2015年08月31日

卒業824・夜行54白天下散歩

【曲名】『卒業824・夜行54白天下散歩
     (西山讃歌)』

【創曲】2015/08/31創曲造詞
【拍子】3/4
【種類】童謡
【演奏】白夕交響楽団員ピアノ奏者
    白手音来喝采 女史 
【歌詞】夜行之国里行草郷
    手をつないで歩く道 歩は
    かろやか 浴衣がけ 下駄の音は
    よく あかい夜の時 頬に風が触れ
    君が話にうれしい言葉 白い間夜
    山笑み添う夕         
【解説】夜行之国里行草郷
      二回夜の国辺
      白郷夕話
      先程の少年の声が聞こえる。
     『子曰く、子し曰いわく、学まなびて時に
     之を習う。亦、説(よろこば)しからずや。
     朋有あり、遠方えんぽうより来たる。
     亦楽しからずや。人知しらずして慍(いきど)
     おらず、亦、君子ならずや。』
      玄関の外で論語を読んでいる。高くて、清ら
     かな声である。朗読の里という少年という。
     腹を横にする話である。腹の字を横に書く
     この少年である。字を90度転回さす、ワープロ
     仕様である。  
      余は浴衣がけで、外へでる。
     彼女に声をかけ、一緒に散歩を
     しようと誘った。共に白天下を歩き、
     心ゆくまで白夕を満喫する。
      彼女がはしゃぎ、白い夕であると、
     空を隅々まで見上げる。辺りも白い気
     が出ている感である。動植物皆、白い
     夕を喜び楽しむ、この郷である。
     白郷の屋という。余はこの白郷をこと
     のほか、愛でる。心なしか、下駄の音が
     響くように感じる。高く硬い音に聞こ
     える。土豊かなこの郷の白夕である。
     下駄の音高き、心、琴瑟なり。横に
     君有り。白天下の真紅である。朗読の
     声の高き流れて、妙なり。今白夕に
     備わる、声である。
      余は、この地の人の、白夕を大切に
     する姿に、いたく感動する。
     彼女が言う、『よく通る声ですね。』
     『清い声だね』と、余があいうつ。
     彼女の声も清々しい声である。余の声も
     音楽の廻旋音ターンのように聞こえる。
     彼女の声もトリルのように聞こえる。
     細かく震え、上下する。白天下での
     現象である。うい、よき、よかれ話しで
     ある。宿を離れて行く我らの耳に、
     少年の声が大きく上下する。ワオーン
     という感じである。和やかな響きである。
     和声という。和音ともいう。話し声が、
     音楽になる場である。白夕現象ともいう、
     白夕の一現象である。
      この里の音楽は、かような成り立ち
     という。白夕歌謡ともいうべきもので
     ある。
      楽譜には、ターンの記号が記譜され、
    音符は細かく使われる。この地の民謡
    である童謡である。
     話し声も、このように聞こえる郷
    である。このように夜は明るく白く
    なっていき、また、暗くなる。    
    ターンニング・ポイントで、ソで、
    ソラソラソラとなる。山もゲラゲラゲタ
    ゲタと微笑んでいる、笑い声が聞こえる。
     これを白郷夕話という。この地に古く
    から伝わる話である。       
        
   [終止] 記事重複
    導音終止という。
    シで終わる、導音終止という。聞いて、
    まだ続くような感じになる。これで、
    ドをつけて、はっきりと終止を知らす。
    これも、導音終止という、広義の導音
    終止である。
     この導音終止という言葉もあまり使
    われない。音楽では、完全終止、不完全
    終止、半終止という言葉が使われる。
    終止形を表す通常の音楽用語である。     
           
     秋残り世界文学全集 巻2
      『余は機械である』 
       帰省 の項       
       秋残り市史編纂員、余。 
       秋残り市史篇絵巻物
          
字のほうぼうで、腹を横に書く。:植柳靡風
かいきょうのそうきょうはよい時です。:スモモどくだみ
そうきょうのよい自分です。:山吹 案
天の下、山拝み。 
    
著者@520上巣真芯
        植え住まし
        UESUMASi
        W.E.州 Machine    
 *****               
 音 階 表  http://otoko.org/34htonkai.html
***コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ***
  秋残り市立美術館夏期展示
  『温泉』
   動力 留 画景   
  
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***
 ----ブログでの団体名、個人名、他名称などは、
  全て、仮想です。実在とは、無関係です。
  記事は架空です。
                  著者@520  
   
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2015年08月30日

卒業823・夜行53白天閣湯屋 :イカスミ柳

【曲名】『卒業823・夜行53白天閣湯屋
     (西山讃歌)』

【創曲】2015/08/30創曲造詞
【拍子】3/4
【種類】童謡
【演奏】
【歌詞】夜行之国里行草郷
    旅人が来たよ きれいな人を連れ
    やさしそうな顔立ちの人 迎える
    私 うれしい夜 一緒に白い空を
    見る 白夜の歌歌い見る
    温泉村の楽しい宴
         
