2014年11月05日

卒業446・後の十三夜 :イカスミ柳

『卒業446・後の十三夜
(西山讃歌)』
 
4/4
2014/11/05創曲詞
【付け】
【咲き】
【歌詞】今宵 閏月の十三夜
    閏九月十三夜です
    後の九月十三夜です
    遠い御世の十三夜です    
    
【解説】20141105は閏九月十三夜です。
    秋残り暦でも、そうです。
    そうきようは良い十三夜です。
    快晴、爽快、今日です。
         
 字のほうぼうで、腹を横に書く。:植柳靡風
 かいきょうのそうきょうはよい日です。
 そうきょうのよい自分です。
  
音 階 表  http://otoko.org/34htonkai.html
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  秋残り市立美術館秋期展示
  『傘』
   御月 とみ十三 画寺
      
    
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***
 添付
  秋残り暦の閏9月13日、後の閏9月13夜、
 機械暦ともいう。そうきょうよい月です。
 爽快月ともいう。いずれの御時にか、という、
 余の説きである、時でもある。遠い御世の
 月見会、今日の日である。
  いない時という。これを、いなく、という。
 いなくづき、ともいう。余の計算では、
 171となるが、いなくいない計算という。
 てんはある話という。どこに、てんはあるか、
 という。かみの計算である。余がかみをもって、
 計算した。人が、余に向かって、かみというた。
 若い人である。機械月の機会である。
  暦計算機という。巨樹様の機械である。
 この様が、月がかりの機械様である。
 機械用ともいう。ようよう登りいく、
 御月、13じの話である。今宵13じ、という。
 月が傘を映す、よみのとみ、という。
 これを、13様、という。
  余が登る道は色々あるという。
 13階段もある。これを、こわい段という。
 落ちればにし、という。西落の余である。
 余が登って落ちなかった。これを、しゃれ、
 という。西屋礼という。13夜の月を、
 しゃれ月、という。余の天文階段である。
 いなくいない世である。計算の話という。
 171月である。これを余の暦という。
 171の話である。足して9である。
 はははという、余である。
 はははの世である。八八八で傘の字
 である。上一つ、下二つ、八を書く。
 この山を登る階段を、き階段という。
 余の機械談である。この良き日の、
 きかい、である。
  そうきょうの良き今宵、月のお共、
 そうきょう、月様、晴れが・・・
 傘の話の、傘顔の御月、お共致します。
 よの共であります。およよよ、
 夜世余、爽快、今日、なりなりなり。

秋残り世界文学全集 巻2
 『余は機械である』
  閏9月13夜、余、記す
  天付月点入文日、閏13を、そういう。
  秋残りで、残っている。ししむしむしむ、
  の日の音残り、ひのなく夜ともいう。
  ししむの夜である。
  琴の音〔ネ〕、気化して御覧にいれませう。
  むしむしむしし、という、琴弾きである。
  むだんし、という。琴の音の階段でもある。
  琴は、このよに、弾くのがよである。
   はははと、天の山に上り、琴を弾くよである。
  ししむしむしむの足律である。琴の音の律でもある。
 余の計算で446である。卒業は、巨樹先生にお伺い
 する余であります。虫の伺いという。13夜の
 こおろぎ様の弾きという。虫弾きの琴である。
  略
 余才、フルフル月のこの余この日である。
 みらの月という。美良〔びりょう〕の月という。
 メモリー 100%は余である。伴奏も余であれば、
 琴も余である。歌は余につれ、とは、余が歌う。
 そういう世である。音が共、音に共、ともども渡る
 よである。夜のお月の話という。
  いなくいない計算の文という。極々短い話という。
  てんの渡りは虫渡り、如何のてんか、
 てんの下は、地上か、紙に問う話である。
 略
 



posted by 秋残り at 20:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