2016年06月30日

卒業1269・京都船旅169古譜20・Zoラ:イカスミ柳

【曲名】卒業1269・京都船旅169古譜20・Zoラ(京盆讃歌) 
【創曲】20160629創曲造詞
【拍子】4/4 
【種類】
【演奏】麗人冷花、C0コーラル    
【場所】4戦回演、インターネット秋残り劇場
【歌詞】蒼郷
    葦草茂り 葦草脇 田を肥やす
    稲を葦畑に混ぜ植え葉は銀杏と
    zoラうえ はばくを eh--LA--
    goh-- しんがりと エレハープ
    風が弾くおかし 枕道 馮道は
    鳴らし 字ゆれ見ゆ 村前に
【解説】君、探敵中、情景。 破風之談
 太陽

--秋残り市観光案内曲--
 葦之ヶ原古旋場、夢舞台、石舞台、周りは葦が植えられている。
ここ、秋残り市では、稲は畑に植えられる。イナゴもやってくる。
巌の造りの馮道もいくつもある。この場へ、風が空から、垂直に
おりてくる。おりた風が馮道へいく。
 余は古旋場を前に思う。この風は、やがて成長して大きくなる。
大海原に住む風になる。若い人が会うという風である。世に、
悪気流という垂直降下の気流である。この気流が住んでいる
葦之ヶ原である。岩窟屋前である。余の追憶である。宿屋の主人も
知っている葦之ヶ原岩窟楼という。今は、古旋の事を思う、余が立つ
前である。古いいくさがあったという。点々とあった。古イグサの
畳を残す宿屋である。古風棚という棚に巻かれて置かれた宿屋の棚
という。古風というのが宿屋の主人である。そんな古譜である。
頃は1269という、卒の12再6月29日の頃である。
 齢の山、これを記す。風流巌、龍の眼の話である。風上流れの
 髪。そよぎそよぐ、巌道、流れ行く風、ありる花やき、くるる
 れす。クルレルのルックスという。クーレル・レーガーという。
 レーガーのくりす。あゆゆ、けせれす。くくすれるす。
 れってるかくゆ。ゆゆす。ゆゆれ。ゆゆれよ。これを、とぞ。
 余の言葉である。秋残り市に残してある。略 草郷録す。
 Sowrelの始まりとぞ。1269Q、これを受く。


