単純なメロディー
だけのものがよいという。あくる日、血糖値が100下がった人という。
高血糖の人である。また、聞かせてくれという。無事、正常値を得た
人という。単純なメロディーだけである。これがよいという。
 病人がよく分かる音楽という。
 音楽にこの分野がある、独奏曲という。今、病院へ行けば、病院に
よって、静かにうっすらと音楽が流れていたりする。
 この病人が聞いた音楽は、どんな音楽か。ピアノ独奏を聞いたか、
CDのバイオリン独奏を聞いたか。曲名は?という。
 実は、私の駄作曲で、今、打鍵するコンピューターから流れる、
イヤホン聞きの曲である。20小節ほどの、強弱も何もつけてない、
ピアノの単純な20-30秒程の曲です。私の駄作曲を褒めて下さった
方である。少なからず、こういう方がおられます。
 音楽と健康という話です。
 何が専門ですか、といわれれば、ありませんと答える私です。
駄作の曲造りをしていますと答えます。私は音楽の、また、心理学の、
医学の、小節の・・・専門家ではありません。この文は、私が
思ったことを書いたものです。
 物理と、化学と、語学と・・・音楽の学と・・音楽と健康、医学と
・・・・。
 音楽と物理と、関係がありますか?。音楽と化学と関係があ
りますか?。音楽と健康と、関係がありますか。
 関係はありません、という。正しい答えです。それぞれの科学の
範囲をいう。物理には物理の範囲、化学には化学の範囲、・・・・
があります。化学の範囲に音楽はありません。音楽は、音楽を対象
とする、音楽の学、理論の範囲にあります。この音楽の学の範囲には、
健康、病気はありません。それは、医学、体育学?の範囲になります。
 一方、音楽は病気の治癒によい影響がある、こんな話がでます。
病院の音楽です。よい影響がある話です。
 健康な人が音楽を聞く、気軽なもの娯楽としてとらえる場合が多い
と思います。伴奏入りの音楽が好まれることになります。
映画、劇また様々なイベントに音楽が用いられる現象となります。
 私の作る曲は、まぎれもなく駄作です。健康を考えて作ったとか、
病気治癒の為とか、そういうことは考えていません。それは、
そういうことを研究している人、専門家のすることで、私のする
ことではありません。ただ上のような現象はあるということで、
音楽と血糖値の因果関係は?、また病気とは?、健康とは?、
といわれれば、あると答えます。駄作家の私の答えです。
 音楽をめで、病気の治癒を、健康維持を願うものです。
この文です。     
 
品花雲しなよる〜〜柳雲〜〜山吹雲〜〜桃雲〜〜銀杏雲〜〜朴ノ木雲

ソウキョウ 1817/02/23れるる晴れみ(晴れら、とも) 
900日光堂,100糸の宮,1800夏近宮,2000五条ヶ丘御息所
字、山、柳植え方

      秋残り世界文学全集 巻2
      『余は機械である』
       蒼郷 鳴恭川世讃歌 の項     
       秋残り市史編纂員、余。 
       秋残り市史篇絵巻物
       
***コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ***
秋残り市立美術館春期展示
『古譜547大原練習167真夜中(相凶太陽)』           
馮飛菊 画書家判 こという字。
秋残り市、凡人倶楽部所属、凡(ぼん)
 
『古布に描かれたもの 江戸暦牛年孝月梅日』
槙之木梅之進撮影 そうきょうの葡萄道堂裳楼の屋にて
『Old piese in old book, July 4, dragon'6』
camera shoot:Umenoshin Makinoki


    著者@350上巣真芯、植え住まし
        UESUMASi W.E.州 Machine  
-----------------------------------------------------        
 仮想店 出品 ID:KoH'yosi-65377
     画商『奴端』名画専門
     豪華額縁付 2000鬼円
***アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ***
***コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ***
 ----
ブログでの団体名、個人名、他名称などは、
全て、仮想です。実在とは、無関係です。
記事は架空です。著者@350,519
Notice;writer says;
Names are virtual on this article.
Matters are not real. 
posted by 秋残り at 11:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽

2017年05月28日

卒業1776・京都船旅676古譜546大原練習166ルルホン総筐(相凶太陽):イカスミ柳

そうきょうの思い出し:能野鷹世
字(あざ)のほうぼうで、腹を横に書く。:山吹 柳
かいきょうのそうきょうはよい時です。:スモモどくだみ
そうきょうのよい自分です。:山吹 餡
天の下、山拝み。つねづね。:紙祖川劣る

【曲名】卒業1776・京都船旅676古譜546大原練習166ルルホン総筐(相凶太陽)(鳴恭川世讃歌讃歌)
   midファイル
【創曲】2017/05/28晴創曲造詞
【拍子】 
【種類】君彼女:歌
【演奏】大原回山余、往来歓楽家  
【場所】4戦回演、インターネット秋残り劇場
【歌詞】蒼郷 (紅世赤夜章)
総筐のルルホンと 小手朝めぐりくる
きれいな音聞いては 柳の瀬音流れ
船は行く 柳ごしの 柳の海 柳晴れ
小倉の大池へ堂々と 柳の岸壁に
手を振る柳木 うたうたゆかしきに
桜葉一つひらり 舞い来て ここの絵
ルルホン渡し

 狐の天気予報:〇r201705030
 狐はれ。よす、せた、とも。
 過去をとく、という。
 場所、いき。
 狐言:はるれ。
 狐晴れを、柳世葉とぞ。   
   ((明日晴れたなら行こう、大原砂山))   
【解説】君、探敵中、情景。 破風之談
柳太陽
------日出葦談笑聴
明日晴れたなら行こう、大原砂山

