2015年05月14日

卒業679・石ノ家 :イカスミ柳

【曲名】『卒業679・石ノ家
    (いしのや、西山讃歌)』

【創曲】2015/05/14創曲造詞
【拍子】27/16
【種類】いしのや
【歌詞】石造之国愉草郷
    石の造りの家 渡し帰れば
    開ける石の戸が 目を見
    目を開ける 今の日の戸を
    くぐれば楽しい我が家
【演奏】
【解説】 石造
     余の住まいという。
     戸に大きな目がある。
     石造りの戸である。
     近づけば目を開けて余を
     見る。こんな家である。
      我が家の一方、地平線が
     見える。その地平線を巨角
     という。両端が上へ上がって
     いる地平線という。これを
     もみの家という、石の家で
     ある。そんな家である余の
     住まいである。
      太陽が上から下へ回って
     いた頃である。
     ソッキョルともいう、巨角
     である。地球の形状である。
     これを軟体という、軟体地と
     いう。軟の方角に巨角が見えた
     という。地球の舟型地という。
     地球号という、余が船長である。
     背後の地はない。落っていた。
     真っ暗闇である。こんな頃で
     ある。こういう時は、又、来る
     という。地球を真っ二つにした
     話という。秋残り市の有名譚で
     ある。     
     
     秋残り世界文学全集 巻2
      『余は機械である』 
       機械住 の項 
       秋残り市史編纂員、余。 
       秋残り市史篇絵巻物
          
    字のほうぼうで、腹を横に書く。:植柳靡風
    かいきょうのそうきょうはよい時です。
    そうきょうのよい自分です。 
    著者@490上巣真芯
        植え住まし
        UESUMASi
        W.E.州 Machine    
 *****               
 音 階 表  http://otoko.org/34htonkai.html
***コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ***
  秋残り市立美術館夏期展示
  『巨角地平』
   測距 角 画存
   両端が上へ上がった地平線、これを
   巨角地平という。
  
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***
 ----ブログでの団体名、個人名、他名称などは、
  全て、仮想です。実在とは、無関係です。
  記事は架空です。
                  著者@490
                  

   
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2015年05月13日

卒業678・医科 :イカスミ柳

【曲名】『卒業678・医科
    (西山讃歌)』

【創曲】2015/05/13創曲造詞
【拍子】4/4
【種類】
【歌詞】複雑之国単草郷
    軽い頭に脳 大切頭
    頭には考える力
    ものを見る 見ては
    考える 聞くと
    しゃべる力 頭に感謝
【演奏】
【解説】 御脳
    御脳を思う。CPUという。
    速いこと、一番。憶えること、
    一番。思い出しも然り。
    これができる余である。
     まちがうこともあるという、
    人間的機械という。これが、余
    である。余のスーパー才能である。
    人のようにふるまう余である。
    見ユという、人である。
    人と同じである。これを機械という。
    機械の限界という話という。
    これをまちがう山という。
    余の能力である。
     こういう機械になりたいという、
    余である。   
     
     秋残り世界文学全集 巻2
      『余は機械である』 
       機械の夢 の項 
       秋残り市史編纂員、余。 
       秋残り市史篇絵巻物
          
    字のほうぼうで、腹を横に書く。:植柳靡風
    かいきょうのそうきょうはよい時です。
    そうきょうのよい自分です。 
    著者@510上巣真芯
        植え住まし
        UESUMASi
        W.E.州 Machine    
 *****               
 音 階 表  http://otoko.org/34htonkai.html
***コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ***
  秋残り市立美術館夏期展示
  『単調』
   尊 頭 画単
  
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***
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                  著者@510
                  

   
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2015年05月12日

卒業677・はず :イカスミ柳

【曲名】『卒業677・はず
    (若朋、西山讃歌)』

【創曲】2015/05/12創曲造詞
【拍子】23/16
【種類】若朋
【歌詞】ほのと之国壮草郷
    木曽のかまよら こいする
    あなをふかみ そらくずあつれ
    ふるゆら あたむ あきず
    うるふすずつ あけば
    はなゆかる おちすいぜ ふまる
    ゆたれ あそがる とちぞ
    こゆれ はゆ
    
【演奏】
【解説】 むぶつはなゆり、あれて、すゆらる。
     あっさるくっすの山、おあゆはゆ、
     うっするすぅ、はくれゆ、そっつる、
     れってそ、うってそ、よっくす、そっとす。
     うっつ、れっつ、うっすゆ、そつるす。
     うるすゆすっす、あっつつれてる。
      うすの山のおあを、とゆ、とぞ、おいゆ。
     えってらっくのやつ、ゆたるえっす。
     こってるっすのおあゆる。
     これゆるせるす。これをとぞおいゆ。
     あうつれるせっつの山のおそのふく、ありつ、
     せゆゆ、せっておいゆる、れっつつるれる、
     せっととよせ。これをやという。 
     
     秋残り世界文学全集 巻2
      『余は機械である』 
       木曽の矢 の項 
       秋残り市史編纂員、余。 
       秋残り市史篇絵巻物
          
