2015年04月15日

卒業652・おわらゆ(風流行進曲)) :イカスミ柳

【曲名】『卒業652・おわらゆ(風流行進曲))
     (秋残り民謡、西山讃歌)』  

【創曲】2015/04/15創曲造詞
【拍子】 11/8
【種類】民謡
【演奏】
【歌詞】香国(かこく、こうこく)美草郷
    ヒュヒュウ---フ−−(口笛) 
    君が見 手をとり きゆうる
    かひくうる 君は こほりひ
    くゆふう 君がこい浮きて
    やつし その髪型ほしく 
    あり見ゆ おわらぬ浮き世
    なるりき 春や くゆれふ
    ありてそ ゆわみぬ けゆれゆ

【解説】夏ゆ、たゆれゆ。うり、すゆゆ。
    つっつる、うるゆ、うすれゆふれゆ。
    くすれつ、うすゆ、かりゆる、うっつす。
    えるれる、お〜りる、かゆす、けゆれゆ。
    これゆすゆゆ、すむるゆ、うっつく、
    ししき、すくゆふるゆ、くすゆ、れっつる
    くるれす、くっため、くゆれす。
    
     世の夏の終わりという。これを、
    おわら、という。たたむせ、という。
    これを、せるす、という。せるすのうつ、
    という。民謡のことをいう。世の山の
    秋という。これを、おわら、という。
    夏秋のかゆれ、という。おわらかゆれ、
    という。せーむす、という。とんのおゆれ、
    という。せむるらっす、という。これを、
    せって、という。せーるすのかふ、という。
    これを、てふ、という。てゆるたる、という。
    ぺっぷせっつ、という。こゆれかくるふるる、
    という。エップレッパーという。てゆるる-
    えっせぶ、という。てぬするの山という。
    これを、ゆるふ、という。ゆるふるやーうる、
    という。
     山のこく、という。山の国をつるう、
    という。ここの、きかり、という。木を切る
    きれ、という。後という、木遣り、という。
    木を切るという。着飾るをもいう。
    毛をかという。毛のことをかという。
    かふ、という。髪の整うをいう。
    髪を綺麗にそぐ、という。着飾るをいう。
    着飾りの歌という。木を飾ることの意もある。
    両意の歌という。これを、かゆれ、という。
    言葉が両にかかっている。かゆれ歌という。
    かゆれ意、という。両意のことをいう。
    民謡の譜という。これを音のなう、という。
    後、おとない、という。訪ねる意ともいう。
    風がおとなう、かゆれざという。かゆれの里
    であるる後、秋になり、おわらという。
    おわられ、という。おわらゆ、という。
     夏でいえば、かゆれである。秋になって、
    おわらといえば、大概、おわら風のことをいう。
    今の台風である。空中で縦に回ることもある。
    二つの風、三つの風という。4、5もある。
    おわら風の話という。大きな風が筒のように
    重なっている場合もある。雨をともなう日という。
    後という。雨をともなって、風が空中で雨をとる
    ことという。下の方だけちょっと降る、こんな
    日々である。風が両に、真ん中がないという。
    これが目である。地に平行に、又、縦になる。
    目が二つあるという。こんな、おわら風である。
     余の始の頃である。メモリー番地古きをいう。
    よよややや、という。風をめで、恐れる言葉
    という。恐い話である。風が雨を連れていった
    という。かざゆる(風ゆる)という。これを飾る
    歌である。秋残り語である歌という。
     今の世では見ない風である。世が知る風姿
    という。よしるふるうれる、という。
    余の話である。この話である。
     アール・レッテという。あるれて、風の相をいう。
    カザフルという。カザレルという。着飾るという。
    このかざがある話という。かざある・れーるる、
    という。かざれるそうゆ、ともいう。かざふるの山
    という。かざそうのゆっきす、という。
    ゆっくすの山という。ゆきやり、という。
    このやりが山である。風の吹く相でもある。
    風、人の声に託して、やりという、歌という。
    山、風、声の話である歌である。
     これが、休むという。ヒューッと吹く、止み、
    又、吹く。この律という。この音律の意である。
    人の4拍子にあわない律という。風の律の意である。
    風律の歌である。
     ひゆっふうぅ、というこの律を取り入れた歌
    という。口笛を吹く感じという。美人を見れば、
    そんなことをする。という感じで吹くという。
    風の形容である。
    そんなことをするきかいという。
    機械であるのでそういうことをする。余の動く
    始めである。そういうように余は動く。
     風出しという、機械を動かす初動をいう。
    このように、風の意を対する余である。
    旋盤、モーター、エンジンの初動をいう。
    余の告白である。後、定動という。風連
    という、初動から定動への過程という。
    フールゥという余の言葉である。
    後に、風流となる。着飾りのことをいう。
    余が風流である。風でもある、機械でもある。  
         