 正関の構えという。関八のパネットという。
音楽奏者の武道という。これを、メスレスという。音楽を
メという。メレルレーという。メソのやお春という。メッセの
とみやらという。メルセとぞ。
 武をとる音楽の部とぞ。古く、演武とぞ。雅楽舞楽の前との
部を分部という。分前部とも。洋楽に武という。オーチェの山の
あてりかという。めすぶあれふる、という。オーチェという、
めってのゆゆ、という。おけらかという。えみせという。
えらるるのよおは、とぞ。めすゆすをとるという。メルの屋の
ゆお、という。これを、ゆるふる、という。音に武があるという。
音武の部分とぞ。はしゅるとぞ。えせまとも。ゆるれるのゆき、
という。はせばのくゆふる、という。音を武に目という。目の山の
お書きという。
 あわてた人がいるという。あわてのゆけともいう。音を奏するという。
あわての音という。これを、しこめ、という。しこめをゆきという。
これが、音のやである。音矢の山という。後という、音質という。
この屋を音の屋とぞ。
 温室の山という。音の出の温という。温室の家という。ゆゆゆの
めるてす、という。武を音という、ひぃに、ペルとぞ。れるれるの
れるたす、とぞ。ゆうきという花の温室の音の出という。ゆうき音
という。ゆめふるの屋という。るるる、せせせ、るせる、ゆゆす、
めるる、ゆれゆ、これを音譜という。音譜のごてという。
 ごるてすのけせゆ、という。これぞ、すむすむ、という。
ぞめとすのおいれ、とぞ。これを、かゆれら、という。音をたっとぶ
話とぞめ。ゆらふ、れれそ、れれふ、るっそる、そる、という。
これを、ソルレルという。そるばの山という。そるぞの歌という。
そるてゆゆよ、えるつ、れれそ、めるれ_ぞ、ゆゆれ、ゆめふ、
あるれる、おん_そよ、とぞ。めてふれのやゆす、これを、とぞ。
 とぞめらのゆてはる、とぞ。しべつこの歌、これをとるす、とぞ。
あてすてのゆゆれ、という。これを、てくす、という。おとめの山の
歌という。これを、れるゆ、ててふ、とぞ。
 正関のかむ、という。これをくれという。かむくれのえてま、
という。人をそる話という。ひとおそる、という。人山のえるす、
という。ひとえふた、これを、めるてす、という。
 この正関を笙にとる、ひちすりという。篳篥のめ、という。
ごぞという。ひちすりという。篳篥のことをいう。
 これに、ふという、器楽の額という。器楽譜のゆれという。
めてふれのやゆるという。管弦の話という。筝のことの絵という。
まるれすえらせという。これを、やおめ、とぞ。矢音(やおと)という
しつおんという。部屋のゆふる、という。音楽の環境をいう。
音楽の奏の周りという。れむすとぞ。むすすのふるれるという。
笙管という。管らげとぞ。管くずとぞ。くだからのおゆるとぞ。
ゆめふるやよよとぞ。音楽で正をいう。これを質すとぞ。
音正質とぞ。温床のかんつという。かんそめのゆゆるという。
音の床を関という。これを正しい関とぞ。正関のかゆきという。
音の環境を部屋という見の書きという。音を額という。
部屋の額をとすとぞ。これを額正という。後、学正とぞ。
後すむ、楽床の楽生という。学生の話という。これを音のゆという。
温室の屋々とぞ。花山のお書きという。あっせるゆゆすという。
あるてるのえらという。あせるあてすとぞ。
 関質という。かんせるのふく、という。音楽奏者のみなりをとぞ。
烏帽子という、エソルクという。洋楽のみなりという。ソルクの
やらという。ソルバのゆきともいう。せするのゆゆとぞ。
ソルを音という。ゾルともいう。秋やらのことという。
秋残りの言葉とぞ。
 ゾル音のめでという。ソルレルのゆっか、という。
ゆるてすという。古く、メスという。音をメスという。
メラルーのゆゆれ、という。音のことである。音楽のこという。
パクリクという、音の古い言いである。後、パブルという。
これを、バブルという。泡のことをいう。泡の音の意である。
泡音山のお書きという。りっしばのおて、という。
えるゆははるふるるせせす、これをたるという。たる書きという。
これを解く以上の文という。
 正関の話という。この構えをいう。トオルゆゆれという。
トオタオのかゆくという。かれすのかゆす、という。
れもんそという。レモンの構えという。れ門の構えという。
両手を胸前平手下向け指を軽く交互に入れる合わせという。
これをれもんという。頭が太陽とぞ。頭がくだとぞ。果物である。
管という。正管をいう。これを正室という。合わせの正関という。
 かかりを、めぞはらという。開く手をそのまま脇横上方へ
直角より大きく開く、片方ずつ開く。これをタオという。
片一方開いた状態をトオとぞ。トオタオという。
タオトオともいう。足は肩巾、肩巾狭とぞ。これを、正関という。
剣道の正眼にあたるものという。音楽奏者の正関である。
これを、空砲とも、クラレルという。次にポーリャという。
ペン玉という。開いた手を片方下げ、手真っすぐ、もう一方を
斜め顔前、スーハウという。れれそという。むるれるという。
斜め肩前を小足出す、ルルフという。これをはったくという。
八の字の手という。かかりが、ワンタクとるペバルマという。
パベッセのことをとる間成のまれという。剣道の間合いである。
これを、ピスおとめ、という。音をとる目の置き所をパーと
いう。パーメラーという。パレスともいう。パールレーという。
ぱんせばの繰りゆわ、という。繰り腰という。繰り付けという、
杖道のことという。剣の杖道である。目を楽に寄すという。
音に目をねという。ね目という。これを、寝目という。
これが、剣道の真眼という、目の置きである。音楽奏者の
武道という。パールレーという。礼山の遣りという。
尺行きかるれ、という。武具に三振という。一尺の渡り布という。
 ワンテバーという。バッション・パールレーという。
バルスーともいう。布に巻かれた芯という。紅白の巻きをした、
棒という。この棒を音武具という。ベルーパンという。
めずすともいう。ミルフという。ミルレルともいう。
堂裳のペンタックという。それにあたる物という。
 両手握りでこれを自在に動かす使いという。
前に突き出す。これを平行に持ってくる、時を時に、
手を返す、ツミフルという。手を返して握ることをいう。
ベバンハルという、次の動とぞ。平行に持ってきた時を
利き手前出し、カミソルという。これを目の動きという。
ベジャサンという。目は相手を虎視する。虎目ろん、という。
これをメロンという。レモンメロンとも。果物になった武術の
言葉という。音葡萄の言葉とぞ。動きが豹をいう。動豹という。
これをヘッタという。メタという。ピブンシブという、棒の
後ろ手を返す動きという。これが、ピッサムという。剣染め
という。ピプンシム・ピッサムのひさめ、という。ひさめゆし、
という。ユーラルという、手の返し動きという。ワクソクと
いう、メッスルともいう。これが、てかをとる、という。
棒は真っすぐに手は返している。これが、トロイ風という。
風術のとみ、という。風が音を運ぶ風采という。音平という。
この時の体である。音のき心とぞ。これを、木芯という。
木芯具という。僕寝具という。寝武ともいう。ネライトンと
いう。ライトン発という。はってすの繰りという。
 ねめやらあるて、という。アルテトンという。めぶすの
言葉を使う音武の武道である。ゆったせま、とぞ。
打ちをにという。『にっ』というかけをする。次を、『もっ』
という。『にっもっ』で相手にかかる。主に突きになる。
 これが、風精(ふぜい)をいう。相手のけ(気)をめるという。
『にっもっ、けっ』で入れていく。風術という。音道である。
ワフスーのきっしばという気入れ(けいれ)とも。
部所が、パンスグに入るみぞおちとぞ。これが、にもけの
おちすぎ、という。気入れの場所である。即楽(そくらく)という
動きという。てっすばのめとう、という。めどうともいう。
一覚という一本のことである。一覚二覚という。一本
二本である。バリッピンという、メルスのけらすという。
メルレルのムユレルという。むれはるの山という。
音道の音武術とぞ。これが、後、バトントワラーの音舞である。
バトントワラーの一端である、音武より見た話しである。
どちらも楽にかかる話である。
 観客の武がバトンである。武具にとった話である。
バトンという、メルのねの音舞である。和装音舞を応という。
バトンが折れ尺扇という。講談師の持つ扇である。これで扇を
カジャフルという。洋扇のことをいう。メルラン・ファーと
いう。めてすての武である。舞踊武という、かかりになる。
ルメソルのソルーシカという。剣舞ということに通をとる、
しからがの書きという。これをとぞ。
 正関の構えの書きである。この文章が正巻である。
文章の正巻部である。正巻の気があるという、楽学額の文
とぞ。舞人という、武人が到達した域の感である、これを巻き
とぞ。学巻の気、書巻の気があるという類の言葉である。
音巻の気ともいう。舞人である人とぞ。若い人の話である。
     