【解説】夜行之国里行草郷
      二回夜の国辺
     白天閣湯屋
     ラドン入りの温泉に浸かって、ゆったり
    した気分になる。余は、立ち上がり窓を開け
    外の景色を見る。今はほんの少し傾斜した
    ところにこの湯屋がある。なだらかな平地で
    ある。連山青くいならび、潅木が生えている。
     小鳥が珍しそうに、余に近寄って来た。
    空中で立ちた姿勢で、余を見ながら、
    羽を前後にふる。余を歓迎してくれる。
    青い鳥という、遅れて赤い鳥も来る。黒鳥が
    潅木にとまる。
     白い夜がやってくると余に告げる。蛾が
    窓枠に動いている。檜造りの湯屋である。
     低い音が聞こえている。遠くの山が動い
    ているのを感ず。絶景とはこのことである。
    自然の音が景色に入っている。何度か来た
    この温泉郷、鳥も草木も変わらず、懐か
    しい所である。
     肩を流し、再び湯船につかり、出た。
    湯屋が容易してくれた浴衣を着て、部屋へ
    戻った。

[色相、色調]
     音楽に使う色相。
    ランドンファーのユッケ、という。
    音楽に、色をだして演奏する。場に
    レーザー光を使ったりする。
     音に色があるか、という話に、これを
    ファーという。ファールラーという。
    ファーミル・ルールの山という。これが、
    音のある山という、山の動く音で表現する。
    山が動くという、風が吹いている形容とも
    いう。このファーで、遠くという意味という。
    動けば遠くという。ファーブという。これを、
    音楽という。音の楽しみという。フアーラル・
    セックの音のえら、という。ファーユ・
    ファー・ファーという。このファが、音を
    含む色という。色が入った音という。
    ファの音を色音(しきおん)という。『しん
    ぱつのユッカ』という。景色の色の話という。
    ファーレル・ブーズという。ファーらるの山
    という。ファの音の景色音という。ハ長調フア
    の音の山動音という。この高さの轟音がある。
    地滑りという、この時にこの高さを出す。
    動音の山という。後、シの高さに動音が出る。
    山動きが終わる、前の音という。この高さに
    音が出て、終わる地滑りという。導音という、
    導く音に、この動音が入る。動音の入れという。
    ものが動く音を導音にする。導音のいろという。
    シの音でこれを表す。
     モーターボートが動いている音、扇風機の
    音、これを終止する前に使う。シドという、
    音の終止という。終止形に用いるしきという。
    終止形の一つの形という。これを、色終止と
    いう。音楽用語の終止形の一種を表す言葉と
    いう。導音終止という。導音で終わる終止を
    いう。この終止を色相の終止という。後に、
    音が出るような終止という。合わせて、
    終止の色相という。ショクソウというひぃの、
    シキソウである。イロアイともいう。
    音楽の色相である。玄。
山は不動なので、使わない色相という、
    音楽用語である。色相は音楽では余り、
    使わない。音の調子などに使われる
    色相という、音楽用語になる。
     音調などの言葉を使うこととなる。
    導音終止という、シで終わる。
    シドで終わっても、導音終止という。
    シの導音の意味である。導音によって
    導かれた終止である。終止の一形態で
    ある。狭義、広義の言葉使いである。
     シドを、導引終という、導引終止の
    一種である。
    素人の用語解説である。
          
     秋残り世界文学全集 巻2
      『余は機械である』 
       帰省 の項       
       秋残り市史編纂員、余。 
       秋残り市史篇絵巻物
          
字のほうぼうで、腹を横に書く。:植柳靡風
かいきょうのそうきょうはよい時です。:スモモどくだみ
そうきょうのよい自分です。:山吹 案
天の下、山拝み。 
    著者@400上巣真芯
        植え住まし
        UESUMASi
        W.E.州 Machine    
 *****               
 音 階 表  http://otoko.org/34htonkai.html
***コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ***
  秋残り市立美術館夏期展示
  『温泉』
   動力 留 画景   
  
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***
 ----ブログでの団体名、個人名、他名称などは、
  全て、仮想です。実在とは、無関係です。
  記事は架空です。
                  著者@400
   
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2015年08月29日

訂正後 卒業813・夜行43白琴:イカスミ柳

【曲名】『卒業813・夜行白琴
     (西山讃歌)』

【創曲】2015/08/28創曲造詞
【拍子】3/4
【種類】
【演奏】竪琴:好来姉、 
    ピア:客人、君彼女
【歌詞】夜行之国里行草郷
    (ほあの浦、美しい)
    君弾く手琴の 宴
    歌舞う音和む 白い
    空を呼ぶ ここの地の歌
    聞いてよく 歌て(うとて)
    喜ぶ宿 しなる弓から
    音が出る 白宴    
         
