2020年09月20日

卒業7250 努々(ゆめゆめ) (壮強太陽):イカスミ柳

駄作曲の聴き方:曲名または、楽譜をクリック 
Click music piece
音楽
【曲名】 卒業7250京都船旅6150
古譜5150大原練習5050天の下5450 努々(ゆめゆめ) (壮強太陽)鳴恭川世讃歌) 


    創曲、過去由 巴・正(やなぎ) 俺
    造詞、勇野 晴丈・正     俺
    監修、雪柳里花雄・正     俺
    訳、 冴柳小夜文・正(秋残り市在)
【拍子】4/4
【種類】
【演奏】火打ち石の音が入ってます。
【場所】
【作成ソフト】 
  Music ScorePro、シルバースタージャパン社
  バンドプロジューサー カワイ社
【歌詞】創郷 


 狐の天気予報。〇r1999/06/14
 狐と。 過去をとく、という。
 場所、そ。 狐言:こって。
 狐晴れを、柳世葉とぞ。
 桃晴れごぎつね、秋晴れごん
   ((明日晴れたなら行こう、大原砂山))

【解説】君、探敵中、情景。 破風之談
------日出葦談笑聴
【J家言】今様(こんさま)、詠。
【京都会議】
【ムー大陸】
【大和奈良】
【オリンピックに向けて】
安全政府、健康政府。国民皆健康。
 そうきょうよい時です。
【和国、翁長国】

輪島コネクション


ハード・ボイルド風日記
//□■□□□□■□□□□■□□□□■□□□□■□□□□■
【夢とおき島】
 大阪曽根崎、青い雪、和歌山友ヶ島へ行った若い人である。
咸臨丸という船という。砲台島以前の友ヶ島という。
【咸臨丸】
 『ゆめくりかわれる』という、『ゆめのかわうり』という。
夢の江の島という、夢江島という、ともゆりの江という。
ともを、ゆいはま、という。ゆい浜のおいたま、という。
板の間の、船の部屋という、咸臨丸の船の部屋という。

 これが、『ゆめゆめ』という、『ゆめゆめゆるう』
という。ゆめ山の言いという。この言いの、『ゆめゆめゆ
るゆ』という、これが冠語の勝遣りという、この勝の言いの
『ゆめゆめ』という、勝を、とい浜という。

 とい浜の磯着という。磯着のゆいという。ゆいららのおいそ、
という。
 『ゆめゆめゆるゆ、ゆめゆるゆ』という、勝の言葉のだいと
いう。『ゆめゆめ』が、後の意を有することという。これが、
後の夢という、希望の夢の話という。夢が成るという、希望と
いう夢が成ることをいう。夢成りの言いという。夢言いという。
【大阪城】
 『夢を見る』という、『夢が成った』時のことをいう。
大坂の城という、大阪城の秀吉という、夢成りの秀吉という。
露とおき 露と消えぬる 我が身かな 浪速の城も 夢のまた夢
なった夢のことをいう。『露とおき』という、つゆ遠き島』と
いう。これが『夢の言い』という。友ヶ島の古い名前である。

『つゆ遠き島』という、この『つゆ』が夢である。『いも』と
いう夢である。大阪咸臨の海づゆ、という、海の露の島という。
これが、若い人が行った、和歌山の友のゆいはる、という、
古く、天智世という、天智天皇の御時世という、その頃のこと
という。

 『つゆ』という、梅雨の頃の行きという。これが、秀吉の
名の若い人という。時の記念日という、緑のきこ浜という。
緑の日の穂浦世という。

 歴史を作るという若い人の、水時計という。これが天智の
時計である。新城という、ものを掘り返す泥の地という。
御所の一部がそれである頃という。その城を、落ち去り屋と
いう、若い人のやの言葉という。

 落ち夢春という、これを、これを、『露と置く』という。
露夢浜の言いの、『おんかせ』という、『おんとめ』の言い
という。陳録という、陳の言いの、のこらるせとれく、とい
う。これが、冠語の言いの『ゆめのやら』という、古く、
御所の地を、ゆめの、という。ゆめののはむゆり、という。
この城のいとという、いとを、こい浜という。こい山のおいはる、
という。れもれものしっと、という。

 しのすゆの山という、これが、こもやり、という、せもせの
ゆい浜という、ゆい浜野おこと、という。こうれるれんなず、
という、新冠の冠語という。これが、『ゆめゆめゆるゆ』と
いう、意味である。上の文が、『ゆめゆめ』の意味である。
『ゆめゆめ』の説明である。