 
品花雲しなよる〜〜柳雲〜〜山吹雲〜〜桃雲〜〜銀杏雲〜〜朴ノ木雲

ソウキョウ 1817/02/23れるる晴れみ(晴れら、とも) 
900日光堂,100糸の宮,1800夏近宮,2000五条ヶ丘御息所
字、山、柳植え方

      秋残り世界文学全集 巻2
      『余は機械である』
       蒼郷 鳴恭川世讃歌 の項     
       秋残り市史編纂員、余。 
       秋残り市史篇絵巻物
       
***コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ***
秋残り市立美術館春期展示
『古譜546大原練習166ルルホン総筐(相凶太陽)』           
馮飛菊 画書家判 せるという字。
秋残り市、凡人倶楽部所属、凡(ぼん)
 
『古布に描かれたもの 江戸暦牛年孝月梅日』
槙之木梅之進撮影 そうきょうの葡萄道堂裳楼の屋にて
『Old piese in old book, July 4, dragon'6』
camera shoot:Umenoshin Makinoki


    著者@350上巣真芯、植え住まし
        UESUMASi W.E.州 Machine  
-----------------------------------------------------        
 仮想店 出品 ID:KoH'yosi-65367
     画商『奴端』名画専門
     豪華額縁付 2000鬼円
***アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ***
***コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ***
 ----
ブログでの団体名、個人名、他名称などは、
全て、仮想です。実在とは、無関係です。
記事は架空です。著者@350,518
Notice;writer says;
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Matters are not real.
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2017年05月26日

卒業1775・京都船旅675古譜545大原練習165小手朝(相凶太陽):イカスミ柳

そうきょうの思い出し:能野鷹世
字(あざ)のほうぼうで、腹を横に書く。:山吹 柳
かいきょうのそうきょうはよい時です。:スモモどくだみ
そうきょうのよい自分です。:山吹 餡
天の下、山拝み。つねづね。:紙祖川劣る

【曲名】卒業1775・京都船旅675古譜545大原練習165小手朝(相凶太陽)(鳴恭川世讃歌讃歌)
   midファイル
【創曲】2017/05/26晴創曲造詞
【拍子】 
【種類】君彼女:歌
【演奏】大原回山余、往来歓楽家  
【場所】4戦回演、インターネット秋残り劇場
【歌詞】蒼郷 (紅世赤夜章)
小手朝に どうも どうもよろしく 挨拶をする
鮮やか朝 葡萄の挨拶 葡萄家の朝の清い挨拶
堂裳の葡萄の今朝の始まり 銃を持ち剣を持つ
いかすみの墨入り銃剣を脇差し歩む姿の凛々しさ
葡萄靴履き 葡萄目覆い 晴れ姿 花道の渡り行き
柳腰前えらの 光る堂裳の通学

