2015年03月03日

卒業594・読書 :イカスミ柳

【曲名】『卒業594・読書(西山讃歌)』  
【創曲】2015/03/03創曲造詞
【拍子】 5/4
【種類】呂旋法
【歌詞】坂之国切草郷
    鬼も十八出花時
    大阪本町糸屋の娘
    姉は十八、妹は十五
    諸国大名弓矢で殺す
    糸屋の娘は目で殺すと
    教えて、これ極意    
    
【解説】読書大切。漢籍に親しむをいう。
    子曰く、我、十有五にして、学に
    志し、云々。余が教えたことという。
    糸屋の娘は、目で殺す。読書をしていた。
    時、十五才である。目で殺すとは、
    本を読むことである。姉は十八は、鬼に
    なって出る花のことをいう。
    本の絵の山という。これを学書という。
     花の絵を見る姉という。これを本当という。
    節だらな話という。花の木の節という。
    よもや花咲き、鬼が出隠れするとこという。
    これを鬼床という。花見の話という。
    花山の歌である。書を読む学書という。
    書に学ぶ兄弟(ケイテイ)のうくという。
    余の愛弟子ともいう。十八十五のおにという。
    鬼の来る花出という。これを鬼出という。
    花出鬼出のかれゆれという。あの化けという。
    諸国大名に変わるやら、殺しの手口という。
    鬼をとる役という。鬼取り娘という。
    鬼さんこちらという。本を持つ娘という。
    女学生の話である。これを鬼解という。
    余の機会鬼解である。本を読む話である。
     
     秋残り世界文学全集 巻2
      『余は機械である』 
       赴任講話 の項
       秋残り市教職絵巻物、
       余の若き人という頃である。
       これをころしどきという。
       説をいう。機械説である。
       機械節ともいう。歌の機械である。
       余の教えを聞く服という。
       余服切丹譚、夜の話という。
       これを添え書きという。
       音符に添える書きという。 
       男をキッと睨むのではなく、本を
       読むことである。これを『おしとうえ】
       の解釈という。ふしだらは花のことである。                            
 字のほうぼうで、腹を横に書く。:植柳靡風
 かいきょうのそうきょうはよい時です。
 そうきょうのよい自分です。 

音 階 表  http://otoko.org/34htonkai.html
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   秋残り市市立美術館新春展
   『本立て』 本が立っているの図
    読書 志学 画頓 
     
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***

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                  著者@525
   
 
posted by 秋残り at 21:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