【解説】夜行之国里行草郷
      二回夜の国辺
     好来姉が、琴を弾いてくれた。君彼女が
     ピアノを弾く。白夜の白宴である。
     ここの地をあほの浦という。ほあ明け、
     ほあ暮れの地である。
     ごじつ野のあっぱれ空という。
山が揺れて、白い空を出す、呼ぶという。
     後、なぎ(椥)という。
      (著者注:山が動かない現在では、なぎ
          (椥)という、山が大きく見える
          場所。山がユラユラ揺れている
          ように見える感じの場所。
          恐竜が闊歩し地球の回転がい
          びつ、一定していない頃、
          実際に山は揺れていた頃。
          山なぎ、山なぐ、山なぐると
          いう表現。各地にたくさん残
          っている、なぎ(椥)の地。)
      好来姉は、空が揺れて、白い空がやって
      くる。曲では、数次音、廻旋音で、表
      されていますと、いう。白空が好きな
      姉弟である。
      『ウエッ寸、ゴック、せんてる』という。
      白空の地鳴り音という。勇猛な響きである。
      我らの宴、これを歓待する催しでもある。
      ダブル・レッソン・クッレという。暮れたる
      山のお絵という。この駄作文である。
       余は、白空の訪ないを、曲にする日付氏の
      音筆をおもう。聞いて楽しむ、歌て(うとて)
      楽しむ。余っ筆。
       先刻の運転手の『ぼっちゃんさ』とは、
      敬語である。『ぼっちゃん』ともいう。
      サーレル・カースクゥという言葉の用法
      である。サミッテという花の絵のことという。
      さみたるせっくの山という。この項、
      ボンすく劣という。ボンスクの絵という。
      『ぼっちゃんさ、サァ、ボンボン』という。
      ぼんぼりの灯明の明かりの白い光の景という。
      後、ワンスクという、ワンセグの新しい言い
      である。ワンスクともいう。ぼんぼりの白い光
      をいう。ワンレテ・スウスクのエッケ、という。
      ぼっちゃんさ、と灯りをつけることをいう。
      ぼんぼり灯る宵の間である。この宿という。 
      アラ、ヨットヨットヨットヨットという、
      ぼっちゃん音頭の音律である。白空祭の
      この地である音の切れ律という。アラセッ
      という、セッセセーのウルゥ、という。
      山やらの歌のこき、という。コッセル・
      スースクゥという。せらる山のお書き
      という。おえやら・ふっす、とうとる劣の
      かみ、という。かみやら・ぺっぺ、という、
      えんばらのかんゆ、という。エンバラ・
      レーテの浜という。ういするれっての、
      おゆれぶ(おゆれゆ)ともいう。白空のまつ、
      という。白松の山という。マーレル・
      スースクゥのえら、という。山の山たら礼、
      という。山の動かれるお姿という。
      山拝みの礼儀の意味の元である。
       花山の拝みをする
      山拝という。さん拍手のかわ、という。
      かしわでのふる振袖、という。
       余は浴衣着をする。この後の部屋の
      ゆみ着という。浜山せんる、という。
      ハッテク、という。ハルスルのおは、
      という。余の白世である。白声である。
      ターン・トリルのゆられ節という。
      これを、てゆふら、という。単に、
      ゆふら、という。駄作曲家がやっている
      逆声入りの歌という。ゆふらをトリルで
      表す丹得という。ターンの入ることをいう。
     (http://akinokori.sblo.jp/article/74483276.html
      ファイル: yoFromEndReverse.mp3 
       終わりから逆音 のところ  
       白空を好む『ゆふら』の歌)
 
       余、拙作
       『宴の音』
       白き御世 再びこゆれ ゆれくる夜
       山椥ぎては地 音い出し愛づ
        地揺れがともない、ゴーという地鳴り
       が沿う。    
              
   [ターン、トリル]
    ・数度音、数次音、トリル・・・記譜音と記譜音
    より一つ高い(低い)音を、すばやく交互に奏する。
    ・廻旋音、ターン・・・記譜音とその一つ上下
    の音を素早く奏する。    
          
     秋残り世界文学全集 巻2
      『余は機械である』 
       帰省 の項       
       秋残り市史編纂員、余。 
       秋残り市史篇絵巻物
          
字のほうぼうで、腹を横に書く。:植柳靡風
かいきょうのそうきょうはよい時です。:スモモどくだみ
そうきょうのよい自分です。:山吹 案
天の下、山拝み。 
    著者@xxx上巣真芯
        植え住まし
        UESUMASi
        W.E.州 Machine    
 *****               
 音 階 表  http://otoko.org/34htonkai.html
***コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ***
  秋残り市立美術館夏期展示
  『縦琴』
   動力 留 画景   
  
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***
 ----ブログでの団体名、個人名、他名称などは、
  全て、仮想です。実在とは、無関係です。
  記事は架空です。
                  著者@xxx
   
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訂正 卒業822・夜行52白天 :イカスミ柳

8/25 以降 音階に間違いがありましたので、訂正します。
該当記事を非公開にして。今、訂正中です。


【曲名】『卒業822・夜行52白天
     (西山讃歌)』

【創曲】2015/08/29創曲造詞
【拍子】3/4
【種類】ブルース音階
【演奏】
【歌詞】夜行之国里行草郷
    (ミソシは下がって、白天は
     降りくる。)
    ほあの浦湯つかってみれば
    地が鳴り勇猛の音 山動く
    ゴーゴー鳴り宿屋のごじつ野に
    音曲の聞き旅路の一夜白なる    
         