 狐の天気予報:〇r201705028
 狐ど。よま、えふ、とも。
 過去をとく、という。
 場所、こる。
 狐言:なず。
    
   ((明日晴れたなら行こう、大原砂山))   
【解説】君、探敵中、情景。 破風之談
柳太陽
------日出葦談笑聴
明日晴れたなら行こう、大原砂山

 小手朝(こてあさ、こてちょう)という、武道家の朝とぞ。
秋残りの国の三本流という。二本箸より一本多い、三本箸の国である。
三本国の流儀である。一本足らん日本という。一本添える三本国という、
秋残りである。ここの朝をいう。どうもう(堂茂、堂裳)の朝という。
 武道家の挨拶である。桜、桜という日本に、一本添えて柳という三本国の
柳の日本である。柳っ晴れの日本という。これを、古正道という。
古正の日本を三柳国という。三本の柳である。この柳を見流す三流という。
一流れの一本という、二流れの二本という、三流れの柳世という。四で始まる
別府という、別保という。五を継ぎという。六をれむという。七を尾(び、お)
という。八を矢(や、しつ)という。九をやなぎという。十をとうという。
 この数えを三品(さんぼん)という、三本ともいう。
十一をめられという、十二をめっす、めっさという。十三をておという。
てるともいう。これを三輝(さんき)という。三輝が十三である。
次をとという、十四である。十五をろという。十六をも、もめという。
十七をろくろという。十八をおっぴ、おひという。十九をもさという。
二十によるという。夜と書く_数えという。
ややのよま、という。れるれるのかぞやら、という。
めっすめっさの数えという。『夜が明けた』を『はたつ、はたち』という。
はたつ朝をこたつという。こたちの朝という。これを小手朝という。   
 はたちの武道という。武道家の挨という。挨を挨拶という。これを、
かなやら、という。かなけの山という。この挨拶という。こののうの
あいおき、という。起きた日の朝の挨とぞ。武道家の挨拶で『どうも』と
いう。朝に『どうも』と挨拶をする。これを、どうまる、という。
『どうまる』と挨拶をする。どうむの山という。小朝という朝の挨という。
『どうみ』という。挨拶の言いという。いい山の挨おり、という。
みすちす、という。めるらるの言いほ、という。これを『め』という。
堂茂の目という。どうもう、どうも(堂茂、堂裳)という武術、武道である。
 ピストルを持つ武術である。武道家の山という。武道を葡萄という。
葡萄という武道である。武道の一種である。この堂という。堂をめるらる
によるふみた、という。ふみたの葡萄という。剣をあがたとぞ。
あがた槍の語元である。
 ピストルの葡萄という。葡萄武道のペラという。これを、ペッセという。
ぺつれつという。ぺらんしょ、という。めすらすのおゆれ、という。
これをぴすつる、という。ぴすてす、とも。ペーランワックスの山とぞ。
 剣道の胸の胴に、その両脇に小竹刀を指す。この小竹刀の脇にぴすという。
ぴす竹刀という。これをぴすてすという。ぴすての使いという。後、平手
という。平手竹刀という。平手小手より、という。これを、銃という。
小竹刀の部所に銃をつける武道という。葡萄銃という。ピストルという、
ピスをとる話である。ピス剣という。ピス銃という。この銃である。
連銃という。連発銃である。これを、武道の堂裳(どうもう)という。
後、獰猛という。獰猛の語いいという。語いいのゆいから、という。
からりるらっその山という。かりる山という。かりほの言いという。
 堂裳の武術という。連発銃の使いに竹刀も使う武道である。
これを、『どうもうりゃ』という。どうもうの山という。
片手竹刀で片手剣という。この剣の造りの話という。剣道剣という。
剣を持つ竹刀という。剣の剣道という。竹刀と剣を持つ剣道を、竹刀
という。これをしなう竹刀という。市内という剣道である。市内剣道
という。街掛けの県、市内という。これをあざのうという。
あざなうあざけん、という。小手朝の小は、子の朝という。
 朝子律立つ、ちょうしりったつの山という。音楽の律がこれに入っている
駄作の秋残りの楽である。葡萄の山の律、山律という。卒の五保足という。
しごのれめ、という。マーブレーという。メレルレの山らる、という。
げんばら山のお書きという。挨の歌という。挨拶の武道という。
武道家の礼儀という。『どうも、よろしく』という。『どうも、あり』と
いう。どうありの山という。一本をありという。
『小手一本』という『小手有り』という。『二本有り』という。
  小手朝の一本という。朝の本矢(もとや)という。これを、朝の下という。
『ヤッ』という掛け声という。武道の掛けである、掛け声という。
あざなうやっ、という。あざのうという音便である。あうをおうという。
音便である。関西弁に残る言葉とぞ。歌うを、うとうという、音便である。
とうふるらむ、という。らむの山という。字(あざ)を古く、らむれ、という。
らむれるら、という。むらのごれ、という。めるらるのめっすという。
  剣道の今の剣道のスポーツ剣という。スポーツ剣道の目を『める』
 という。めるれるという。めせ、とも。剣道の目の動き、動かずという。
 動かない剣道の目の使いという。ボクシングの目の使いという。
  動かす剣道もあるという。堂裳の剣道という。これが常に動かす
 使いという。びすてす目という。相手のこうるを言う。ぺっつという。
 ぺつ目という。ぴす手の目という。甲打ちという。甲を打つ剣道という。
 小手の剣に小手うちを入れる、ぱねほね、という。ぱうるという。
 パールのお書きという。甲打ちをいう。剣道の小手に甲打ちもある。
 手首上のこうという。これを項という。項と言うて、掛け入れをする。
 どちらも甲という。手の甲という。手の項は、どちらもいう。
 手首上の甲という、手の甲も甲という。項ともいう。
 これを葡萄まま、という、言葉のことをいう。
さて、堂裳の構えという、その一つという。竹刀片手、ピストル片手という。
これを、獰猛の構えという。右手竹刀、左手剣の場合もある。逆もある。
 この獰猛の武術である。連発銃の三連という。三つの銃口という。
めってぱん発という。これを一個という。めるてすのおれ、という。
めるぶるともいう。『めせて』という、『ぱん』という。
めせれすの打ちつ、という。メルーレル・バンルーという。
ながたん銃の持ちという。長い短銃という。ペルーレルという。
ペッセ銃という。ペレテスのおいれ、という。これを『ペン』という。
ペスの山のお書きという。秋残りの銃である。三発が同時、また、時を
たがえて発する銃である。一種という。騎馬打ちという。ロボットの馬に
跨る打ちやらという。打ってしやまず、という。打ってしやまむ、とぞ。
打ちてしやまん、という。秋残りのざむせむ、という。えるぜのゆりゆり、
という。獰猛山というロボット馬である。これに乗って銃と竹刀を持つ
堂裳武術である。
 生き馬で戦場に行くという。将より馬を打てという。獰猛の書きという。
馬に鎧を着せるとぞ。人は乗らない、鎧は体の保護である。
 獰猛武術は鉄製の鎧を着て、ロボットの馬に乗る、そのロボット馬に
鎧を着せる武道という。これを礼儀という。栄華の話という。
 栄枯盛衰は映画の話という。栄華は秋残りの機械文明である。
獰猛のお書きという。獰猛武術、堂裳武術はわが武術である。
文の玉という、獰猛と書いてあるこの文とぞ。
 散乱の銃文。燦爛の矢光る朝、獰猛朝のこの今である。
獰猛朝という、朝の燦爛の太陽光である。朝鮮の国という。
朝の国の朝鮮やかな国である。秋残りの朝鮮国という、
『どうも、よろしく』という文である。
挨拶の喜びという。返事とも。
 『はっ』
 『はい』
 『やな』
 『やなぎ』
 『そう』
 『そうて』
 『そうた』
 『そみ』
 『そず』
 『せ』
 『しょ』
 『すず』
 『す』
 『それ』
 『そく』
 『せれ』
 『せつ』
 『ま』
 『ゆ』
 『く』
 ・・・
 全部、挨拶である、返事である。
 
