2015年03月09日

卒業609・教単車 :イカスミ柳

【曲名】『卒業609・教単車(西山讃歌)』  
【創曲】2015/03/09創曲造詞
【拍子】 4/4
【種類】スレンドロ音階
【歌詞】学見之国単草郷
    単車がクルリ
    一回り庭には後が
    円となり場は
    内に入って来られた
    楽しくも厳かに
【解説】 単車回転
     大きい単車に、半長靴のいでたちと
    いう。余の教官姿である。教師の
    見本である余である。校門をかいくぐり、
    両、鉄の扉である。そのまま校庭へ直進
    し、大きな真円を描いたのである。
    学び舎の階段をめざし猛進し、階段を
    単車ごと駆け上がり、廊下へ単車を寝かせた。
    半長靴の音、よろしく、カッカカッ。
     教え子が余を窓から顔出し見ていた。
    先生という、教え子の声という。厳かである
    余の姿である。単車真円の教えという。
    通勤は、校舎の中まで単車で、という、
    余の厳雄である。これが、常の余である。
     いずれの御時かは、今の世である。 
    苦もなくランラン・スイスイの通勤である。
    階段を上がる時のあの清清しさ、この世
    ありてあり。階上へ上がった平安朝である。
    半長靴、皮上着は平安朝期の上単車の姿で
    ある。 優れて時めき給うは、余のことで
    ある。教え子が迎え出てくれたこともある。
     教師子一体である。これを、師子の教えと
    いう。単車ありてのことという。余の学庭の
    日々である。疾駆円内校庭。駆上階段、単車
    手段という。苦も無、無は苦 609 という日
    である。余の新しい、記憶番地である。sotu609。
     雄々靴音、謳歌の世、常今の余である。
    魅惑のことを、むわく、という。
        
     秋残り世界文学全集 巻2
      『余は機械である』 
       往時有りて常今 の項
       秋残り市校長職、余雑談。 
       秋残り市教職絵巻物                                   
    
 字のほうぼうで、腹を横に書く。:植柳靡風
 かいきょうのそうきょうはよい時です。
 そうきょうのよい自分です。 

音 階 表  http://otoko.org/34htonkai.html
**** 
   秋残り市市立美術館新春展
   『厳か教え』
    単車 上先生 画常 
     
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***

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  記事は架空です。
                  著者@461
   
 
posted by 秋残り at 19:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽

卒業606・古い日 :イカスミ柳

【曲名】『卒業606・古い日(西山讃歌)』  
【創曲】2015/03/09創曲造詞
【拍子】 9/8
【種類】ハンガリアン・マイナー
【歌詞】学之国踏草郷
    雲巻く渦巻く嵐の前の世    
    渦巻く雲の嵐が高い目前の
    山の麓 任地は我が故郷と
    教え子と暮す日 古い日
    思い出すと懐かしさ一杯
    卒業の日の送り後 
    寂しいと思い出は遠く
【解説】 余の古い日である。
    子曰云々という。それを印刷した
    時という。明日の教学はこれという。
    その教書である。教え子が見るという。
    学の国、余の故郷という。白文である。
    これを教えるという。学成りてぞゆかし。
    木は花をゆつ。うくる花の世の雨期という。
    菜種梅雨の頃という。花浮きて有りたり。
    世を読むという。世を読む、見る話という。
    これを勧学という。菜種植わるところという。
    木い花、黄花、なじむ梅雨満つ。これを
    しばし見つという。梅雨満つという。菜種が
    満ちている田の山、郷ありるひる、あくるを
    まという。見ている時間を間という。これを
    しばむつという。5分前後である。しばみつ
    見ゆるうるるやふる、という。これを、矢雨
    という。しつうという。やあめのわみという。
    えるる矢田の絵の菜種という。
     しとゆきあまるすっつゆ、という。えたる
    山のお絵という。これをろんという。論の
    諭しという。論つゆをふみよきという。
    らっつるという。文を書くことをいう。
     これをたみゆみという。れれる山のお絵と
    いう。これを印という。印刷をした時という。
    島ゆま有りていわる、えせれせ、くゆれず、
    という。これをシマレムという。しまつゆを
    富むという。菜種の植わっている景である。
     これが教書である。送り出した後である。
    印刷をした後ともいう。我が世の記、これにて
    すゆず。てるふる、てるる、てっしてそわよ。
    我が古い日の言葉という。秋残り語という。
    歌に使う歌語である。秋残り市の公用語という。
    今やらすうつくありる、あっせむ、そよるる、
    うっつす。この意の歌である。      
     
     秋残り世界文学全集 巻2
      『余は機械である』 
       菜種梅雨 の項
       秋残り市校長職、余雑談。 
       秋残り市教職絵巻物                                   
    
 字のほうぼうで、腹を横に書く。:植柳靡風
 かいきょうのそうきょうはよい時です。
 そうきょうのよい自分です。 

音 階 表  http://otoko.org/34htonkai.html
**** 
   秋残り市市立美術館新春展
   『学故』
    山麓 雲海 画妙 
     
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***

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