 勝が行くという、小林が行ったのである。若い人のこもせる
はのなの、という。小林紅白という、紅白の幕という、城の
周りに紅白の幕をまわす、という。これを、れのん、という。
暖簾の言いの、れおせる、という。れおんのという言いである。

 のれんという読みが、こもせの読みである。古く、岩島と
いう、そこの磯の言いという。穂浦よがまら、という、そこの
いそのの板の言いという。磯の言いである。大御爺さん、
おられる磯野の言いという。

 『大御爺さんありらる、えんたる』という、『大お爺さん
おられおられ』という、言いである。上先の山の江という。
山浜の言いとぞづ。山の斜辺を浜という、麓を、こかるり、
という。こかれらのゆいはり、という。これが、地を針と
いう、地名に残る針という地とぞづ。

 針の形状をいう。山の形という、これを、山ぐり、とい
う。山ぐりのはりうり、という。これが、地名を出す、
我が家という若い人の住まう、はりゆき、という。

 この針の形状の乗り物という、しゃっせら、という。
しゃむという、しゃせるはいはつ、という。これが、
しゃっせろっく、という、若い人の乗る車である。
しゃっぺん、という。シャープ・ロン(グ)という。

 ディ・エアシップという、シャープ・フロントという、
しゃっぺのことという。針のような形状の自動車である。
たくさんある形の自動車とぞづ。

 このしゃっぺの型の咸臨丸という、これが、古い咸臨丸
である。夢遠き島へ行く、若い人の咸臨丸である。夢が成る
話という、砲台の作りという、砲台島の友ヶ島である。
露夢島ともいう、和歌山友ヶ島である。

 そこの砲台という、ヨンという呼びの砲丸という、この
砲丸の飛ばしという、友ヶ島にいた若い人である。
宝みよんす、という、宝の言いの大山という、おおせるの
言いという。大砲を打つ人という、若い人という。

 咸臨丸の山の粋という、粋の人という若い人である。
【勝小吉】
 世を、ゆめなま、という、ゆめのみ、という、若い人と
いう、秀吉という若い人の幼名である。大御爺さんの御名
を踏襲する人という、勝小吉という、かったれの名の
はゆれるという、ゆれの言葉の名のおよし、という。
かつおよしという、かつれおの、勝小吉という。

 東京芝浦又という、そこのおりやる、とぞづ。
『おうめはるゆら』という、ゆらの言いの所という。
古い、新城の言いである。御所に秀吉がかかる言いという。

秀吉という御名の大御爺さんという、いそみその御名である。
昭和のゆれという、唱和のゆれという。大正の頃のことと
いう。おおやなぎゆめ、という。これを、大正夢と表す。
大正を、おおやなぎ、という。大正の秀吉という。
大正のことである。古い穂浦の暦である、これが世の造り
である。世をときよ(時世)という、京都に五十の城があった
時という。嫁という名の地の、今の奈良県とぞづ。

 京都を奈良というた時である、ほんの短い時である。
奈良の嫁原という、京都をいう、この嫁原の、言いの
ゆれらら、という。夢浜の嫁浜という。これが、嫁の
山の屋という、山城という、京都の山の城という。

 これを、『城を背にする』という、後とぞづ。
山背という、やましろという、やまじょうの城と
いう。山の形の城である。山にある城である。

 陳が政治を執るという、執政官の若い人である。
後、ぎそきら、という。きそみそという、京のひがす
めよら、という。東山の火が上がっていた頃のことと
いう。

 東山を、きづ浜という、そこの屋のおいずり、という。
これを、東御前、ひがしおんまえ、ひがしごぜん、と
いう。

 ここが、おからわ、という、岡の言いの『ゆめらら』と
いう。この夢を今という、いまゆら、という。
城が発見されたニュースという、今のことである。

 京のごばふき、という。『その城の以前は』という。
いよかんて、という地名である。岡の城という、以前に
城があった話という。城の又城という、秀吉の関白である。
その秀吉の居城である。どせふら、という、おんまえと
いう、これを、おんだき、という。たきれるおんじょう、
という。みよてよの言いとぞづ。

 井伊山の井伊の夢やら、という。井伊大老という、
井伊の城という、井伊城という名の城である、京都御所に
あった新城という、その前の城である。以前の城である。
まだ、天皇がなかった頃である。