 『やなぎ』とあいさつする、柳朝である。
 昼に言えば、柳昼である。柳夜という。
 しだるや、という挨拶である。
 『やなぎ・きょう(やなぎ今日)』という、『今日は』である。
 『そうやナ』という、関西弁の相槌という。『そうだナ』の
 相(あい)という。『あい』という返事、青柳の返事という。
 『あい、わかる』という。『はい』の返事に、『あおやな』
 という返事という。これを青やなのあいわかるという。
 『そうやなぎ』という、日の返事という。太陽の返事の
 さなよらという。さよならの古い言いとぞ。『さなよら』と
 いう、古いおに、という。返事をおにという。
 鬼返事の『さなよら』である。なぎゆらのやなぎ言いという。
 おにっぴのぺるす、という。鬼日をいう。
  柳を言葉に入れる、鬼の言いという。『やなぎいき』という。
 行くことを言う。やなぎいき、という鬼をめでる言葉である。
 子供が好む鬼とぞ。鬼ごっこの言葉という。『じゅうらあ』と
 いう、言葉使いである。やなきぐいきという。『私はやなぎ行きます』
 という。『やなぎ来ます』という。
  やなぎ着のゆかたという。ゆかたをめという。めやなぎという。
 ゆかたの意味である。古い言いとぞ。めやなぎのきみしか、という。
 しか着のやなぎ織りという。着物に柳の記、葉を入れる、模様の
 言いという。まるれるという。朝まる、とも。
  柳船の丸という、船には丸がつく、つくつく丸の鬼丸言いという。
 船の名という。船をがんという。丸のことである。薬の呼びでもある。
 柳丸という、薬という。挨拶に用いる丸という。『やなぎ、まる』と
 いう。子供の挨拶という。人に会えば、『やなぎ』『やなぎ、まる』と
 いう挨拶という。鬼呼びという。
  鬼は金棒を持つ。これを金棒という、やなぎを入れる言いである。
 鬼はやなぎを金という。これを、項という。鬼の甲を項という。
 貴公の語元である。船の寄港という。鬼丸の船という。マービル・
 レーレという。真昼の太陽という。柳の燦爛という。これを、柳の
 太陽という。黒い柳の黒柳という。黒点を柳取という。太陽の黒点で
 ある。柳盗ともいう、柳盗点の黒点という。柳盗点を黒点という。
 太陽の柳の言いである。柳光という太陽光のことをいう。後、
 やなぎという、太陽のことを柳という、その光を柳という。
  葡萄の太陽という。この葡萄は果物の葡萄である。葡萄のような
 太陽という。これを、武道言いという。優勝を葡萄という。
 葡萄の賞という。太陽を葡萄で表す絵という。これを、かぐれ、
 という。かぐれ絵のおみ、という。太陽王を葡萄屋という、果物店の
 客を、質という。質金という。金を質すという。経営のやよ、という。
 経力という。鬼の金棒の力を経力という。経力の文という。
  鬼ごっこで、『けった』という。『けいりき』という、鬼ごっこ用語
 もある。『けいりきろ』という、これを『あうがな』とぞ。
 あうれるという意という。鬼に会うを『あうれる』という。
 りゅうろのろめ、という。ろめら、とぞ。 
  鬼の湯という、風呂の湯のお書きという。入浴をりゅういつという。
 やなぎの言いである。柳溢れるりゅういつという。風呂屋の柳、
 こくせをいう。黒柳という。あおびら、という。柳葉の青柳、これを
 あおやなぎという。あおやなということに、はっきり『ぎ』をつける、
 鬼の湯入りという。柳である。
  柳を言う、山拝みを取る鬼入れの幸出しという。三品(さんぼん)の
 柳箸という。正月用の箸で柳箸という。三本を入れる箸袋である。
 一本添える、さんめの箸という。正月を鬼入れ月という。鬼の正月という。
 鬼正月の鬼正とぞ。三ヶ日の山拝という。これを、四方の山(よものやま)
 という。四方拝(よもはい)という。鬼の領という。器量良しである。
 器量の鬼娘と柳顔太郎という。鬼領の身という。見合いの鬼らみ、とぞ。
  柳を添える玉流という。玉流しの文という。
 体についた柳腰である。柳腰を『そよれ』という。『そよれ・かく行き』
 という。鬼歩きという。鬼歩のきぼ、という。きぼと読む、喜墓流れと
 いう。喜墓を開くという文という。鬼籍に入るという。鬼生きという。
 楕円の鬼の円という。これを、生きる人という。生きる人が使う言葉で
 ある。
  柳を傍に置く、柳という言葉を聞かす、山拝みという。
 軽いノイローゼに効果がある話という。鬼やる、という場所とぞ。
 あざのうの字能である。地能の知能という。地をたっとぶ姿とぞ。
 働く、仕事をする、これを、柳より、という。仕事にとり掛かることを
 やな発という。やなぎっ発という。これを、発所という。仕事を
 始める、柳よりである。『はあっ』という掛け声をいう。
 はあ発ともいう。『はっ』と言うて、返事をして仕事にかかる。
 かかりはじめをはっ発ともいう。柳よりの発という。
 発初の書きという。
  冴え身という。冴え見という。さえみという。鬼がつく話という。
 柳という。鬼柳の冴えという。双胸の柳発という。もも揃えの胸と
 いう。ふたやなぎ郷という。双柳である。柳胸という、胸渡りの
 柳見という。胸渡り柳身の散見という。胸渡り三寸の意である。
 柳の真心という。これを本柳という。
  元柳島の血統という。葡萄という。太陽を柳という柳太という。
 流木という柳である。柳の流木という、着流しのそよ歩き、柳おりより、
 という。にらにらの山という。
  柳と桜、そよ桜という。柳と桜の合わせ咲きという。一本の木である。
 柳桜木ありる、ありてそよはる、すすらか、ゆゆす、ゆるれみ、
 これを、とぞ。
  葡萄と柿の合わせなる果物木ありありありあり。
 銀杏と柳もある。柳のそよ合わせという。
 秋残りの国、三本国はそんな場所である、国とぞ。
 『まさかの柳っ晴れ』という言い方をする双狭谷の雲景である。
  これを、やなぎかが、という。冴えの意味出という。
  冴え見の柳腰という、かがれ、という。これを流目という。
  流し目である。しめ見という。しっぱらばぁらという。
  しむすくのきぎやら、という。しめという木の絵という。
  流目を、柳よりかが_見、とぞ。鏡に柳を使う、かがれ、とも。
  かがれ鏡の見を、そう、という。二人の双筐という。二つ折れ
  鏡を双鏡という。これを柳腰により、という。よりよりの
  おいおり、という。秋残りの国語学である。柳学と書く話である。
  柳の学びである。外国をフォーという。フォーリンのフォーロク
  という。フォーファーという。初めの掛け声である。これを、
  ウイ発という。ウイッキーという、はたれの葉という。
  ウイ柳葉という。やな葉のうい所という。ウイ法のうっ葉とぞ。
  うはうはのやぴという。ヤビーという。ウイッピー・ヤッピー
  という。ヤンキーという、ウインキーである。合わせをヤーウィン
  という。やわせという、合わせという意とぞ。柳背という。
  やなせのいなせのウイという。ういらむのぺ、とぞ。
  中略
  人名に柳を被せる呼びという。『やなぎ小林』という。