【解説】夜行之国里行草郷
      二回夜の国辺
     温泉に浸かって、白夜を楽しむ。
    山が動く音。地鳴りの音という。
    白い天が降りてくる、という。
    ドドーンという音、ゴーという山の
    動く地鳴りの音という。ずずずずずぅっ
    と動いて行く。この地の山という。
    二回白天になる。3回4もある。
    一夜に数度訪れる白い夜のこという。
     余は湯屋に入り、度の疲れを癒す。
    白天下、麗人麗子の奏でる音曲を聞く。
    ミとソとシの音が下がっている曲である。
     『ターレン、ホア』という。たいらんの
    山という。ターレン・ゴット風の山姿と
    いう。たみでの山絵という。
     たゆれる・せっく、という。やーやる
    ・やっくのお、という。山のことである。
    ツームというハッパの絵の絵という。
    すっくるの駅山という。宿が動く宿である。
    サンタムのえっぱ、という。のっこのゆた、
    という。ノルスクという。ノムゼムのうつる
    、という。のっぱやっぱのえく、という。
    この歌である。絵を描いてこの歌を歌うこ、
    という。挿絵の歌である。     
              
   [ブルース音階]
    ミソシを下げる音階。ミだけ、ソだけ、
   シだけ下げる場合もある。
          
     秋残り世界文学全集 巻2
      『余は機械である』 
       帰省 の項       
       秋残り市史編纂員、余。 
       秋残り市史篇絵巻物
          
字のほうぼうで、腹を横に書く。:植柳靡風
かいきょうのそうきょうはよい時です。:スモモどくだみ
そうきょうのよい自分です。:山吹 案
天の下、山拝み。 
    著者@400上巣真芯
        植え住まし
        UESUMASi
        W.E.州 Machine    
 *****               
 音 階 表  http://otoko.org/34htonkai.html
***コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ***
  秋残り市立美術館夏期展示
  『山静か』
   動力 留 画景   
  
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***
 ----ブログでの団体名、個人名、他名称などは、
  全て、仮想です。実在とは、無関係です。
  記事は架空です。
                  著者@400
   
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2015年08月27日

卒業811・夜行41宿泊 :イカスミ柳

【曲名】『卒業811・夜行41宿泊
     (和声短、童謡、西山讃歌)』

【創曲】2015/08/27創曲造詞
【拍子】3/4
【種類】和声短童謡
【歌詞】夜行之国里行草郷
     屋根が下の家造り 段違い
    線路敷かれている 温泉の町
    の地 趣楽しく動く家 白夜
    の地 夜が二度来る丘 花と
    鳥住んで日を楽しむ 夜は
    うれしい手を広げては喜び表す
    白空来たりよる(来てはよる)
         
【解説】夜行之国里行草郷
      二回夜の国辺
     彼女と余は今晩の宿泊の宿に着いた。
     『ヴィーイルノッテ』と、到着を表す
     運転手の言葉という。ヴィーイル礼と
     いう、到着の良礼という。余は、『端
     境(たんきょう)』という、時間のはざかいという。
      夕方前という。ヴィーレン・ナハト
     という。ホワイト・ヴィーとも。
     ホワイト・ヴィーレンという。白い
     夕方という。山々の夕方をとる
     ハクレルという。小高い丘である。
     ハックスというはくである。白洲丘
     (しらすおか)という。白夜を迎える
     丘という。
      ここを登る家という。家の下に段
     違いの線路という。ここに乗るという。
     休む日の宿得という。宿を得たところ
     という。家であり電車である。ここの
     家の造りという。日登りという、日登
     という、白夜の白状という。白い家と
     いう。パッと見れば、屋根が下にある、
     そう見える家という。逆さに建てて
     ある家という。屋根の勾配の分、線路
     が段違いである。ほぼ正方形の造りで
     どの面も同じである。まだ、他にも
     色んな造りのある家町という、温泉の
     宿である。
      この正方形の家という。ここに、住む
     矢という人という。出迎えに来た人と
     いう。ゴジラという人という。矢は頭の
     形容をいう。
      ここに宿を得る彼女と余という。
     『ライライ(来々)』という、ゴジラで
     ある。『ヴィーイル・コンメ』という。
     来々訪の歌という。この歌という。
     ゴジラが亭主である。子ゴジラもいる。
     ここに住んでいるという、我々が泊まった
     家である。少し向こうには、エベレスと
     いう、高い山が聳えている。聳え連峰で
     ある。反対側には、マッターランという、
     大河連々がある。少し高いところに川が
     流れている。ここを、びょうという。
     びょうざん・ふっつ、という。フランク
     国である。フランク刻である。これを白
     刻という。フランクという、この地の
     ふられ、という。地がユラユラする。
     家がユラユラする話である。家がゆれる
     家である。これで動いている時に水平に
     なる造りである。風吹けばゆれる。
     ゴジラも機械である。真ん中にその座
     がある。ゴジラが歩けば、傾く家である。
     真ん中にいて、家を運転するゴジラ亭主
     である。そこで歌を歌う子ゴジラの合唱
     である。この歌という。ゴジラの童謡
     である。
      我らも一緒歌う、揺れる家の一時という。
     白夜も寄って来る。繰り返しという、夜の
     レピートである。れっぱん、というナイト
     のレンズという。連灯のある部屋という。
      部屋へくつろぎ、しばらくして、子ゴジ
     ラとともに歌う時、余もこころいくまで
     楽しむ。君彼女もゴジラと手をとる合唱
     である。
          