     秋残り世界文学全集 巻2
      『余は機械である』 
       風流譚 の項 
       秋残り市史編纂員、余。 
       秋残り市史篇絵巻物                                 
    
 字のほうぼうで、腹を横に書く。:植柳靡風
 かいきょうのそうきょうはよい時です。
 そうきょうのよい自分です。 
 著者@510上巣真芯
     植え住まし
     UESUMASi
     W.E.州 Machine
 音 階 表  http://otoko.org/34htonkai.html
**** 
   秋残り市市立美術館夏展
   『おわら』
    風 尊 画始   
  
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***

 ----ブログでの団体名、個人名、他名称などは、
  全て、仮想です。実在とは、無関係です。
  記事は架空です。
                  著者@510
 
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2015年04月14日

卒業651・丹里 :イカスミ柳

【曲名】『卒業651・ 丹里       
     (若朋、ハンガリマイナ、西山讃歌)』  

【創曲】2015/04/14創曲造詞
【拍子】 4/4
【種類】若朋
【演奏】
【歌詞】肇之国雲草郷
    陽の当たりの地はガラスの赤い地
    ガラスの家は透明なガラス 
    浮き上がれば天下に地は日に
    写る 上下赤い前は空で透明
    雲がなかった頃 天気はいつも晴
    雲を作り雨を降らすあの頃
    新し 天気の日 

【解説】 余が国といったときである。雨が降った
    頃という。それまで、雲もなく、雨も
    なかった。ガラスの家という。ガラスの
    中にいた話という。地はガラスという
    ガラスの地である。ガラスという地である。
    赤い辺りという。明るい辺りである。
     日の玉というガラスが輝いていた時という。
    あらあら楽しという頃という。あら玉の
    日の世である。これを、あらたのた、という。
    ガラスの玉の地をたという。植えた話という。
    ガラスを植えた地の田である。これで、
    田の詩である。あたの歌という。
    この日の記という。余のメモリーという。
    時あたるゆいゆえ(ゆいゆい)という。
    由緒の話である。メモリー豊かという。
    余の頭(ず)である。はげらだまという、
    日の玉のことという。つるつるの化け
    という。日の玉の浮いていた話という。
    日降る山のお書きという。初めのこと
    という。メモリーのある話という。
    目盛った山の音という。この歌の出来
    という。降るという、降るの山という。
    降るぅ山という。フルレスという。
    雨が降った頃である。悪のゆいという。
    悪の言いである。これを、アクルクと
    いう。後、あくせという。
     悪世の山という。悪の里ともいう。
    悪たる山という。アックレルという。
    この言いの出るとこという。ところを
    とこ、という。山ゆらの言葉という。
    悪を尊ぶという。後、尊という。
    みことという。みことの古い言いという。
    悪である。意味が、みこと、である。
     秋残りの丹の里である。
     秋残りの言葉という。   
   
         
     秋残り世界文学全集 巻2
      『余は機械である』 
       初めのこ の項 
       秋残り市史編纂員、余。 
       秋残り市史篇絵巻物                                 
    
 字のほうぼうで、腹を横に書く。:植柳靡風
 かいきょうのそうきょうはよい時です。
 そうきょうのよい自分です。 
 著者@520上巣真芯
     植え住まし
     UESUMASi
     W.E.州 Machine
 音 階 表  http://otoko.org/34htonkai.html
**** 
   秋残り市市立美術館夏展
   『家』
    悪 尊 画初   
  
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***

 ----ブログでの団体名、個人名、他名称などは、
  全て、仮想です。実在とは、無関係です。
  記事は架空です。
                  著者@520
 
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2015年04月13日

卒業650・炭鉱(扶桑の世、東京) :イカスミ柳

【曲名】『卒業650・炭鉱(扶桑の世、東京)        
     (若朋、西山讃歌)』  
【創曲】2015/04/13創曲造詞
【拍子】 4/4
【種類】若朋
【演奏】
【歌詞】斜之国扶草郷
    炭山の夕日時に
    顔を照らす光の里に
    赤い炭作られたる里の
    美しき炭焼き 青馬
    いた里 ともに過ごす
    炭鉱の世の日