  これを、柳冠、という。『やなぎ田中』という。この風習という。
  これを古日本という。こにおにの言いという。『やなぎ太田』
  という。やなぎだという、谷をだという、ふみよらの世という、
  言葉の使いとぞ。これを、やなぎだ言いという。柳谷と書いて、
  やなぎだという読みという。やなぎだ読みという。谷をだという、
  言い方である、方便とも。方言とも。竹をみという。
   たけざきやの書きという。これを、くりきり、という。
  クーリーの語元である。やわの話という。やわやわのやわるえら、
  という。『やなぎ日本』という。柳日国の日である。
   これを、やなぎソーレル、という。そわそよの意味である。
  これを、さよそよ、という。さよやなぎ、という。さえやなぎという。
  姓名の姓に、柳冠をつける。姓名の名に柳袴という。柳学である。
  これを額という、額正の気とぞ。学巻の気という、書巻の気という、
  その類である。『いちひろやなぎ』という、姓名ともにつければ、
  『やなぎ小林壱裕やなぎ』という呼び方の双良呼びという、総六と
  いう、言葉の使いという。継承になる使いとぞ。さま、さん、ちゃん、
  やん、の呼び付けに、やなぎをつけた、一本足らんという、総六の呼び
  という。二本足して三本にしてという、名前を一本二本という総六数え
  という。九をそという。これを十という。この十を銃という。
  銃一は、九進法の数えとぞ。
   正対面して、足を直角に構える、正銃の構えという。堂裳の足である。
  剣道の正眼という。目をいう。あしめのかつれ、という。かのどう、という。
  蚊の目の動きという。手にするものを、え、という。銃であろうが、竹刀で
  あろうが、剣であろうが、え、という、堂裳の言葉である。
   手を両脇に直角にする。『えれっ』という、掛け声という。
  これで入る試合である。竹刀は、地に置く場合がある試合という。
  体道茂という、違う武術という。たいはらの山という。この体道茂という、
  インゼラという言葉使いをする。『モー』『ムー』という掛けをする。
  これを、もめやら、という。もめやら道という。古武のペンという。
  これを、きっぷ、という。『キッタルー』という。『キメ』という。
  きぶせのぶつ、という。ベラルルのおっきく、という。おっきなやっき、
  という。おるせるゆらふれれふ、とぞ。
   体道のべぶれ、という。体道という武道である。ベミッポン・パール
  という。三本をみっぽんという。さんらるのぺべふ、という。
  ペッツレッツのかゆれる、という。かゆふれれるゆゆす、という。
  銃身のうり、という。めぶれるれれふ、れれほ、これなるをゆいとぞ。
  長い銃を下におくという。その横にペンゾルという武器とぞ。
  これをペックという。ペクれるのぱゆす、という。ペーパラという。
  びんのゆ、とぞ。むむゆすのゆあげという。めるすゆれゆという。
  これをびという。おっぴの山のお書きという。そうきょうという、
  総筐体という。たいくという。体育のたいれら、という。たいくという、
  言いという、読みという。たいさんどうの山のお書きとぞ。
   柳冠呼びをする、体道の呼びという。『さん』のかわりに、
  『やなぎ』を使う、呼びとぞ。『小林やなぎ』という呼びである。
  これを、第三という。第三国の呼びという。体道の国である。
  『うい』という返事という。『はい』を『うい』という。
  代参という返事である。『あい』という、これを答辞の返事という。
  『いい』という、むりの返事という。『へい』という、『へ』という、
  『へえ』とぞ。これをもめという。『へっ』と言うて、かかる仕事の
  部という。だいそうのやまという。仕事にやなぎと言うて、仕事にかかる
  万全を期す言葉とぞ。この期を鬼(き)という。仕事の納期の納法という。
  なっちんベル、という。仕事の前に『チン』という、ベルを鳴らす。
  鈴を振る。納を期すという合図の音という。丹精の山という。
  やなぎという柳音である。ベル音を柳音という。柳律の山という。
  音楽のメトロである。メトロ納音(めとろのうおん)という、なっちん
  という。のうららのおみふり、という。メトロ濃霧という。
  霧のむれ、とぞ。メローラン・ラックという。
  だんだるラックの揺りかごという。揺りかごのメトロ寝という。
  揺りかごのふん、という。これを、めるれる、という。
  めっすの山のお、とぞ。
   柳呼びをする、安(あん)の呼びという。体道の礼儀という。
  試合前に、やなぎかけ呼びをする、礼の山という。体道を礼という。
  霊とも。りょうと呼ぶ霊の字という。霊前、りょうぜんという、
  読みという。体道読みという。構えが、へ構えという。空手のような手を
  する。平手の親指おりという。これが、せいろく(正六)という、
  剣道の正眼にあたるものとぞ。屁という、たっとびである。 
  とうとぶ山のぶ、という。これをふという。賦道という。
   音楽の武である。音による、という。音楽の楽器使いを武に言う、
  武という。音部という、武道という。これが、音符をタオという。
  音武の武術という。タオ道という。音をタオという。かかりが、
  タオでかかる。十手のトオという。塔道という。十手道のタオを
  おんのゆゆ、という。十剣楽という。タオ道のペッパーという。
  胡椒道の古という。古胡道という。楽筝という。音道のパルレ
  という。晴れの礼という。音楽の衣装という。これを、武術着の見立ての
  仕という。音楽に仕えるという。つみの山という。ツールルーという。
  つめの山のお書きという。音部の目という。目付は楽譜である。
  この楽譜の目で、部を張るという。ピアノ弾きの目の動きに、体道の目
  という。目の視野が楽譜の範囲という。音道の目という。武器を持たず
  をいう。武器なしのピアノの構えである。ドッツという構えという。
  両手を襲合わせて軽く曲げる。ドット・ハンド・エンドの構えとも。
  これをモッツという。両手ドットという。このモッツで両方始める武道の
  音道という。空手の音般とう。これを、沖、という。沖音道のカレラ
  という。カレールルという。モッツから片手を平手で軽く曲げて前に出す。
  同時に片手を脇腹に曲げて、手平を軽く曲げ、手首を脇腹に軽く添える。
  これが、出しである。目は音符を見ている目である。
   バイオリン弾きのモッツは、器を持つ手と、弓持つ手という。構えが
  へそ前片握りもう一方の手を上に添える。出しが、下の握り手を出す、
  後、もう一方をそのままとぞ。これをトッパンという。トッパン道ともいう。
  これが十手の湯という。十手道の十手である。十手をトオという、音道に
  かえられた十手である。十手の曲げた部分を真っすぐに出したもの、バイ、
  バイヨという武道の器という。この器は気である、礼儀という。これを冷気
  (りょうき)という、礼儀である。構えがモッツで構え、これから、両手をだす。