 学校創設時に、天皇を言うたのである。この井伊城の
中のゆいはるという間である。これが、言い城という、
言い状という。天皇が、ここでいわれたのである。
天皇の造り始めという。こくれくのこくさま、という。

 これが、あまめら、という、あますめ、という。
後、あますめら、という。
【曽根崎、天保山】
 天が落ちたという、曽根の言いという。天をひきずり
上げた、天保山という、大阪の曽根埼の船出である。
大坂のたかやか、という、高宮のまゆ浜という。
 今の大阪駅である。ここから、出帆という、帆を
上げたすり山という、まえすりの船という、後、かんそる
、という。かんそんのことの言いの咸臨という、咸臨丸
と名の船である。勝小吉という、夢酔の名の大御爺さん
とぞづ。あるせられい、という。あっぴす、という、
あつせる、という、あみせらの御名とぞづ。
あぴせら論の山という。

 御所の中の内の話である。これが勝の城であるという。
かつという、しょうこよし、しょうきち、という。勝を
しょうという呼びという。しょうしょうかる、という、
しょうしょうきちという、かつれつの名とぞづ。
【顔埼山】
 顔埼山のおれらき、という。鴨背浜の言いとぞず。
『うおってら』という、顔埼の言葉である。

 『うおってら、れてす』という、勝の言葉という、
『ゆめゆめ、うおれ』という、古い勝の言葉である。
『れてゆらさわ、おきす』という、これが、夢の落ち
言いである。

露と落ち 露と消えにし 我が身かな 浪速のことは
夢のまた夢
』という。この『浪速』は、落ちという
言いをする、顔埼の言いである、そこの城である。
鴨背かわせらるこっとき、という。そこの言いの城と
いう。浪速という、ひでよら、という。

 浪速の『なに』が、ひでを意味する、秀吉のはわ山の
言いという。大阪浪速は、『つゆとおき』という、今の
大阪城である。これを、秀吉の関青という。関白の、
関青という、青い烏帽子のひませま、という。その、たち、
という、発ちである。青い雪が降ることという。
青雪で染めた烏帽子である。触れば色が落ちる造りとも。

 これを、『つゆとおち』という、京都鴨背の顔という、
関青が顔にかかる言いとぞづ、烏帽子という、顔烏帽子と
いう、この頃に、京都新城という、御所に城があったと
いう、これと同時に、『つゆとおち』が出る、京都新城
の山遣りという。京浜の言いという。

 京都新城という、御所の場の城という、『ろいろって』
という、ろい浜という、ゆいららのお浜という。この
お浜が、小浜の意という、小浜にある、城という。
小浜山れか、という。『か』が家である意という。
【小浜御所】
 小浜御所という、若い人がいた御所である。小浜の、
ついはり、という所という。小浜の、やきゆき、という。
ゆきをやきという。やきのおそゆそ、という。これが、
ゆそという、磯である。小浜の古い言葉という。
小林山お書きという。大御爺さんおられる、しょうかる、
という。大御爺さんのおせやり、という。大御婆さんの
いそみそ、という。磯由良の、ほっぺやり、という。

 鴨という、小浜の鴨のことともいう。
 
 『小浜ゆりはる、くれさら地』という、さらという
地のことという。地名あるさらという。更。皿。

 きさらという、きさみさのこととぞづ。木更津という
津にかかる地という。京都の木更津、こいすみ、という。
こいずみという、こよふりという。名の山のお書きという。
小林壱裕という名である。小林を出す人である。磯野原の
立ちという。古い日の、やまぞき、という。

 これが、こじはりという、こじのき、という。古事記の
書きとぞづ。それを、お花古事記という、古事記の古い書と
ぞづ。大御婆さん、大御爺さん、御方々のお造りという。
京都新城という、それより古いその場の城という、井伊城と
いう、そこの話が入っているお花古事記という。

 若い人が持っていた書物である。古事記の原書である。
【諮問】 
 『天皇は誰か何か』と問う人である。『国民の総意とは
何か』と問う人である。『知っているのは俺である』と
いう紫宸殿裏仁徳辺という、そこで、草笛を鳴らしている
若い人である。御所の葦の木という、それで作った人と
いう。この御所を、よしき浜辺という、葦の木の浜と
いう。小浜ゆらふり、という。仁徳辺のことである。
仁徳辺という、御所仁徳のしめせら、という。
しもんかの山という。諮問のこいさり、という。
諮問という門である。