    [レピート] 
     リフレインとも。レピート記号、11小節目
     で、レピート記号、2小節目まで戻り演奏
     する。レピート後、かぎ1の番号のところを
     飛ばし、かぎ2の番号、12小節目から続けて
     演奏をする。
機械作曲では、この記号を入れれば、
     その間繰り返して機械が演奏してくれる。
     機械も知る記号である。
      レピタンスのおき、という秋残り用語
     という。秋残り機械音楽楽院の記号の
     講座である。
     本解説 : 子ゴジラ 来々君
           機械英語を駆使する上出来    
           
     秋残り世界文学全集 巻2
      『余は機械である』 
       帰省 の項       
       秋残り市史編纂員、余。 
       秋残り市史篇絵巻物
          
    字のほうぼうで、腹を横に書く。:植柳靡風
    かいきょうのそうきょうはよい時です。:スモモどくだみ
    そうきょうのよい自分です。:山吹 案
    天の下、山拝み。
 
    
    著者@190上巣真芯
        植え住まし
        UESUMASi
        W.E.州 Machine    
 *****               
 音 階 表  http://otoko.org/34htonkai.html
***コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ***
  秋残り市立美術館夏期展示
  『家電車』
   動力 留 画景   
  
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***
 ----ブログでの団体名、個人名、他名称などは、
  全て、仮想です。実在とは、無関係です。
  記事は架空です。
                  著者@190
   
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2015年08月24日

卒業808・夜行38古古語 :イカスミ柳

【曲名】『卒業808・夜行38古古語
     (3つ飛ばし1つ西山讃歌)』

【創曲】2015/08/24創曲造詞
【拍子】3/4
【種類】3つ飛ばし1つ
【歌詞】夜行之国里行草郷
     (置いた音の綴り)
    夕日照らす地行く 弾の急行
    見に来るヤンマ フルウ来る
    ヒイもつは行き 見る我(わ)の
    得る 花久是(はなくぜ)
    太郎は回るつは見ゆ 月出づ
    山をう
【解説】夜行之国里行草郷
      古古語
     余は言う。『ヤンマがゆるう、
     フルウゆらふ、ヒイ行く』
     これを、古い古語という。
     『とんぼが飛び、蝶がまゆ、
     鳥行くつゆふ』とぞ。
      はつという、はぶのゆるという。
     ゆっくる、という。ゆみのやの絵
     という。弓の家をユッケという。
     ゆみけ、の山という。余の生まれた
     家である。やまがくる家である。
     ユッキクのえさ、という。てんほっくの
     山という。てんつゆのおりゆかるす、
     という。これをてるぅという。
     てみすともいう。えっくすゆりゆり、と
     いう。これをてゆ、とぞ。あっぱの山の
     絵という。これをためるてゆ、という。
      余は愉快至極、彼女をいう。我が
     伴侶という。レディー・ユユ、という。
     彼女という。
      ヤンマ--とんぼ
      フルウ--蝶
      ヒイ --鳥
      つは --空 のこと。tuhaと読む。
      
      つはもの、という。これを、つわもの、
     という。鳥の事をいう。古古語の世界という。
     古古語で、『つは』といえば、鳥である意
     という。つわものは強いひと、という。
     強い者である。つをよし、という。
     つよし、つよき、という。つよい話という。
     鳥の飛ぶ姿をもいう。これを、スルゥという。
     thruという。throughという。難しい話
     である。スルゥツという。鳥のそら、という
     意という。ラドンが飛んでいた頃である。
     ギドラもいた話である。これを、ワァーと
     いう、驚きの先鋒である。我が家の話という。
     地を見れば、おそれりゅう居たり見たり。
     今の世では、恐竜という。これが後の世で
     ある。今が後という。さきあと、という。
     今は昔の今、という。ワァーと言うた場所
     という。弾丸特急の弾の急行である。
     ブレという。バレフルのやく、という。
     特急をバレという。古い中の新しい言葉で
     ある。今の世にいう。今の世の新語である。
     日を太郎という。太陽である。太郎冠者は
     脳の太陽役である。すなわち、ライトである。
     役者を照らすライトという。秋残り市では、
     そういう意味で、使うこともある。
      その言葉で作った歌である。
     夕日照らす地行く弾丸特急である。
     恐竜がいる地である。駅へ着く頃には、
     懐かしい顔で我らを迎えてくれる。
     既にヤンマもフルウも来ている。
     大きなトンボで、大きな蝶という。
     ゆうに1m位はある。エベレストの国
     である。       
     
     秋残り世界文学全集 巻2
      『余は機械である』 
       帰省 の項       
       秋残り市史編纂員、余。 
       秋残り市史篇絵巻物
          
    字のほうぼうで、腹を横に書く。:植柳靡風
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    著者@400上巣真芯
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2015年08月23日