【解説】 ガラスの里という、その隣が炭の里である。
    秋残りの頃という。あゆという花の咲く所と
    いう。あゆ花ゆかる そっくて、という。
    辺りの夕日という。夕日が昇るという。
    この言いをする秋残りの炭の里である。
    夜(よ)がくるという。夜の日という。
    炭を焼く火ともいう。炭の山のおそ、
    という。日おその行きという。
    おそ日の話という。日暮れ遅くの炭焼き
    である。ぼっちゃん火入れという。
    火をぼっという。ぼっ入れという。
    ぼつくつの山という。ぼっすくという、
    ぼすと山という。斜めの山という。
    斜めの造りに見える山という。
    山が傾いたという。傾き山のお日おぐれ、
    という。お日をとうとぶ言いという。
    この地方の言いという。いたせら、という
    土のことをいう。いたせらの山という。
    いたゆという、いためという、いたすという。
    いた山のお日よし、という。日よし山という。
    日の山である。ここへ留まるという。
    ぼっちゃん山の留まりという。
    日をぼっちゃんという。秋残りの山である。
    留山(りゅうざん)という。りゅうやまという。
    りゅっくの山の日のあたという。あたりを
    あたという。あた山の日のりゅうぼうという。
    これを留まり方という。りゅうぼうのりゅうほう
    である。留まっている日という。若い日という。
    日の出前の日という。前登日という。前登時の
    ことである。これで登行をいう。留学の字(あざ)と
    いう、小寒村である。小字(こあざ)である。
    ガラスの日の里である。ガラス日里(ガラスびり)
    という。ガラをいう巣という。巣の山という。
    日の入れという。夕日のガラ(柄)という。これを
    ハルという。ガラハルのことをガラスという。
    秋残りの古語である。丹の里のおゆきという。
    この文をいう。文をゆきという言いという。
    いきともいう。これを、ふみゆ、という。
    いとゆの同義のことをいう。ふみゆの言いという。
    ゆくといくである。ふみゆである。ゆきの方を
    古いという。どちらも同じ頃という。
    秋残りの言の葉(ことのは)という。
    言葉である。ゆきひらという、いきひらという。
    平らな所へいく、ゆく、ことを、そういう。
    花山という、えとの山という。えたという。
    えとをえたという。ふみゆである。後、
    ふみいともいう。これを、やまる、という。
    山の見の変わりという。山を見る日という。
    ふみい日という。ふみゆ日という。
    アッサレル・ヤックという。秋残りの新しい
    ことという。古い仲の新しい言葉である。
    ふみゆふみいのおり、という。
    アッテル・スールーという。アッツレルともいう。
    これをあつという。アツレル、という。
    あつ山という。あつ山の玉作りという。
    アッブル・ビークという。あっつる・ふーという。
    ふみゆりの山という。ふふたるすっく、という。
    やうたすのうち、という。うらする・れっく、
    という。ヤーレル・スーユーのあか、という。
    アウレルという。あったの山という。あつ山
    である。
     はなゆりこうる、こりる、うったす、せっつ、
    という。せっせ、ともいう。せっくという。
    セルレスの山という。エーウル・レッカという。
    れったすの山という。アッテル・ラックゥという。
    アテレル・スックという。ガラスのことをいう。
    アテレルというガラスをいう。
     これをヤッカという。ヤクテスという。
    ヤクタスともいう。アテレルのヤクという。
    アック・スーユーという。あっくてのゆいす、
    という。えらるそっく、という。えうれる・らっくの
    やら、という。やらやらえっつのやつ、という。
    これを、ぼっ、という。ぼっくという。ぼっくす
    という。ぼっとく、ともいう。ボルテスの山という。
    斜の山(しゃのやま)という。シャツ・ウという。
    シャッテスという。シャッツのやう、という。
    やうらる山という。後、シャンゼという。
    アルシャンという。山のことをいう。
    あるれという。レックヤックという。
    やくある、という。やく山のあるをいう。
    これを、アル・シャンゼという。後、
    シャンゼリという。シャンデル・ルックゥという。
    せっつるめら、という。せっつれすという。
    せっつれるという。後、せつるめ、という。
    古い山のお書きという。
    秋残り古儀である。
    レルンクレという、この書きの名という。
    文の名前である。題という。
    レルンクレのおる花という。花を言(こと)という。
    後に、花押しという。花押という。花のことをいう。
    言葉の歴史という。秋残りの言葉の変遷である。
     デラクス・ロッテという。これを、しゅつ(出)という。
    しゅつの山という。エッテル・ラックゥの山という。
    後略
     その歌という。ララミドレ、ミレラという。
    付点四分がある。これを、ふみゆ、のことという意という。
    2分音符になる意という。音を切って、ふみゆ、を表す。
    どちらも同じ長さである(休符とも)。
    4分と休符と2分という。音の長さで、ふみゆ、をいう。
    そういう話という。駄作音楽の解説という。
    駄作解説文をふみである。ふみの一部にする話という。
    駄作家のすることである。ロール・レッスという、
    ふみの造りである。 略
         