----日出葦言行録----
小笠原の凧流しという。
 小笠片手に、日本の傘の棒とぞ。野々原行く余である。
腰には、葦茶の下げとぞ。凧飛ぶをいう。凧行きの空の
葦野という。空の下である。凧を見上げる、空気の流れ、
風の行く道とぞ。凧の弦、お茶とぞ。甘茶ずる茶の葦である。
葦に添う甘い稲子という。いなごの稲の葦之ヶ里、砂糖の甘い
つるむとぞ。カンという、大岩の甘茶という。巌のつるなり、
大岩を巻くあまのはしずるという。天の橋立は、凧上げの、
さしである。虹の絵という。虹の橋、蓋する椀とぞ。
海の湾、波注ぐ天茶とぞ。音のありという。音の瀬、
いろはのしょっぱ、いろ波という、凧のいわ、いと、とぞ。
正月に上げる凧のめ、でた、な、身の葦、葦の名、この日出葦
である。秀でたという。何事も、得側に、得る譜である。
えるふという、エリジオンという。ぶつの山の巌、エリジオンの
音の繋ぎという。襟立ての尾田とぞ。襟巻の龍、凧の上がりを
エリという。エリ上がりという。凧も花、花やる由という。
何事も、得る側のエリ立ちである。小笠原という。
小田がエリ立て、日出をみな、何事もエルフのウルレ。
ウリウリのだて襟という。ばてる場のバテレン、小田は尾だ、
という。尻尾に角があるパ譜である。これを、音の出しという。
マジック・ドラレル、ウックツ、尾田花とぞ。
パアの話である。ばてとパアとなったという。
ばてパアとぞ。ばてパアという。泥の話とぞ。
パテという、ときの、木の目を詰める技の木工である。
これを、ヒラリという。エリの小笠原、凧を上げてという。
凧流しである。糸流しという。流しの麺、川上のタコレと
いう。タコレ川、これを糸の魚という。凧をはしみてという。
橋見てそう麺、いらん目という。いらん目の橋見、手はりょう
という。龍のりょう、とぞ。流量の計算の面高(おもだか)という。
りゅうりゅう、算をとる、面高算という。陰の流れの頼みや。
京都いう。京都の面(おも)という。これを、主京の算流という。
橋見て通る不休の讃である。これを、とぞ。
 不休算流の葦茶、小傘の原行く、野々ゆれ、という。
地震のゆれ、不急である。その葉の律とぞ。これを、
サルレという。その場のさり、という。
葦はさるである。猿面の流れいわう解とぞ。
猿面冠者の葦である。葦造りの面、能おきなという。
能翁の由いわれである。能の猿楽、もうという。
もう花の舞のことである。京都の方言である。
よしなのいわれ、とぞ。葦名は秀吉である。
しゅうきちという、修めのひい、という。
終日の学びである。修学を卆という。ひでよしのしゅう、
である。これをそつという。一兵卆の大賞である。
商品の兜という。日の出の日出兜である。
卆兜という。そぐれる、暮れ行きという。日修めでもある。
修日の光映という。兜の話である。五月五日の一か月、
修月という。六月五日を大化という。凧変わりの花という。
かわり読みの紫陽花の花の仕様という。花の様をいう。
凧花という、鯵様のタコレ、という。しようかとぞ。
卆花の用の様、さまとぞ。木三味の花の音とぞ。
これを、サマという。ゴッタンとぞも。三味の木造りで
ある。ゴッタン様という。三味線の革が木である。
サマという楽器という。しよう奏でという。
紫陽歌という。ゴッタン片手の歌である。史歌(しか)
ともいう。ベンベラの琵琶の花、木造りの縦張り、
胡弓のことという。これを、お事という。三弦の話で
ある。ゴッタン、琵琶、胡弓をみっつという。
みっついくという、歌のことである。秀吉の修吉の
学問である。すはまの紋という。唐門の飾りである。
音楽の様を、しゅうという、楽衆である学修という。
卆ある週である。六月五日を快進という。秀吉の
疾走である。疾走紫陽の如し、竹田添う、奏楽の
ギタランである。これをギタレルという。
カマレル・ルッスーのおくゆれという。
これを、ギターランという。クツワムシの乱という。
乱の花には、クツワ虫おいなり、という。
お琴三練という。練習の話である。
お琴三練三弦という。ハープをおねという。
ねるの字変わりである。多芯という。
三練のさんねりである。三寝という。
これを芯という。ハープという、紫陽花の
一種である。おねのねね、良妻という。
寝て聞く子守歌、ハープの音(ね)である。
竪琴の寝言、子守の歌を歌う眠り人である。
子供は起きている場合の、お琴三寝歌すかし、
という。花鼾高らかな、歌人である。
これが、秀吉の、秀楽である。修学という。
卆の人である。日出世氏をいう。卒倒の人である。
あっけらかんの語元を話に仕立てた駄作である。
秋残りのあきれかえりである。あきれよわ、という。
駄作をあきという。安芸の邦のお書きである。
暗黒路殿、お秋行く、お共つかまつり候(そうろう)。
桃割れ姫のお髪上げ。どど山のお書きとぞ。

 線告の譜。楽譜の山。駄作なりぬる。今日ハ芯道
である。B線上のフラシャーという。
 音はゆれゆれ、いずくにか。御音時のすぐれて秀でる
お方である。光月之上、サマお鳴り。現時蛍の光見ゆ。
うつつこの世は光の下。紫の植えなるはこの山。
ぶんぶんといいて飛びくる、ドラマーの音。
ヨーヨーの様の音である。ようよう白くなり来る白夏、
これを、緑の夜という。秋残りの話である。

秋残りの誤解釈という。B線上のアレーである。
叫びたくましく、戦場を行く雄姿である。
竪琴の線詩、これを歌詞という。
これおかし、草々の歌枕、ねねよし。音々、眠り歌。
花高々し。花は紫陽花、はなし様の屋、岩根の巌、
巌上花、あじわう花である。みつか密かの三日日人。
月下の装用である。紫陽花美人とぞ。

B始まりを美という。美音上のネネ(音々)である。
秀音上をE線下という。ミから出たサビである。
ウームという。初夏の字である。前掲画。
馮道書である。書画という、音入りともいう。
この文である。 

       秋残り世界文学全集 巻2
      『余は機械である』
       蒼郷 京盆 の項     
       秋残り市史編纂員、余。 
       秋残り市史篇絵巻物
***コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ***
  秋残り市立美術館夏期展示
  『古譜20・Zoラ』
   馮道 書画家 咲き印
                   

字(あざ)のほうぼうで、腹を横に書く。:山吹 柳
かいきょうのそうきょうはよい時です。:スモモどくだみ
そうきょうのよい自分です。:山吹 案
天の下、山拝み。つねづね。:しそ川おとる

    著者@150上巣真芯
        植え住まし
        UESUMASi
        W.E.州 Machine
        
 仮想店 出品 ID:yosiyosiyosi-630       画商『宏岩』 名画専門
       葦野原展示即売会 2000えん(額付き?)       
*****
 音 階 表  http://otoko.org/34htonkai.html 
***アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ***
***コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ***
 ----ブログでの団体名、個人名、他名称などは、
  全て、仮想です。実在とは、無関係です。
  記事は架空です。著者@150,12
posted by 秋残り at 11:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