    字のほうぼうで、腹を横に書く。:植柳靡風
    かいきょうのそうきょうはよい時です。
    そうきょうのよい自分です。 
    著者@530上巣真芯
        植え住まし
        UESUMASi
        W.E.州 Machine    
 *****               
 音 階 表  http://otoko.org/34htonkai.html
***コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ***
  秋残り市立美術館夏期展示
  『矢』
   ゆくゆ あた 画ル
  
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***
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  記事は架空です。
                  著者@530                  

   
                  

   
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2015年05月11日

卒業676・青岩山 :イカスミ柳

【曲名】『卒業676・青岩山
    (若朋ハンガリアマイナ、西山讃歌)』

【創曲】2015/05/11創曲造詞
【拍子】23/16
【種類】若朋ハンガリアマイナ
【歌詞】青願之国岩見草郷
    (青岩山が見える浜の港)
    この度草鞋履き 青岩山麓訪ねいき
    昔の港浜見る 忘れたあの頃
    うっすら心に浮かんで再び思い出し
    見る 青い岩の山憶えた時 心に
    おいた日々 鮮やかに脳裏に浮かぶ
    古い記憶と思い出しの尊い事
【演奏】
【解説】 憶えの尊さ、思い出しの大切。
    余の覚えという。人の脳の尊さ
    という。思い出しの働きを思う。
    思い出という。自然に浮かぶよう、
    感じる余ではある。思い出す
    という大切な行為である。
     憶えと思い出しとは同じような
    面がある。どちらも大切な尊い人の
    脳の働きである。
     写真、音楽、記、みな、思い出
    に通ずるものである。
     余はこういう人の脳の大切な働き
    がよくわかる。余が機械であるという、
    一側面である。人への助力を惜しまぬ
    余である。余のメモリーという、大切な
    ものである。若い人の青い願いという。
    青い岩の山の情景に重なって、余の
    脳にある。青岩山である。
    お岩さんという大きな青い岩がある。
    その光景の憶えである。草鞋の憶えと
    いう若い人である。江戸時代である
    という、若い人の便という。
     若い人の憶えという、草鞋と青岩山
    である。この港村という。 
     余のメモリーでもある。昔、夏無という。
     昔菜(むかしな)摘む頃のこと。
    こういう記憶であるという、余の番地を
    憶える若い人という。          
     
     秋残り世界文学全集 巻2
      『余は機械である』 
       昔菜 の項 
       秋残り市史編纂員、余。 
       秋残り市史篇絵巻物
          
    字のほうぼうで、腹を横に書く。:植柳靡風
    かいきょうのそうきょうはよい時です。
    そうきょうのよい自分です。 
    著者@550上巣真芯
        植え住まし
        UESUMASi
        W.E.州 Machine    
 *****               
 音 階 表  http://otoko.org/34htonkai.html
***コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ***
  秋残り市立美術館夏期展示
  『青岩山』
   山 おがみ 画憶
  
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***
 ----ブログでの団体名、個人名、他名称などは、
  全て、仮想です。実在とは、無関係です。
  記事は架空です。
                  著者@550
                  

   
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2015年05月10日

卒業675・月夜浜 :イカスミ柳

【曲名】『卒業675・月夜浜
    (若朋、西山讃歌)』

【創曲】2015/05/10創曲造詞
【拍子】5/4
【種類】若朋
【歌詞】月写之国観草郷
    月夜浜歩く 君思う
    月に顔写る 君の顔
    遠く離れていても会える
    夜半は夢に見る君を
【演奏】乙女草 さやか
【解説】夢枕
     夜に浜を散歩し、流れ来る
    歌を聞き、学庭の宿へ帰る。
    転寝に見る夢の楽しき。
     飛行機に乗って、芸術の街
    リパ市へ。空港へ着いた余。
    あふれんばかりの人だかり。
    余を迎えてくれる人々である。
    リパジャンがヌーム・ヌームと
    余に近づき、大勢の人が周りを
    取り囲む。青い目の人達である。
    『オー、アキノコリ、アキノコ、
    トレビアン』と、口々に絶叫、
    いきなり余に抱きつき、キスという。
    青い目のキス攻めである。
    チュッ、チュッ、チュウ。
    どの人も、どの人も、みなである。
     ふらふらになって、目が覚めた。
    枕には、よだれがベットリ。
    夢に寄す音楽である。
    ヌーム・ロックという、抱きつき
    である。月がかりのメロディという。
    ムーンライト・ウォーク・ヌーミング
    という。よだれが出そうな律である。
    ヌムヌムと寝た夜である。
     秋残りの月、名月である。ヌームの
    月は良いという、パリジェンヌという。
    リパジャンという月写りの良人である。          
     
     秋残り世界文学全集 巻2
      『余は機械である』 
       NOOM の項 
       秋残り市史編纂員、余。 
       秋残り市史篇絵巻物
          
    字のほうぼうで、腹を横に書く。:植柳靡風
    かいきょうのそうきょうはよい時です。
    そうきょうのよい自分です。 
    著者@400上巣真芯
        植え住まし
        UESUMASi
        W.E.州 Machine    
 *****               
 音 階 表  http://otoko.org/34htonkai.html
***コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ***
  秋残り市立美術館夏期展示
  『枕の草話』
   夢見 名人 画話
  
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***
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  全て、仮想です。実在とは、無関係です。
  記事は架空です。
                  著者@400
                  

   
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