 この門を、やなぎ門という、やなぎと言うて通る門で
ある。『そこど』という、『そこぞ』という、姫路の言い
の門という。『そこど、やなぎ言いの門ど』という。
『だ』という意味である。これが、諮問の姫路という。
諮問道という、やなぎ通し道という。古く、柳が植え
られた所という。磯野由良という、まっため通りという。
御所の中に小林一良道がある、松田道という、磯野道と
いう、・・・・人名のような道がある頃という、今もある、
これを、やなぎ出しという。
【天下の正道】
 天下の正道という。古く、正治という政治である。
やなぎ治めという正治である、これを、政治という。
『やなぎと、いわんしゃい』という、御所門近くの
住まいの人という。これが、京の門道を通る時の
挨拶である。他都市とも。

 門のある道という、門傍に柳を植えることという、
これを、揚柳という、揚柳門という。これを、御正道
という。おやなぎ、おんりょう、という。
『おんどおれ(御通れ)』という。
『柳』と言えば、そういうのである。
今は『おんどおれ』とはいわず、『お通り』という。
これを、勝むみ、という。勝の言葉という。

『ゆめはなゆみ』という、勝の花める、という。
夢花弓の言いとぞう。おんどれの言いという。
ゆめゆめの言いという。古く、秀吉の言いとも。
小さな子を、秀吉という日本の国のことという。
女の子を、花やり、という。秀花屋の呼びという。

『花やり、こやせら、ふふ』という、これを、るろん、
という。るろんのかゆせる、という。これが、『えん』と
いう言葉を使う、『そうやえん』という『そうだ』のこと
である。『そうだえん』という、『そうだよん』という、
言葉である。東京御所の正道の道を通る時の言葉である。
正(やなぎ)どおし、という、言葉使いである。

『おんどれ、ゆったしゃ』という、ゆったしゃという、
通行人である。『お通りのお方』という意味とも。

 京都御祖という、祇園の古い祇園という、七条の祇園
ともいう。白川弓の祇園もある。この祇園の、祇音と
いう。これを、るろん、という。祇音語である。
『るろうせるくすゆす』という。『くす』が言葉のこと
という。くすたま、という、あいみたまのくりせら、
という。これが、五臓の言葉を出す、五臓の言葉の造り
という。りりっせるの言葉という。心臓肝臓の類である。

ゆんぎやっぴかの言いという。御所の穂浦の頃のこと
という。『大御爺さん、あらるら』という、
穂浦の磯野由良部言葉という。穂浦の大きな地である、
磯野由良部という。大御婆さんあられる、大叔父御上
という、磯野由良原の言葉である。穂浦れんての言いと
いう。古い穂浦の言葉ともいう。
 明治大正昭和、皆、穂浦の暦という。古い日の穂浦
である。かつこゆはる、という、勝小吉の浦という、
穂浦の人という、勝海舟のことである。

 仁徳由良ともいう、神武綏靖安寧という、穂浦の暦で
ある名という。やなぎや、すみゆりのおゆれ、という。
じんめくの山の落ちという。

 これが、『露と落ち』という、穂浦の落ちという。
穂浦が落ちた場所である。地落ちの所という。地が沈んだ
ことという。露と落ちという、大きな水である、大露と
いう。これを、あまのてんそら、という。天野という、
空のことという。天野利杖という。天を支える柱である。
門の意味という。利杖という、天を支える話という。
利杖兵という、門を作る人である。

 政治には正(やなぎ)治がついている、やなぎはるの政治
という。国会の通行、やなぎどおし、という。やなぎの露
浜という、国会開設をした穂浦ヶ世という。穂浦で国会を
作り、東京で延ばした話という。これを、明治にいさんと
いう、23年と表す、『にいさんしご』のことである。

 これが、穂浦の頃という、ひぃに、穂浦とはいわず、
やりという。針国という、針の国の会いという。日本を
針の国という、山針の国という。針のような山の国という。

 はたせらのおゆれ、という。はたすはこのふり、という。
れのんの山のおゆれとぞづ。針山のゆれ、という。地がゆ
れた話である。

 これを、一億年前と表記する、マンモスの歩む姿という。
一億年前という名のマンモスである。マンモという、大きな
動物である。若い人とともにいたマンモである。始祖鳥
時代のお書きという。始祖鳥の名前が時代である。