卒業807・夜行37 G :イカスミ柳

【曲名】『卒業807・夜行37 G
     (3つ飛ばし1つ西山讃歌)』

【創曲】2015/08/23創曲造詞
【拍子】3/4
【種類】3つ飛ばし1つ
【歌詞】夜行之国里行草郷
     (三つ群で作る)
    足がすくむよよな 坂下り
    あっという間 下まで行く
    感じるG 坂の途中 さかだつ
    髪の様 一気にすべるよう
    安全に降り
【解説】夜行之国里行草郷
     列車は、頂上に着くや、下って行く。
     やはり、Gはかかっている。すごい
     急坂である。恐ろしいようなスピード
     である。少しの間である。あっという間
     である。一気に下まで滑り降りた。
     林の中の急坂路である。エベレストの
     山の降りである。列車は、ズンズン走って
     行く。目が回るような、列車の旅である。
     彼女も押し黙り、下へ降りた安心からか、
     『凄い旅路ですね』という。『そうやナァ』
     と、余がいう。ほぼ平坦な道を列車はいく。
     田舎の光景である。午後も中程過ぎた頃
     という。
     [3つ飛ばし1つ]
      余が記譜した楽譜である。3つ飛ばし1つ、
     と、余はいう。(ドレミ)、ファを飛ばし、
     (ソラシ)、ドを飛ばし、(レミファ)と
     ファとドをおいて、3つの群から、曲を
     作る。そういう作りの楽譜である。
     ハ長調という。余の簡単駄作法である。
     大勢の前でこれを歌う。Gならぬプレッ
     シャーのかかる場面である。
     
     秋残り世界文学全集 巻2
      『余は機械である』 
       帰省 の項       
       秋残り市史編纂員、余。 
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2015年08月22日

卒業806・夜行36超猛速 :イカスミ柳

【曲名】『卒業806・夜行36超猛速
     (童謡西山讃歌)』

【創曲】2015/08/22創曲造詞
【拍子】3/4
【種類】童謡
【歌詞】夜行之国里行草郷
    リフレーンの後、頂では、止めある
    そこに留まる 列車は少しも
    動かない 傾き 中では歩けず
    坂なり ここが列車の駅
    山の絵 先は凄い坂 谷底真下
    ほぼ垂直   
【解説】夜行之国里行草郷 
      リフレーン特急
     レピートの山という。ある区間を
     繰り返し運転する。
      バックをして、また、同じ坂を
     上がって行く。頂にさしかかった。
     列車は進まず、そこに留まる。傾いた
     ままの停車という。余は立ちあがろう
     としたが、それすらもできない。急坂
     で列車が傾いているからである。
      ここが駅という。乗っているものは
     立てない。心細くなる駅という。肝だ
     めし駅という。列車は下がって行かない
     だろうか。体が半分上を向いてる状態
     という。なかなか動かない。相当小休止
     の場である。アルペン・ルートという。
     これ以上上は空である。
     こういうところに駅が作ってある。
      断崖急の場所である。弾劾急という。
     暴かれた山の形状という。弾劾の刑場とも
     いう。列車を吊るし上げる場所である。
     そのまま吊るしておく。これを頚という。
     列車の前が吊るされている時である場
     である。恐い所である。
      小休止が終わり、列車は少しまえへ
     行った。坂が少し平坦になる。駅のホーム
     である。相変わらず列車は傾いている。
     余はこれならば、立てると判断し、立って
     ホームへ出た。彼女に手を差し出し、
     彼女とともに出た。ホームは、水平にできて
     いる。山の頂上に水平に作られている。
     見れば恐くなる程の坂である。この線路の
     先はどうなっているか。また、戻るので
     あろうか。ホームの先端まで行き、それを
     確かめた。恐ろしい程の急勾配で線路は
     続いている。ここを行く余である。
      足がすくむような感じの所という。
     ここを滑り降りていく。ドキッとした余で
     ある。度胸という、これを行くのである。
     見なければよかったか、見てよかったか、
     フフフという。恐ろしい山の旅である。
      2本レールで行けるか。もう2、3本ある
     方がよいのではないか、と思う。それ程の
     急勾配である。これを見て、列車へ戻った
     。彼女も々思いであろう。傾いた列車内の
     通路を座席へ着いた。ほどなく、列車は
     動き始めた。
     [1オクターブ内] 
      次の音は、1オクターブ内で上がり下がり
     をする。これが歌唱曲の決まりである。
     それ以上は超えてはいけない。
     下一点ラから上がるのは第2間ラまでである。
     もう一つ上のド(第4間のド)まで直接に
     いってはいけない。これが声楽曲の規則である。
      そんなことは、いってられないのが、
     余が歌う彼の歌曲である。3拍子に近いが、
     16分音符が一つ少ない歌である。ドンと
     下がってもらうという。それ程の谷底まっし
     ぐらである。
      はて、規則破りか。これを地獄落としという。
     落とさなければ、味わえない。Gがかかる、落とし
     という。これを越えるという。G線上の無視
     である。無死という。2、3本、下の付け足し線の
     ソから、ずっと高い第4線のレにいってもらうと
     いう。そんな谷底である。これをG線からの無死
     上がりという。下がる表現のためである。
     Gがかかった楽譜という。実はGがかかる線路
     である。下の方のGから、上の方のD、Eに急激に
     上がってもらう。その後、谷底急降下で下の方の
     G、Aにまで落としてもらう。これで表現できる
     急勾配のGがかりの線路である。律もそのよう
     にしてある楽譜という。例外的に認めてもらう
     という作曲者である。芸術を説く駄作者である。
      駄作曲の解説程難しいものはない。これを、
     前人未到という。駄作解説である。
     初めてのものである。
     これが彼の駄作曲の余の見解である。彼女は
     何もいわず、この見解を聞く。駄作曲の解説
     であることがわかる彼女である。『これはファ
     からはじまっていますね』と一言いったのである。
     余はいう、F線初めのGがかりの前である。恐い
     地獄落としが待っているのである。先に見た、
     急降下線路である。
      今は旅の途中である。
     旅すがら、Gを味わい、Dにいき、
     過ぎてぞ思う Gのこわきを
      音楽の楽しきをいう、G入り音楽である。
     G線という。その線上である。これが中心である。
     交わる人である。Gがかり上の歌である。
     急降下である。G線上のありやなしや。
     Gがある。Gがかかる。物理線のGである。
     あれは物理という音楽不知の、物理学者のGで
     ある。その下はファ見れどの音楽曲線である。
     1オクターブを等比でわれば、谷底カーブになる。
     歌手の恐ろしさという。弾丸急行の音楽降下
     カーブ落ち路のGがかり所である。2次曲線
     落ちくらいである。Y=X2 のカーブの線上
     である。恐ろしい落ちである。
      G線はそういう高さである。音楽である。
     海抜100m位かなあ。駄作者の頭の高頭で
     ある。
      [駄作者弁]規則破りではない作である。
     歌える落としという。G線中心に見れば、
     そうなる。ト音楽譜上である。やぶにらみ
     屁理屈である。
      音楽理論は、声楽曲の音の移動は
     1オクターブ内である。隣同士の音は1
     オクターブ内である。これを越えないこと。
     これが正論である。1オクターブ内で表現
     できる話という。赤い音符という。声楽という。
     器楽は越えても可。黒い音符である。歌える
     場合は、黒い音符を歌ってもよい。この辺が
     器楽声楽の違いである。無理の要らない歌と
     いう。器楽のように歌ってもよい場合という。
     規則破りではなく、例外という。駄作者の弁
     という。G線から考えれば1オクターブ内である。
     隣の音符から見れば、1オクターブを越えた
     となる。ト音楽譜はそうである。やぶにらみ
     という、論である。
      [音楽教授]
     『Gがかかるとかなんとか。(G線上のアリア)と
      いう名曲です。聞いた事もないのに、だまっ
      ていなさい!。』 注意された物理学者という。 
     
