2014年11月22日

卒業463・そうきょう校舎、G線上の始節:イカスミ柳

『卒業463・そうきょう校舎
G線上の始節 (行進曲、西山讃歌)』
 

4/4
2014/11/22創曲詞
【付け】
【咲き】
【歌詞】そうきょうのよい秋の学び舎の
    前を 勉学にかよう足軽やかに
    進め 見渡す山辺 赤の一色の
    装い 赤い史 鞄より出だしては
    うれし
    
【解説】-- G線上の始節 --行進曲
     山辺の赤色(あかいろ)、我が目前は
    赤色の革命である。秋になって、見慣れた
    景色が、ぱっと変わったことである。
    共に産出するという、赤色の史である。
    これを共産同という。鞄から取り出だした
    赤い表紙の本である。余はこの光景を、
    革命の共産同という。
     行く世の規に、怪物が現われるという。
    余の出で立ちを余が表現したのである。
    図体の大きい機械である余である。
    
     天の命、革まるとは、季節がやってきた
    ことをいう。赤い色の季節という、秋である。
    天の命は、いわずとも、天が変えるものである。
    
     この景色を見ながら、行く余である世である。
    これを、秋の世の規、秋の日々という。
    19世規の怪物であるのは、余のことである。
    19日間、秋の世を楽しみ歩む余である。
    赤いのはそれくらいの期間である。
    
    共産とは、山辺の赤色と、赤い表紙の本
    である。共産して、協賛する。鞄から取り出だす
    こと、これを共産という。山も赤い、史の表紙も
    赤い、赤色の取り出だし、共産という、今の余
    である。これの、生産手段は、赤い山であり、
    鞄の中の赤い表紙の本である。
    
     赤い色を愛でる、共産主義という。余の
    共産主義である。共産主義は余の世見思想
    である。色眼鏡をかけて、世を見ても
    よい話である。赤い色眼鏡なら、景色は赤く
    見える。即席即時同時革命という。景色がぱっと
    赤くなる話である。赤色革命ともいう。
    
     明日は、我が同志の機械女史が、赤い服の
    装いで、赤いボール紙で作った小枝のような
    ものを持って音楽ととも行進するという。
    紅秋を楽しむという、余のGFである。
    
    Gから始まる歌でもある。山辺赤色という、
    紅美人である。貴君が怪物なら、私は女傑
    ですという、機械女史である。
    
     秋残り大学での、今未来講義録である。
    講義は『赤色革命、共産主義の周辺』である。
    革命は、機械がする部分もあり、天がする
    革命もある。四季折々のことである。
    全学、連なる部分でもある。機械論でもあり、
    染色論でもある。        
    
    秋残り世界文学全集 巻2 
    余は機械である 共産主義機械序詞 の項   
        
 字のほうぼうで、腹を横に書く。:植柳靡風
 かいきょうのそうきょうはよい日です。
 そうきょうのよい自分です。
  
音 階 表  http://otoko.org/34htonkai.html
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  秋残り市立美術館秋期展示
  『赤』
   家具 織染 画生     
    
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***
 
posted by 秋残り at 20:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