 この表記で、一億年前のマンモスである。一億年前で
ある。大化の改新は、毎年やという、大花のアジサイの
咲く頃という、秋月という、菊月の穂浦の暦である。

『誰が歴史を作った』という、大きいことをいう話である。
現今、歴史、鎌倉時代にできた話という。絵一枚である話と
いう。絵一枚の解説が歴史という、歴史の造りはそれである。 

 この文は、一説である、御一説という、解説という、国会
開設のの話である。正(やなぎ)国会という、正国の絵という。
その話が、明治23年という、表しである。絵ではそのように
書いてある話という。あの御前会議という、国会開設の明治
天皇の絵という、くりなめ絵という。くりなめのゆいやまの
ことという。

 絵の解説である、明治23年という、画家の名前である。
画家の雅号に年を用いる、この画家、うちゆうという、
うとせるの絵という。その解説である。帝国議会という話と
いう。達筆画家は、そういうように明治を使うのである。

 名カメラマンという、写真一枚という、絵と写真の並べ方
という、歴史という。写真を並べることを歴史という、絵を
並べることを、歴則という。絵の話という。
//□■□□□□■□□□□■□□□□■□□□□■□□□□■  
 正(やなぎ)。A29。
**************
【日記の効用】 

貝暦、金につく菌、なんざれ菌という。
 ある貝の日記、より。


*****
革命とは、健康と安全を得ることである。
その方法は、体操、音楽、柳を手に、等々、よし、長生き。
*La rivoluzione e guadagnare salute e sicurezza.
Strumento di rivoluzione:
Ginnastica -- sano
Musica -- Canta una canzone
Con salice etc.
Tutto ok. Lunga vita.
L'italiano e difficile. sokyo--miglior giorno
*The revolution is that you would get health and safety.
Tools of revolution:
Physical exercises -- energy
Music -- sing a song
Willow -- with willo, plant willow tree
etc.
All right. OK. Long live. sokyo--the best day
It is difficult for me to write english.
english ---- difficult
 『紫だちたる雲の細くたなびきたる。放射能の雲や如何に。』
 『はっ、たなびいております。』
 『あれに見えるは放射傘雲』
 『これに見えるは、手乗り雲』
 『これっ、悟空、放射能は如何に』
 『放射の山のおきたりて乗り乗り』
 『助さんや、格さんや、悟空ともども、お乗り乗り』
Mr. Atom Lucky Ager, "ANGOLA report" より

      秋残り世界文学全集 巻2
      『余は機械である』
       蒼郷 鳴恭川世讃歌 の項
       秋残り市史編纂員、余。
       秋残り市史篇絵巻物

***アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ アザ***

秋残り市立美術館冬期展示
『古譜5150大原練習5050天の下5450 ANGOLA Som 807音 (壮強太陽)鳴恭川世讃歌)』
俄家判 びという字。
秋残り市、凡人倶楽部所属、元
-----------------------------------------------------
 仮想店 出品 ID:Kyou70008
     画商『曽端』俳画専門
     豪華額縁付 2000円ヤナギ
  著者そうきょう@194上巣真芯
  UESUMASi W.E.州 Machine   


-----------------------------------------------------
***コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ コテ***
一行日記
1999/06/14柳晴、東京在、10秋残り君来、12すき焼き、16大阪、19宿
***サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ サメ***
------


 過去をよくする会。日記の効用。過去の日記に、一言、
どこでもよいから、『やなぎ』と書き入れましょう。
これでその日がよくなります。今日も書き入れましょう。先の日記にも
書いておきましよう。先の日記に入れれば、未来の安全健康、
先取り予約、になります。
 1999/06/14 。その日の記****。柳。 
**馬にはのらない:健全家
**そうきょうのよい思い出し:高瀬川行代
**字(あざ)のほうぼうで、腹を横に書く。:山吹 正
**かいきょうのそうきょうはよい時です。:スモモどくだみ
**そうきょうのよい自分です。:ドクダミ薫
**天の下、山拝み。つねづね。:紙祖川劣る



ブログでの団体名、個人名、他名称などは、
全て、仮想です。楽譜の作曲者名、作詞者名等は
もちろん、私が勝手につけた名前で、ええ加減に書いて
あります。実際の作詞作曲者は、私、駄作者の秋残り、
本ブログ著者小林壱裕です。記事は架空です。
著者@194
Notice:Writer says,
Names are virtual on this article.
Matters are not real.
posted by 秋残り at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