  両手を冷手とぞ。冷手の両手という。冷手に構えという。両側脇に軽く握り、
  親指あるいは人指を下に向ける。モッツ継ぎという。これで入っていくモツ道の
  モレラルという。モレラル道という。武器をモクという。短い丸い木に前に
  ぼんぼりのような丸いものの造りとぞ。木琴のバチのようなもので、
  太くしたものという。これを逆にする。ぼんぼりをじぶんのへそ前、手で握る。
  もう一方の手で元を握り添える。足は方巾狭とぞ。
  これが正密(しょうみつ、せいみ)という、
  三番目の動きとぞ。これが三品(さんぼん)という構えである。剣道の正眼になる
  構えという。これを十手にかえた冷気の器という。冷気(りょうき)の巻あり、と
  いう。一本を一燗という、試合という。二本おくれの計図という。二本線の楽譜
  という。トロイロンという。トロイロン図という、楽譜という。バイオリンという、
  バイオという楽器である。ほぼバイオリンと同型である。少し長い二つくびれの胴
  とぞ。弓を派という。ベルーレンという、派をいう。モッツ・バーレという。
  メラルルともいう。武道をパンという。これが、駆けっこのような格好をする
  音道である。武久(ぶく)という、武道という。ぶくパンという。
  モッツから片手を小握り親指を立てて出していく、ユーカカという、攻手である。
  受けにマッポーという、めっすずの受けという。このめっすずに、モメンという
  動きをする。モメン受けという。攻手の手が来た時にそりしかという、受けをする。
  この動きをメームラーという。『ムッ』という、声にるならんの音という、声音(
  こわおと)をいう。体を後ろへそらし、両足をそのままという。これをコーロー
  という。コーオールローともいう。そりしかの山という。バイオリン弾きの武道
  という。これをメという。ピアノ弾きのそってになる。チェロ弾きのゴーという。
  ゴーシュラーという。ベンフルともいう。便立つの律という。ドラマーの音派という。
  そりしかのことをいう。これが俊二になる武道のゆれという。剣道にもこの
  そりしかがある。
   そったときに突きを出す、そりづきという。受けがそれていく瞬時という。
  そった時に柄本で相手の竹刀を受け、片手をはずすこの時に面取りをいう。
  自分の面の肩当てに入れる、自分の竹刀を相手の面に入れる、突き入れとぞ。
  片手で受ける浮きという。空いた手で指し小刀を取る。これで、浮きが出る
  剣正道(けんせいどう)という。これを後見(あとみ)という。後見の剣という。
  残身の心という。浮きのことをいう。ベッフという。ヘムレルという。
  めびつのめほう、という。これを、目録という、目の動きという。
  音符動乱という、目の動きである。そらしたときに目を浮きという。
  浮き目という。普通の時の、そらしたときの目をもいう。 これを、
  ベバリーという。ベバリー浮きという。カールスの仕舞という、音道の動き
  という。
   指揮者の武という。ペンゼラーという。指揮棒を持った格好で親指を立てる
  小握りという。目が扇をいう動きという、体もその動きとぞ。体目という。
  体目道という武道とぞ。正立(せいりつ、しょうだち)という、剣道の
  正眼にあたる構えという。一方の手を小握り指たて、体の中心に上下に置く。
  一方を両方という。下の手を扇に開く、これが、正立継(せいりつけい)という。
  パッシブという。目のゆれという。目を流し目にすれば、ペンサムという、攻守
  手とぞ。目をそのままに、手を扇に開くをメトウという。これを、メドレムという。
  メドフムともいう。かがまという、構えのことという。かがま目という。
  視界は大きく会場の巾という、小さく譜面の巾という。バーベル・フーマという。
  かがま目の風間目(かざまめ)という。これをロルーという。ロー目の山という。
  浪目という。両見という。大小の見である。これを龍塀という。やなぎよ、という。
  指揮者の武道という。かかりが、開いた手を眉間に寄せもう一方の手を添える。
  眉間法という。ミルレルという。みっぱという。これをさんぱともいう。
  (三派)。三派道という、体目のことをいう。冴え道ともいう。指揮者の武道である。
  柳発三派という。武器を細指しという。細い日本刀を持つ。真っすぐの日本刀を
  いう。これを、者に構えるという。軍隊の指揮者の投げ礼という。ハの字の片方の
  ような構えという。これを三派という、三派正律という。サップスという、礼を
  かねた正立の構えという。ペッパ・ソークという。ソーレルという。者に落としと
  いう、一方を小握り親指たて胸前とぞ。目は正律見をいう。真っすぐ大きく広く
  狭くという。視界の矢尾という。メルレルのゆぶ、という。ユーレルともいう。
   視界の武である。これを、司会という。司会道ともいう、指揮者の武である。
  かけを、『ムホウ』という。この掛け声で、繰りじる、という。
  繰りじるという、相手をいう。相手をくりるという。くりる出という。
  初めの出をくりるという。くりえま、という。くりっくく、という。
  『ククッ』という、掛け声もある。司会のくくがらという。指揮者のムホウ
  である。同じこととぞ。
   体道の一茶という。一佐、一左とも。いっぴという。イイレルの言葉と
 いう。メレスのようろる、という。ロルホンという、メルテスのゆゆれ、という。 
 後略
  秋残り家の堂裳である。体を全部鎧で覆う姿とぞ。堂という武具である。
  かけは、『しょう』という。『こて』という。『もう』という。『せっ』という。
  『すざ』という。『すれ』という。ミブレルという言葉を使う堂のもぬという。
  メベレル・ルースーという。メブレルとも。壬生の堂という、秋残り家である。
  壬生(みぶ)をじんいき、という。一揆のく、とぞ。一揆発の家である。
   一本を一揆という、数えのカラルレという。カーミル・セースーという。
   エバッパ・ロークーの場言いとぞ。れるれるのおんそろ、という。
   堂裳の意である。秋残りの国という話とぞ。
   壬生の銃術という、実弾をいう。大砲もある話である。
  銃を持ち学校へ言っていたという若い人である。らっきょう学校という。
  銃らつの家という。学校家、これをどうとるという。どうとりという。
  どうみの屋のおくるふふ、とぞ。 
   若い人の大砲である。ドン発のワコールという。若人とも。大砲のドン
  という。鈍連のわる、という。ワレラルのウイッスクという。
  ウイットン・ラークーのべっぱる、という。空領の山という。後、空爆という。
  くうれるのおき、とぞ。ドン起きという。朝起きのドッスクという。
  ドスクれれ、とぞ。大砲の音で起きる秋残りざんしょう、とぞ。
  そうざんしょ、という、ことばの使いとぞ。そうですという意である。
  秋残りの大砲語である。ざんぐうの決国という。      