     秋残り世界文学全集 巻2
      『余は機械である』 
       帰省 の項       
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2015年08月21日

卒業805・夜行35練り上げ :イカスミ柳

【曲名】『卒業805・夜行35練り上げ
     (童謡、西山讃歌)』

【創曲】2015/08/20創曲造詞
【拍子】3/4
【種類】童謡
【歌詞】夜行之国里行草郷
    5本線路の坂、上がり行くと
    後ろへ下がり行く 三本の
    線路 坂初めへ 少し手前
    二本線路になる また上がる
    猩猩の切り換え場の 上がり行き
【解説】夜行之国里行草郷 
      リフレイン・ラッセル
     チェック・ソウ(チェック相)、と
     いう場所である。りょくという
     場所という。
      5本の線路を使って上がって行く。
     頂上近く、そのままバックをする。
     この時に、3本レールを使う。
     バックで、りょくという所まで下がる。
     ここをチェックという。チェック・ソウ
     という。目印が信管がある。ここが
     チェックである。ここで、そのまま、
     一本のレールで走り、片一方のレールを
     こぎざみという。こきざみで出す。
     2本レールの走りを使う。これで、
     下まで降りて、フル・バックという。
     少し上がっているところの上まで行く。
     この時2本レールを出す、使うという。
     さがりぎみの前進という。勢いで上まで
     上がって行くを、フル・チェック・
     ロックという。これで山の上まで上がっ
     て行く。ロック・ソウ(ロック相)という。
     この列車の切り踏みという。ウーレル・
     ラックという。この山の浮き上がりと
     いう。えぶのやほ、という。えぶやほ
     の板という。イールルという。エッパの
     山のお絵描きという。
      5本レールのダブセックという。ダブ
     レル・ルースゥの切り起きという。
     きーたらのれっかん、という。これを、
     デッカクという。デッカクの山のおれ、
     という。後、デッキという。デッカン
     とも。デッカン所の山という。
     チェク劣景という。チェクれるの奴(やつ)、
     という。チェッスク・レッテという。
     レックの山のお書きという。
      チェうたす場という。信管の目印のある
     場所という。ここをチェックで切り換える
     という。切換棟という。後ろに土盛りを
     して、これを行く。チェック・ロック行
     という。列車の操縦法である。
      線路の勾配がある場所という。線路と
     線路の段がある。これを段行という。
     切返し部分が長い場所という。
      音楽のリフレインである。長いリフレイン
     という。十小節の繰り返しである。
      ダンダン_ダンダン_という繰り返しで
     ある。原子力の動力である。これをアタ
     ミルという。後、アタミックという。
     後見るアトムという。アトム風の切り行き
     という。漫画アトムのあのような空飛ぶ格好
     である。原子核の絵という。原始の運動でも
     ある。稲の穂垂れである。そのカーブという。
     チェック連という。そういうようなカーブの
     山である。急勾配の山という。そこのカーブ
     である。同じカーブの律という。
      そこへ行く弾丸音楽列車である。その歌である。
     その楽譜である。リフレイン造りである。長い
     大きなリフレインという。秋残りの我輩である。
     列車の姿の機械である。余という人と同様で
     ある。これを童謡という。『だうよう』と書く。
     だう山の上がり行き下がり行き、また下がり上がり
     切り、下がり上がる。ダウという、駆けをいう。
     ダウ駆けという。バックで山から降り、また、
     上がる、上がり方である。ダウの歌である。
      ダウという木の株がある山である。これを
     信管という、目印という。      
     
