2014年10月11日

Graduation417・Birds :イカスミ柳

 『Graduation417・Birds
(nisiyama hymn)』  

4/4
2014/10/11 made
【lyric】There are birds at the quay.
In front of my house, there's
a little boat.
Morn', this foggy moning,
brown bird's calls at me.
"Ke Ta Ka," bird's voice.
Starting my good life as usual,
this bird, too, has good life
as me. The boat begins to move now.
    
 字のほうぼうで、腹を横に書く。:植柳靡風
 かいきょうのそうきょうはよい日です。
 そうきょうのよい自分です。
 そうきょは、優しいよい言葉を使いましょう。
【解説】 
音 階 表  http://otoko.org/34htonkai.html
***コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ***
  Akinokori city musium
  『Scene』
   Pa Hamer :Paint   
  
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***

『卒業415・法
(川遊魚、機械魚 西山讃歌)』  

5/4
2014/10/09創曲詞
【咲き】川魚泳ぐ
【歌詞】川中泳ぎ遊ぶ平目が
    我が家へ、奥座敷、入って
    寝る 座布団の上に
    何か夢見てるような顔で
    目つぶる 起きては川へ
    またかえる    
【演奏】秋残り   
    
 字のほうぼうで、腹を横に書く。:植柳靡風
 かいきょうのそうきょうはよい日です。
 そうきょうのよい自分です。
 そうきょは、優しいよい言葉を使いましょう。
【解説】 
音 階 表  http://otoko.org/34htonkai.html
***コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ***
  秋残り市立美術館秋期展示
  『川』
   機械 作也 画汁   
  
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***
添付
  『界句』
  空広き、川深き。
 余は魚である。機械の魚である。
 空を飛び、水の中へも入り、泳ぐ魚である。
 平べったい形をしているが、魚の格好をした魚もいる。
 ここをとくの絵という。絵の中にも住む余である。
  余はかの若い人の家を訪ねた。丁寧に挨拶の
 言葉を述べ、余を『ぎょうっ』と言うた。
 若い人のぎょである。余をぎょぎょ〔御魚〕という。
 今日が満という日である。山々の赤いうという。
 う山という。山である。これを越えて来た余という。
 
  この余に教えを乞う若い人である。余をねぎらっ
 てもくれ、余を奥座敷へ置いてくれる。
 しごく、安である。やすらかという。
 余はここを安御屋〔あんぎょおく〕という。
 御魚という、余の記である。
 
  軽く書いた安記である。余の覚えにした
 一片の記である。メカ録である。メカ録のログである。
 老いて書く日ぃもある。置いた話である。安置手、是なる。
 これを『あんちしゅぜ』という。アンチテーゼというた、
 空飛ぶ魚のうちである。世をわという。これをわという。
  
  和やむ話の和話である。ワァーワァーという、余を見て
 あげる声という。和声である。音楽にある話である。
 余の声をせいという。せいで清いという。清小大納魚で
 ある。余の名前である。川にいるときという。
 川遊魚のさかいきという。恋姿の遊魚という。
 余の空川道中である。行き来自由である。大絵という中の
 道中ともいう。大絵ど空川という。オイラのたびである。
 
  ここが宿である。天宿りの地宿である。
 地宿せいという。地宿生である。若い人の住まう家という。
 地宿生という、余である。これをきょうという。
 
  そうきょうの地宿である。愉快爽快よよよ、である。
 わおうと声を上げた和音である。余の歌という。
 歌声地宿である。お茶をだしてくれた話である。
 
 歌声さ、という。余の茶話である。この記である。
 余は機械である話の、一片の喫茶時話である。
 時事篇、是である。
        
 秋残り世界文学全集 『余は機械である』
  巻2 時事篇記 の項    
posted by 秋残り at 19:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