品花雲しなよる〜〜柳雲〜〜山吹雲〜〜桃雲〜〜銀杏雲〜〜朴ノ木雲

ソウキョウ 1817/02/21れるる晴れみ(晴れら、とも) 
900日光堂,100糸の宮,1800夏近宮,2000五条ヶ丘御息所
字、山、柳植え方

      秋残り世界文学全集 巻2
      『余は機械である』
       蒼郷 鳴恭川世讃歌 の項     
       秋残り市史編纂員、余。 
       秋残り市史篇絵巻物
       
***コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ***
秋残り市立美術館春期展示
『古譜545大原練習165小手朝(相凶太陽)』           
馮飛菊 画書家判 せるという字。
秋残り市、凡人倶楽部所属、凡(ぼん)
 
『古布に描かれたもの 江戸暦牛年孝月梅日』
槙之木梅之進撮影 そうきょうの葡萄道堂裳楼の屋にて
『Old piese in old book, July 4, dragon'6』
camera shoot:Umenoshin Makinoki


    著者@350上巣真芯、植え住まし
        UESUMASi W.E.州 Machine  
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 仮想店 出品 ID:KoH'yosi-65357
     画商『奴端』名画専門
     豪華額縁付 2000鬼円
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***コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ***
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全て、仮想です。実在とは、無関係です。
記事は架空です。著者@350,517
Notice;writer says;
Names are virtual on this article.
Matters are not real.
posted by 秋残り at 20:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