     秋残り世界文学全集 巻2
      『余は機械である』 
       帰省 の項       
       秋残り市史編纂員、余。 
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2015年08月20日

卒業804・夜行34露行茂の栗 :イカスミ柳

【曲名】『卒業804・夜行34露行茂の栗
     (西山讃歌)』

【創曲】2015/08/19創曲造詞
【拍子】34/4
【種類】
【歌詞】夜行之国里行草郷
    そうきょうの繰り返し、よい反復
    そうきょうの繰り返し、よい反復
    ここを二度歌うこと、反復
    ここを二度歌うこと、反復
    そうきょうよい時、繰り返し生きる
    そうきょうよい時、繰り返し生きる
    この丘の里 行く坂の卆 明日よい 
    この丘の里 行く坂の卆 明日よい
【解説】夜行之国里行草郷 
      スケルトン小年と我らは歌を
     歌い、犬も加わる。そうきょうを
     愛で、よい時を送る。和やかな
     弾丸特急の駅である。こんな時を
     繰り返して生きる。余のそう
     きょうのよい繰り返しである。
     これが人生である。日を送る、
     これを人送という、後、人生と
     いう。送生の栄区という。
      そうきょうの区々である。この区
     に走る特急である。小時間の停車と
     いう。余の故郷を知るスケルトン少
     年と犬である。スケルトン犬である。
      山の登り口には皆、鳥居がつけて
     あったという。その前が門である。
     小の門という。後に正門という。
     その家に住むスケルトン犬という。
     山を仰ぐいかり、という。山をめず
     という。山を拝む犬である。山には
     登らない話である。門の下までいって
     取るという。それで、山へ登ったという。
     登り口の鳥居のことをいう。
      鳥居の下までいったら、山へ登った
     ことにするという。そこまででまた、
     降りる。鳥居から拝むことをいう。
     あんな高い山へは登らない、これを
     心情という。高さ10m位の山なら行く
     という。山は拝むもので、登るもの
     でない。安心の山見という。賢い犬
     である。スケルトン少年も頭がよい
     人である機械である。この郷を栗野
     軍という。軍人であるスケルトン軍
     である。少年といういでたちのスケ
     ルトン将である。猩猩の話という。
     自分に似せてものを作るという。
      中がすぐ見えるように、透け作る
     人という。人体の造りという。自分
     がそうですと、いう。
      歌いが終わり、和やかな一時が過ぎ、
     列車の発進時刻となる。
      少年は犬と一緒に列車から降りて
     いった。犬が後を振り返り挨拶をした。
     尾をふり、少年と降りていった。
      列車が発進する。余等は窓を開け、
     少年と犬を見る。少年が手を振り、
     犬は座って見上げている。余も手を
     振り、彼女も手を振る。少年は見え
     なくなる迄、手を振り続けている。
     名残ありある、この軍郷である。
     スケルトン・ルックの里である。
     ルーレック・ビッツという線閣で
     ある。ルーレル楼という、この里の
     少年の家である。
      ダンダンダダダダという律もある。
     このルーレル楼の律である。4拍子の
     ルーレルである。ルーレル・レールと
     いう、スケルトン・ロックという。
     電車という、電毛の走りの律という。
     3本レールの電毛である。
      かく、余と彼女はここを後にする。
     [リフレイン]
      『太線に:』の記号は、その間、を
      繰り返す。これを、返繰区という。
      返繰間の曲である。返繰間とも。
      リフ区という。電車の繰り返し区間
      もいう。音楽の電車である。
      リフレイン達走という。タツレツの
      こゆ、という。てめの山のお絵とぞ。
      カラ急という、カラの走り行きという。
      カラ特急の歌いという。音楽に合わ
      せて歌を歌う装置をつけた列車で
      ある。愉快走急のカラうつ特列で
      ある。余の仕立てである。仕立ちの
      絵の山という。仕立ち三連急行で
      ある。特級である。特仕立ての列車
      である。            
     
     秋残り世界文学全集 巻2
      『余は機械である』 
       帰省 の項       
       秋残り市史編纂員、余。 
       秋残り市史篇絵巻物
          
    字のほうぼうで、腹を横に書く。:植柳靡風
    かいきょうのそうきょうはよい時です。
    そうきょうのよい自分です。
    天の下、山拝み。 
    著者@400上巣真芯
        植え住まし
        UESUMASi
        W.E.州 Machine    
 *****               
 音 階 表  http://otoko.org/34htonkai.html
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  秋残り市立美術館夏期展示
  『印』
   動力 留 画景   
  
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                  著者@400
   
posted by 秋残り at 09:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