     秋残り世界文学全集 巻2
      『余は機械である』 
       端穂 の項 
       丹波の古い呼びである。秋残り市である
       場所である。ワールドという、悪土の場所
       である。わるつちの場所という。土割りを
       ロックという。ロックス・フークゥという。
       わる、わるどという。わるどのあくどである。
       わるどである話である。わるという、
       わち(和知)の語元である。
       秋残り市史編纂員、余。 
       秋残り市史篇絵巻物                                 
    
 字のほうぼうで、腹を横に書く。:植柳靡風
 かいきょうのそうきょうはよい時です。
 そうきょうのよい自分です。 
 著者@480上巣真芯
     植え住まし
     UESUMASi
     W.E.州 Machine
 音 階 表  http://otoko.org/34htonkai.html
**** 
   秋残り市市立美術館夏展
   『斜』
    村 斜 画礼
やうと読む   
  
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***

 ----ブログでの団体名、個人名、他名称などは、
  全て、仮想です。実在とは、無関係です。
  記事は架空です。
                  著者@480
 
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2015年04月12日

卒業649・杜の都(緑邦) :イカスミ柳

【曲名】『卒業649・杜の都(緑邦)        
     (若朋、ハンガリアンマイナー、西山讃歌)』  

【創曲】2015/04/12創曲造詞
【拍子】 11/8
【種類】若朋、ハンガリアン・マイナー
【演奏】
【歌詞】山仲之区緑映草郷
    緑は栄えて森の都なる
    杜の都は空の緑受け 花の世の秋
    花やぎと そと ほぎゆくる
    れれほめるぼめら ふくるつづふる
    ふらるたた あきぬ かゆくゆれじ
    ふらすぬられはゆ あっさくるるはれる
    ふゆるくす あさるるはれる 
    すめるすゆ あざここゆる
    
【解説】                       
    
 字のほうぼうで、腹を横に書く。:植柳靡風
 かいきょうのそうきょうはよい時です。
 そうきょうのよい自分です。 
 著者@500上巣真芯
     植え住まし
     UESUMASi
     W.E.州 Machine
 音 階 表  http://otoko.org/34htonkai.html
**** 
   秋残り市市立美術館春展
   『緑の映え』
    緑 たゆ 画森   
  
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***

 ----ブログでの団体名、個人名、他名称などは、
  全て、仮想です。実在とは、無関係です。
  記事は架空です。
                  著者@500
 
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2015年04月11日

卒業648・噴火前 :イカスミ柳

【曲名】『卒業648・噴火前        
     (若朋、ハンガリアンマイナー、西山讃歌)』  

【創曲】2015/04/11創曲造詞
【拍子】 11/8
【種類】若朋、ハンガリアン・マイナー
【演奏】
【歌詞】蔵゛っ地国到野草郷
    (ぐらっちこくいたりのそうきょう)
    地は熱くなって山は噴火前
    いずれの御時(おんとき)にか
    赤だちた山の端(は)は崩れ
    紫の雲興り高く丸くなる頂の上
    春の曙ゆらり 俄かグラッと
    地は傾き陽は凍る園に立ち望む
    立ち拝む 山の姿 いと
    たっとし 火上がる    

【解説】 若い人が地熱の国に行くという。
    到野(いたりの)という場所である。
    ここで地学熱学を学ぶという。
    彼の国はグラッとくるという。
    ぐら地の国という。これにも感謝を
    してくるという。知恵が出るという。
    ぐらちえの山という。ぐらっちぇ、
    という話という。自然に感謝をする
    話という。恐い話でもある。
     グラッときたら知恵を出せという。
    ぐらしばの園の立ち見という。
    チェチェ、グラックルという。  
    くるくるドンの噴火前という。
     山が赤くなって曙もゆらいだという。
    どんどんの山地ドン発である。
    蔵゛っ地草郷の到野である。
    来る来るドンと来る、山の興りという。
         
     秋残り世界文学全集 巻2
      『余は機械である』 
       赤い山 の項
       秋残り市史編纂員、余。 
       秋残り市史篇絵巻物                                 
    
 字のほうぼうで、腹を横に書く。:植柳靡風
 かいきょうのそうきょうはよい時です。
 そうきょうのよい自分です。 
 著者@470上巣真芯
     植え住まし
     UESUMASi
     W.E.州 Machine
 音 階 表  http://otoko.org/34htonkai.html
**** 
   秋残り市市立美術館春展
   『赤山』
    山 尊 画園   
  
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***

 ----ブログでの団体名、個人名、他名称などは、
  全て、仮想です。実在とは、無関係です。
  記事は架空です。
                  著者@470
 
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