2015年03月20日

卒業618・道朗湾 :イカスミ柳

 
【曲名】『卒業618・道朗湾
     (中国音階、西山讃歌)』  

【創曲】2015/03/20創曲造詞
【拍子】 5/4
【種類】中国音階
【演奏】
【歌詞】方塁之国柳草郷
    道朗湾 ファンユン(歓迎)
    ファンユン
    柳植わる道朗湾 そうきょう
    隣のよい町は学びに適してる
    船飾り綺麗に 湖見て詩を書き
    絵描く 人情の機敏には
    来々訪 来訪 よく来たね
    
【解説】 いつの頃であったか。ケントウシという頃
    であった。これを身当てという。見当たる所
    という。日没する国がよいという。若い人と
    いう。日沈む頃の地である。気儘にしていた
    気隋の頃である。これでケントウシへ行くと
    いう。あの日の話である。賞を担い、賞を
    得る大きな使いという。自分は賞担大使が
    よいという。賞を持って使いをする。
    そんな若い人である。綺麗な飾りの船に
    乗る人という。木造の船という。底が丸く
    なっている。赤い色や金色、色んな色が
    塗られている。綺麗な船という。
     これに乗って小遠の国へ行くという。
    彼の国を見るという。見当の話である。
    多分、かにかくのようである話という。
    これをいう検投視という。
     たぶんこんな国である。それを見当という。
    見当当たりという、自分の見当をいう。
    そんな若い人の夢にもにた先の見当てである。
    その歌という。言葉も見当ての言葉である。
    こういう感じであろうという。若い人の
    見当ての見である。礼から始めていくという。
    礼を尽くして、日沈むを得るという。
     見当の招来である。賞を持って来るという。
    come の意の『来る』である。カムシという。
    見当市の言葉を入れて、ライという。
    これで来訪である。将来は訪れる話である。
    招かれていくという。これを招来という。
    賞がきて、持って行く人という。
    来々訪である。賞持の若い人である。
    小児とも自分をいう若い人である。
    これを少時(シャオジー)という。
     そんな若い人である。シャオジーを
    しょっ国という。諸国来訪をするという。
    その人の書いた文である。
     少時多樂という。シャオジー・タールー
    という、という。その人の言葉である。
    秋残り語にしておくという。秋残りの中花
    夜の言葉である。シャオジー・ターキーと
    言うて、これを少機と書くという。
    若い人の将来を愛でる言葉になるという。
    ショック楼という話という。サンスクレテの
    山という。夢多き若い人である。
     かにかく、かにかく、かくかく書である。
      
     秋残り世界文学全集 巻2
      『余は機械である』 
       三国の↑ の項
       秋残り市教員、余。 
       秋残り市教職絵巻物                               
    
 字のほうぼうで、腹を横に書く。:植柳靡風
 かいきょうのそうきょうはよい時です。
 そうきょうのよい自分です。 
 著者@490上巣真芯
     植え住まし
     UESUMASi
     W.E.州 Machine
 音 階 表  http://otoko.org/34htonkai.html
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   秋残り市市立美術館春展
   『馬上の葉』
    道陽 カオ 画遊 
     
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***

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                  著者@490
   
 
posted by 秋残り at 19:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